第2話

 ◇ルミナSide


「カミナ……」

「あっ!」


 やってしまった、と言わんばかりにカミナはドレスの裾を直すも、起こってしまった事は消えない。目の前には口から泡をふいて倒れているサルム様。

 唯一運が良かったとしたら、お茶会に参加している方々へ私が背を向けていたのもあり、上手く視界を遮っているだろう立ち位置に居た事で、カミナが男性の急所を蹴り上げたという醜聞が周囲に目撃されていない事だろう。

 どうされたの?いきなりガーリィ侯爵令息が倒れましたわ。なんて言葉が聞こえるのが証拠だろう。

 しかしながら、ここからどうしたら良いのだろうとグルグルと頭を働かせるも、何も思い浮かばない。


「どうした」

「アドル殿下!」


 その場に現れたのは、第二王子のアドル・ロージアム殿下だった。カミナは殿下の名前を呼んで駆け寄ると、コソッと何かを呟いた後に助けて下さい!と周囲に聞こえるような声を出した。

 あの子は……そう思い、心の中でため息をついた。

 アドル殿下は視線を素早く動かし周囲を確認すると口を開いた。


「ルミナ伯爵令嬢、これは一体?」

「それが……サルム様がいきなり倒れ……」

「それはいけないな!誰か王宮医のところへ運んでやってくれ!」


 適当にやり過ごす言葉を伝えようとしたが、特に最後まで聞く事もなくアドル殿下は周囲に居た騎士達へ声をかけた。


「カミナ嬢……」

「ありがとうございます殿下!私も貧血で少し倒れ込んでしまい汚れてしまったので、ここで失礼させていただきますわ!」


 何かを求めるようにカミラに声をかけたアドル殿下へ、満面の笑みで帰る、という言葉を伝えると私の手をとって歩き出した。


「さぁ、帰りましょう、お姉さま」

「えっと……カミナ?」


 捨てられた子犬のようにカミナを見つめるアドル殿下に見向きもせず、カミナは歩みを進める。

 公にされていないけれど、二人は婚約者だったりするのだ。公に出来ないのにも色々理由はあるのだけれど……。


「ふふっ……お姉さまと婚約破棄ですって?あのクズが……とっとと帰って愛読書をじっくり読み込みましょう……」

「カミナ……令嬢がすべき事ではないわよ?」

「心配しないで下さい!大丈夫ですよ!証拠は残しません!」

「そういうわけではありません」

「うまくアドルを使います!」

「それはいけません」


 花が咲いたかのようなカミナの微笑みに、強く怒る事が出来ない自分に失笑しながらも、まぁ良いかと思ってしまう。

 アドル殿下が側に居てくれるのならば、何とかしてくれるでしょう。

 例えカミナの愛読書が『世界の拷問大全』であったとしても——。







 公の場、しかも王妃様のお茶会であんな失態は大問題だ……というのを理解していないのはサルム様だけではないだろうか。

 すぐに貴族の間で醜聞として噂が立ち、サルムの父であるガーリィ侯爵の耳に入るのもあっという間だった。翌日の休日にはすぐに王家をも巻き込んで婚約を白紙に戻していただいたのだけれど、顔面蒼白になりうなだれるガーリィ侯爵はとても痛ましい姿だった。

 学園が始まると、やはり貴族の令息、令嬢達にも噂は知っているらしく。誰も危険行動を起こすサルム様に近寄らないし、むしろ私にはお気の毒でしたね縁続きにならなくて幸いでしたね、なんて声がかけてくれていたが、すぐに視線は別の方に向かう……それは……。


「カミナ嬢!どうか僕と婚約をしてくれないか!」


 醜い物を見るかのような視線で見られている事にも気がつかず、サルム様はカミナを追いかけ回し続けているのだ。勿論カミナは見ない、聞こえない、知りません状態で、サルム様を存在しない物としてあしらっているけれど。それでもめげずにアタックし続けているサルム様は、見苦しい以外の言葉が見つからない。


「サルム様、カミナに……」

「うるさい!破棄された傷モノが気安く話しかけるな!」


 カミナがこれ以上切れる前に止めなくては……と声をかけると、サルム様は声を荒らげ怒鳴りつけてくる。

 破棄ではなく解消ですが……そもそもそうなる原因となった人物が何を言うのでしょう……話にならず、また少し胃が引きつった感じを覚える。

 周囲から溜息が聞こえるが、サルム様は気がついていないのか。それに……自分の背後に居るカミナが殺気だって居る事も。このままではガーリィ侯爵も終わりね、なんて声まで聞こえてくる……ガーリィ侯爵にはお世話になったし、常識人なので何とも申し訳ない気がする。私にカミナ程の可愛さがなかったばかりに……カミナの可愛さが本当に素晴らしいのは分かっているし、生まれついてのものなので、どう足掻いても手に入らないのは理解しているけれども。


「騒がしいぞ」


 カミナの口元が妖しく笑みを浮かべた瞬間、令嬢達の悲鳴と共に凛々しい声が聞こえた。カミナが少し楽しそうに目を光らせ、サルム様はポカンと口を開けている。思わず私も振り返ってみると、そこに居たのは眉目秀麗と有名で、すでに公爵の地位につき、令嬢達から人気のライズ・トラーリト公爵だった。


「サルム・ガーリィ侯爵令息。噂は聞いている。自分の醜聞を理解しろ」


 そんな言葉を投げかけられたサルム様は、悔しそうにその場から走り去っていった。

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