第22話:難局、再び……
「ルハン……。あのさぁ、その……。今回のことは、なんつって謝ればいいか……。いや、謝るってのは違うか、それだとルハンがもっと惨めに――」
「ちょっとマホロっち! 惨めとか言わない。ルハン兄がさらに傷つくでしょ」
「あ、そっか。わりぃ。じゃあ、その、ええっと……。とりあえず街に戻ったらなんかオゴるよ。なんでも食ってくれ」
「マホロっち、文無しでしょ? もういいから、今はそっとしといてあげなよ」
「あ、うん……」
先頭を力なく歩きながら下山するルハンの後ろ姿に、先ほどから何度も話しかけてみるマホロだったが、一度たりとも振り向いてもらえていない。
ネルフィンの指摘通り、的外れな声掛けばかりになってしまっていることも原因の一つだろう。
ちなみにファミルは、まだダソクと話すことがあるらしく、一人あの場所に残っている。
話がまとまったら一人で下山するとのことだった。
すでにダソクを手なずけている様子だったので、身の危険はないと判断し、マホロ、ルハン、ネルフィンの三人だけで一旦山を下りることになった。
「おお、お前たち。よく無事に帰ってきたのう」
山の裾へたどり着くと、そこにはガウロじいさんが待ち構えていた。
後払いの報酬でもあるのだろうか。
「なんだよじいさん、追加費用でも必要なのか?」
「違う違う。単に、あんたらが無事に戻ってくるか心配でのう。商売とはいえ、わしの案内で死人が出ると夢見が悪いもんでな」
「なるほど、いいとこあるじゃん、じいさん」
ガウロがチラリとルハンへ目をやる。「それはそうと、こっちの兄ちゃんはどうしたんじゃ? 行きとは別人じゃぞ」
「あー……いや、そこはノータッチでお願いしたいんだけども。なぁネルフィン?」
「そう、だねぇ。あははは……」
「なんだかわからんが、まあええわい。まるで新妻に逃げられたような顔をしとるもんでな」
ルハンの体がピクリと反応する。
「あーっとじいさん! とにかく、俺たちは無事だから、うん! もう大丈夫! だから、じいさんはもうおうちに帰ってOK! ね?」
ガウロはどこか釈然としないといった様子で小首を
その姿を見送りながら、マホロがそっとネルフィンに耳打ちする。「こりゃ、今後の旅はルハン抜きになりそうだな」
「かもね」
「ってことは、今回の巨大乱獣平定の一件を武器に俺が国民番号を取得する、ってのも怪しくなってきたよなぁ。ルハンの協力がなきゃ難しそうだし……」
「聞こえてるぞマホロ」
ビクリとするマホロとネルフィン。
戦々恐々としながらルハンの動向をうかがっていると、うなだれていた状態からゆっくりと体を起こした後、マホロたちの方へ体を向けた。
「見損なうな。僕は誇り高き九騎聖だ。約束は守る。君は約束通り、この国の五大厄災であるタルメリ区の乱獣を平定したんだ。詳しくはファミルが帰ってきてからだが、この状況なら平定されたとみてまず間違いないだろう」
「あ、そ、そうですか……」
「それと……。ファミルの件はもういい。誰を選ぶかは、ファミルが決めることだ。僕が介入することじゃない。いくら婚約していたとしてもね」
「ルハン……」
「マホロもファミルも、自分の意志に従うといい。だから、僕も自分の意志に従う」
「へっ?」
「この世界の脅威である転移者マホロを必ず捕らえ、この世界から脅威を取り除く。逆恨みなどではないから勘違いするな。これは、君と出会った時から変わらず持ち続けている意志だ。九騎聖の使命として、ね」
その言葉に、嘘はないように思えた。
先ほど取り乱していた時はやけに小人物に思えてしまったが、この男は世界が認めるTOP9の男なのだ。
九騎聖は、強さだけでなく人柄や品性も問われると聞いた。
ファミルの件で無様な姿を晒したのはたまたまで、それだけファミルのことを愛していた、ということだろう。
いつの世でも、女は男を狂わせるということか。
「……そうか。お前がそう言うならしょうがねぇよ。俺は俺で、全力で抵抗するだけだ」
いろいろと一区切りついたということで、なんとなくルハンに向かって右手を差し出す。
「慣れ合うつもりはない。握手はやめとくよ」
が、あっさりと拒否されてしまった。
なかなかうまくいかないものだ。
*********
「ただいま」
マホロ、ルハン、ネルフィンの三人が下山してから三十分ほど経った頃、ファミルが一人で戻ってきた。
「あ、ファミル姉! おかえり! 帰りは大丈夫だった?」
「うん。ダソクが途中まで送ってくれたから」
「ひぇ~、そこまで手なずけちゃったの?」
「そんな言い方はやめてよネルフィン。友達になったのよ」
「ふーん。まあ、どっちでもいいけど」
ネルフィンとの会話をひとしきり終えたファミルは、照れくさそうに笑いながらマホロへ首を向ける。
マホロも、思わず頬をポリポリと搔きながら相好を崩した。
「で、ダソクとの話し合いはどうなったんだい?」
ルハンが何事もなかったかのように問うた。
さすがは九騎聖だ。立て直しが早い。
九騎聖だからなのかはわからないが。
「……ええ。概ね話はついたわ。ざっくり話すと、週に一度、お酒を山の乱獣たちに渡すの。その代わり、週に一度、人間は自由に山に入って狩猟や採集をしていいっていうことになった。週に一度の決められた日だけは、もし乱獣が人間を見つけても、乱獣の方から離れていってくれるって。お互いで傷つけ合うことは絶対にないようにする、っていうことで合意したわ」
ネルフィンが不思議そうに訊ねる。「乱獣がお酒を欲しがったの?」
「そう。まだ人間たちが危険を承知で山に入っていた頃、乱獣と遭遇した人間がびっくりして、持っていたお酒を落としていくことがあったんだって。それで味を知ったみたい。あと、酔っぱらう気持ちよさとか」
「へぇ、面白いもんだねぇ」
ルハンが話を戻す。「週に一度酒を提供すれば、週に一度人間は自由に山に入れる。それは、タルメリ区の山々の全乱獣に周知されるのかい?」
「二週間くらいあれば周知できるって。こっちも、王国側と交渉しないといけないから、結構時間がかかっちゃうかもって言っておいた。一応、週に一度、大樽十個、ってことになってるけど、大丈夫かな?」
「その程度の交渉ならまったく問題ないね。今までタルメリ区に施してた援助と比べれば、大樽十個なんて雀の涙だよ」
事情を理解したルハンが、マホロに向かって言う。「では、これをもってタルメリ区平定のミッションを達成したと見なす」
「お、マジでっ? やったぁー!」マホロは両手を突き上げ、歓喜の雄叫びをあげる。
「大事な交渉をしたのはファミルだから、手柄の半分はファミルにあるけれどね」
すぐに水を差されたが、ファミルがすかさずフォローに回る。
「ううん。そんなことないわ。マホロ君がいなかったら、交渉の取っ掛かりも掴めなかった。交渉するまでが大変なのよ。だからこそ、今まで私一人じゃ何もできなかった。今回の一件は、マホロ君一人で達成したも同然だよ!」
ばつが悪そうに、わかったよ、とルハンが言い捨てた。
「これで一件落着だね!」ネルフィンが手をパンっと叩いた。「じゃあさ、とりあえずみんなでお祝いのご飯を食べに行こうよ! さっきからお腹が減っちゃって……。ね、いいでしょルハン兄?」
「そうだな。確かに空腹だし、どこか街を探して昼食でも――」
不意に喋るのをやめ、あたりをキョロキョロと見回しだしたルハン。
「どうしたのルハン兄?」
「なんだこの気配は……」
ルハンの表情がいつになく険しい。
よく見ると、その顔には冷や汗を浮かべている。
「きゅ、急にどうしたんだよ?」
マホロの問いに答える余裕がないのか、いつでも剣を抜けるように構えながら、依然周囲を警戒している。
「くそっ。どうやらすっかり囲まれているようだ」
ルハンの言葉を皮切りに、そこらじゅうの木々から人影が現れ出した。
「ぬかった……。僕としたことが。こんな
マホロも身構える。「おいルハン、どういうことだよ。何なんだこいつら?」
「わからない。でも、只者じゃないことはわかる。法力の気配が尋常じゃない」
「法力? ってことは魔法使いか?」
「ああ、おそらくは」
会話しながらも、忙しく周囲に視線を走らせるルハン。
次の瞬間、目を剥き、驚嘆の声を上げる。
「――! バカな! あの旗印は……まさか……」
みるみるうちに蒼白となるルハンの顔色に、ただ事ではないことをマホロも悟る。
ファミルとネルフィンは、ただただ怯えながらキョロキョロしていた。
「なんだよルハン! 誰なんだよあいつら?」
ギリリ、と奥歯を噛みしめながら、ルハンが苦々しくこぼす。
「虹の……旅団だ……」
「に、虹の旅団っ?」ルハンが顔面蒼白となっている理由がすぐに理解できた。「虹の旅団って、五大厄災の一つで、旅団の中でも最強と言われている魔法使い集団、っていうアレかよ?」
「そうだ……」
「嘘だろ……。このタイミングで……?」
最弱無敵の転移者マホロは、無駄な殺生好まない 三笠蓮 @novel_life
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