人形のような彼女は愛を伝えたい。

雨屋二号

人形のような彼女の愛の伝え方

 彼女は""まるで人形のようだ""と言われていた。


 背中に伸びる長い亜麻色の髪は、素人目にも丁寧に手入れされていることが見て取れる程に綺麗に風に靡く。蜂蜜色の瞳はいつも伏し目がちで、物静かで思慮深い印象を与える佇まいをしている。


 肌荒れなど知らないようなきめ細やかな白い肌。華奢な身体は肉付きという言葉からは縁遠い程のスラリとしたスタイルをしている。


 そんな容姿も相まって彼女は""人形のようだ""と言われるのだが、極め付きはなんと言っても、その表情が一切変わることがないということだろう。


 笑うことも、怒ることも、悲しむことも、呆れることも……それらの感情は一切、表情に出ることがない。だから彼女──夏萱かがや穂垂ほたるは人形のようだと言われていた。


「可愛げのない女だと思いませんか?」


 玄関を開けて入ってきてすぐに、俺の目を見て穂垂は言い放った。昨日は控えめなフリルが施されたブラウスに長いスカートという大人っぽい着こなしだったが、今日はパーカーに短パンという一転してラフな格好に、髪型は後頭部で一纏めにしたポニーテール。

 ちなみにパーカーは俺がなくしたと思っていたやつなのだが、何故持っている?


「可愛げがない?」


 なにやら言いたいことがありそうな穂垂を部屋の中に案内する。穂垂は遠慮することなくゆっくりとソファに腰を降ろすと、その上に置かれた大きなウサギのぬいぐるみを膝の上に置いて、じっと見つめあった。

 ぬいぐるみは穂垂が勝手に置いていったものだ。


「別に俺はそうは思わないが」

「この仏頂面女がですか?」

「急にどうした」

「この顔面観葉植物女が」

「いや、本当にどうした」

「土偶の方がまだ表情豊かだと思いません?」

「落ち着いてくれ」

「はい」


 捲し立てるような早口だが、穂垂の表情は一切変わることがない。とはいえ、明らかになんだか落ち着きのない様子──苛立ちのようなものは伝わってくる。

 一先ず宥めると、穂垂はウサギのぬいぐるみの頬を両手で挟んでもふもふしている。見た目だけなら大人っぽい印象を受けがちな穂垂だが、言動は意外と子供っぽいところがある。


「昨日デートしたじゃないですか」

「ん、そうだな」

「その時に聞こえてしまったんですよね。『つまらなそうだ』って」

「あー……」


 それは昨日のことだ。

 俺と穂垂が一緒に歩いていたら、通りすがった人がこんな事を呟いていた。


──『どう見ても釣り合ってないだろ』

──『彼女、つまらなそうな顔してる』

──『早く帰りたいんだろうな』


 本当に一部の人間の、単純に醜い嫉妬から出た言葉だと思うので俺は気にしていなかった。

 

 ……いや、気にしていたな。


 耳障りだったから、わざとらしく穂垂に顔を近づけて耳打ちしたり、腕組んだりして歩いたな……。今思えばちょっと穂垂に迷惑だったかもしれない。


「私は昔から感情が顔に出ません。だから、誤解を招くことも沢山ありました」

「お笑い芸人目指してた子が、『穂垂が笑ってくれないことに心折れたり』か」

「はい、その子は弁護士を目指すようになってしまいました」

「まあ、それはそれで立派なことだと思うぞ……」


 というか、その子が極端に振り切ってしまった稀有な例だと思うが。


「私は昨日のデートがつまらないなんて思ってないです。蓮太郎れんたろうさんも昨日はなんだか距離が近い気がして……はい」

「そ、そうか……?」


 よかった。昨日の俺は近づき過ぎたと思ったが大丈夫だったようだ。

 しかし、確かに穂垂は感情が顔に出ないと言われているし、今も淡々と無表情で話しているにはいるのだが……少し、俺としては首を傾げたいところがある。


「それで私気づいたんですよ」

「ん?」

「顔に出ないなら、それ以外で表現すればいいと」

「え?」

「蓮太郎さんの彼女として、蓮太郎さんにしっかり愛を伝えられるように」

「いや、待て。俺は別に──」

「ということで始めましょう」

「何を!?」


 穂垂はウサギのぬいぐるみを膝から降ろすと、じっと俺の目を見つめる。

 一体何をするのかと、固唾を飲み込んだ。


「例えば犬とかは尻尾を振って喜びを表現するじゃないですか」


 そう言って穂垂は自分の頭の後辺りに指を差す。


「なるほど、だからポニーテールだったのか」

「はい」


 一瞬、""犬""と""ポニー""は違う動物ですよ。なんて言いそうになったが堪えた。


「では今日はこれで感情を表していきたいと思います。何か質問してみてください」

「なんかの動画の企画みたいだな……まあ、わかった」


 なんか活き活きしてるので、水を差すのはやめておいて穂垂に付き合うことにする。こういうくだらないことをするのが一番楽しかったりするものだし。


「んー、じゃあ…………昨日のデートは楽しかったか?」


 正直、答えはさっき聞いたようなものだが改めて聞いてみる。というか、質問と言われてもパッと思い浮かばなかった。

 穂垂は目をぱちくりとさせて、少し深く息を吸った。そして──


「それはもちろん──」


 と、全力で頭を左右に振った。


「待て! どっちだ!?」


 否定されているようにしか見えないんだが!?


「え? 見てわからないですか?」

「…………見たとおりなら『楽しくなかった』だと思うが」

「なんですと」


 今度はゆっくり大きく頭を振る……左右に。


「尻尾ですよ。尻尾を振るんです。嬉しいから」

「いや、頭をそうやって振られると人間的には否定してるように見えるから」

「……なるほど。では縦に振りましょうか」


 そう言って今度は頭を縦に振る。

 左右に振ってる時もそうだが、穂垂は終始真顔である。


「ですが、縦だとあまり尻尾が動いてないように感じるんですよね」

「左右に振ったときに比べると確かにそうか? いや、そんなことはないと思うけど」


 丁寧に手入れされているであろう穂垂の髪は、頭を振った勢いに逆らわず揺れているが、本人は納得できないようだ。


「……あっ、回転させてみましょう」

「は?」


 そう言って穂垂は頭を大きくぐるりぐるりと回し始めた。まるで歌舞伎のように。

 そして、相変わらず真顔である。感情の表現を顔以外でやるという趣旨なので真顔なのは当たり前ではあるが、これが採用されたら毎回こんなことをするのだろうか。

 

 そう思ってたら、穂垂の動きがピタリと止まる。


「……蓮太郎さん」

「どうした」

「吐きそうです」

「当たり前だ!」


 穂垂は真顔で訴えたあとに深呼吸をして吐き気に抗う。こんなことをいちいちしていたら身が持たない……。


「やめよう。尻尾作戦は」

「駄目ですか」

「駄目だろ。そんなになるんだったら」

「そうですか」


 穂垂は段々と落ち着いてきたようで、再びウサギのぬいぐるみと向き合った。

 確かに表情が変化しないけど、俺には少し穂垂の感情が読み取れはする。


「尻尾はだめですか」

「まあ、そうだな」

「じゃあ、この髪型もだめですか?」

「いや、それは──」

 

 穂垂は俺の目を真っ直ぐ見つめてくる。


「別に駄目じゃないだろ。というか、いいと思うぞ、可愛くて」

「そうですか。ありがとうございます」


 淡々とそう言う穂垂はまたしてもウサギのぬいぐるみに目を落とす。俺の感想なんてどうでもいいように伏し目がちにウサギのぬいぐるみを見つめる。


 穂垂の表情を一切変えることのない、正しくポーカーフェイスと呼ばれる心のない顔。それは彼女の昔からのコンプレックスだった。だから彼女はきっと気づいていない。


 自分の頬が赤く染まっていることに。


「…………」


 俯いてウサギのぬいぐるみを見つめる穂垂の、その頬や耳が真っ赤に染まっている。

 その様子をみて俺が恥ずかしくなる。

 穂垂は自分では気づいていないんだ。穂垂の目や口や眉は笑ったり、泣いたり、怒ったりしても動くことはない。だが、その人一倍美しい陶器のような肌をした頬や耳はわかりやすく色を変える。


「……わかりやすいだろ」


 ぽつりと、聞こえないように呟いた。

 きっとこれは恋人の特権なのだと思うと、もう少し眺めていたくなってしまった。

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人形のような彼女は愛を伝えたい。 雨屋二号 @4MY25

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