第3話 犯行動機


「これを見てください」

 明石はいじくっていたスマホを田中管理官に見せた。僕も立ち上がって覗いてみたが、それは紙袋に入っていたゲームソフトの画像だった。


「発売日に注目です。およそ8か月前です。三上、これの意味するところがわかるか?」


 明石は時々こうして僕に振ってくる。心の準備はしていたが、やはり緊張感に襲われるな。


「えーと、佐山は発売から2か月ほど経っているゲームソフトを、なぜその時に買ったんだろうな? 安売りでもしてたのかな?」

「はい残念」

明石は情け容赦なく、また僕を瞬殺した・・・。


「紙袋に入っていたゲームソフトには、『ダウンロード版(通常版)』と書いてある。つまり、わざわざゲームショップに買いに行かなくても、コンビニでも売っているし、ネットからダウンロードもできる。いくらジョギングが好きだからとはいえ、わざわざゲームショップまで出かけて買うようなものではないと考えられる。そうするとどうなる、三上?」


「・・・さっぱりわからない」

 僕が『ガリレオ』の真似をやらされることになるとは・・・。


、ということだ」


 場がざわめいた。買った物でないソフトが紙袋に入っていたとは、どういうことなんだ?


「これはうちのサークルメンバーに調べさせるより、この場の皆さんに調べて貰った方が早いでしょう。事件の当日、どんなゲームソフトが発売されたのか、ゲームショップに聞いて貰えませんか?」


 特別チームメンバーの一人が、早速電話で確認している。そして彼は言った。

「『〇〇の伝説』というソフトの特典付き限定版が発売され、当日、購入抽選会が行われたそうです。人気の商品だったらしく、店が入手できる数に限りがあったため、予約分は1か月前に締め切っていて、残った分は当日抽選に当たった人だけが購入できたそうです」


 そのゲームソフトの名前は、紙袋に入っていた物とは全然違うものだった。


「明石、これはいったいどういうことなんだ?」

「たぶん、ゲームソフトはすり替えられたんだ。犯人の目的は、今説明のあった特典付き限定版の方だったのだろう。そのことを隠すためにんだ」


 田中管理官は悔しそうにテーブルを叩いた。

「そんなところにヒントがあったのを見逃していたのか・・・」


「いや、まだ犯人像がちょっとだけわかったに過ぎませんよ」明石は言った。「まだ何もわかっていないに等しいとも言えます」


「悔しいが、明石君。引き続き分析を頼む」

田中管理官は、もう明石に頼るしかないんだな。

「私は被害者の妹に、泣いて頼まれたんだ。必ず犯人を逮捕してくれと・・・それなのに、半年経っても手掛かりが掴めなかった。このままでは本当に迷宮入おみやいりになってしまって、彼女に顔向けができなくなる」


 僕はちょっと意外に思った。田中管理官は冷静な人だと思っていたが、意外と人情派だったんだな。


「それじゃあ、いままでのところを整理してみます」

 明石は、田中管理官の言ったことを全然気にかけていないようだ。

「犯人は犯行当日、被害者同様、ゲームショップの抽選会に参加しました」

「えっ、そうなの?」僕は思わず聞き返した。


「当然だ。被害者が抽選に当選して購入したのを確認しなければ、犯行は成り立たない。それにそのゲームソフトが欲しい犯人は、最初から強奪を前提に考えていたのではなく、抽選に当たることを望んでいたのだろう。残念ながらそれは叶わなかったわけだが」


 そこで明石は、用意されていたペットボトルのお茶を飲んで一息ついた。無理もない、『推理士』モードに入った明石は普段の100倍は喋るからな。知らない人が見たら、とても同一人物とは思えないだろう。


「抽選に外れた犯人は、被害者からゲームソフトを奪うことにして、後をつけました。犯人はこうなった場合を考えて、あらかじめすり替え用のゲームソフトを用意していたんです。それはもしかしたら、2か月前にコンビニで購入して、時間がなくて遊んでいなかったゲームソフトだったのかも知れません」


 明石は一つ咳払いをして続けた。

「この時点で、なぜ犯人が被害者をターゲットにしたのか理由がわかれば、手掛かりになるんですがね。おそらく犯人は、被害者のことを知っていたのではないかと思われるのですが」


「それなんだが」田中管理官は申し訳なさそうに言った。「実は、被害者は不良グループから時々カツアゲされていたことがわかっている」


「はあ?」明石は憮然ぶぜんとしていた。「を揚げられていたんですか?」

わかっているくせに、そんな皮肉を言う。


「いや、そうじゃなくて、恐喝されて金を巻き上げられていたということだ」

 田中管理官も、生真面目に言い直す。わかってますよ、そんなこと。


「なぜそんな重要な情報を隠していたんですか?」

「隠していたわけじゃない。恐喝していた連中にはアリバイがあって、事件には関与していなかったことがわかっていたからだ。君が色々と可能性を探っていく中で、余分な情報を入れるのは得策ではないと思った」


「ちっとも余分な情報じゃないですよ。もうお気づきのようですが、犯人は被害者がカツアゲされている現場を見たことがあったに違いありません。それで少なくとも被害者が武道にけている者ではないこと、もしかしたら気が弱い人間かも知れないことがわかりますからね」



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