薔薇の悪魔 〜殺戮令嬢の物語〜

刃口呑龍(はぐちどんりゅう)

第1話 薔薇の由来

「まあ〜、綺麗〜」


 1人佇たたず恍惚こうこつとした表情で、その少女はつぶやく。


「うっ、あ、悪魔め……」


 床に倒れていた男性が、なんとか顔をあげて、その少女を見る。


 燃えるように真っ赤な髪に、抜けるように白い肌、そして、一点のシミもない真っ白なドレスを着た美しい少女へと視線をおくる。


「悪魔とはひどいですわ、お父様」


「くっ、貴様にお父様等と呼ばれたくはない!」


「そのような事を言っちゃ嫌ですわ。最期さいごくらい、ちゃんと娘の名を呼んでくださいな」



 そう言いながら少女は、お父様と呼ぶ男性の方に歩いて行く。そして、


「く、来るな、悪魔め」


「残念ですわ」


 ヒュッ!


 空気が斬れるような鋭い、音が部屋にひびき、男性の首は胴体を離れ転がり、血飛沫ちしぶきが舞う。


 しかし、少女の白いドレスは白いままで、彼女に一点の汚れもつける事はなかった。


 ただ、右手に持った細身の剣から血がしたたり落ちていた。


 少女は、それを勢い良く振るう。大理石だいりせきの白い床に、さらに赤い血飛沫が飛ぶ。


「綺麗ね~。薔薇ばらのようかしらね」


 そう言いながら少女は、部屋を見回す。



 そこには、父親だったものや、大勢の騎士達の遺体が転がり、天井や、壁、床と、部屋中に血飛沫が飛び、まるで、赤い絵の具で、絵を描いたようにも見えた。


 そして、少女は、むせっかえるように鉄臭いその部屋を後にしたのだった。



「どこに行こうかしら?」





「ふふふっ」


 少女はスキップでもするかのように玄関から屋敷の外へと出てきたのだった。



「止まれ!」


「あらっ?」


 少女が外に出ると、ローブに身を包み、片手を前に突き出し、半円状に少女を包囲している一団がいた。この屋敷のあるじからの通報により、駆けつけた魔術師達だった。よく見ると、彼らが突き出した片手の手のひらの先には、魔法陣まほうじんが展開されていた。威力よりも、スピードを重視した魔法弾まほうだんの魔法陣だった。



「貴様が悪魔か!」


「うら若き乙女おとめをつかまえて、悪魔とは失礼ですわ」


 緊張気味に声をかける魔術師達に対して、何気なく返事を返す少女。


「動くなよ、動けば撃つ」


 少女は、左手に持った、一度、さやにおさめた細身の剣を、右手で抜き放つ。


 シュ〜〜。



「動くなと言ったはずだ!」


 バシュバシュバシュ!


 その言葉が終わらぬうちに、魔術師達は魔法弾を放つ。無数の魔法弾により、屋敷の玄関は破壊され、煙が舞い上がり、魔術師達の視界を閉ざす。そして、しばらくの後、煙が晴れる。



「ふふふ、綺麗なお手手。あたたかい」


 えっ!


 魔術師達は、声の方を振り向く。すると、白いドレスには、一点の汚れも無く、右手に血のしたたる細身の剣を持ち、左手には、手首より切り離され、その先から血が滴る白い綺麗な手をほおに当て、微笑ほほえむ少女がいた。


「ああ〜、わ、私の、て、手が、いや~!」


 その声に、魔術師達が仲間を見ると、1人の女魔術師が、手首の先から血を吹き出させながら、絶叫していた。



「このっ!」


 魔術師達は、仲間を傷つけられ、頭に血が昇る。


「あらっ、まだやるんですか? いくら温厚おんこうな私でも、これ以上されたら、ちょっと抵抗しちゃいます」


 ちょっと抵抗しちゃいますよ?


 魔術師達は、少女の言っている事が理解出来なかった。今までは、抵抗していなかったとでもいうのか?



 魔術師達は、内心ないしんあせりを抱えつつ、突然消えて、再び背後にあらわれるように見えた少女を半包囲すると、片手を前方に突き出した。



 治癒魔法が得意な女性魔術師は、先程の手を斬り落とされた魔術師に治癒魔法をかけて、血を止めていた。傷口は徐々じょじょふさがり、出血も止まりつつあった。



 魔術師達は、少女を半包囲すると、前方に突き出した片手の手のひらの先に魔法陣を形成する。もはやスピード云々うんぬんの話ではなく、自分の得意とする魔法の魔法陣だった。


 そして、警告もせず、ただ目の前の少女を殺す為に魔法を放つ。それは火球かきゅうだったり、氷のやりだったり、風のかまだったり、石礫いしつぶてだったり、光の矢だったり、様々だった。


「放て!」


 一斉に魔法が放たれて、少女へと向かう。すると、魔法が炸裂さくれつし、大きな爆発が起き、周囲に再び煙が立ち込める。



「ヒッ!」


 治癒魔法をかけられていた女魔術師が、小さく悲鳴をあげる。その悲鳴を聞き、治癒魔法をかけていた魔術師も振り向く。



 そこには、白いドレスに汚れの一つもない少女が、右手に持った細身の剣から血を滴らせながら立っていた。



 彼女達の視線は、少女を見て、その後、その背後に片手を突き出したままで、少女が居た位置を見つめ、無言で立ち尽くす仲間達の姿を見た。



 だが、次の瞬間だった。仲間達は、ある者は首が転がり落ち血飛沫ちしぶきがあがり、ある者は、足だけを残して胴体どうたいがずれ落ちて血をまき散らし、ある者は左右に真っ二つに分かれて両断されて血がしたたり落ちる。仲間達の誰一人として生き残っていると思える者はいなかった。


 彼女達の視線を、恐怖だけが支配する。


「ひ、ひい、ひ〜」


 彼女達は、抱き合い、か細い悲鳴をあげる。そして、目の前の少女を見つめる。


 少女は、優しい微笑みを見せつつ、たずねる。


「あなた方は、どうされますの?」


「ヒッ」


 彼女達は恐怖に震え失禁しっきんし、ただガクガクブルブルと、首を痙攣けいれんしたように振る。


「そうですか。では、失礼致しますわ」


 少女は、そう言って、庭を歩き始めた。



「まあ、素敵なお庭になりましたわね。一面の薔薇ばらが咲いてるようですわね」


 そう言いながら、少女は、細身の剣を一振りし、血のしずくを飛ばすと、左手に持ったさやに剣をおさめる。


 また庭に、一輪薔薇の花が増えた。



 少女は、優雅に歩き屋敷の門を出る。そして、少女の姿は見えなくなった。


 薔薇の悪魔と呼ばれた少女が世に解き放たれたのだった。

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薔薇の悪魔 〜殺戮令嬢の物語〜 刃口呑龍(はぐちどんりゅう) @guti3

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