第36話 旅立ち

 儀式場で殺人鬼であるカエンとの戦いから一週間。

 私は外を出歩くことを許されるまで回復できた。

 グロリアやセイドウ、コトネの三人は大怪我をした上に衰弱していたので危ないところだったが一命をとりとめている。

 下山途中でナツキも回収できたし、双子山で起きた一連の事件はこれで終わり。


「次、お願いします!」


 南大門町の西部訓練場でサエコが格上や格下など関係なく、体力の続く限り連戦を続けている。

 肩で息をして苦しそうだが表情を見る限りやる気は高そう。

 あの人も色々とあったらしいが、吹っ切れて前以上に元気というか、前向きになったようだ。


「殺人鬼は死亡。双子山の鎌鼬も消えた……これで中央の人らは納得できんのかなぁ」

「するよ。捜索隊も解散したし、流行が過ぎるのは早いんだから。事件が途絶えれば新しい情報はない。こんな田舎の出来事なんて、あっという間に埋もれていくよ」

「そんなもんなのかぁ」


 訓練場の簡素な休憩スペースで、フジノはナツキの話を聞きながらも、頭の隅には別のことがあった。

 テツザエモンがまとめ直した捜索隊が儀式場に来る前のこと。

 応急処置を終えたニタカが身体を休めることよりも、洞窟に入ることを優先したのだ。

 最奥にある儀式の敗者たちの名が刻まれた墓場を見てきただろう彼女が、動かなくなったカエンを見る眼差しは意味深だった。

 ニタカの槍は彼女の祖父から教わった技術の一つ。カエンは私達と似た槍術を扱っていたということは、そういうことなんだろう。

 ニタカは今日から出歩けるらしいから、ちゃんと会って話したいものだ。意外と人に話すことで楽になることを教えてあげたい。


「……やっぱ気にしてるの?」

「何が?」

「ほら……町の人の反応というか、あんたを見る眼的なアレ」

「いや。全然」


 ナツキは私の悩みがそんなことにあると思ったようだ。

 私が画面投げを使った記録は、支部長や一部の人間だけが知っている。

 しかし、噂は膨らんで、広まって、私が人も魔物もバラバラにした、なんて半分は当たっている噂話が、カエンが殺人鬼だったと発表されるまで当たり前だったようだ。それの影響だろうか。


「え、マジで? ……本当に?」

「元から友達以外どうでもいいもん。ちょっとは気にしてるかもだけど、そこまでじゃない」

「……ならいいけど」


 そんなわけで私を敵視していた人が勝手に気まずくなって、避けられたり、直に話すとぎこちなかったりしている。

 よく利用していた人が接客する店の対応がそんなもんだから面倒になって、今じゃ町の事件なんて関係なく対応を一切変えない妖精のオート機能頼りの接客をする店を利用している。人間味がない奴のほうが気楽に感じるとは初めてかもしれない。


「……そういえばさ。グロリア達、あと少しで退院できるって」

「お~。あんなに痩せてたのに。もういいんだ」

「ちゃんとご飯食べれるようになってからは回復早かったらしいよ。それはもう爆速で」

「太りすぎてないといいけど」

「それぐらいがいいでしょ。痩せてるより太ってる方が生き残りやすいし」

「だからか~」


 一人だけ無傷でクエストも受けれずに食べて寝る生活を繰り返していたナツキは、少しだけ太った気がする。

 根拠はないけど、他の冒険者の話を食堂で盗み聞きしたところ、事件解決の後から彼女の食事量は増えているようだ。

 怒ったふりをするナツキをなだめ、冗談だと謝る。

 この反応を見るにナツキは元気そうだ。なら多めに食べてるのはきっとストレスだろう。

 心配かけて申し訳ないが、ナツキも死んだフリとかしてたんだからお互い様、と思ったけど言わないでおこう。


「……ったく。あ、ニタカさんは今日退院だって」

「知ってる。このあと、一緒に商店街でショッピングの約束してるし」

「それ、武器買いに行くだけでしょ……どうせ服とか見ないじゃん」

「ニタカが見るなら、私も見るよ」

「ふーん」


 カエンが持っていた私の槍は壊れてしまったから買い直すのだ。まあ壊したのは私だが、ニタカが奢るというのでお言葉に甘えた形だ。

 しかし、なぜ祖父の刀だけが洞窟内の墓場に置かれていたのかは不思議なところだ。

 カエンという男が妖精のオート機能をつけたまま亡くなったせいで結局わからずじまいだが、仕方ない。それも機会があればニタカに聞いてみることにしよう。


「そう……やっぱりさ、あんたは町を出ちゃうの?」

「まあねぇ……テツザエモンさんもしばらく離れた方がいいって言ってたし」


 ナツキは町の人々が私にどんな対応をしているか気にしていた。

 捜索隊であるテツザエモンの報告で私の疑いは晴れたけど、まだ周りの人達はその変化にとまどっているようだった。

 特に年上になるほどそれは顕著だ。

 冒険者ギルド内で私を監視していた年配の職員もそうだったが、儀式場に関わってそうな老人ほど私を見る目は厳しい。

 あの場所に捜索隊を招き入れて、彼らの過去の罪を暴いた私を許さない気持ちはわかるからなんとも言えないけど。


「ほとぼりが冷めるまで町を出る。そのつもり」

「そっか……」

「でも、落ち着いたら帰ってくるよ」

「…………」


 黙り込むナツキが悲しそうにしているのを見て、フジノはどう対応すればいいか混乱した。

 どうにかして、いつも通りと言うか、落ち着いてもらうには何をすれば……。

 そういえば、と自分がニタカにしてもらって安心した時の事を思い出した。


「ナツキ。ほれ」


 とりあえず手を広げてハグを待ってみた。別に特別な意味はない。ただ、これで安心したから、ナツキもそうだったらいいな、と。

 ナツキは少し固まった後にこたえて抱きついてきた。ニタカもこんな気分だったのかもしれない。いや違うか、私とナツキの身長差はそこまでなかった。


「……」


 互いに言葉はなく、ちょっとしたらナツキは自分から離れていった。


「こんなの、どこで覚えたんだよ」

「ニタカにしてもらった。一人で町に帰る時にね。これ、すっごく安心すんの。わからん?」

「ふーん……よくわかんないけど、ホッとはした」

「でしょ」


 訓練場の端、商店街に近い場所にフジノがよく知っている人が立っていた。

 ニタカが来ていたようだ。約束の時間より少し早いが、心配性なあの人は早めに到着していたのだろう。


「もう来てるんだ……じゃあな、フジノ。いってらっしゃい」

「え、うん。行ってくるねー」


 ナツキの別れに違和感があったが、別れも済ませてしまったし、とりあえずニタカの元へ行くことにした。






「友達はもういいのかい?」

「また明日も会えるから」

「そうか……」


 それから二人で商店街を回って槍を買い直して、日持ちする携行食や厚手の外套を二人分買うニタカの様子から意味がわかった。

 きっとこの後、冒険者ギルドの宿には戻らずにそのまま出発するのだろう。

 ナツキは意外と頭がいい。テツザエモンとも関わりを持っていたし何か情報をもらったのかも。私が旅立つ日が近いと予想していたんだ。


「もしかして、今日?」

「言わなくて悪かったね。あいつの情報じゃ、今夜しかけてくるかもしれないんだ。だから今日だ」


 テツザエモンの情報によれば私達を狙う人物の正体は不明だそうだ。儀式場に関わる人物でもないらしいのが余計に不気味だ。

 心当たりがあるとすれば妖精のバグ技を利用したことぐらいか……。

 いずれにせよ、来るとわかっているなら逃げるまで。無理に戦う必要はない。


「……じゃあ仕方ないね」

「生きてりゃまた会える。そうだろう?」


 確かにそうだ。ニタカにだって再会できたんだ。きっとみんなにもまた会える。

 堂々と故郷を出るのは無理そうだけど、殺人鬼は倒したんだ。

 時間がかかるかもしれないけど、力を磨いて、今度こそ正面から故郷に帰ってこよう。


「そうだね……また会える。会いに行く」

「……必要なものは揃ったね。行くよ。外に出たら魔術の勉強もちゃんとするからね」

「お~。それは楽しみ!」


 二人は双子山を目指して町の中心から離れていく。

 整備された道ではなく、かつて二人が出会った場所付近を通っていく道だ。

 正規の道には待ち伏せがあるかもしれないから仕方ない。

 友達に別れをちゃんと言えなかった寂しさはあるが、これからを想像するとワクワクもあった。

 知らない世界に挑むのだ。きっと苦労も挫折もあるだろうが、それも楽しみの一つなのだ。自然と笑みが出ていた。


「またね。みんな」


 双子山に入山し、一度だけ振り返ったフジノは故郷の町にいる友達に向けてそう言って、ニタカと共に国境を目指し、南大門の町から離れていった。

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チーターと呼ばれた魔女 西口マルコ @nishiguti_maruko

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