第52話 エピローグ

 





 七海はクスリの影響もあるが、酷く衰弱していたこともあり、すぐに病院に運び込まれた。

 一時は危険な状態になったりもしたと聞いたけど、無事に峠は超えたようで今に至る。


 体力の低下もあるが、社会復帰はまだ時間がかかるそう。

 それも当然だ。

 あんな大量のクスリを打ち込まれて、無事であるはずがない。

 クスリの後遺症や副作用も何かしらあるのかもしれないが……。



 ***








 俺たちは、欠けた時を埋めるかのように七海と話した。

 懐かしい中学時代のこと。

 七海が転校してからのこと。

 そこで塚原陽菜という悪魔に目をつけられたこと。

 今回の一件の始まりなど。

 七海の口から話させるのは辛い様な内容。



 本人は物理的に喋るのも辛いはずなのに、何度も何度も息を吸いながら頑張って言葉を紡いでいた。



 転校してきた当初から嫌がらせが始まった。

 と思い、七海は自分で何とかしようとしたようだった。


 それがーーーーー、始まり。





「結局、失敗しちゃったね」と七海は寂しげに笑った。








 ***





 夜も深まり、足元が寒くなってくる。

 それに伴い、太一、阿久津、と病室を出ていく。


「じゃあね、七海ちゃん。明日も来るよー」


 手を振りながら笑顔で病室を出ていく雅。

 化粧が崩れているところを見ると、かなり泣いたようだ。

 明日はパンパンに目を腫らして来ると思う。


「「…………」」




 そして、病室に訪れる静寂。



 先程までの喧騒はどこへやら。


 床を眺める俺と、ぼんやりと窓の外を眺める七海だけがいた。





「…………事前に、打ち合わせした?」


「……?」


「雅ちゃんじゃなくて、佐々木君が最後に残るなんて……絶対に何かあるもん」


「……おぉー」


 正解。

 俺は事前に、太一たちには時を見計らって席を外すように言ってあった。

 そうじゃなきゃ、こんな訳分からん空気感にはなっていない。

 そもそもちゃんと話すのは、あの七海が転校する修了式の日以来なんだ。

 約3年も会っていない友達に何を語ればいい?

 俺は分からん。



 でも。



 俺には七海に言わなければいけない言葉があった。

 わざわざ太一たちに気を使って出ていってもらって、一対一で伝えなければ意味の無い言葉。


 それを、今。


「七海…………」


「…………ん?」




「色々と、ごめん」



「…………? 何が??」



「俺は…………こんなやり方しか思いつかない」



「…………」



「中学の時も、俺は良かれと思って、七海を『先輩』から引き剥がした。そんなの、七海は望んでいなかったかもしれないのに」



「…………」



「君の気持ちを聞かずに、自分勝手で独りよがりに動いた」




「ずっと、謝りたかったんだ」




「今回の件も同じだよ。……打算的に、確実な結果を得るために計画を立てた」




「…………?」




「……拉致されているのは七海じゃないかって、雅がそんなこと言ってたんだ。俺は当然否定した。『そんな事あるわけないって』」



「………うん」



「でもどこかで俺は、拉致されているのが七海、というして、計画を立てていた」




「……どういうこと……?」




「俺らと拉致されていた『木本七海』は中学時代の友人、というのはすぐに明らかになる事実。それを、俺は使おうとした」




「七海を発見した俺らは、逆上して友人を拉致監禁している奴らをボコボコにする。有り得ない話じゃないだろ? 多分、スジは通っている、と思う」




「確実に俺が釈放されるためには『情状酌量の余地』が必要だった」




「監禁されている『場所』も予想が着いていた。監禁されている『人』も目星がついていた。なのに、




「現在進行形で、七海は苦しんでいたのに」





「俺は、七海よりも自分の計画を優先した」





「…………」





 これが、俺の言いたかったこと。

 ずっとずっと、中学の時から楔のように心に突っかかっていた事。


 どこまでも打算的で。


 人間関係や人の心までも計算に入れて。



 七海は中学の頃、俺の事を『凄い』と言ったけど。





 凄くなんか、ない。






「…………だから、ごめん」



 謝って済む問題じゃない。

 俺は七海を売ったようなもんだ。

 中学の頃も余計な正義感で、傷つけた。






 深々と頭を下げる。




「…………」





「…………」




「…………」




「…………」




「君は……、やっぱり凄いね」







「…………え?」



 腕を組み、何度も何度も頷く七海。



「そっか、佐々木君は、私を何度も何度も傷つけたのか。なんて酷い男なんでしょう」



「それは……もう本当に、言葉がありません」



「だーいすきな先輩と……引き剥がしてくれちゃってさぁ」



「…………」



「オマケにすぐに助けに来なかったぁ? 最低〜〜〜」



「………すいません」





「…………うーんと、じゃあねぇ。どうしてもって言うなら許してあげる」




「?」




「一つ……私の言うこと聞いて」




「…………なんでございましょうか」




 ここまで来たら、自決以外は何でもする覚悟。

 目を瞑り、運命のときを待つーーーーーーーーー。










「責任、とってね」




「…………?」





 意味が分からず、七海の方を見る。




 すると。




 七海は、あの頃と同じように。




 楽しげに笑っていた。

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