第4話

 ◇カミナSide


 そもそも私はマナーというものが苦手で、いっそ男でありたかったと思っていた程だ。木登りして剣を振り回す、そんな事が許されない女という性別が面倒くさくてどうしようもない。なのに外見は可愛いもんで、見た目に騙される人ばかり、というか、可愛いのだから止めなさいとまで言われると反発したくもなる。こんな外見なんて要らない、そう思う程だ。

 そんな淑女らしくない、という理由で何故か私がパーリティ伯爵の後継にしようと決まり、優秀で優しく綺麗なお姉様が嫁ぐ事になった時は自分の存在意義すら疑いたくなった。

 しかも相手はサルム・ガーリィ侯爵令息。どう見ても頭が悪そうで、お姉様の事を見た時に眉が動いたのを私は見逃さなかった。挙句、私の方を見て頬を赤らめたりする辺り嫌悪感しか沸かない。

 お姉様は立派な侯爵夫人になる事もできる優秀なお方なのに、外見しか見ないなんて脳みそ湧いてるんじゃないかと。

 それでもお姉様が幸せならば……と何も出来ない自分に苛立っている時に出会ったのは……。


「僕を下僕にして下さい!!!」


 邸を抜け出して、シンプルなワンピースで、物取り相手に色々と遊んでいた時にそう声をかけてきたのは第二王子アドル・ロージアムだった。

 そこから私の正体を知られ、婚約まで早かった。さすが王族。

 だけどアドルはドエムらしく、本当に私をご主人様かのように扱う為、お姉様の事などを話していたら、婚約を公にしないという事にしてくれた。

 理由としては、今でさえどうしてお姉様が時期侯爵になる人物と婚約しているのか、何か問題があるのか、という声が少なからずあるという事で。そこで私が第二王子と婚約を告げると、お姉様は追い出されたとまで言われるのではないかと。

 そこまで考えてくれるアドルに私は信頼を寄せる事にした。

 そして出会った。お姉様を大事にしてくれるだろう人。追い出されるのではなく、望まれて嫁ぐのだと。どちらが醜聞になるわけでもない、そんな人物を。

 だから——。


「カミナに言い寄るとは処刑でも良いと思ったんだけどね」

「それなら私に拷問させてよ」


 幸運にも、こちらが手を下す前に愚かな行動を起こしたサルム・ガーリィ侯爵令息。しかも、王妃様主催のお茶会だ。ここまでくれば、こちらのものだと言っても過言ではない。サルムの失態は見事に知れ渡る。

 そしてスムーズな婚約白紙に、お姉様とライズ・トラーリトとの接点を作り、お姉様に嫌がる様子がなければ婚約まで行い……その話も見事に貴族間へ情報として急速に流すのだ。





 ◇ルミナSide



 今日は第二王子であるアドル殿下の生誕パーティだ。


「本日もお綺麗ですね」

「あ……ありがとうございます」


 瞬く間に広がったライズ様との婚約に驚いたけれど、それだけ令嬢達の人気も高かったからだろうと納得した。

 エスコートされて入場する前はライズ様の美しさと、これから言われる事の2つに緊張もしていた。羨望、嫉妬……どんな目で見られて、何を言われるのだろうと心配にもなったけれど、入場して皆に挨拶をしていると意外な事に喜んでお祝いの言葉を貰えた事にやっと心の底から安堵した。

 婚約を申し込まれてからカミナやアドル殿下とも仲睦まじく、私に対しても優しく本当に愛されていると思える程、大切に扱ってもらっていたけれど、周囲の視線がどうなるのか……という一点に関しては今日この日まで本当に心配で仕方なかった。婚約が一度ダメになり、カミナのように愛らしい容姿でもなく、継ぐ家もなく……。

 釣り合わないと罵倒される事も覚悟していたけれど、何故か皆、優しい目で微笑んでくれるだけで心が温かくなる。中には本当に良かったわ、と安堵してくれる人まで居て、その人達の視線の先は、面白くなさそうに私を睨みつけるサルム様が居た。カミナが見当たらない事でも不機嫌なのだろう、ずっとサルム様は視線を彷徨わせている。詳しくは聞かなかったけれど、カミナが何やら手紙を毎日燃やしていたのは知っていたのだけれど……。

 思わず俯く私を引き寄せるライズ様に、扇子で顔を隠しながら眉間にシワを寄せる令嬢達に私の味方だと言ってもらえているようでホッと息を吐く。


「この場を借りて公表したい事があります」


 パーティも中盤になりそうな時、そんな言葉で会場が一度静かになる。

 やっとか、と言うようにライズ様は私に向けて笑みを浮かべる。私達の仲が良いというアピールも十分に行えた。フリではなく本当に愛しているんだけど、と言っていたライズ様の言葉を思い出して熱くなった顔を俯かせる。

 そんな様子を見たライズ様は私の腰を引く。

 アドル殿下が決めた。カミナが頷いた。ライズ様も賛成した。私も納得した。


「アドルも十六となり我が国では成人として認められる事となる」


 今日のパーティはある意味で記憶に強く根付くかもね、なんてライズ様が面白そうに耳打ちしてくるのに、私も軽く頷いた。


「今まで婚約者が居なかったわけではなく、秘匿していた。臣籍降下の事もある」


 秘匿という言葉が出た時に周囲が騒めく。殿下狙いの家もあっただろうし、普通に殿下に恋心を抱いていた令嬢も居るだろう。


 そして——。


 相手の名前を公表された瞬間、会場に絶叫が響き渡った。




 ◇カミナSide


 ——カミナ・パーリティと婚約している——


 その言葉と共に会場で耳に不快感しか残さないような汚い絶叫が聞こえた。どういう事だと騒ぎ立て、壇上に詰め寄ろうとして兵に阻まれている。

 視界にも入れたくない私はアドルを見ると、アドルも何事もなかったかのように伝える。

 自分が恋焦がれた私と婚約していた事、良いタイミングでライズ様が長年の片思いを実らせてお姉様と婚約できた事。おかげでパーリティ伯爵の後継問題も解決したこと。周囲はおめでとうございますという声と共に盛大な拍手で迎えてくれる。

 良いタイミング……まぁ、あのクズ男の事だし、パーリティ伯爵家の後継も決まってはいた事だけれど、グダグダと周囲に言われるような結果とならなくて済んだ事に安心した。長年の片思いと言えば、ライズ様を狙っていた令嬢達も肩を落としつつ、だから婚約者をずっと作らなかったのかと納得している。


 嘘だ!

 だってカミナは!

 どういう事だ!ルミナ!!

 騙したのか!!


 意味不明な罵声が耳障りだと視線を向けると、お姉様に向かって突進していくクズが見えたが……予想通りライズ様が守ってくれた。

 ここまでくれば、不敬が適応されるわよね、と心が弾む。嬉しくて震える私は、表情まで崩れているのを自覚して俯きながら、そっとアドルの袖を掴む。そんな私を知ってか、アドルが両親へと目を向けると、国王と王妃までもが小さく頷いてくれた。


「サルム・ガーリィ!どこまで王族に不敬を働けば気が済むのだ!!」


 既にガーリィ侯爵は項垂れ、息子をかばう事すらしない。当の本人は、アドルの叫びに顔面蒼白となって振り返った。違うとでも言っているのか、小さく首を左右に振っているのを、ライズ様が何か叱責したようで、その場に崩れ落ちた。

 そのまま兵に連れられて退場していくのを視界の隅で眺めた後、アドルにだけ聞こえるような声で小さく笑いながら、言葉を紡ぐ。


「これでお姉様が幸せで、私もお姉様と一緒に居られるのね」

「ライズならば、ルミナ譲の意思を優先するだろう」

「お姉様が私を無碍にする事はありえません」


 美しく心優しい大好きなお姉様。

 あんな男が婚約者になった時は本当に父を拷問したくなったけれど、あの男が馬鹿だったおかげで私の望む通りに事が運んだと思えば、この後に起こるお仕置きは特別な物にしてあげても良いかなと思う。

 壇上から、頬を赤らめてライズ様と語り合うお姉様を見ながら、私はお姉様との笑顔あふれる明るい幸せな未来を描きながら。


 ——新しく得た拷問方法を試す事に心弾ませていた——

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【完結】婚約破棄は受けますが、妹との結婚は無理ですよ かずき りり @kuruhari

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