第31話晴れのち虹―短めバージョン―

「おはよう」

 眠そうな顔で挨拶した呂尚ロショウは、

窓辺に立つ呂望リョボウの横に並んだ。


 窓を開け、初夏の風と光を肌で感じた呂尚ロショウ

「畑日和だな……」

と、嬉しそうに呟く。


「会議の前に畑仕事とは感心だな」

「この頃暑くなってきたから、早めに草むしりとか終わらせようと思って」

「感心だが、悪いことは言わぬ故、畑は会議の後がいいと思うぞ?」

「何故?」


 呂尚ロショウは訝しにそう訊ね、ニヤニヤしている呂望リョボウを見た。


きに雨が降る」

「こんなに晴れているのに?」

「まぁ、今にみておれ」


 そう言い置いて、呂望リョボウは早足で部屋から出ていく。


“行動が早い”と呟いた呂尚ロショウの耳に、雨音が聞こえてきた。


 驚いて、思わず窓から身を乗り出す彼の体に、雨粒が一定のリズムで当たる。


「そう言えば、数ヶ月前に呂望リョボウさんが、雨の種類は400種以上あるって言ってたな」


“今降っている雨の名前は何だろう?”と、考えているところに、呂望リョボウが上機嫌で戻ってきた。


 理由を訊ねようと口を開きかけた呂尚ロショウに、突然表へ出るよう促される。


 理由ワケも分からぬまま、呂尚ロショウは言われた通り外へ向かった。


 案の定、畑は雨のせいで土がぬかるみ、しっかりと立てない。


 しかし、そこには兵士が数十人同じ場所に立っている光景を目にして、彼等も呂望リョボウに無理矢理呼ばれたのだなと、呂尚ロショウは内心で言った。


 そんなことを考えているとも知らない呂望リョボウが、空の一点を指差し

「見ろ、呂尚!虹だ!!」

と、興奮気味に伝える。


 「本当、綺麗だね!」


 呂尚ロショウもまた、いつになく瞳を輝かせて言った。


「お主達も戦に負けなければ、こんな素敵な虹が何度も見られるぞ」


“だから、死ぬな!”と、呂望リョボウは騒ぐ兵士達の顔を見ずに伝え、虹をまじまじと見つめる。


「戦に勝ち続ければ、きっといつかは」

「いつかは……何だ?」

「ううん、なんでもない」


“いつかは、あの王様と……”


 呂尚ロショウはそう言おうとして、撤回するように首をスクめた。


 いつしか束の間の楽しい時間を与えてくれた虹は消え、兵士共々興奮が覚め止まぬまま、城へと帰って行く。


 その道すがら、暑さをさらうような風の中に、呂望リョボウを呼ぶ声が聞こえた。


 その声はどうやら彼にしか届いていないらしい。


呂望リョボウ様、我々風伯かはく雨師ウシの功績も忘れないで下さいね」


 いい終えた彼等の気配が消えたことを、肌で感じた呂望リョボウは、ニヤリと笑った。







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風の色関係の短編集1 淡雪 @AwaYuKI193RY

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