頭脳レンタル契約

ちびまるフォイ

考えるを考える

「なあ、頼むよ。お前の思考と契約させてくれよ」


「お前と思考契約して、僕になんのメリットが?」


「思考契約したら……漫画の記憶が共有できるぞ!」


「バカ。思考契約では記憶は共有できない。

 そんなこともわからない程度の人間が僕に話しかけるな」


僕は有名大学を出ている超エリート人間。

思考契約をして、僕の頭を使いたい人はいくらでもいる。


自分じゃ思いつかないようなことも、

僕のハイスペック脳であれば思いつく事ができる。


それを期待して思考契約を相談するバカにかぎって、

僕に対してのメリットを提示できない。

まるでおもちゃを欲しがって駄々こねる子供と同じだ。


「まったく、僕の思考契約は安くないってのに……」


ため息をついていると、同じ大学だった友達が電話をかけてきた。


『久しぶり。今なにやってるの?』


「別に。なにもしてないけど。そっちは?」


『バカンス。今はリゾートビーチにいるよ』


「よくそんな金あるな。お前学生時代はいくつもバイトかけもちしてただろう」


『もうそんなのは古いよ。思考契約のサブスク結ばせれば

 寝てても金が入るから本当に最高だよ』


「サブスク……」


『それよりお前まだ会社なんていう古い場所で、

 化石同然の仕事なんて文化を続けてるの?』


「そ、そそそ、そんなわけないだろう。首席の僕だぞ?」


『だよなぁ。悪かった。じゃあ』


どうして思考契約を断るばかりで有料化することを思いつかなかったのか。

バカどもは思考契約結んでも価値はない。

でもそこにお金を貢いでくれるなら話は別。


「ようし、これからは思考契約で大儲けだ」


それからはこれまで断ってきた思考契約を有料で結ぶようになった。

バカどもにこんな使い道があるなんて思わなかった。


バカどもは契約を結ぶと大喜びで感謝していた。


「ありがとう! こんな俺に、君の思考力を貸してもらえるなんて!」


「いやいや。俺も困ったら君の思考も貸してもらうよ」


そんなのは地球が滅んでもないがな。

と、口から出そうになったのをこらえた。


そうしていくうちに思考契約数は数十件にも及んだ。


何十人もの人間が困ったときに僕の頭を使うようになっている。


「なんだか……最近すごく疲れるな……」


前までは夜もぜんぜん起きていられたのに、

今ではすぐに休みたくてたまらない。


医者に相談したときに、その原因ははっきりした。


「あなたが疲れやすくなった原因は思考契約ですよ」


「え?」


「人間の脳は本来、自分のことしか考えないわけです。

 それを何十人もの人が一斉にあなたの脳を使い倒す。

 そんなこと続けていたら疲れるに決まってるでしょう」


「でも……どうすれば」


「思考契約を解除しなさい。あなたがパンクしますよ」


「それしたらこの診察代も払えないんですよ!」


せっかく思考契約で悠々自適な暮らしが待っていると思ったのに。

待っていたのはバカどもに酷使される自分の思考だけだった。


どいつもこいつも好き勝手、僕の脳に頼りやがって……。


せめて何十人も一斉に僕の脳を使うんじゃなく、

ひとりひとりが順番待ちしてくれればまだいいのに。


「はっ、そうか! 契約を減らさずに、パンクも防ぐ方法があった!」


僕はすぐにホームセンターで機材と道具を準備した。

夜の公園に向かうと、ベンチに座っている酔っ払いがいた。


(ホームレスかなんかだろう。人間的な価値は低い。よしやるか)


近づくと、足音で男が目を覚ます。


「な、なんだあんた!?」


「うるせぇ!! 黙って寝てろ!!」


ホームセンターで買ってきたハンマーを振り下ろした。

男はすぐに静かになった。


男に自分の契約していた思考契約をすべて移動させ、

自分には男の契約のみ1本だけ思考契約した。


「これでよし。今までいっぺんに来ていた思考も、

 この男にまずは集約されてから僕に届くようになる。

 これなら僕の負担も軽減されるはずだ」


今までは大量の頭脳労働がいっぺんに襲いかかったが、

窓口として男を立てることで、いっぺんに頭が使われるケースはなくなった。


男とだけ交わした思考契約の1本だけなので、

僕の頭を使う思考依頼もちゃんと順番待ちするような形になったわけだ。


「ふふ。やっぱり僕は天才だ。このゴミも僕に有効活用されて幸せだろう」


これまで僕が矢面に立たされた思考労働も、

今度は男が立たされることになるので思考負担も大きい。


しかし、この男には社会的にも人間的にも

なにか思考を求めるケースなど無い。からっぽだ。


この男が思考アクセス多すぎてパンクしようがなんだろうが、誰も気にしないだろう。


むしろ、僕がパンクしてしまうことのほうが大事件だ。

それを考えればある種の社会貢献だともいえる。


「この調子でガンガン契約を増やしていこう!」


その後も多くの人と思考契約を結び、

自分のキャパを超えるようであれば、生贄を間に挟んで思考整頓させる。


多方面から同時に思考が飛んでこなければ僕は思考をさばききれる。


やがて何百人に思考頼られる大型人間として成立したころ、

自分のSNSアカウントに連絡が来ていた。



『私は〇〇企業のCEOだ。思考契約を結ばせたい』



「〇〇企業!?」


その名前は誰でも知っていた。

世界の5大企業の一角である最大手。


そこのCEOが自分と思考契約をしてくれるなんて。


「これは大型案件だ……!

 もう雑魚どもの思考契約なんかに頼らなくても

 この契約一本だけで遊んで暮らせるぞ!」


CEOとアポを取り、これまで契約していた思考をすべて切った。

こんな美味しい話を邪魔する思考はいらない。


久しぶりに自分の頭を自分だけで使えるようになると

いつもより周りがクリアに見えた。


「待っていたよ。私はCEOの△△」


「は、はじめまして! 思考契約してくれるんですよね!?」


「ああもちろん」


「やったーー! これで遊んで暮らせる!!」


「遊んで暮らせるといえば……、実は私の弟の話になるんだが」


「はい?」


「私と違ってとんでもないロクデナシでね。

 毎日遊んでは酔い潰れるばかり」


「とんでもないゴミですね」


「ああ、だがそんな人間でも大事な家族ではある。だから……」


CEOは思考契約の準備を始めていた。

しかし、その契約主はCEOではなく、僕自身になっていた。


「君が来てくれて本当によかった。

 思考契約は現場に本人が来ないとできないからね」


「ちょっと!? 何する気です!?」


「自分の思考が延々とループすると人はどうなるか。

 君は考えたことがあるかな?」


「ないですよ! なんでそんなことするんですか!」


「他人の思考で廃人にさせられるのと同じ状態になるんだよ。覚えておくと良い」


「やめてください! なんで僕が……こんな目に合わなくちゃいけないんですか!」


涙をうかべて謝ったが、CEOの目には感情がともなっていなかった。

そして、冷たい笑顔で答えた。




「覚えているかい? 君が公園で襲った男の顔を。

 君が廃人にした男、あれはね、私の弟だったんだ」



自分自身への思考契約が結ばされた。



僕はかつて公園で襲った男の顔を思い出した。


顔を思い出したことで、記憶を引っ張り出した。


記憶が顔の情報を引き出す。


情報が出て記憶が出る。


記憶が出て、また情報が。


情報で記憶が。


記憶が情報。



情報、記憶。




いまぼくはなにをかんがえているのかわからなくなった。

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