ことりちゃんの昼ご飯
暁月ライト
ことりちゃんの昼ご飯
チャイムが鳴ってお昼になりました。先生が慌てて黒板に文字を書き切って、授業が終わります。本当は黒板を全部写さないといけないけど、私は写しません。悪い子なので。ふふふ。
さてさて、お楽しみの昼ご飯です。でも、教室では食べません。ぼっちだからじゃないです。教室はうるさいから嫌なんです。だから、私はぼっちじゃないです。
取り合えず、お弁当を持ってここから脱出……ひぃっ!
に、西野ちゃん……う、うん。そう。今からご飯食べようと思って……い、いや、一人だよ? え、い、一緒に? い、ぃゃ、ぇ、ぇえと……ま、またねっ!
逃げます。逃げます。逃げるのです。逃亡あるのみなのです。西野ちゃん、私のクラスの権力ランキング、最上位です。無理です。一緒にご飯とかむりむりのむりです。喉を通らなすぎてお米一粒でギブアップになっちゃいます。
ふぅぅ……一階まで辿り着きました。ここに来たのはとある理由があるのです。それは、自販機です! 一階の購買前にある自販機に、私の大好きな飲み物……常夏抹茶ココナッツがあるんです! 皆、不味いとか美味しくないとか激マズとかゲロマズとか味覚がおかしいみたいで嫌われてるんですが、私は大好きです。
ただ、常夏抹茶ココナッツ……この子を買うには厳しい試練を乗り越える必要があるんです。この子が売ってるのは購買前の自販機。そう、購買前にあるんです。購買のカウンターの横にポツンと置いてあるので、買いに行くのがとっても大変なんです。それでも、私は買いにいかなければいけません……そう、私は常夏抹茶ココナッツラーなので。
よし、よし……良い感じに近付けています。購買に群がる人間たち。その端っこの並んでるのか並んでないのか分からないくらいの場所を少しずつ進んで、やっと自販機が視界に入るところまで来ました。
あと少し、あと少し……ひぃっ!
え、ぁ、ぅ、ぇえと、な、並んでないです! あ、あの、その、自販機で、買いたくて……は、はぃ。ぇ、ぇえっ、ぉ、奢りです? ぃ、良いんです? じゃ、じゃぁ……常夏抹茶ココナッツ、お、お願いします。ぇ、い、いや、冗談とかじゃ、な、なくて、本当に好きで……ぁ、ぁぅ、ありがとう、ご、ございます……ひ、ご、ごめんなさいぃぃ!
逃げます。逃げます。逃げるのです。戦略的撤退なのです。怖かったからとかじゃないのです。自分で奢るって言ったくせに、怒るなんて有り得ないのです。差別です。常夏抹茶ココナッツ差別です。全く、ひどいです。でも、大丈夫です。常夏抹茶ココナッツの良さは私だけが分かってあげられるんです。それでいいのです。
次は、場所探しなのです。先ずは私の一番お気に入りの場所に行くのです。さっき一階に降りたのに、今度は四階まで上がるのです。頑張って上ります。
ひっ、ひっ、ふぅぅ~……う、生まれそうです。このままでは何かが生まれてしまいます。い、一旦休憩……よし、出発です。完全回復常夏抹茶ココナッツラーです。ふふふ。
辿り着きました。ここが四階……高みです。窓から校庭と、哀れな生徒諸君が見えます。昼休みなのに走り回ってて大変ですね、ふふふ。
私はそれを眺めながらお弁当を食べるのです。至福のひと時という訳です。さて、その為には大きな講堂の入り口辺りににあるベンチに座りに行く必要があるのです。講堂と言うと人が居そうですけど、昼休みは全く人が居ないのです。もうひと頑張りなのです。
……よし、辿り着いたのです。一面窓ガラスの絶景、そこに添えられた一筋のベンチ……ふふふ、最高です。
どさりと座り、ぱかりとお弁当を開けます。二段式のお弁当の片方にはご飯が、そしてもう片方には……おぉっ、今日は私の大好きな甘くて美味しいたまご焼きと、なぜか赤くてなぜか美味しいタコさんウインナーが入ってます。ふふふ、最高です。今日のママ上は中々分かってますね。
さて、お弁当を食べる前に……先ずは常夏抹茶ココナッツを一口頂いてしまいましょう。
美味しい!!! ドロドロとした甘みと、纏わりつく苦み。それらが上手く調和してなんやかんやあって絶世の美味を生み出しています。これが毎日飲める私は幸せ者ですね……むふふ。
美味しい……美味しいです。気付けば一割くらい飲んでしまいました。恐ろしい飲み物です。一番恐ろしいところは、私は常夏抹茶ココナッツをこの学校のあの自販機でしか見たことがないということです。ただでさえ不人気な常夏抹茶ココナッツ君ですから、ふとした間に消えてしまってもおかしくありません。そうなったら、抗議です。有志を募って、校長室に押しかけるんです。悪政を牽く為政者を私は絶対許しません。
さてさて、そろそろお弁当に手を付ける時が来ました。最初はたまご焼きを食べると心に決めていた私ですが、ちくわの磯辺揚げが切なそうにこちらを見ているのが目に入ってしまいました……こうなったら食べるしかありません。
私はそっと箸でちくわの磯辺揚げに触れて、痛くないように一瞬で持ち上げ……ぱくりと食べました。
もぐもぐ……美味しいです。実は私、そのままのちくわがあんまり得意じゃないんですけど、これはとっても美味しいです。サクサクした食感と、青のりの香り。そして深みのある練り物の味……これぞ、神域です。神域のちくわ。
次こそ、たまご焼きです。ぷるぷると揺れる黄色いあの子。生まれたままどころか生まれる前の姿を惜しげもなく晒すたまごちゃん、食べる前から分かります。絶対甘くて美味しいです。じゃあ、食べます。
甘くて美味しい!!! しつこさのない甘みが柔らかい体に触れる度に広がります。幸せです。そして、優しいです。私が歯を入れたら、抵抗なくスーッと切れちゃいます。ギコギコはしません。きっと、純粋な子なんです。私が求めたら、求めた分だけ甘く舌に抱き着いてくれるんです。その度に自分の体がすり減ってるとも知らずに、純粋に私に好意を向けてくれるんです。儚い甘さです。きっと、簡単に悪い大人に騙されてしまいます。なので、私が全員食べて守ってあげます。おいしい。
さてさて、次が迷いどころです。出場選手は皆、最高の出来栄えでここに揃っています。選ばれし者しか居ないので、美味しいのは確定です。でも、誰を選ぶのか……私の采配力が問われるところです。時間さえあれば、永遠に悩めるような究極の選択。でも、私は決断しました。検討するだけの人とは違うんです。
トマト!!! 私はトマトを食べました。広がる酸味と甘み。このフレッシュな味は決してご飯と共にあることは出来ません。それでも、彼女が弁当のおかずに選ばれ続けるのは理由があるんです。それは……口内のリフレッシュです。噛んだ瞬間、爆弾のように広がる果汁は一瞬で口内のあらゆる場所に飛散します。私はそれを無意識のうちに全てベロでかき集め、気付けば口内の状況はフレッシュな状態に戻されているという訳です。
そろそろ喉が渇いたので常夏抹茶ココナッツを飲みます。ドロドロと絡み付く甘みとしつこく消えない苦みが溜まりませんね……これ、トマトの意味なくなりましたね。
別に良いんです。ていうか、トマトで口内のリフレッシュとか意味分かりません。根拠のないただのデマです。信じてる奴はきっと、怪しい宗教にはまってるような奴に違いないです。
さて、次は……ひぃっ!?
な、なんで……こ、こんにちは、な、中西先生。あ、な、なるほど、説明会……そ、それで、こんなに一杯人が……ぇ? い、いや、えぇと、その、教室はちょっと、ひ、人が多くて……ぶ、部活? ぃ、いゃ、してない、です、けど……へ、て、テニス部です、か? い、いや、え、えぇと、その……ま、またの機会にっ!
逃げます。逃げます。逃げるのです。兵法三十六計逃げるに如かずなのです。お昼休みに講堂に人が集まるなんて今日は運が悪いです。ていうか、テニス部ってなんですかっ! そんな天上人の集まりみたいな部活に私みたいな地底人が入れると思ってるんですか! 怒りますよ! いや、もう怒ってますけど!
良いんです。別に、良いんです。確かに私、テニスの才能とかありそうです。溢れ出るオーラに思わず誘ってしまうのも頷けます。バレーとかバスケとか、体育の授業に良い記憶はありませんけど、きっとテニスには天賦の才がある筈です……まぁ、やりませんけど。
しかし、どうしましょうか。何とかお弁当は蓋して持ってきましたけど、どこで食べるか悩みどころです。今日は一等地は使えないことが確定し……いや、別のリゾートが残っていました! 今から私が行く場所は正真正銘のリゾート地。しかし、そこが開いているかは運次第です。大体九割くらい閉まってますけど、今日は行ける気がします!
私はすたすたと早歩きし、上へと続く階段をじろりと睨みます。
天へと続く階段を上ります。このコンクリートに閉ざされた校舎という鳥かごから唯一解放されている場所。正にこの学校のリゾート地、そこは……そう。屋上です。
一段一段、踏みしめて上り、そして漸く……辿り着きました。
冷たい銀色の扉。鍵がかかっているか、いないか、二分の一です。私はドアノブに手を掛けました。
ガチャ、扉はあっさり開き、私はぽかぽかと日の差すそこに導かれるように歩みを進め……ひぃっ!?
ふ、不良っ!? な、ぇ、い、いゃ……その、か、帰りまっ、ひ、ひぃっ!! い、ぃゃ、違います。ぇ、その、ことりはあだなで、その、本名は、ち、違いますから……ひぃっ!! ちょ、ちょっと、あ、遊ばないで下さい! さ、さよならっ!!
逃げます。逃げます。逃げるのです。逃げるは恥とか微塵も思わないのです。ていうか、居たのです。幽霊と比べてもギリギリ怖さが勝つことで有名な不良が居たのです。たむろってたのです。めちゃくちゃ怖かったです。バッて拳振り上げてビビらせて、私をひぃひぃ言わせて楽しんでました。ぴぃぴぃ鳴いて、これがことりちゃんの由来かぁって、うるさいです。全く、むかつきます。
……そもそも、何で私がビビらなきゃいけないんですか!? 日頃から悪いことしてるのはあの人たちですよね。なのに、何で私がお願い神様ってびくびく逃げなきゃいけないんですか! 逆ですよね、生活指導の先生とか、警察の補導とかに怯えて逃げ回るのは向こうですよね! こうなったら、もっかい屋上に……い、いや、ここで屋上に戻るのはくればーな選択じゃないです。今は人数の不利があるので、奴らが孤立したところを一人一人狙うんです。各個撃破って奴です。全員、頭から常夏抹茶ココナッツをかけてやります。
いや、もういいです。奴らのことは一旦忘れます。綺麗に忘れ去ってやります。好きの反対は無関心って言いますからね、興味ないです。ふん。
そんなことより、次の場所です。上の空でとことこ適当に歩いてましたけど、どこに行きましょう。こうなると、選択肢も残り少ないです。その中で適切な選択をする必要があります。
……そうだ。さっき屋上に行ったとき、日差しはそんなに強くなかったです。ということは、あそこです。あそこしかありません。
校門に入ってちょっと歩いたくらいのところにベンチが幾つか並んだ場所があるんです。その場所自体は人通りも多いし、座ってる人も多いので微妙なんですが、校舎側の木の裏にあるベンチは穴場なんです。そこは視線もかなり切れますし、校舎の窓からもギリギリ見えません。正に、穴場です。
そうと決まれば行きましょう!
とはいえ、四階から外まで行くのはちょっと遠いですからね。若干暇です。どうやって暇をつぶすべきか、考えどころですね。
うーん……あ、久しぶりにあれをやりましょう。
脳内クイズ大会、開催です! なんてったって、暇ですからね。暇の極致みたいな暇つぶしですけど、これが中々楽しいんです。
先ず、第一問! 湖に花びらが落ちました。花びらは一分経つと二倍に増えます。湖が花びらでいっぱいになるまで四十八分かかります。では、スイレンが湖のちょうど半分になるのに何分かかるでしょう?
さぁ、難しいですよ? ふふふ、分かりますか? 私は一時間で分かりました。実は私、結構頭が良いんです。ふふふ。
お、ボタンを押されてる方がいますね~。それでは、たまご焼きさん、どうぞ!
ぷるぷる~、いっぱいになるのが四十八分だから、その半分の二十四分ぷる~! このくらい簡単ぷる~!
ぶっぶー! ぷ、ぷぷぷ、たまご焼きさん。おばかさんですね~。ぷぷぷっ! しょうがないので、私が正解を発表します!
正解は~? だらだらだらら~……だん。四十七分です! 一分で倍になるんですから、満タンの半分は四十八分の一分前に決まってますよね~! ふふふ、私はこれを経った一時間で導き出しました。格の違いを見せつけてしまいましたね……ふふ。
さて、もう一問行きましょうか。じゃあ、行きますよ。
第二問! 朝食の時間です。今日は、いつも食べている白いご飯ではなく、玄米を使って、そこにとれたての栗をたっぷり入れました。さて、これは何ご飯でしょう?
ふふふ、ちょっと難しすぎました? 実は、私もこの問題は間違えちゃいました。なので、皆さんも恥ずかしがらずに答えて良いですよ?
お、トマトさん! どうぞ!
トマッ! 栗ご飯トマッ! トマトマッ!
うーん、栗ご飯。残念ですが不正解です。他に回答できる方はいらっしゃいますか? ……おぉ、たまごさん。さっきは間違えましたが、リベンジなるか、行きましょう。
ぷるぷる~、トマト君はこんな簡単なのも間違えるなんておばかさんぷる~! 答えは栗じゃなくて、玄米ご飯ぷる~! ぷるぷる、簡単ぷる~!
ぷ、ぷぷっ! 残念でした~! たまご焼きさん、自信満々に答えましたが不正解です! ぷぷっ、ちょっとカッコ悪いですね~、ぷぷぷっ!
さて、もう回答者はいないみたいですね……正解を発表します。
どぅるどぅるどぅる……ぽん。正解は朝ごはんです! あれあれ、皆さん怪訝な顔をしてますね~? 栗や玄米、白米の話はどうしたんだ~って顔してますね? ふふふ、でも、私最初に言いましたよね……朝食の時間です、って。
ぷるぷる~、本当だぷる~! これは納得ぷる!
トマトマッ、これは一本取られたトマッ!
ふふふ、皆さん惜しかったですね。私はとっても気持ちよかったですが、皆さんは悔しいですよね。特にたまご焼きさん。ぷぷぷ、おばかさんはどっちぷる~? なんて、私は良い子なので言いませんけどね!
……ふぅ、中々楽しかったですね。お陰で目的地に着きました。やっぱり、こういうのは偶にやると良いです。脳みその普段使ってない部分を使ってる感じがします。
やっぱりこの場所は良いですね。木陰ですし、涼しくて人目に付かない良い場所です。
どさりと座り、お弁当を開きます。半分くらい食べちゃってますが、まだまだ主役は残ってます。
とはいえ、先ずはコレをぐびっと決めちゃいます。常夏抹茶ココナッツです。
くぅ~、ドロドロの甘み、くどすぎる苦み、最高のマリアージュです。
さて、栄養を補給したところで本題です。お弁当の誰を頂くか問題。昨今の情勢で最も議題に上がるといっても良いこの問題。まるで答えのない問題、考えれば考えるほど迷路のように遠のいてしまう難題。しかし、私は私なりの解答を出しました。
それは……コロッケです! クリームコロッケ、正に主役級の彼をここで頂くのは理由があります。さっき、講堂前で食べてから少し時間が経ちましたよね? あの時の主人公はたまご焼きでした。それをしっかり者でちょっと語気の強いツンデレトマトちゃんがヒロインとして支えている、完璧な構図です。でも、あれから少し時間が経ってるんです。つまり、一期は終わり、二期が来る……そう、コロッケは二期主人公です。
たまご焼きが一人称僕の正義感が強い正統派主人公だとしたら、コロッケはちょい渋なダークヒーローです。しかし、クリームコロッケですから中には確かに慈愛の心が詰まってるんです。
まぁ、御託は良いんです。コロッケを食べたいので食べます。
ぱくり、美味しい! まるで揚げたてのようなサクサクと軽い食感、パン粉のやや粗い感じが最高に食欲を掻き立てます。
中のクリームも最高です。なるほど、漸く私も理解しました。これが……コク、ですか。
まろやかでミルキーなホワイトソース、そこには確かにコクが。そう、コクが存在しています。これには流石の私もご飯をぱくり。主役の座はお米に奪われてしまいましたね。
なんて思っているところにたまご焼きが飛び込んで来ました。二期主人公のピンチに一期主人公が駆けつける胸熱展開です! たまごの優しい甘みとクリームコロッケのまろやかなコク、この二つが手を取り合ってご飯に立ち向かい……最高に美味しいです。
んー、良いですね~。最高の気分です。しかし、ここで足りないのは塩気……という訳であいつが満を持して登場という訳です。
赤いタコさんウインナー、参上。赤い着色料をたなびかせてやって来てくれました。大量の添加物から繰り出される異次元の旨味は世の中の少年少女をときめかせてきました。とはいえ、私は社会の荒波に揉まれ、少し擦れてしまったおませさん。美味しそうな赤色にも可愛らしいタコさんの形にも騙されません。
ただ、冷静に。冷静に……ぱくり。
化学的旨味!!! 圧倒的ケミストリーを感じます。明らかに他のウインナーと違うこの味。最高に良きです。古き良きタコさんです。
残りは最後の具材……ミートボールです。いただきます。
ぱくり、美味しいわね。すみません、思わず上品になってしまいました。ミートボールはやっぱり、肉という高級な具材でありながら数が明確に見えるところがいいですよね。お弁当を食べながらミートボールの残りの数を思わず確認してしまう。
そんな魅力がミートボールにはあると思ってます。味に関しては言うまでもなく、べりべり美味しいです。
ぱくり、ぱくり。次々におかずとごはんとかきこんで、もぐり、もぐりと咀嚼します。でも、結局一番幸せな瞬間は呑み込んだ瞬間なんです。
不思議ですよね。だって、普通に考えれば味わってる瞬間が一番幸せなんです。でも、皆吞み込まずにはいられないんです。呑み込まなければ、もっと一杯、沢山食べれるのに咀嚼して吐き出してまた食べるなんて人、見たことありません。
これはやっぱり、生物としての生存本能なんですかね。そう考えると、なんだか面白いです。
人間みたいに理性と知性で地球の覇者になった生き物でさえ、本能は捨てられないってことですからね。でも、本能を失った生き物なんて皆、抜け殻みたいになっちゃうんでしょうね。そう考えたら、本能がある方が幸せです。偶に、本能が暴走しすぎちゃってる人はいますけどね。
あぁ、美味しいです。幸せです。
……いつか、私も結婚とかするんでしょうか。正直言って、学校が終わった後も遊ぶような友達すらいないけど、それでもきっと、どこかに出会いはある……のかもしれません。
あと少しで食べ終わります。このちょっとの時間、不思議な感覚になります。もうなくなってしまうっていう残念な気持ちと、早く食べ終わろうっていう焦る気持ち。凄く、変な感じです。
変と言えば、私は周りの子によく変と言われます。でも、自分じゃ何が変なのか分からないんです。数学の問題で何が分からないのか分からないみたいに、自分の変な部分が分かりません。
そういえば、私好きな人が居るんです。私に、ことりちゃんってあだ名をつけた人です。
その人は、小鳥みたいに可愛いから私のことをそう呼ぶんだって言ってました。私は凄く素敵だと思ったんですけど、そのことを他の人は恥ずかしいとか、気持ち悪いとか言ってました。それを聞いてちょっとだけ嫌な気持ちになりました。でも、これもきっと常夏抹茶ココナッツと同じです。
その人の良さを分かっているのはこの世で私だけなんです。それって、素敵なことだと思いませんか。
……ふぅ、お腹いっぱいです。色々ありましたけど、今日も楽しい昼ご飯でした。後は残りの授業を寝過ごして帰るだけ……ひぃっ!
ぁ、ぅ、く、国川先生。こ、こんにちは……ぇ、ぁ、しゅ、宿題ですか。き、昨日まで、ですか。ぇ、ぇえと……ごちそうさまでしたぁっ!!
逃げます。逃げます。逃げるのです。逃げるが勝ちなのです。そもそも、宿題って言うシステム自体がクソなのです。許せません。
だって、思いません? 宿題を出す方は丸付けしたり出さない子がいたら怒ったりしなきゃいけなくて大変ですし、宿題をやる方は沢山文字を書いたり頭を使ったりして大変です。私が校長先生だったらこんな制度即刻廃止してやります。
ふぅ、宿題なんてどうでも良いんです。そんなことより、ちょっとお散歩しましょうか。お弁当食べたので、その分歩いて燃焼するのです。
別に、教室に戻った時に席を取られてたら怖いからとかじゃありません。全然違いますからね。
お昼休み、あと十分くらいですね。うちの高校、結構人が多くて、校門も生徒の出入りがちょろちょろあるんです。門番さんは居るんですけど、多分校門から外に出て行ってもバレないんだろうなぁと思いつつ、出たことはありません。
今日こそ、そのスリルを味わうチャンスかもしれません。昼休み、許可なく学校の外を謳歌する……悪くないですね。中々、悪くないです。
良し、決めました。行きます。私、行きます。そろりそろりと校門に近付く……のは、明らかに怪しいですよね。堂々と。飽くまでも堂々と校門を通り、外に脱出します。いや、脱獄です。私はこの学校という檻から脱獄します。
それじゃあ、準備は良いですか? 私。良いですよ、私。良し、行きます。
冷静に、冷静に……堂々と、胸を張って……チラリ。ひぃっ!
あ、あは、ど、どうも……ぇ、きょ、挙動不審? ぃ、いやいや! わ、私はいっつも
こんな感じですから! ほ、本当です! そ、そこら辺の人に聞いてみてください! こ、ことりちゃんって挙動不審ですか、って聞いたら、ぜ、絶対頷かれますからっ! じゃ、じゃあさよならっ!!
逃げます。逃げます。逃げるのです。逃げ逃げ天下を取るのです。危なかったのです。校門、通る寸前で門番さんの方を見てしまったのです。目が合ったのです。正直、終わったと思いました。
でも、私の天才的な受け答えによって危機を脱しました。流石は私です。私ほど挙動不審に説明が付く人はいないですからね……いやいや。
なんで私、こんなに自分のことをこき下ろさなきゃいけないんですか! だんだんむかついてきました。そもそも、私まだ悪いことしてなかったのに、なんであんな目で見られなきゃいけないんですか。まだ未遂だったのに、ひどいです。
明日は会釈せずに校門を通ってやります。未遂でも罪になるとか関係ありません。怒りました。
そんなことはどうでも良いんです。そういえば私、門番さんと話したことなんて一回も無かったんですけど、絶対変な奴だと思われましたよね。やっぱりどうでもよくないのです。
……切り替えましょう。切り替えていきましょう。そもそも、私は散歩するつもりだったんです。良い子ちゃんの私が出来心とはいえ悪いことしようとしたのが間違いでした。
とりあえず、適当に歩くのです。校門は離れましょう。あと、国川先生にも遭遇したくないので、出来るだけ職員室の近くは通らないようにしたいですね。
校庭は……無いですね。一杯人が走り回ってます。部活動生か遊んでる人か知らないですけど、私が関わり合いになれる人たちじゃないのです。
そもそも、部活動は帰宅部が至高ですからね。異論は認めませんし、帰宅部以外は全員異教徒です。だって、行って帰るだけでも疲れちゃうような学校に部活なんて追加されたら普通死んじゃいますからね。私なんていちころです。
陸上部なら三周目には倒れますし、サッカー部なら二蹴りも出来ずにベンチ行き、野球部なら一発も打てずに選手交代です。交代したまま帰ります。きっと、私が部活に入ったらそんな感じです。
そんなことより、どこに行きましょう。二階は無いです。職員室があります。一階も無いです。食堂と購買があるので人通りが多いです。三階か四階……三階は私の教室があって慣れてるので、四階にしましょう。
四階には連絡通路があって、そこを通るのが結構好きなんです。良し、そこを目指していきましょう。
ふ、ふぅぅ……階段、結構きつかったです。これだけ階段を上下すれば激痩せ間違いなしです。いや、私は元から太ってはないので、ムキムキ間違いなしの方が正しいですね。ボディビルダーを目指すのも良いかも知れないです。
さてさて、連絡通路に着きました。おぉ、良いですね。この水族館のトンネルみたいな雰囲気と、高いところからの景色が凄く好きなんです。
床以外は一面ガラス張りの通路。これってどうやって作ったんですかね。世の中、そういう建築が沢山ありますよね。建築士の人は皆分かるんですかね? そう考えると、建築士になりたくなってきました。
ふむふむ、中々景色も堪能できたので、そろそろ通路を渡り切っちゃいましょう。多分、昼休みはあと三分くらい……ひゃっ!
ぉ、おはよう。ぁ、こんにちはか、そ、そうだね、えへへ……ぁ、あ、う、うん。昼ご飯食べ終わったから、ちょ、ちょっと散歩しようと、思って……ね?
ぇ、ふぁ、ふぁみれす? わ、私? ふ、二人で? ぁ、ぁ、ぅぅ……わ、分かった! や、約束だよっ!
逃げます。逃げます。逃げるのです。顔が、熱いのです。
ことりちゃんの昼ご飯 暁月ライト @AkatsukiWrite
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