第3話 アイドルへの距離
宿を出ると、友達はハイテンションだった。何しろ、やっと楽しみにしていた城めぐりができるからである。麗美もそんな彼女の様子を見ていると、まるで自分のことのように楽しくなった。
――こんな気持ちになったこと、前にもあったわ――
またしても、デジャブであったが、今回の感覚は漠然としたものではなく、それがどこの誰と一緒にいる時なのか、ハッキリとしていた。
――あれは留美と一緒にいる時の感覚だわ――
麗美は、普段はあまりう人に気を遣ったりしない。
気を遣うこと自体大嫌いで、自分が気を遣われることも嫌だった。
――何かの反動なのかしら?
麗美には、何かの反動を思わせる感情が結構意識の中に存在していた。
時々自分が誰かのためにしているという感覚を持つことがあったが、そんな自分が嫌で仕方がないことがあった。
――どうせ、相手は自分に何もしてくれないのに、自分の方からしてやることなんかないのに――
と感じるのだ。
見返りを求めて人のためにすることは、綺麗なことではない。麗美はそんなことは嫌だった。それなら、自分から人のためにするなどありえない。
大人になってから、大人の汚い世界を知ってしまってからであれば、そんな感情も分からなくもないが、麗美はまだ大人の世界を知らないはずだ。それなのに、こんな考えを持つということは、それだけ自分の気持ちが凍り付いている証拠ではないか。
そんな時に思い出すのが、たまに感じる、
――空気が凍り付いた瞬間――
であった。
自分だけが普通に動いているのに、他の人はまわりの空気が凍り付いたかのように、微動だにしない。しかし、実際に止まっているわけではなく、微妙に動いているのだ。
それは、その周辺の空気が凍り付いてしまったからで、麗美にはその空気が氷ついた世界が見えていたのだ。
背景はモノクロになっていて、冷たく感じるわけでもないのに、冷たいと思う。偽りの感情のはずなのに、自分で納得できるのだ。
そんな感情を、今回の旅行でも感じた。それは分かっているが、どこで感じたのか、前の日のことなのに、すぐには思い出せなかった。
だが、留美と一緒にいると、なぜか留美に気を遣っている自分がいじらしく感じられる。
――留美のためなら――
という感情が芽生えてくるのだが、それはまるで幼児の頃にぬいぐるみを可愛がっていた時の感覚だった。
ぬいぐるみのように生きているわけではないものを可愛がる。子供の自分が唯一自由にできるものとしての感情が芽生えた。
それを支配欲とでもいうのだろうが、子供の麗美にそんなことが分かるはずもない。
しかも、ぬいぐるみが見返りをしてくれるわけもない。それでもぬいぐるみのためならと思う。
気を遣っているという感覚はなかった。気を遣うという感覚が分かる年でもないからである。
――留美は、私にとっても。幼児の頃のぬいぐるみ?
そんなことはない。
留美はれっきとした人間なのだ。だが、留美を見ていると、どこか儚い思いが滲みだしていた。後で留美の命に限りがあると聞かされた時、
――やっぱり――
と感じたのだが、その思いは自分の勘が当たっていたことに対しての思いであり、麗美に対しての思いとは違っていた。
麗美の命に限りがあると聞かされた時、最初に感じたのは、
――私にはどうすることもできない――
という思いだった。
どうすることもできないのに、これからどう付き合っていけばいいのか、悩んでしまう。だが、考えてみれば、自分が悪いわけではない。それなのに、自分から悩んでしまうというもの理不尽だ。そう思うと、悩むことがバカバカしくもなってきた。自分の我儘だと思える感情が、麗美の中で機械的に発展していく。
留美が不治の病だと聞いた時、留美にどのように対応すればいいのか分からなかった。自分は以前、友達が救急車で運ばれる時、余計なことを口走ったという記憶があるため、人に気を遣ったりすることが、却って相手に対して余計なことになるという意識があるのだ。
それでも、いつの間にか留美と一緒にいることで、自分が留美に何かを与えているような気分になった。それは幼児の頃にb¥ぬいぐるみを可愛がっていた感覚に似ている。
よくよく考えれば、何か危険な感覚ではないかと思えたのだろうが、その頃の麗美は単純に留美に何かを与えているという感覚が嬉しくて、余計なことを考えないようにしていた。
それがよかったのか、麗美は留美との関係において、不都合が生じくことはなかった。
「麗美が一緒にいてくれて、私は嬉しい」
留美の言葉に嘘はないということは分かっていた。だから、麗美は嬉しかったのだ。
その頃の麗美は、自分が嬉しいと思うことが一番だった。それが正義であり、自分を納得させられる正当性だった。
――一人よがりであっても、それを相手が分かってくれれば、それでいいんだ――
と麗美は感じていた。
それからの麗美は、好き嫌いがハッキリとしてきた。
一番ひどく嫌がっていたのは、騒音だった。
近所から聞こえてくる工事の音、あるいは、子供の無神経な叫び声、
――人の迷惑なんて子供には関係ないんだ――
と分かってはいるが、無神経な声を聴くと、自分の神経が逆撫でさせられるのを感じるのだ。
その頃からの麗美は、無神経な人に対して嫌悪感が半端ではなかった。人に気を遣うことをあまり好きではないと思っているくせに、無神経な人を見ると、むかついてくるのだ。それが自分の中で矛盾していることは分かっていたが、近い将来、確実に自分を納得させられる正当性を見つけられると信じていた。その感情はかなりの確率で高いもので、麗美にとってのトラウマの解消に役立つものとなっていった。
子供の頃から感じているトラウマはいくつかあったが。大人になるにつれて、消えていった。
――消えるくらいなら、最初からトラウマなんかじゃなかったんじゃないかしら?
とも思うが、思春期の微妙な感情の中では、ちょっとしたことでもトラウマになりかねない。
それを分かっているだけに、麗美は思春期が終わることには、自分の過去の感情が少しずつ理解できてきたのだった。
理解できないことも少なくなかったが、それでもそれを矛盾として受け入れることができたのは大きかっただろう。ただ理解できないというだけで受け入れることができないのであれば、考えることもしなかっただろうし、結局自分を都合のいい方向からしか見ることがなかったに違いない。
「麗美は、本当に自分に正直なのね」
と、最初に麗美が自分に正直だということを教えてくれたのは留美だった。
「えっ、そんなことはないわ」
と、照れながら答えたが、まんざらでもないと思っていることを、留美は看破していたに違いない。
「私も自分に正直になれると、麗美のようになれるかしら?」
と留美は言った。
「私のように?」
麗美には留美の本心が分からなかった。
「長く生きられる」
と留美はボソッと答えた。
ショックだった。
グサッと心の奥に突き刺さるものがあったが、どうして留美がそんなことをいうのか、麗美には理解できなかった。
「どうしてそんなことを言うの?」
黙ってスルーすることもできた。
しかし、麗美はその言葉を黙って聞き逃すことはできなかった。黙って聞き逃すということは、留美の言葉を受け入れたことになる。麗美にはその言葉を受け入れることは到底できなかった。
その時に感じたのは、麗美のまわりの空気が固まってしまったということだ。動いているのは自分だけだと思っていたのに、実際にはまわりがゆっくりとしてしか動いていない。そのことを思い知らせてくれたのが、その時だった。
それまでにも同じ感覚はあったが、どうしてそんな感覚になるのか分からなかった。留美にとって、ショッキングなことで、さらに受け入れられない何かを感じた時、まわりの空気が固まるという意識であった。
「どうしてなのかしらね。麗美には何を言っても許される気がするの」
と留美は言った。
それを聞いて麗美は、
――私が後ろめたい気分になることなんてないんだ――
留美は他の人では言いにくいことを、麗美にであれば言えると思っている。
麗美は自分の我儘が通る相手だという意識があったのだろう。
「そうなんだ。てっきり皮肉を言われたのかと思った」
というと、
「皮肉を言っているのよ。でも、皮肉であっても、麗美になら悪いことを言っているという後ろめたさを感じないの。麗美は気分を害しているのかも知れないんだけどね」
と言われて、
「そんなことはないわ。留美の本心が聞けて私は嬉しい」
という麗美に対して、
「私が本心を言えるのは、麗美だけよ」
と、この言葉が決定的となって、麗美は留美に対して全面的にバックアップできるであろう自分を頼もしく感じるようになった。
ただ、その頃から、留美に対して以外では、考え方がシビアになってきた。冷静に考えるようになって、気を遣っている人のその心の奥が見えるようにもなっていた。
――あの人、口ではいいことを言っているけど、見返り目的なのは、その気満々というところかしらね――
と思うのだ。
人の心の裏側が見えてくるというのは、実に気持ち悪いものだ。見たくもないものが見えてしまうという苦しみを持っている人も少なくないだろう。
麗美は、自分がまさかそんな人間であるなど、想像もしていなかった。それでも感じることができるようになったのも、それだけシビアに物事を考えるようになったからではないだろうか。
麗美は留美と向き合うようになって、世間が急に冷たく感じられるようになった。
――きっと他の人は私を見て、なんて自分勝手な女なのだろうと思っているに違いないわ――
と感じていた。
まわりに対しての思い、そしてまわりから自分への視線、さらに留美との相互関係、そのあたりを考えていると、矛盾と両極端な自分が見えてきた。
両極端なのは、子供の頃から感じていた。精神分析的にいえば、
――二重人格――
いや、
――多重人格――
と言えるのであろうが、別に悪いことだとは思わなかった。
しかし、自分の中に潜んでいる矛盾に関しては感じたことがなかった。今から思えば、
――考えてはいたが、それを認めたくない自分がいて、表にその感情を出さないようにしていた――
と感じるのだ。
これは、自己防衛本能が働いているからではないかと麗美は感じた。認めたくないということは、自分を守ろうとしている感情である。自己防衛はあまりいい印象で他人には見られていないが、
――自分を自分で守ることができなくて、人を守ることなんかできっこないわ――
と、自己犠牲を自己防衛を否定するための手段として使うことに、麗美は苛立ちを覚えていた。
そんな時、留美との距離が少し広がった時があった。いつものように麗美は留美と接しているつもりだったが、留美の方で急に冷たくなった感じを受けた。
最初は、
――留美に限ってそんなことは――
と思っていたが、実際には麗美の微妙な留美への人当たりが変わったことを、留美が敏感に感じたからで、先に留美が感じたことをあたかも、その後に感じた自分が先に感じたように思ったことで、急によそよそしい気持ちにさせられたようだ。
確かに留美に限ってそんなことはなかった。それを分からなかったことで、麗美は自分が今度はまわりに凍り付いた空気を滲み出す効果を示してしまった。
麗美は普通に動いているつもりでも、まわりは麗美が凍り付いているように見える。逆に言えば、普通に動いていると思っている麗美は、まわりのスピードがまるで加速装置が付いたことで超高速になってしまったことに気付かない。そのため、早すぎてまわりを見ることができないのだ。自分だけが取り残された気分に、その時麗美は初めて感じることになったのだ。
友達と最初の城に赴いた時、そこでその日にアイドルのイベントが行われることになっているという。こういう場所でのパフォーマンスなので、それほど人気のあるアイドルというわけではないだろう。よくよく聞いてみると、
「アイドルの何か選手権のようなものがあるって聞いてますよ」
というのが地元の人の話だった。
友達はアイドルに興味など持っているわけではないので、その話を聞いても右から左に抜けていたが、麗美は無視できるものではなかった。
――どんなアイドルなんだろう?
友達は麗美がアイドルに興味を持っていることを知らない。どちらかというとアイドルを蔑視しているところがあって、そういう意味では麗美がその友達と少し距離を置いているのは、そんなところがあったからだ。
友達はミーハーが大嫌いだった。女の子なのに城が好きだというのも、まわりにミーハーだと思われたくないという思いがあったに違いない。友達はハッキリとは言わないが、明らかにミーハーな人間を軽視しているようだ。
その城は、それほど大きな城ではなかったが、天守閣が残っている。もちろん、昔からの天守がそのまま残っているわけではないが、現存天守の中でも最近になって建てられたものなので、厳密なお城ファンには、あまり受け入れられていないかも知れない。
だが、友達が最初にこの場所を選んだのには理由があった。
「ここの城から攻略していくというのは、城主を配下から領主、そして大名へと、どんどん位が上がってくるのを見ることができるという意味で、楽しいと私は思っているのよ」
と言っていた。
なるほど、城を城主の立場から見るというのは、歴史学の検知から城を見るという意味で、画期的な気がした。
この城は天守が小さいということもあって、表に出ることができる。少し危ないので、金属の網が張り巡らされているが、それでも天守から表に出ることができるのは嬉しいことだった。
城下町が残っていれば、本当に城主になったような気分になれると思ったが、もし当時生きていて、自分が城主だったら、そんな呑気な気分になれるだろうか?
――いつ戦になって命を奪われるか分からない――
という思いがあった。
しかも、城主ともなれば、戦に負ければそのまま城と運命を共にしてそこで切腹だったりして討死をするか、あるいは、相手の手に掛かって惨殺された挙句、首を跳ねられ、相手の手によって、さらし首という憂き目に遭ってしまうだろう。
さらに自分の身内の人間が、すべて見せしめのために惨殺されて、同じように晒し首になったり、それは老人や子供であっても容赦はない。血族もろとも葬り去られ、それによって報復を受けないようにするのも戦国の世の常だったのだろう。
数々の残虐な歴史を刻んできた日本の歴史、その中でも世の中全体が戦とは切っても切り離せない戦国時代、容赦をすれば、すぐに自分の身が危なくなる。そんなシビアな世界を思いうかべるだけで、恐ろしい気持ちにさせられる。
麗美は天守から表に出てみた。
――怖い――
そこは、下から見ていたよりもさらに高く感じられるところだった。
麗美自身、別に高所恐怖症だというわけでもなく、今までにも展望台やタワーのような高いところに上っても、それほど怖いと感じることはなかったはずだ。
それなのに、どうして急に怖いと感じたのか?
それは、天守に出た瞬間、一陣の風が吹いてきたからだった。
その日は、それほど寒いわけでもなく、むしろポカポカ陽気のはずなのに、天守から出た瞬間に感じた風には、肌寒さがあった。
身体が吹き飛ばされそうになったその風に、思わず顔をそむけてしまったことで、今まで見たことのない角度の光景が目の前に飛び込んできた。
それは、破風と呼ばれる屋根の隙間に一つの穴を見つけたことから始めった。
その穴は真っ暗で、この角度から見ないと、その存在に気付かないものであった。つまりは風による偶然で見つけたその穴は、偶然が重ならない限り、誰にも発見されることのないものだった。
麗美は興味はあったが、
――ここは知らなかったことにしなければいけない場所なんだ――
と感じた。
もし、ここの存在を知ってしまったことで誰かに話すと、何かの呪いに掛けられてしまうのではないかという錯覚に襲われた。
麗美は、その穴をそれこそ、穴の開くほど眺めたのだ。
ゆっくりとその先に見える穴を見ると、遠近感が取れなくなってしまった。その先には天守閣の屋根を通して、地上が見えるからだ。横に見えている地上までの距離はすぐに感覚が鈍ることでマヒしてしまうが、目を離すことのできないその真っ暗な穴がどこまで続いているのかを考えると、錯覚が錯覚を呼んで、何をしているのか分からなくなってしまうだろう。
――まさか、これも昔の人の知恵なのかしら?
と思った。
確かにこんなところに穴があるというのはおかしなものだが、考えてみれば、この天守は昔から残っているわけではない。一度消失してしまった天守を、数年前までかかって、地元の有志や歴史ファンや歴史研究家によってカンパされた寄付金で、立て直すことができたのだ。
「この天守閣は、昔の資料を元に忠実に復元されたって聞いているわ」
と、友達に教えてもらったのだが、そうすると、やはりこの穴は、昔から存在はしていたということだろうか?
立て直した人も、これが何を意味しているものなのか、分かっているはずもない。歴史家にはいくつかの仮説が立てられているだろうが、そのどれもが本当に仮説に過ぎなく、本当のことを分かる人など、どこにいるというのだろう。
それこそ、昔の資料が見つかって、証明してくれる内容でもない限り、想像は妄想の域を出ることはないだろう。
麗美がその穴を意識して、その場所から逃れることができない状態になっていると、麗美の異常に気付いたのか、
「どうしたの? 早く行くわよ」
と、友達は言い放った。
麗美にとっては、言い放ってもらった方がよかった。なまじ相手が異常に気付いたことで同情の気持ちになってしまうと、麗美はその気持ちに甘えてしまい、逃れることのできないループに入り込んでしまうに違いない。言い放つようにしてくれた方が、麗美にとってはその冷たさが、自分を冷静にしてくれ、別の発想も浮かんでくることだろう。
麗美は屋根の上から目を離そうと何とか努力していたが、どうしても、目の横の方になってしまった、地上までの光景が、麗美の視線を切ることを許さないのではないかと思いながらも、どうすることもできないその状況に身を任せるしかなかった。
すると、さっきまで誰もいなかった地上が、少し慌ただしくなってきた。
――さっきよりも人が増えてきたわ。それも、お城見物には程遠い雰囲気の連中が見えていた――
年齢的には麗美とあまり変わりのない連中だった。
鉢巻をして、はっぴを着ている。手にはペンライトのようなものを持っていて、明らかにアイドルのおっかけとでも言おうか、友達には嫌悪にしか見えないであろう、ヲタクの登場だった。
さぞや怪訝な表情をしているであろう友達の顔を見たいと思ったが、視線を切ることができなかった。今の麗美は友達の顔を確認する余裕などないはずだった。早く視線を穴と地上から切らなければ、。このまま抜け出すことのできない世界に入り込んでしまいそうで怖かった。
――しょせん、イベントとしてのショーに、そんなにファンが押し寄せるなど、考えてもみなかった――
と麗美は感じた。
だが、彼らの出現は麗美によってはいい方に影響したようで、さっきまで切ることのできなかった視線が、お城には一種異様な光景でしかないファンのいでたちを真上から見ていると、さっきまで捉えることのできなかった遠近感を捉えることができるようになったと感じたのだ。
――イベントと言っても、結構な効果だわ――
と麗美は感じた。
視線を切ることができると、すぐに下を見るのをやめて、天守の中に戻ることができるだろう。
そう思ってもう一度、今度は地上を意識することなくさっきの穴を確認しようと思ったが、さっきまで見えていたはずの穴がなくなっていた。
――おかしいわ――
と麗美は、最初に見えた角度に再度身体を任せたが、やはり穴を確認することができなかった。
――錯覚だったのかしら?
もし錯覚だったとするならば、それは遠近感が起こさせたものであり、遠近感のマヒが恐怖を煽ったことで、ありもしない穴を見てしまったのかも知れない。
だが、麗美にはさっきの穴が錯覚だったとはどうしても思えなかった。ただ、そんな穴の存在を誰も教えてくれたわけでもない。皆が知っていて。口裏を合わせて、自分に知らせないようにしているだけだとすれば、出来上がったと思っていた偶然が、何かの見えない力によって導かれたものだと思えなくもない。
麗美は、背筋にゾッとしたものを感じた。さっき距離感がマヒしたことで襲ってきた恐怖とはまた違ったものだった。
――一点にしか視線を持っていくことができないのが、恐怖の原因なのかも知れない――
視線を逸らすことができないのは、視線を逸らすことで、
――何か見てはいけないものを見てしまうことになる――
と考えてしまった。
視線というものが一度確立してしまうと、なかなか抜けないのが人間である。それは他の動物にもあるもので、むしろ人間が一番鈍いものなのかも知れない。
それは本能と呼ばれるものであろう。さらに身体だけの視点からいうと、それは条件反射と呼ばれるものになってしまう。
条件反射に感情や感覚が宿ると、そこに本能という言葉が生まれてくる。自分の意思でどうすることもできないのが条件反射。そして抗うことのできない状況には違いないが、条件反射ほど限られた範囲ではなく、ある程度気持ちに余裕があるのが、本能というものではないだろうか。
麗美は、さっき見えていたはっぴを着た人たちが、思ったよりも小さく見えていたことに気付いていた。それでも視線を切る時に感じた大きさは、最初に見た時に感じた小ささに比べれば、かなり大きく感じたように思えた。
――遠近感がマヒしてしまうと感じるのは、被写体の大きさではない――
と思っていただけに、何かキツネにつままれたような曖昧な感覚が頭に残った。
麗美と友達は、天守を下りていた。最初に上った時にはさほど感じなかった階段の勾配が、下る時にはかなりの角度に感じられたのは、上る時と意識が変わってしまったからだろうか?
もし意識を変える何かがあったとすれば、さっき見た天守の屋根にあった真っ黒い穴ではないだろうか。まるで底なし沼にでも吸い込まれそうな感覚に、さっきまでの明るさから急に真っ暗な天守の中に入った時に感じる明暗の差が、さらに先ほどの穴の中にあるものを想像したができなかったことに感じた錯覚を深く抉ったかのように感じられたのである。
会談を上った時よりも倍ほどの時間をかけて下りると、外は晴れあがっていた。遠くの方で歓声が聞こえたかと思うと、いよいよアイドルの登場だった。
「やめようよ」
という友達を制して、麗美は会場に向かった。
そこには仮説と言ってっもいいくらいのステージが作られていて、お世辞にもアイドルのイベントというには程遠さが感じられた。
友達の顔を見ると、さぞや嫌悪に満ちた顔をしているかと思ったが、その表情には哀れみが感じられ、それは蔑むような表情でなかったのだけは、すぐに麗美にも分かった。
「本当に大変なんだ」
という友達の声は少し引きつっているように聞こえた。
麗美はそれを聞きながら、無言で頷いたが、麗美としては、
――見たくなかった――
と感じる光景でもあったのだ。
麗美が見たくなかったと思ったのは、ミーハーを毛嫌いしている友達にまで同情されるほどのアイドルが、本当に自分が憧れているアイドルと同じものなのか、その距離感に疑問を感じたのだ。
――距離感?
それはさっきの遠近感をマヒさせた光景と、感覚的に似ているのではないだろうか?
麗美はアイドルとの距離感を今まで手の届かない存在として感じていたのだが、こうやって屋外でのイベントを見ていると、
――こんなに近いんだ――
と感じた。
しかし、ステージ上の彼女たちの躍動感から感じるものは、
――やっぱり私のような中途半端な考えではなれるものではないのかも知れないわ――
華やかなステージばかりをイメージしてきたが、このような下積みを知らずにアイドルに憧れるのは、彼女たちへの冒涜に思えた。それでも、彼女たちを見ていると、
――自分もあそこに立ってみたい――
という感情に駆られてきて、アイドルをミーハーとして一刀両断にはできないものだと改めて感じる麗美だった。
麗美は自分がステージに集中していることに気が付いた。音楽に合わせて一糸乱れぬダンスに、目は奪われてしまっていたのだ。
思わずステップしてしまいそうになる自分を制しながら、
「そんなに動いて大丈夫なの?」
と友達に言われて、
「えっ? 何が?」
と友達の方を振り向くと、その顔には真剣さが滲んでいた。
――何をそんなに心配しているんだろう?
麗美は自分が熱中しすぎて、途中で気分が悪くなってしまったりしたこともなかったし、誰かに迷惑を掛けたという意識もなかった。
それなのに友達の表情には何かのっぴきならないものが感じられたのだ。
麗美はその時、留美を思い出していた。
留美は不治の病と言われながらも、頑張って生きている。
そういえば、留美が荒れた時期があったのを麗美は思い出していた。
あれは、麗美が中学生の頃くらいであっただろうか。留美は、
「小学生を卒業できるか分からないらしい」
と言われていて、本人も、
「私は制服を着ることができないんだわ」
と言っていた。
その表情は悲しそうというよりも寂しそうに見えた。死ぬのが悲しいというよりも制服を着ることができないことの方に寂しさを感じたのだろう。そう思うと、
――留美は死ぬのが怖くないのかしら?
と感じていた。
しかも、小学生の頃の留美は、死を目の前にしているというわりには、取り乱したりすることはなかった。いかにも優等生を演じているようで、それはそれで虚しさを感じられた。
不謹慎なのかも知れないが、その態度にはわざとらしさが感じられるほどで、本人はそんなことなどあるはずもないのにどうしてなのか、麗美には分からなかった。
それでも取り乱さないことはそれだけで素晴らしいことだった。何が素晴らしいといって、自分にマネのできることではないという思いがあるからだった。
――小学生なのに――
という思いが先に立って留美を見ていたからだろうか。留美の潔さがそのまま凛々しさに繋がっているように見えたのだ。
留美が自分の見ていないところで苦しんでいるということは分かっていた。あそこまで潔くしておきながら、白々しさまで感じさせるということは、それだけ苦しみが背中合わせである証拠である。逆に白々しさが感じられなければ、留美が苦しんでいるという思いを抱くこともなかっただろう。
だから留美に対して感じた白々しさは感じたとしても、それを後ろめたく感じることなどないのだ。
留美の小学生時代は、限られた、いや、決められた運命を忠実に生きただけなのだ。苦しみが伝わってこないのが、ある意味苛立ちに思うほどで、その思いが白々しさを醸し出したのかも知れない。
留美は、そのまま死ぬこともなく中学時代を無事に迎えた。さぞや留美の両親はホッとしたことだろう。
だが、留美を中心とした当事者にとっては、拍子抜けしたという思いが強いのも仕方のないことだろう。何しろ、死を宣告されていたのだから、
「生涯をまっとうさせてあげたい」
という思いと、
「寿命の限り、一生懸命に生きる」
という思いが強ければ強いほど、タイムリミットと思っていた時間を通り過ぎると、そこには虚しさは漂う惰性のような時間が横たわっているのだ。
最初から決まっていなかった時間を与えられると、どう生きていいのか分からないだろう。
親もどう接していいのか分からないし、本人も、本来であれば死んでいるはずの世界にまだとどまっているという思いと、ここから先はいつ死んでもしょうがないという思いとが交差して、情緒も不安定になるに違いない。
医者はそこまで考えていなかった。
留美は次第にひきこもりのようになり、両親もそれをとがめることはなかった。
たまに、
「留美ちゃん、どこかにお出かけしましょうか?」
と母親が言っても、留美は何も言わない。
留美は自分の部屋に閉じこもって出てこなくなった。学校にも行かなくなり、事情は知っている学校の先生も、あまり訪問してくることはなかった。
学校ではそれ以外にもひきこもりの生徒を抱えていて、留美に関わっている暇はなかったのだ。
学校側の方針としても、
「彼女の出席に関しては。先生方はあまり深入りしないでください」
と言われていた。
元々、小学校も高学年になってから通うようになった。
「このまま学校というものを知らずに死ぬなんていやだわ」
という留美の意見を優先し、先生も親も留美を学校に行かせることにした。体育の授業や、修学旅行や遠足といった学校行事には参加させないという条件の元にである。
もちろん、ドクターストップはかかっていた。ただ、学校への通学だけは別に先生からストップがかかっていたわけではない。
「留美さんが学校に行きたいのだとすれば、別に通学しても構いませんよ。ただし、学校行事や運動はできませんから、そこのところは覚悟なさってください」
と言われていた。
留美は、
「じゃあ、私学校に行く」
と言って通学するようになったのだが、一緒に麗美と通学するのが、本当に楽しそうだった。
麗美は小学生の頃、あまり自分の運命について何も言わなかった。それが潔さなのか、麗美には凛々しく思えた。
ただ、時々見せる寂しそうな表情に、麗美は何とも言えない息苦しさを感じていた。
低学年の頃、他の友達のことで救急車で運ばれる時、余計なことを口走ってしまった自分を忘れたことはなかったが、留美と一緒にいる時は、そのことを忘れていたような気がした。
留美は麗美をどう思っていたのか。麗美が思っているのは、
――留美は自分のことだけで精いっぱいのはずだよね――
という思いだった。
自分のことで精いっぱいになると、まわりのことなどどうでもいいと思うか、関わりたくないと思うかのどちらかではないかと思う。もし関わりたくないと考えるのであれば、学校に行こうなどとは思わないだろう。
学校に行けば、まわりからの慈悲に満ちた表情が浴びせられることであろう。しかし、それは本人に対してどのように写るのか、
――どんなに慈悲の目を浴びせられたって、まわりの人にどうすることもできないのよ。しょせん皆他人事なのよ――
と思うことだろう。
麗美がその立場に立たされたら、そう思うに違いない。慈悲の視線など煩わしいだけでしかない。
しかも、寿命が決まっているのだから、その時がやってくるまでは、まわりも気を遣ってくれることだろう。しかし、いざ死んでしまうと、留美への感情などすぐに忘れ去られてしまう。イベントが通り過ぎるだけのことなのだ。
そうなると、すでに留美は皆の感情の中では、
――通り過ぎてしまった人――
ということになるだろう。
もちろん、留美のことに気を遣ってくれる人も少なくはない。しかし、留美の中で自分への視線が冷めたものであると感じた瞬間から、気を遣ってくれている一部の人がいたとしても、それは、
――その他大勢――
でしかなく、十羽一絡げであるかのように思えてしまう。
そうなると、相手とすれば、自分だけは違っていると思っているのに、皆同じに見られてしまうことは納得のいくことではないだろう。いくら相手が不治の病だとしても、自分の気持ちを打ち消されることを許すことはできないだろう。
そうなると、留美のことを無視しようという思いが強くなる。
――彼女のことを考えるから、自分が損をすることになるんだわ――
という思いに至る。
――どうして死んでくれなかったの――
と、思ってはいけないことを感じてしまうだろう。
だが、その思いを一番感じているのは留美だろう。本人と他人の違いはあっても、同じことを考えているのだとすれば、距離はかなりのものであるにも関わらず、見えるはずもない遠い距離のものが、まるで目の前に鎮座している感情であるかのように思う。その微妙な距離感が、留美には痛々しく感じられる。
まわりの目はいくら留美の気持ちが見えたとしても、それは他人事でしかない。しかし、当事者である留美は痛々しさは死活問題であり、精神的にひきこもるだけの事情を備えることになるのであろう。
留美は、自分の人生が、
――まるで一度死んで、その先から折り返しているかのような気がする――
と思っていた。
留美は、小学生の頃、目の前に死という恐怖を抱えていながら、いろいろなことを考えていた。
――恐怖に立ち向かうには、何かを考えることで気を逸らすのが一番なのかも知れない――
と感じていた。
それが余計なことでも関係はない。本人が余計なことだと思わなければいいのだ。
死に直面している人ほど自分が何かを考えていると自覚している時、それが余計なことだとは思わないはずだ。時間が限られているのだから、そんな時に何が怖いかというと、
「無駄と思える時間を過ごすことなのよ」
と、留美は麗美に言っていた。
「そうね。無駄だと思うことを過ごすのは、今の私でも嫌なことだわ。いつ何があるか分からないという思いがあるからね」
というと、留美は暗い表情になった。
自分の言葉がデリケートな部分を刺激したのだと気付いた麗美は、
「そんなつもりじゃなかったのよ。でも、普通に生きている人だって、いつ交通事故で死んでしまうか分からないというのも本当なのよ」
と麗美は言った。
麗美はそれを留美への言い訳のつもりで言ったわけではない。
麗美としても、留美が苦しんでいるのは分かっているが、留美が苦しんでいるのを見ると、小学生の頃に見た衝撃的な事故の場面を思い出していた。
「キュルキュルキュル」
というブレーキ音が響いたかと思うと、
「ガシャン」
というガラスが割れる音が聞こえた。
それが交通事故であることは分かったが、その時に鼻を突いた石のような臭いが今でも思い出される。
「ブーン」
という警笛の音が鳴り響いた。
それは車の中で前倒しになって倒れた運転手がクラクションを身体が鳴らしたためだった。
その音に麗美は恐怖を感じた。麗美が救急車のサイレンの音に恐怖を感じているのは間違いではないが、本当に恐怖を感じたのは、この時の警笛の音だったのだ。
警笛の音はずっと同じ音量だったはずなのに、その時々で起伏の激しさが感じられた。音が少し籠ってきたかと思うと、急にカラカラに乾いた空気をぶち抜くような奇声にも似た音が鳴る響いた。
――そうだわ、奇声のように聞こえたんだわ――
麗美がサイレンなどの音に恐怖を感じるのは、奇声を感じたと思ったからだ。
しかも、サイレンなどの音は、ドップラー効果によって、通り過ぎると音が籠って聞こえてくる。理由は分かっているが、理屈は分からないのだ。
そして最近になって奇声に似た音に恐怖を感じる理由として、
「機械音って、その特性から、どこで鳴っているのか分からないものなのよね」
と言っている話を聞いたことがあったからだ。
麗美がどうしてサイレンの音に恐怖を感じるのか、そのことを考えていると、アイドルへの声援に、
――どうして嫌な気がしないのかしら?
と、いまさらながらに感じたのだ。
それが、友達が麗美に対して、
「大丈夫?」
と聞いた心境からだということに麗美は次第に感じるようになっていた。
麗美はアイドルを好きになった理由の一つに、留美の存在があった。留美は表に出ることもあまりなく、テレビばかり見ていて、アイドルに関してかなり詳しくなっていた。
それまでアイドルに興味もなかった麗美だったが、留美の話を聞いているうちに、自分もアイドルに興味を持つようになった。それからは、アイドルと自分を投影し、
――私もあんな風になれればいいな――
という思いを抱くようになった。
それは想像ではなく妄想であることは自分でも分かっていたはずなのに、なぜか自分がアイドルになれるような気がしてくるから不思議だった。
――自分が抱えている闇って、アイドルの悩みに近いんじゃないかしら?
と感じていた。
アイドルがどんな悩みを持っているかということはハッキリとは分からなかった。だが、アイドルというと、万民に好かれるようなイメージが強く、さらに最近のアイドルは、
「恋愛禁止」
などという禁止事項もあり、普通の女の子のように過ごすことのできないことで、焦れ難が生じてくることを、何となくだが分かっているのだ。
麗美は、変なところで大人のような考えを持つことがあった。急に冷静になったり、子供の発想ではない何かが閃いたりするのだが、それもテレビやアイドルの影響なのではないかと思うようになった。
小学生低学年の頃、友達が救急車で運ばれた時、余計なことを言ったのも、テレビやドラマの見すぎだと、麗美は思っている。自分がテレビドラマの主人公にでもなったような気持ちで、本当は心の奥にしまいこんでおかなければいけないことを、勝手に口がしゃべってしまうのだ。
そんな時、救急車のサイレンの音を聞いて、麗美は自分がパニックに陥ったことを記憶していない。あの時、サイレンの音と同時に、友達から、
「余計なこと言って」
と言われたことで、麗美の中でパニックを起こしてしまったのだ。
それがまるで麗美の中でパニック症候群でも起こさせるのか、サイレンや警笛の音に敏感になっている。
その音がすれば、急に自分が不安になってしまうことを悟り、すべての大きな音に対して自分がパニックになってしまうという錯覚を覚えているのだ。
だが実際にはサイレンや警笛の音以外で、パニックを起こすことはなかった。アイドルの声援に対しては別に異常な不安が起こることはなく、アイドルに憧れる自分への応援に聞こえて、パニックになることはなかった。
そのおかげで、麗美は自分がステージに上がっても、上がってしまうことはないだろうと思うようになっていた。だから、アイドルになれると思ったというのも、緊張がパニックに繋がるわけではないという意識が自分にはあるからだと思っている。
だが、今日城を巡ってみて、実際に自分がアイドルとは程遠い存在であることを認識した気がした。城から下を見た光景であったり、発見した穴の存在。さらには、昨日見かけた「箱の中の箱」。
それぞれを見比べてみると、自分とアイドルとの距離を感じるのだ。
麗美はアイドルへの憧れを消したわけではないが、それは今ではなく、もう少し後になって自分が出す結論に結びついてくるものに感じられた。
ステージを漠然と見ていた麗美だったが、そこで踊っていたのは晴美だった。
「アイドルになったんだ」
と、ステージ上で輝いている晴美を見ると、やはり自分にはアイドルが遠い存在であることを思い知らされた。
城めぐりから帰ってきてからの麗美はアイドルへの憧れを持ったまま、小説家を目指すようになった。
文章はそれほど得意とは言えないが、なぜ小説家を目指そうと思ったのか、それは、留美に言われて読んだ本に、陶酔してしまったからだ。
その本はアイドルに憧れる女の子の話で、まるで麗美のことを描いているかのようであった。
大学生になってからも小説をずっと書いていて、そのうちに留美が死んでしまった。
自分に小説を書くという道を残してくれた留美を愛おしく感じていたが、留美が実は陰で小説を書いていたことを知らなかった。
留美の意思で、彼女が小説を書いていたことはオフレコにされ、死んだ後も誰にも明かされることもなかったので、麗美はもちろん、まわりの誰も知らなかった。知っているのは留美の両親と身内だけだったが、実は留美の死んだあとも、留美のペンネームで小説は発表されていた。
留美には姉がいた。留美自身も知らなかったが、留美が亡くなる半年前に両親から話されたのだという。
留美は姉に自分の小説の話をして、姉に自分の意思を託した。出版社も姉の文章力に一目置いていて、
「これなら、立派に遺志を継ぐことができますよ」
と言われた。
麗美は姉の小説をライバル視し、刺激にすることで、自分も小説家デビューを果たすことができた。
麗美は小説界でのアイドルを目指していた。留美の遺志を継いでいるのは自分だという自負もあった。
ただ、麗美の話は突飛なところが多く、ところどころ発想が飛んでいた。それでも彼女の小説を陶酔するファンもいて、麗美は異色な小説家としての地位を確保していたのだ。
麗美にも姉がいた。留美の姉の気持ちは、麗美になら分かるのだろう。留美が書いていた作品が途中から微妙に作風が変わったことに気付いていたのは、麗美だけだった。
留美の作品を本当に継承したのは麗美だった。
「人は死んだら、どうなるんだろう?」
麗美はそのことを考えながら、小説を書くようになっていた。
そのことを考え始めると、耳の奥から聞こえてくるサイレンの音が、どこからともなく聞こえてくるようで不安な気持ちにさせる。その不安の答えを麗美は、
「留美ならどう答えるだろう?」
と思うことで、次第に考えがまとまってくるのだと思っていたのだ……。
( 完 )
夢先継承 森本 晃次 @kakku
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