第2話 ゲームソフト


「死体は仰向けに倒れていたんですね。財布はどこにあったんですか?」

「ブルゾンの内ポケットの中だ」

「持って歩いていたとか、外ポケットに突っ込んでいたとか、目視で確認できる状態にはなかったんですね? そうすると、犯人が地下道の入口で待ち構えていて突き落としたというのはおかしいですね」


「おかしい? どこが?」

「犯人はまず地下道の向こう側の入口を見ていて、誰かが一人で入るのを見計みはからって、出口に立って待ち構えた。そして階段を上ってきたターゲットを突き落とした。こう見られているわけでしょう? これだと行きずりの強盗ということになります」


「そうだが」


「まずですね、階段を上ってくる人は、上り始めたら足元に注意するかも知れませんが、上り始める前に一回上を確認すると思いませんか? 誰か降りてくる人がいないか。ぶつかったりしたら困るでしょう?」


 田中管理官が、意味がわからないという風なのを見て、明石は続けた。


「それで出口に人が立っていたら、階段を上っている途中でも、何度かそいつを見て確認するでしょう? そいつがそこに立ちっぱなしで降りてこないなら、おかしいと思って立ち止まるでしょう?」


「それじゃあゆっくり降りてきて、すれ違いざまに突き落とすとかしたんだろう」


「それでも怪しさは隠しようがないと思いますけどね。まあいいでしょう。問題は、ターゲットがどこに財布を持っているのか、犯人にはわからないという点です。ターゲットを突き落とした犯人は、すぐさま自分も降りていって、財布のありかを探さなければなりません。たまたま仰向けに倒れていたから内ポケットに見つけることができましたが、うつ伏せだったらひっくり返すなり何なりして、あちこち探さなければならないでしょう」


 明石はパソコンにちゃちゃっと入力すると、プリントアウトしてホワイトボードにマグネットで貼った。それには、『カモフラージュ?』と書かれていた。


 ん? なにそれ?


「犯人はあらかじめ、地下道の向こう側から入って来そうな他の人がいないことは確認したかも知れませんが、自分の後ろにもそれらしい人がいないかまで確認できたでしょうか? もし確認できていたとしても、いきなり自転車で飛び込んでくる者がいるかも知れません。財布のありかを探している間に、誰かに目撃される可能性があるわけです。それなのに、犯人は財布を見つけたにも関わらず、


 あっ、と田中管理官は声を上げた。

「その状況なら普通、財布ごと持ち去るか!」


「そういうことです。つまりこれは、金銭目的の犯行だとカモフラージュした可能性がある」


「カモフラージュだとすると、やはりこれは怨恨による殺人なのか?」


 明石は首を横に振った。

「可能性はもう一つあります。ですが、その前に確認しなければならないことがあります。財布の中に小銭はいくら入ってましたか?」


「えーと・・・いくらだっけ?」

「950円です」特別チームのメンバーの一人が答えた。


「やっぱりそうですか」

 明石はスマホでメールを打ったようだった。こいつはなぜかLINEをやらないんだ。おそらくサークルリーダーの春日宛てだろう。きっと何か使気なんだ。


「たぶんですが、ジョギングをしてきた被害者は、喉が渇いたので途中で自販機の飲み物を買った。その時に小銭が足りなかったので、千円札を入れたのでしょう。金額的にはそれで合っていますからね。今、ゲームショップと殺害現場の間に自販機がないか、うちのサークルメンバーに探させています」


「自販機から飲み物を買う一連の動作を近くで見ていた者がいたら、財布をどこから出したかもわかるというわけだな」


「ええ。ですがさっきも言ったように、金を取ったのは真の目的を隠すためのカモフラージュの可能性がある。何か別の物を盗もうとしたとかですね。そしてこの説がもし正しいとしたら、


 特別チームのメンバーたちは、互いに顔を見合わせている。行きずりの金銭目的の犯行ではなく、計画的な殺人でもなく、計画的な窃盗。それはまさに新たな視点だったからだろう。


「そこでもう一つ確認しなければならないことがあります。犯行現場の写真に写っている、この紙袋ですが」

 明石はホワイトボードに貼られた遺体の写真を指差して言っているが、当然僕はそれを見ることができない。

「これはゲームショップの紙袋ではありませんか?」


「そのとおりだ」

「中身は何だったんですか?」

「ゲームソフトだった」

「現物を確認できますか?」


 チームメンバーの一人が会議室を出て、現物を持ってきた。

 それは縦横各20センチほどの紙袋で、中に入っていたのは、縦17センチ・横10センチ・厚さ1センチ程のゲームソフトだった。


「へえ」明石はゲームソフトを見つめて言った。「『ダウンロード版(通常版)』って書いてありますね」

 それからスマホで何やら検索しながら、

「紙袋の中にゲームソフトがそのまま入っていたんですか?」

「そうだな」

「包装もせずに?」


「いや、包装が苦手な店員だっているだろう。どうせ紙袋に入れるんだし」

「普通はその場合、お買い上げ品の証明となる、店名の入ったセロテープを本体に貼りますよね? そうしなければ万引きと間違えられる可能性がありますから」


 そうなのか? と田中管理官はチームメンバーに聞いている。確かに微妙なところだ。

 レジ袋を店内に持ち込みしてそれに入れた場合は、買った物にシールは貼らないだろう。

 だが紙袋の場合は口が開いているから、明石が言うとおり、個包装しないのならテープを貼りそうな気がする。ただ、もし商品にタグをつけて防犯ゲートで管理している店だったとしたら、貼る必要はない。


「所持品の中に、レシートはあったんですか?」

「なかったが、捨てたかも知れないじゃないか」

「簡単に捨てるものじゃないですよ。不良品だったときに、レシートがないと返品できませんから」


 そうだよなあ。でも明石が言わんとするところが何なのか、まだ僕にはわからなかった。



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