第11話「伝説の剣豪」

「宮本…武蔵…」


 兎丸さんの口から出た天使の名前は先日ドイロさんから聞いた伝説の剣豪、宮本武蔵だった。宮本武蔵は戦国時代にものすごい活躍をし、大勢の人を殺した人物であると私の脳には記録されている。

 そんな宮本武蔵と今日、戦うことになるなんて夢にも思わなかった。


「宮本武蔵は天使なのになにもしない。今のところは」

「今のところは?」

「あぁ、だが占いを天贈にしているやつが予言した。近いうちに暴れだす、と」

「え、どうしてですか?」

「宮本武蔵はどうやら出世欲が人一倍あるらしい。その出世欲が抑えられなくなり、上の人を切り暴れる、という予言がされたんだ」

「上の人…」

「例えで言うなら総理大臣とかそんなところだ」

「なるほど…」

「めんどくさいけど俺らは守らなくちゃいけない。だから暴れる前に殺すのが俺らの役目だ」


 兎丸さんは空になったコーヒー缶を持った手を離し、缶コーヒーが地面に当たる前に右足で缶を蹴り、スッポリと綺麗にゴミ箱に入れてみせた。


「やつが16時30分に現れるのは『湯島聖堂』というところだ。知ってる?」

「名前だけなら」

「やつは毎日16時30分になるとそこに現れ、挑戦者を待つ」

「毎日なんですか?じゃあ今日の挑戦者は我々というですか」

「そういう事だ。でも、安心しな。俺がいる。負けるわけがない」


 私は兎丸さんの言葉と先程天使と戦った姿を見て安心していた。兎丸さんが宮本武蔵と戦っている間に私は、宮本武蔵の頭に何発も銃弾を当てるだけ。だから苦戦することはないと、そう思っていたのが間違いだった。


 ◇◇◇


 16時33分。湯島聖堂にて私は深く絶望していた。

 なぜなら今、伝説の剣豪、宮本武蔵の前で兎丸さんが膝まづいていたのだ。

 天使と戦っても新品のように綺麗だったウサギの着ぐるみもボロボロになり、息も上がっている。

 それに対し、宮本武蔵は木刀を手に余裕の表情で立っている。

 宮本武蔵が現れてたった3分で、兎丸さんは木刀なのに刃物で切られたかのように切りに切られ、殴り蹴られを繰り返された。

 もちろん天贈は発動させていた。なんなら先程戦った天使より目を青く燃え上がらせてたが無駄だった。


「ふむ…久しぶりだな。俺を相手に3分耐えたのは。これまでのやつは1人を除いて一瞬で決着したからな」

「何故だ…天贈は…発動しているはず、なぜお前は俺に触れられる!?」

「触れられる…とは?」

「俺が天贈を発動している間は誰も俺に触れようとしても触れられないはずなんだ!なぜお前は…!」

「あぁ、そういう事か。お前から月の力を感じたのでな、『月斬り』という《月を斬ったように魅せる剣技》を使った」

「『月斬り』…だぁ?んなもんで…俺の天贈が突破されてたまるかよぉ!!」


 兎丸さんは身体中を青く光らせその場から後ろに飛び、勢いをつけて宮本武蔵に突進した。その突進の速度は恐ろしく速く、当たれば宮本武蔵も吹っ飛ぶだろうと思ったが、予想は外れた。

 宮本武蔵は木刀を上に投げ、両手で兎丸さんの突進をあっさりと止めた。兎丸突進が完全に止まってしまったところで降ってきた木刀を左手で受け止め、そのまま兎丸さんを木刀で吹っ飛ばした。


「兎丸さん!」


 私が叫ぶと宮本武蔵は私に視線を移した。

 その瞳は私の背筋を凍らせ、恐怖を与えられたが、そんなものは銃を打つのに関係ない。

 だが、銃口を向け、引き金に指をかけた頃には宮本武蔵は私の目の前にいた。


「エルシアちゃん!!」


 兎丸さんは血を吐きながら私の名前を叫ぶが起き上がることは出来ず、もし起き上がれたとしてもこの距離で宮本武蔵から私を守って貰えるのは無理だと確信し、覚悟を決めた。


「…これが死か」

「死?俺は君を殺――」


 突然、宮本武蔵の後ろの湯島聖堂に隕石のようになにかが降ってきた。


「なんだ?」


 土煙のが徐々に消えていき、私含め全員の視界に写ったのは、崩れた湯島聖堂の上にグレーの猫耳フードを被り、サングラスを付けた男、私の兄さん、スムノだった。


「よぉ、兎丸。なに妹に危険なことさせてんだよ」

「ス...ムノ...」

「エルシア!ちょっと待ってろ。宮本武蔵、俺がそっちに行くまでに妹を殺したらお前を」



「殺す」



 さっきまで崩れた湯島聖堂の上にいた兄さんは瞬く間に宮本武蔵の目の前に立ち、兄さんの拳が宮本武蔵の顔面にめり込まれていた。

 人を殴った音とは思えない程鈍い音が宮本武蔵を吹っ飛ばした後に遅れて聞こえ、殴った勢いが凄かったのか物凄い風も起こった。


「エルシア、下がってろ。後は俺がやる」

「人の話を聞け、サングラスの男よ」


 吹き飛ばした方向から宮本武蔵は何事も無かったかのようにスタスタと歩いてきた。

 そんな宮本武蔵を睨みつつも兄さんは、落ち着きながら返事をした。


「話だ?」

「この少女をお前は妹と言ったな。別に俺はお前の妹を殺す気もないし、そこの兎の着ぐるみを着た男も殺すつもりはない」

「へぇ...なぜだい?」

「俺が天使になって得た力は『他人の死に方を見ることが出来る』というものだけだ」

「他人の、死...?」

「嘘つくんじゃねぇ!それがお前の力ならほぼお前は一般人じゃねえか!月にも触れたことの無い一般人が俺に触れるわけねえだろ!」

「だから兎男。俺は剣技でお前を斬った。月とか関係ない。俺の実力でお前を斬った」

「剣技で...俺の天贈を...突破したと言うのか...」

「兎丸、こいつは伝説の剣豪だ。ありえないことはない。だから俺が」

「今日は終いだ。サングラスの男に殴られたところが痛むし、挑戦者は負けた。サングラスの男、お前は途中から来たから挑戦者じゃねえ。また明日来な」

「終わらせねえよ!」


 スムノが物凄い速さで回し蹴りをするが宮本武蔵は華麗に避けた。


「銃を持つ少女、エルシアと言ったな。お前はとてもいい死に方をする。だから殺さない。兎男、お前の死は敗北を感じながら死ぬだろう。それはそれでとても面白い。ついでにサングラスの男、お前の死はあっさりしている」

「...あっさりだと?」

「楽しみだ...とてもとても...楽しみだ...」


 宮本武蔵はそれだけを言い残し、その場で消えてしまった。気配も完全に消え、湯島聖堂には3人だけが残った。ボロボロになった兎丸さんと、兄さんと、何も出来ず、愛銃を握りしめ、震えてる私だけが。


 数時間後、スムノと兎丸は公園のベンチに座り、沈黙の空気を漂わせていたが、兎丸が口を開いた。


「スムノ、すまなかった。お前の妹を危険な目に合わせて。お前が来てくれなかったら」

「別に大丈夫だよ。宮本武蔵もエルシアを殺す気は無かったらしいし」

「...すまなかった」

「いいって言ってんだろ?てかお前そんなキャラじゃねえだろ」

「...俺とお前じゃ、やっぱりお前の方が強かったんだな」

「俺の方が強いのは当たり前だけど...拗ねるなよ。気色悪い」

「...エルシアちゃんは?」

「転送が使えるやつに頼んで帰ってもらったよ」

「そうか...」

「...こんな時に言うのもあれだが、特殊大天使が増えた。だから見つけたら討伐しといてくれ」

「...は?」

「どこにいるかも分からねえけど、もしかしたらもう和歌山を出て東京に来てるかもしれない」

「どういう事だよ」

「目撃情報が出た。その新しい特殊大天使の名前は『さとるくん』」

「『さとるくん』...電話ボックスのか!」

「そう。昔は噂程度だったが、天使になった今、めちゃくちゃ暴れてるらしい。調べた結果、噂を信じ、過去に電話したことあるやつが殺されてるらしい。...天使の出来上がり方がわかんねえぜ」

「都市伝説が天使になったのか天使が都市伝説になったのかこれじゃわからないな」

「ま、そんなわけだからよろしく。俺は帰ってエルシアを慰めないと」


 スムノは兎丸に手を振り、上空へ飛びだった。

 1人残された兎丸は自身の手を見つめ、呟いた。


「…俺とお前じゃお前の方が強い............今はな」


 ◇◇◇


 午前11時。エルシアを東京に送ったお兄ちゃんが帰ってきた。


「おかえりー」

「おう、ただいま。よしテン、準備しろ」

「え?準備?なんの?」

「お前に会わせたいやつがいる」


 お兄ちゃんはそう言うと机の上に置いてあったお菓子を口に入れ再び玄関を出た。

 私はお気に入りの紫のラインが入ったウィンドブレーカーを着用し、愛武器のブラックニンジャソードを手に持ち外に出た。


「よし、じゃあ背中に乗れ」

「うん。わぁ、なんか久しぶりだな」

「俺もなんか久しぶりで...懐かしいや」


 お兄ちゃんは私をおんぶし、飛び立った。


 私をおんぶしたお兄ちゃんは廃校の運動場のど真ん中に着地した。お兄ちゃんは私をを降ろして、ぐぅ...っと背伸びをする。

 私は初めての廃校で少しわくわくしており、辺りをキョロキョロと見渡す。


「ねぇ、お兄ちゃん。私に会わせたい人って?」

「私です」

「ひっ...!」


 突然後ろから声がしたので驚いて声を出してしまった。

 振り向くとそこには銀髪に灰色の瞳の三白眼に眼鏡をかけた男が立っていた。


「テン、紹介するよ。こいつは『灰登はいと京也きょうや』くん。灰登っち、きょうやっち、呼び方はご自由に」

「えっと...じゃあ灰登さんで...」

「こいつにさん付けなんかしなくていいよ」

「貴方と違って妹さんは礼儀が正しいんですよ...よろしく、灰登です」

「えっと...テンです。よろしくお願いします」

「よし!自己紹介を済ませた所で俺に渡された任務を2人に渡す!」

「あなたの任務をなぜ私たちがしないといけないんですか」

「テンに経験させたいんだよ。そのうちエルシアにも経験させるがまずはテンだ。俺に渡された任務は灰登っちのスマホに送るね」


 お兄ちゃんはスマホをいじると灰登さんのポケットから音が鳴った。灰登さんはポケットからスマホを取り出すと眉間を寄せた。


「新しく誕生した特殊大天使の討伐...ですか...」

「特殊大天使!?」

「そう。新しい特殊大天使が出た。そいつはもう和歌山を出てるかもしれないし、まだ和歌山にいるかもしれない」

「つまり、居場所が分からないんですね?」

「そういうこと」

「ちょっと待ってよお兄ちゃん!特殊大天使を私と灰登さんで倒せってこと!?」

「うん」

「大丈夫ですよテンくん。君は不死身。それに新しい特殊大天使は上級天使より少し強いだけ。それに見つけられなかったらこの任務は私がずっと持っておくだけなので何も心配しないでください」

「そ...それなら...」

「それに、どうせ見つからないので大丈夫ですよ」

「ということで2人とも頼んだ!見つけたら討伐、それでよろしく!」


 お兄ちゃんは私と灰登さんに手を振り、飛び立ってしまった。

 お兄ちゃんが上空に消え、廃校の運動場に私と灰登さんの沈黙が生まれてしまった。

 何を話そうかと考えてた時、灰登さんが話しかけてくれた。


「その上着、素敵ですね」

「あ、ありがとうございます。このウィンドブレーカー、エルシアがプレゼントしてくれたんですよ」

「私も、この...プレゼントされたタートルネック、これしかほぼ着てないです」

「大切にされてるんですね。毛玉とか一切ない」

「えぇ、とても大切にしています...それはそうと私の顔、怖くないですか?」

「え、えっと?」

「私、三白眼ですし、眉毛もつねにつり上がっているので他の人から常に怒ってる人と思われることが多く...」


 最初こそすこし怖そうな人だなと思ったけれどこんな話するということは、この人は怖くない人だと分かった。


「全然怖くないですよ」

「ありがとうございます。とりあえず、この廃校に住む上級天使を倒しに行きますか」

「え」

「スムノさんが『テンに上級天使を倒させる。その時アシストしてやってくれ。ついでに天力操作の応用のさらに応用を教えてやってくれ』と言われました」

「応用の...応用?」

「天力を駆使し、自身の全ステータスと天贈の威力を底上げします。それを私達天贈人は『天慶てんけい』と呼んでいます」

「『天慶』...」

「もちろん天慶にもデメリットはあり、天慶を発動中、天上乱舞は使えません」

「なるほど...」

「逆に天上乱舞中に天慶は使えます」

「使えるの!?」

「ただその分天力の消費は激しくなり、通常5分間天上乱舞できる人も天慶を発動すれば10秒くらいしか天上乱舞は出来なくなります。なので誰もしません。1人覗いて」

「その1人が...?」

「あなたの兄さんです」

「化け物だァ...」

「あなたの兄さんは化け物です。出会った頃から...」


 灰都さんが廃校に向かって歩き出したのでま私はそれを追った。

 廃校だからボロボロかと思っていたけど入ってみると意外と綺麗で、蜘蛛の巣が所々にかかっている程度だった。

 私は学校というものをあまり知らないので廃校の探索はかなり楽しかったのと同時に天贈人じゃなかったらどんな生活をしたのかなどを想像してしまう。そんな私の心を見据えたかのように灰都さんは口を開いた。


「これは私の個人的な意見なんですが、学校は人に合わせないと楽しくない場所だと思っています」

「人に合わせないと…?」

「学校の授業で『天贈人について』という授業が年に数回あり、その教師として呼ばれたりすることがあるんです」

「じゃあ灰都さんは学校に通っている人がどんなことをしてるか知ってるんだね」

「様々な学校に呼ばれましたが、かならずどの学校にも『いじめ』というのがありました」

「いじめ…?」

「胸糞悪いものです。そしてその事実を知ってるのに隠す学校にも殺意が湧く」

「そこまでひどいものなんだ…」

「なので私はいじめがあった学校の学長といじめの主犯の父親の髪の毛を灰にしてきました。」


 私は絶対にこの人を怒らせてはならないと思った。

 廃校に入ってやく1時間、全ての教室を調べたが何も起きず、何も現れず、私たちは1度運動場にでることにした。


「本当にここに上級天使がいるの?」

「スムノさんからの電話ではここにいるって言ってたんですけどここまで探していないとなれば…」


 灰都さんは指で頭をかきながら悩んでいた。

 そんな時、1つの建物が目に入った。その建物は複数の扉があり、その扉の上にはそれぞれ看板が置かれ、文字が書かれていた。


「灰都さん、あの団地みたいな建物何?」

「あれは部室棟ですね。学校には部活動というものがあり、その部活動をしている人の倉庫、または休憩できる場所です。あそこがどうしました?」

「いや、視界に入っただけで――」


 ゾクッ…と突如私の背筋が凍おり、鳥肌が立つほどの恐怖が私を襲った。


「どうしました?」

「灰都さん…あそこ…いる」


 私が部室棟を指さすと、複数の扉のうち1つが開き、中から天使が一体でてきた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

残響ノクターン 天井現実 @RealAmai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ