第3話

 ◇カミナSide


「カミナ嬢!どうか僕と婚約をしてくれないか!」


 お姉様を馬鹿にした男が何故か私に付きまとうが、放置する。見たくもないし声も聞きたくない。この世に存在しないモノとして扱っている。

 お姉様の存在を否定する愚者をどうして私が認めなければいけないのか。しかし、そろそろ鬱陶しい。本気で鬱陶しい。進む先を邪魔されるのはこれ以上ない程イライラさせる。


「サルム様、カミナに……」

「うるさい!破棄された傷モノが気安く話しかけるな!」


 私の苛立ちを感じ取ったのか、その場に居合わせただろうお姉様が声をかけた。さすがお姉様!お優しい!しかし……お姉様の言葉が終わる前に罵声を放った馬鹿がいる。お前がお姉様の言葉を途切れさすなんて、どれほど身の程知らずなんだ!と喚きたくなるのを必死に押さえる。

 もうそのまま醜聞を広げに広げ、どうしようもない程に堕ちれば良いのよ、なんて思う。既にこれからの人生は泥水にまみれたようなもの……なのは理解していても、どうしても存在自体が許せない。

 思わず殺気が溢れ出てしまっているのか、お姉様の笑顔が少し引きつっているのに気がついているけれど、抑えようと思って抑えられるものでもないので仕方ない。

 いっそ監禁して恐怖に歪め、これ以上ない程の拷問を……なんて思っていたら、知っている声が聞こえた。


「騒がしいぞ」


 声の先を見ると、やはり知っている人物だった。ライズ・トラーリト公爵。

 すでに公爵の地位を得て、容姿端麗、更に優秀。そんな優良物件なのに婚約者が居ない為に令嬢達の間では見事な戦いが繰り広げられているが、本人は見事にスルーしている。

 まぁ選び放題な彼だからこそなのかもしれないが、一時期男色では?と疑った事が正直ある。しかし、ライズ公爵が婚約者を選ばなかった理由を聞いてから、私はライズ公爵に尊敬の念さえも抱いている。


「サルム・ガーリィ侯爵令息。噂は聞いている。自分の醜聞を理解しろ」


 クズ男にそう言い放ち、見事に撃退してくれたライズ公爵。

 流石!流石です!!見事です!!そう言って思わずその場で飛び跳ねたくなるの我慢する。

 お姉様がカミナの為にありがとうございます……なんて声をかけて頭を下げているけれど、違います!と今すぐ言いたいのを我慢して、にこやかに微笑むに留める。

 だって、私は知っている。

 ライズ様はずっとずっと、婚約者の居る方に恋焦がれ、その気持ちを振り払う事が出来なかったから、今まで婚約者を決めなかった事を。そして今、ライズ様が助けたのは私ではなく、お姉様だという事を——。





 ◇ルミナSide


 サルム様がカミナを追い掛け回していたというのがアドル殿下の耳にまで届いたらしく、どうやら王家から謹慎処分を受けたらしい。見事なまでの職権乱用だが、表向きの理由としては、これ以上貴族の名を失墜させるな、との事らしい。

 貴族の礼儀も知らない奴が相手ならば、とそれからしばらくはアドル殿下がカミナに付いていてくれたらしく、何故か私にはライズ公爵が付いていてくれて……周囲の目が痛かった。

 嫉妬も勿論あったのだけれど、どこか見守るような生暖かいような視線もあった気がする……。何故だかは分からないけれど予想するならば、大変ね、お疲れ様、今はゆっくりという感じかなと思ってしまう。

 少なくとも侯爵令息と公爵ならば、どちらの方が上かと言う事くらいはサルム様も理解していたから、身の程を上回る守りとなっている事は確かだった。

 でも、そんな私にきたのは……。


「婚約……ですか?」


 父の執務室で、驚きのあまり同じ言葉で聞き返す事しか出来ない。


「おめでとうございます!お姉様!」

「おめでとう」


 何故かこの場に居るカミナとアドル殿下からお祝いのお言葉を頂き、つたないながらもありがとうございます、と返す……そして。


「これからよろしくお願いします」


 そう言葉を発するのは、まさかのライズ・トラーリト公爵だった。

 え?何が?どうして?

 婚約解消とは言え、傷がついてしまった私に対し、婚約を申し込んできたのは、まさかの公爵様で……思考回路が追いつかない。嫌かと言えばそうではない程、非の打ちどころがない相手で、更に言うなれば私の相手としての条件も当てはまっている。


「なぜ……」


 つい溢れてしまった言葉に、慌てて顔を伏せ、頭を下げる。無礼になってなかったかしら、と焦っている私をよそに、父は苦笑し、カミナとアドル殿下は笑いをこらえているようだった。

 ライズ公爵本人は、美しい笑顔を浮かべ……不機嫌にしていない事は理解して心をなでおろした。


「お転婆な妹の面倒を見る、心優しい貴女にずっと心奪われていたのですよ」


 なんて事を恥ずかしげもなく言われ、思わず赤面してしまう。

 え?というか、カミナ……?と思い視線を向けると、花が咲いたかのような微笑みを向けている。サルム様との婚約が決まった時は、物凄く嫌悪感丸出しの表情をしていたのに……これは本当に喜んでもらえているという事だろう、そして、どうしてライズ公爵がカミナの本性を……と思った所でアドル殿下が口を開いた。


「ライズは、兄の側近をしているからね」


 なるほど、ならば……カミナの事を知っていてもおかしくはない……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る