第2話「売った」

 時刻は午後五時半。鍵を開けて、家に入ると電気が付いていた。彼女は既に来ているようだ。荷物を見られるとプレゼントがバレる可能性があるから、電気を付いてない物置部屋に荷物を置いた。奥の部屋に進むと、彼女が大の字になって床に寝ていた。

「ちょい、どこおったの?」彼女は寝たまま、俺に向かって言う。

「ギターの店だよ。」

「え! なんで!?」

「野暮用だよ。」と彼女の目を見ず言う。「君は一回仕事場から帰ったの?」

「また、なんでよ?」

「だって、絵の仕事する時は必ずズボンを履くって決めてたのに、スカートじゃんか。」

「今日はね、あの、その、着替え持ってきたからだよ。」

 しばしの沈黙が流れる。

「何か。刑事ドラマみたいだね。」彼女は上半身を起こしながら言う。

「『普段と違うことをする人は、怪しいな~。』ロンドンにいる師匠が電話越しに言う。市師匠はこう言ってるぞ。何か隠してないか?」俺は眉間のしわを指でなぞる仕草をした。

「おら、くらえ、麻酔銃。」彼女は人差し指で俺の首を刺す。痛かった。「そういえば、

 帰ってきてからトイレ行った?」

「え? 行っていないよ。」俺は質問の意図が良く分からなかった。「もしかして、大?」

「ちゃうわ、バーカ。」彼女は、俺の首に刺さっている人差し指をグリグリし始めた。


「ちょっと早いけどさ、もう食べちゃおうよ。なんちゃってすき焼き。」彼女は言う。

 なんちゃってすき焼きとは、すき焼きのタレと低予算の素材を使って、すき焼きと見せかける料理である。

「そうだね。用意するから、待っててね。」俺は一度もちゃんとしたすき焼きを乗せたことのない、すき焼き用鍋を用意する。雰囲気のためにタレを入れる前に油をひき、えのきを入れる。

「私もなんちゃって誕生日ケーキの準備するよ。」

 なんちゃって誕生日ケーキとは、食パンにクリームを付け、イチゴを適度に挟むテキトーなサンドウィッチである。


 そんなこんなで、俺と彼女の誕生日パーティは始まった。俺たちが仲良くなったきっかけは、偶然にも誕生日が完全に一致していたことだった。俺と彼女の共通項は、少ない。俺には無い才能を、彼女は持っている。

 俺は、彼女のイラストが大好きだ。俺のバンド活動よりも価値がある。事実として二、三年前から彼女は世間にも認められて、バイトだけではなくイラストでもお金を稼げるようになってきている。最初は、嫉妬した。俺が売れて彼女を支えたかったのに、理想とは逆の関係になってしまった。彼女のイラストには、彼女の努力、彼女の人間性、彼女のセンスが滲み出ている。対して俺は、所詮はコピーバンド、誰かのモノだったのだ。嫉妬は尊敬に昇華した。

 だから、俺はギターを手放した。


 なんちゃってすき焼き&誕生日ケーキを食べ終えて、二人でくつろいだ。いいタイミングになったから、ポッケに手をつっこみ、

「菜々、俺さ」と言うとほぼ同じタイミングで、

「私、イラストの仕事辞めて、ちゃんと働くよ。」彼女はさらっと言った。

「え、え。どうして?」間抜けな声が出てしまった。

「というかもう液タブ、板タブとかペンは売っちゃった。」彼女は他人事のようだ。

「……。」俺は何も言えなくなった。

「あのね、そのお金でね、……。」彼女はトイレの扉を置けて、大きな段ボールを持って来た。

「これは。何?」

「も~。せやから、早よ開けんかい。」と彼女は笑いながら言う。

 俺は段ボールを開ける。すると、中からギタースタンドが出てきた。

「ど、どう?」彼女は照れていた。

 

 めまいがして、吐きそうな気持ちが溢れる。


 もう一度ポッケに手を入れて、彼女に渡した。

「実はさ、これを買うために、ギター、売っちゃった。」

「え、え。あ、これペンだ。どうして??」彼女は眼を丸くしてペンを見ていた。

「菜々こそ、どうして? 俺と違ってイラストでお金を稼げていたじゃないか。」

「大した額じゃないし、私の絵はつまらん。せやけど、君の演奏は心にくるやんか。」

「俺の演奏は腹の足しにならない。」楽しいはずのパーティなのに、余計な言葉が出てくる。「この一年は、君の収入に負けない様にバイトばかりだった。もう俺が働くよ。」

「なにいうてんの!価値はお金じゃないわ。君が最近全然ギター触らなくなったの、正直嫌だった。」


 気まずい沈黙が流れる。

 俺はギターが置かれていないピカピカのギタースタンドを見る。菜々が俺のバンド活動をいつも褒めてくれていたのに、心のどこかでお世辞だと思っていた自分が嫌いだ。


 この何の役にも立たないギタースタンドが、嬉しかった。

「ありがとう。嬉しいよ、このスタンド。すっげー色々考えてくれたのが伝わる。」

「私も。私が新しいペンを欲しがっていたこと覚えてくれていたの。ありがとう。あ、おおきに~っていうべきなんかな?」菜々はペンで俺の肩を突きながら言っている。

 お互いに使い道の無いガラクタを交換し合った。

 でも、今までの貰った贈り物の中で一番嬉しかった。


 気が付くと、明るい。時刻は午前七時。菜々は横で、スカートを頭にかぶりながら、俺のシャツを掴みながら、スヤスヤ寝ていた。俺は部屋を片付け始めた。ギタースタンドが入っていた段ボールを見ると、昨日優太さんからも段ボールを物置部屋に置きっぱなしを思い出した。物置部屋に行くと、見慣れたあるモノが置いてある。

 俺のギターケースだ。

 ケースを開ける。すると、売ったはずのギターが入っている。ギターをケースから外すと、ケースの中に紙切れが入っている。

 「父親のギターを売るんじゃないよ。説教してやるから、またウチの店来な。」

 最後に「ヨーコより」と書かれている。ジョンレノン風の女店長が差出人だった。ちなみに、店長の本当の名前は「洋子(ひろこ)」である。


「あー!」菜々は大きな声で叫ぶ。

「このギター、菜々が持ってきたの?」と俺が聞いたが、無視された。菜々は部屋に入ってきて、俺が預かった段ボールを夢中になって開けていた。

「なんで、これ売ったはずなのに。」菜々はそう言いながら、イラストを描くときに使う電子機器をジロジロ見ていた。そして、俺と同じように箱に入っていた紙切れを読んでいた。1分くらいすると菜々は顔をこちらに向けてきた。どうやら、俺と同じで状況を理解したようだ。恐らく、洋子さんと優太さんが気を利かせてくれたのだろう、高橋夫妻にはちゃんとお礼を言わないとな。

「起きて、プレゼントが置いてあるなんて、小学生以来だよ。」

「俺は中学生の時まで、貰えたな~。」

「うちのお母さんは、サンタさんは中学生にはプレゼントを渡さないよ~ってさ。」

「嘘つきだったな。昨日、来たんだから。」

 俺たちは、サンタさんにお礼を言いに出かけた。今後の諸々を話しながら。

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6月のクリスマスイブ ラムネ @otamesi4869

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