令嬢は2度死ぬ ー蘇る銀娘ー

広晴

私の明日はどっちだ

※作者より

 本作はタイトルだけ思いついてざっと書いた裏も表もオチも無い、もの凄く不真面目なお話です。だから考証とか辻褄とか、難しいことはぜんぶ無視です。雰囲気だけお楽しみください。

 ほぼ同じタイトルの作品様がもうありますが、タイトルの元ネタ様も含め、他の作品とは何の関係もありません。

 



◆◆◆



「どっせーい!」


 暗い夜の墓場の土をひっくり返して、その令嬢は蘇った。

 というかもともと死んでいなかった。


「あー。びっくりした。死ぬかと思った」


 そこではたと、自分で死のうとしてたんだっけ、と令嬢は思い出す。

 首を吊って自殺しようとしたが、仮死状態のまま埋葬されていたのだ。

 生家では政略結婚の道具としてだけ扱われ、嫁いだら辛気臭いと捨てられた。

 市井に紛れて生きようとしたら、ごろつきに騙されてお金を奪われ、輪姦された。

 箱入りの貴族令嬢に耐えられたものではなかった。


 蘇った令嬢は頭を振って土を落とし、過去のあれやこれやをいったん考えから締め出す。

 辺りは暗いが少し離れたところに魔除けの篝火が灯されていて、微かに周囲が見通せる。この墓場の墓守は真面目に働いているのだろう。

 令嬢が埋葬されていた場所は、平民向けの墓場の、無縁の者が葬られるエリアらしかったが、誰かが若い娘を憐れんだのか個別に埋めてくれたらしく、足元には何も彫られていない大きめの石がぽつんと転がっていた。さっきまで彼女の墓標だった石をなんとなく裸足で踏んで転がす令嬢。意外とひんやりしていて気持ちいい。

 死体がごろごろしている大穴に罪人と一緒くたに放り込まれなかっただけ、ずいぶん幸運だったろう。


 令嬢の鼻に、自分がひっくり返した新鮮な土と草の匂いが香る。

 思ったよりもそれが不快ではなかった。


「んー、なんだかさっぱりした気分。これが自由ってやつね!きっとたぶん」


 仮死状態から生き返った人の性格が変わった例は現代まで報告されていて、酸素不足による脳障害だった可能性が指摘されている。霊界が見えちゃって変わった人もいたかもしれない。

 原因はともかく、この令嬢もそうだった。変わってしまっていた。

 生前の令嬢を知っていた者が今の彼女を見ても、同一人物とは誰も思うまい。死んでたくせに生前より生気に満ち溢れていた。目隠れモブ令嬢が天才的なアイドル様に変わったくらい、眼がイキイキと輝いていた。


「でも、1度死んで戸籍も失っただろうし、お金もないし、これからどうやって生きようかしら」


 令嬢はブツブツ呟き、汚れた貫頭衣に付いた土を払いながら考える。

 死んだときに誰かから服も奪われたらしい。長かった銀髪も高くで売れるため、肩口あたりで短く雑に切られている。

 今着ている貫頭衣は、ちょっと丈の短い、側面なんか紐で結んであるだけのただの布1枚だ。もちろん下着なんて上等なものは上も下も履いていない。死人には必要無いからだろう。なにかの拍子にちょっとワーオなことになりそうである。


「うん。身体を売るしかないわね! これしか持って無いし! でも娼婦は嫌だから、誰に売るかはよく考えましょう!」


 一度、ごろつきに輪姦されて自殺した令嬢は、なんだか図太くなっていた。

 脳細胞と一緒に、貞操観念や恐怖感も一部死んだのかも知れない。

 少し立ち止まって考えていた令嬢は何度か頷くと、軽くなった銀の髪を揺らして、墓場の外へ大股に元気よく歩きだした。



◆◆◆



「たのもう!」


 酒場に響いた場違いな若い女性の声に、酔客たちの声が、シン、と止む。


「へぶっ!」


 酒場のスイングドアを思い切り開けて入ってきた銀の短髪の若い女は、戻ってきたドアにしこたま体をぶっ叩かれて酒場から弾き出されて行った。

 あまりのテンプレっぷりに沈黙を続ける酔客たち。

 酒場は荒くれたちが良く利用するためスイングドアは頑丈で重いものだったが、良く手入れされていたことが災いして軽く動いたのが彼女の不幸だった。

 裸に薄汚れた貫頭衣1枚というひどい格好だった若い女は、酒場の前の地面にあられもない格好で転がっている。色々見えてたが、か細い身体も相まって、色気も何もあったものじゃない。


「お、おい、嬢ちゃん、大丈夫か?」


 入口近くで飲んでいた髭もじゃのクマみたいな大男がいち早く我に返って、思わず駆け寄って声を掛ける。


「あいたたた。はい、ご親切にありがとうございます」


「お、おう。大丈夫なら早く立ちなよ。ちっと目に毒過ぎるぞ」


「あら。失礼しました」


 足を閉じ、へそまでめくれ上がった裾を直して、差し出された手を取り、痴女寸前だった令嬢は立ち上がる。

 クマ男は顔を赤らめて、少しだけ目を反らしてはちらりと見て、また目を反らすのを繰り返している。見た目に反して初心なムッツリクマだった。

 その様子を令嬢は眺める。相手の見た目や振る舞いから人品を類推するのは、社交界での必須スキルだ。かつての彼女はそれを活かしきれてはいなかったが……。


(見た目に反して親切。目を反らそうと努力するあたりは比較的紳士。髭もじゃだけど意外と整った顔立ち。着ている服は古びているが、最低限は清潔にしている。掌は固く、恐らく武器を長く扱った『たこ』ができている。私程度の体重とはいえ、軽々と人一人の体重を支える体格を裏切らない腕力。私の胸や股を盗み見ていることから男色ではなく、私の貧相な身体でもOKらしい。あとは……)


 今の彼女は、流されるままに生きていたかつてよりも、遥かに生に貪欲になっていた。なにしろ一度死にそうになったので。

 そのために、自分にできる数少ないこと、知っていることを懸命に絞りつくしていた。


「失礼ですが、こちらの酒場は傭兵の方たちが良く利用される酒場と伺いましたが、貴方様も傭兵さんでいらっしゃいます? どこかの傭兵団のご所属でらっしゃいますか?」


「あ、ああ、傭兵なのはまあそうだけど、個人の、フリーランスだよ。傭兵団には入ってない」


 急な質問に面食らいながらも、律儀に答えるクマ男。


(決まりですわね。たぶん、これはツイてますわ)


 立ち上がってからもクマ男の掌から手を離さず、むしろかえってしっかりと握り、目を上目遣いで覗き込みながらクマ男へ迫る。

 近くで見ると髭の隙間から覗く肌に張りがある。思ったよりも若いのかもしれない。なのに個人でやっていけてるということは実力もありそうだ。ますます令嬢にとって都合が良い。


 クマ男は急に若い女性に近づかれてドギマギしたが、若い女性のいい匂いではなく、不思議とお百姓さんのような土の匂いがしたのを不思議に思った。まさかさっきまで墓場に埋まってたとは誰も思わない。

 めちゃくちゃ美人ではないが、けっこうかわいいなー、髪も肌もきれいだなー、おっぱい小っちぇえなー、眼がキラキラしてるなーと思って見つめ返していたら。


「貴方を雇わせてくださいませ」


「へ?」


「代金は私ですわ。私、傭兵になりたいのです。戦い方を教えてくださいませ。あと、しばらくは養って頂きたいのですが、私が一人前になるまで、いっぱい、いくらでもえっちなことをして頂いて構いませんわ? アブノーマルなご趣味がおありでしたら、その、できるだけ頑張りますけれど、要相談とさせてくださいませ」


「はああ?!」


 クマ男は言われた内容に頭が追い付かない。


(声もかわいい、傭兵になりたい? えっちしていい?! 養う? えっち? え? ん? えっち?!)


 思考を占める「えっち」率高すぎである。



 これがのちの傭兵夫婦として有名になる、『電撃夫妻』の馴れ初めであった。



◆◆◆



 日暮れ時、閉め切られた薄暗い室内に立て続けに響き続けていた嵐のような銃声が、止む。


「罪には罰を。行いには報いを」


 ごろつきたちがねぐらにしていたスラムの空き家に涼やかな声が響く。

 細い両手に握られた2丁のブローニング・ハイパワーのスライドストップを解除し、マガジンキャッチを押す。

 マガジンが自重でするりと落ちて床を叩き、腰に斜めにつけられた新しいマガジンを流れる様に再装填。

 急に扉が蹴り開けられ、声を上げる間もなく腕や足、腹を撃たれて呻くごろつきたちには反撃の暇も与えられないまま、ただ床に転がるしかなかった。

 室内の埃によるチンダル現象で空き家の隙間から入る光が見える。

 バレルが延長されている他にも細かく改造を施された黒と銀の2丁のオートマチックが、その光を鈍く反射していた。


「な、な、な、何だてめえは……」


 ごろつきは撃たれなかった左手で腹に開いた穴を必死で押さえる。

 痛みを堪えながら拳銃の持ち主を見上げるが、逆光になって顔は良く見えない。声からして女とだけ分かった。

 その女の声が再び室内に響く。


「お前たちにすべてを奪われた女の1人よ」


「な……」


「さよなら」


 再び人数分の銃声が響き、一切の音が止んだ。


 恐ろしい騒音から一転、不気味に静まり返った空き家から女が出てきた。赤いコートを翻した、長い銀髪の女だ。

 夕暮れのスラムの街並みは不自然なほど静まり返っている。

 この街の住民たちは、銃声がしたら家から顔を出さずに静かにするのが一番安全だと知っているのだ。

 その女から、夕日の照らす空き家の裏路地に身を潜めていた3人の少年に向かって、金貨が1枚投げられる。


「案内ありがとう。片付けをお願いね」


 スラムに暮らす薄汚れた少年たちは夢中で首を縦に振る。

 声が出なかった。圧倒されていた。初めて見る金貨の輝きに。あっという間に行われた惨劇に。それを為した女の輝く瞳の美しさに。

 路地から歩み去る女の後姿から、彼らは目を離せない。

 路地の出口で見張りを兼ねて女を待っていた大男と合流し、大男を引き連れた赤い女は日暮れの雑踏の中に消えていった。

 ちらりと見えた女の横顔は、蕩けるような笑みを浮かべていて、3人の孤児は長じてからも恋人ができるたびにその赤い女と比べてしまい、苦労することとなった。



◆◆◆



「間違って金貨投げちゃった……」


「カッコわりい」


「うるさい!うるさい!」


「お次はどうする?」


「うー……。次は荒事は無しよ……」

 


◆◆◆



 爽やかな朝だ。

 都ではもう雪がちらついているらしく、この東部でもだんだんと冷え込みが厳しくなってきている。


「おはようございます」


「おはようございます。執事長」


「ああ、おはよう」


 日が昇り始めたまだ薄暗い時分に目を覚まし、屋敷中を回って使用人たちと挨拶を交わしながら働きぶりに目をやるのが私の毎朝のルーティンだ。

 一通り見て回ったのちは、厨房へ向かいシェフに声を掛ける。


「おはようございます」


「ああ、おはよう。今朝は冷えるな」


「そろそろ温かいメニューに切り替えてもいいかもしれませんね」


「そう思ってポトフとポタージュも準備はしてある」


「昨夜閣下は少し飲み過ぎたようですので、朝からポトフは重いかもしれませんね。ポタージュを少な目でお願いします」


「わかった」


 同時期にこの屋敷に雇われた、少し年上のシェフとは気安い間柄だ。仕事のテンポが合うため、言葉を交わすのは気分が良い。

 時間通りに準備された朝食をワゴンに乗せ換える。

 朝食を閣下にサーブするのは、閣下が幼いころからの私の仕事だ。



 閣下が朝食を終え、午前の執務に向かってから玄関ホールにて使用人と衛兵の朝礼を行う。

 本日の来客予定、広い屋敷の清掃担当等の情報共有を行い、夜間担当の衛兵から異常が無かった旨の報告を受けて動き出すのが毎日の流れだが、今朝は珍しく夜間の衛兵から不審物の報告があった。

 報告をした古参の衛兵を残して朝礼を解散させ、別室で詳しい報告を受ける。


「大金が入ったカバン、ですか?」


「はい。今朝未明に正門からほど近いロータリーに転がっていたのを発見しました。重いものが落ちるような、倒れるような不審な物音と、微かにですが男女の声を聞いた者がおります。見て回りましたが、人影は発見できず、代わりにこのカバンが見つかった次第です。昨日は雨でぬかるんでいましたが、ロータリーに泥などの痕跡はなく、状況からして、外から投げ込んだのではないかと思われます。内容物は金貨と手紙。危険物は入っておりませんでした。手紙は開いておりません」


 この衛兵は男爵家の三男で、最低限の礼儀を心得、当家に長く勤務しており、実直な性格なため、私たちからの信頼が篤い者だ。

 恐らく報告に間違いは無いだろう。


「ご苦労様でした。後は引き継ぎますので業務に戻りなさい」


「ハッ」


 衛兵が下がった後、カバンを開くと、溢れんばかりの金貨と、2つに折られた1枚の走り書きが目に入った。


「この筆跡は……そうですか。人を見る目が無かったのは、私共の方だったようですね」



◆◆◆



 荒野の道を1台の軽トラックが砂埃を上げながら走っていく。

 後ろの荷台には幌が張られていて、運転席には髭もじゃの大男が狭そうに座り、助手席の銀髪の女に話しかけている。


「なあ、あんな大金を黙って返すだけで良かったのか? 文句の一つや拳の一発くらいはカマしても良かったんじゃないのか?」


「いいのよ。貴族やその周辺を敵に回すなんて阿呆のすることよ。私のケジメみたいなものなんだから、これでいいの」


 女は埃混じりの風に銀髪をなびかせながら、車外の赤茶けた大地を眺める。


(それに婚約・結婚にどれだけ使わせたかよく分からないから、もしあれでも足りなかったら赤っ恥だしね)


 赤い女は内心で独り言ちる。

 ハンドルを握るクマ男は髭もじゃ顔をしかめて、まだ納得がいっていないようだ。


「でもお前を捨てた奴らだろう? うーん、やっぱムカつくから、ちょっと戻ってライフル弾を壁に撃ち込んでやってもいい?」


「気持ちは嬉しいけど、ダメよ。弾も燃料もタダじゃないんだから。私がいっぱい使っちゃったばっかりだし節約して稼がないと」


 彼女らは東部の国境に向かっている。

 辺境伯が治める地の兵は精強だが、隣国はやせた土地に多くの国民がおり、豊かな土地を少しでも切り取らんと躍起になっている。

 彼女たち傭兵にとっては、小競り合いがある場所は格好の稼ぎ場所だ。

 そしてそうした混沌とした場所では、戸籍の無い不審者でもなんなりとやりようがある。

 2人は生きるため、生き続けるために戦場へ向かう。


「……なあ、お前は戦場に出なくてもいいんだぞ。俺が稼いで帰ってくるからさ」


「やーよ」


 銀髪の女は顔をしかめて、べぇっ、と舌を出す。


「私、2度目の死は、貴方のそばでって決めてるんだから」


 そう言って、輝く瞳で呵々と笑う女は、ひどく魅力的だった。

 彼女は、今を十全に生きていた。



<終>


 




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