第6話

 ガストーネにとって妻の、エクトルにとって母のエルザを、二人はとても愛していた。

 そして、その忘れ形見であるジュリーの事も勿論愛していた。

 身勝手な愛しているを押し付ける為だけに、大切な愛した存在を奪われるなんて……。


「貴方に愛されたかっただけなの!」

「助けて!」


 目の前が真っ赤に染まる。

 後悔かもしれない。

 八つ当たりかもしれないと思っていた。

 だけど……。

 ガストーネは拷問を行っている者達に見えるように手を上げた。

 それは、合図だ。

 遠慮は要らないという、合図。

 勿論、簡単に許す気もない。すぐに楽にする気もない。

 ジュリーが苦しんだ年月、しっかり苦しんでもらう。


 思うのは勝手だ、くだらない思い等と言うつもりもない。

 叶わなくとも、思いだけは自分の意思でどうなるものでもなく、自分が自由に持てるものだ。

 しかし……それを手に入れたいと思い、起こした行動は、到底許せるものではない。


 絶叫を背後に、エクトルとガストーネは無言で地下牢の奥にある拷問部屋から出た。

 きっと思う事は同じだろう。

 どんな理由があったとしても、ジュリーを虐げた事は許せない。

 ガラテアに関しては、ナニーが嘘を言いくるめて育て、ナニーを手本にしていたからだろうが、情状酌量の余地は一切なかった。

 平民が貴族の……しかも公爵令嬢を虐待していたなど、極刑レベルの話である。

 ナニーに至っては公爵家を乗っ取ろうとしていたと判断される程の事だ。


 勿論、使用人達も入れ替えた。

 こんな事は、本来ならば、あってはならない事だ。

 留守を守る事が出来ないのであれば、外出する事ができなくなってしまう。

 家を守る役目を果たせない者は必要がない。


 自分を責める気持ちや後悔に押しつぶされそうになりながらも、悲しみにくれている時間はなかった。





 ジュリーが毒を飲んでから一ヶ月の時間が過ぎた。


「公爵……その……」

「殿下。言わなくてもわかりますが、私はそれを受け入れられません。」


 穏やかな日の午後、アルフレッドはアベラルド公爵家を訪れていた。

 今後の事についての話だったのだが、ガストーネは当たり前のように否と言う。

 きっとこれは王命であっても反発するだろう事は国王すらも理解しているし、そこまで無理強いをするつもりもなかった。

 ただ、念の為に伺っただけだ。

 アベラルド公爵と公爵子息なら、きっと大事にならないように手を打つだろう。何かあって責任を取る、は許されない。それを分かっているから、責任ならいくらでも取る。なんて言葉が出てくる事はない。

 会話が終わり、ただ紅茶を呑む音だけが響く中、ノックもなく応接室の扉が開かれた。


「っ!」

「お嬢様がーーーー!」


 注意を促そうとしたガストーネだが、使用人のその言葉を聞いた瞬間、二人はすぐさま走り出した。




 ◇




「どちら様でしょうか……?」


 雪崩込むかのように部屋に押し入ったガストーネとアルフレッド、そのすぐ後ろにも駆けつけたばかりのエクトルが二人を押すように入ってきた。

 そんな三人を眺めて、ベッドに座る女性から発せられた言葉に驚きを隠せなかった。


「ジュリー……?」


 アルフレッドは、ただ呆然と目の前にいる人物の名前を呼ぶ。

 ガストーネはフラフラとしながらもジュリーの元まで歩くと、ベッドサイドで泣き崩れた。


「ジュリー……!お前が生きてるだけで……生きていてくれるだけで良い!!」

「ごめん……!ごめんジュリー……!」


 エクトルも、部屋の入口に佇んだまま涙を流し謝罪の言葉を口にする。

 三者三様、ただただ悔やんでいた。

 そこまでジュリーの心に傷を残したのか、覚えていたくもない程の記憶だったのかと。

 毒を飲む程までに追い詰められたジュリーの心に対し、三人もまた心に深く後悔という傷をつけていた。


 現在、ジュリーが居る部屋は屋根裏にある一室。

 貴族を閉じ込める為の場所で、存在を隠されている。

 あの日、毒を飲んだジュリーは何とか一命を取りとめたが、その後の対応に関しては未だに答えが出ていないのだ。

 首をはねる事に関しては陛下が止めた。しかしジュリーには国の機密事項たる情報が残っているという事実は変わらない。

 本来、情報を守る為に命を絶つとしても、自殺を図る為に毒を飲むとは想定もしていなかったというのもある。

 助かったとしても、このまま将来王太子妃としても良いのか。

 このまま逝かせるべきではないのか。

 国としての答えも彷徨ったままだったのだ。

 だから、ガストーネ=アベラルドは言ったのだ。ジュリーを殺す事は受け入れられないと。


 貴族を閉じ込めるための場所。

 屋根裏に隠された貴族牢という部屋で、見張られるようにジュリーは過ごしている。

 存在を隠さなければいけない以上、窓から顔を出す事もできない。と言っても、窓も遥か高い場所にしかない。


 ジュリーとアルフレッドの婚約はなくなった。

 アルフレッドは悲しみに暮れたが、ジュリーの事を考え、大人しく身を引いた。

 しかしながら、それからは気鬱が酷く、まるで廃人かのようにボーッとする時間も増え、たまに奇声を発しながら謝罪の言葉を繰り返し涙を流す時があるようだ。

 後悔しても時は戻らない。

 時間は今も刻々と過ぎていくだけ。

 ジュリーの生存については家族と一部の使用人、そして王家と専属医師のみが知っていて、記憶がないと言う事ならば……と、部屋から出ない監禁生活を条件に生きる事を許された。

 そうでなければ、妃教育まで行っていた以上、本来ならば嫁ぐが死ぬかの二択しかないのだから、とてつもない温情とも言えるだろう。

 あってはならない公爵家の乗っ取りとも言える行為に、公爵令嬢の自殺未遂だ。

 公に出来る事ではないというのも理由の1つにはある。

 もちろんジュリーは事故死として処理はされている。公に出来ない以上、色々な辻褄を合わせるためだ。


「ジュリー、調子はどうだ?」

「いい香りがする花を持ってきたよ、部屋に飾ろう」

「……お父様……お兄様……」


 ジュリーが笑う。

 その笑顔につられて、ガストーネとエクトルも笑顔になる。

 長い年月をかけて、やっと訪れている家族の穏やかな時間。穏やかな暮らし。

 ジュリーが部屋から出られなくとも、ガストーネとエクトルは頻繁にジュリーの部屋を訪れるのだ。

 外の気配が分かる花、流行りのお茶やお菓子。

 部屋で過ごすのに楽な……けれど刺繍やレースが邪魔にならない程度についている可愛い服など。

 今までの時間を埋めるかのように、今の時間を無駄にしないように、もう二度と後悔をしないと誓ったかのように————。


 とても……

 とても穏やかな暮らしで——

 これを望んでいたのかもしれない。








 大好きです。

 幸せです。



 —「わたくし」は消えたから—


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

【完結】要らない私は消えます かずき りり @kuruhari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ