第10話「東京」

 洞窟に波の音と乾いた足音となにかを引きずる音が響く。洞窟の中はロウソクだけであかりが保たれており、薄暗い。

 緑髪の少女、エデンは冷や汗をかきながら胸を抑え、足を引きずりながら、洞窟の奥へと進んでいた。

 そんな彼女に1人の男が気づき駆け寄り声をかけた。

「お嬢!!何があったんですか!?あなたがそんなボロボロになるまでやられるなんて…まさかスムノに…いやでもお嬢はきさらぎ駅に…」

「うるさいぞファトストロ。そのでかい鼻へし折るぞ」

「う…すみません。手、貸しましょうか?」

「いらない……ありがとう」


 エデンは静かに礼を言うと再び歩き出した。

 薄暗い洞窟を足を引きずりながら歩き、黒く大きい扉の前に付いた

 エデンがノックをすると大きな地面と扉が擦れる音をたてながら空いた。

 扉が空いた先は更に暗く、闇が拡がっている。冷や汗を垂らしながらエデンはその中に入っていった。

 部屋の真ん中に来ると扉が閉じ、エデンは唾を飲んだ。


「…エデン…帰りました。結果を報告しま―」

「いらん」


 エデンの言葉を遮ったその声は、部屋の空気を一気に凍らせるほど恐怖に満ちており、邪悪でどこか悲しさを感じるような声だった。


「…負けたのだろう?」

「っ……はい…」

「その怪我を見るにかなりボコボコにやられたな。天上乱舞は?使ったのか?」

「…使いました」

「ふむ…使ったのに負けた…と」

「申し訳ございませ」

「謝らなくていい。謝るのは私の方だ」

「な、何故です!?私は貴方様の命令を成し遂げられなかったのですよ!」

「きさらぎ駅という私でも行くのが嫌なところにお前に向かわせたんだ。任務を失敗するのも無理は無い。だから気にするな。エデン」

「で、でも」

「最後に1つ、聞かせてもらおうか」

「…はい」

「ドイロ・アローシカという天贈人との戦い、楽しかったか?」

「必死だったので…わかりません」

「…エデン、お前に一生の命令をする」

「はい」

「戦いを楽しめ」

「…え?」

「それだけだ。それと傷が治るまでお前は安静にしておけ。手は足りるからな」


 ボスは話終え、指を鳴らした。

 気がつくとエデンは扉の前に立っており、いつ移動したのか分からなかった。

 足を引きずりながら部屋に戻り、ベッドに身を投げた。悲しくもないし、悔しくもないのに何故か涙が溢れ、枕を濡らした。


 ◇◇◇


「私1人で東京に!?」

「うん」


 午前10時。椎崎家ではエルシアとスムノがテーブルを挟んで話をしていた。


「兄さんは忙しいし、天使の出現率が1番高い和歌山に居なくちゃ行けないのは分かるんですけど、テンは!?暇ですよねアイツ!」

「そんなに1人で東京に行くのが嫌なのか?」

「い、嫌というわけではないですけど」

「エルシアは電車、苦手だもんね」


 2階から降りてきたテンに、兄にあえて言わなかったことを言われ、エルシアは顔を赤らめた。


「だって…どの電車に乗ればいいのか分からない」

「東京まで俺が送るから電車に乗る必要はないよ」

「あ、そうなんですね。じゃあ行きます」

「てか何でエルシアは東京にいくの?」

「エルシアに会いたいって奴がいててな」

「なるほどね。私はお留守番か」

「よし、じゃあエルシア。準備が出来たら出発するぞ」

「了解です、兄さん」


 エルシアは愛銃「キアッパ・ライノ」が入っているショルダーホルスターを壁から外し着用し、ハンガーラックに掛けてある深緑のモッズコートを着て、財布をポケットに入れ、最後にもう1つの愛銃「L96 AWS」が入ったケースを背負い玄関に向かった。

 扉を開けるとスムノがスマホをいじりながら待っていた。


「お?よし、じゃあ行くか」


 エルシアに気づいたスムノはしゃがみ、両手を腰あたりに持っていき、エルシアを見つめた。


「あの…兄さん。これって…」

「エルシアが背中に乗るのを待ってるんだけど」

「おんぶってことですか!?」

「そうだけど…おんぶは嫌か?それともお姫様抱っこの方がいいか?」

「いや、瞬間移動とかで行くのかなと」

「俺…瞬間移動、人連れてできないぞ?」

「え、じゃあ…」

「空飛んでだ」

「電車の方がまだマシでした…」


 エルシアは恐る恐るスムノの背中に体を預け、首に手をましてガッシリとホールドした。


「よし。出発!!」


 エルシアをおんぶした状態で軽くその場でジャンプし、物凄い速さで東京に向かって飛んで行った。


 ◇◇◇


「よし、到着!」


 和歌山から空を約20分飛んでスムノとエルシアは東京に無事到着した。


「兄さんと行動すると…毎回死ぬかと思う…」


 エルシアは顔を青くしながらスムノの背中からフラフラと降りた。


「楽しかっただろ?」

「私高所恐怖症なんですよ…楽しいもクソもありませんでした」

「東京にはあらゆるものをテレポートさせる奴がいるから帰りは安心しな。んで約束の時間はもうすぐなんだけど…あ、きたきた」


 スムノが見た方向から1人の男が歩いてきた。その男は前にボタンが着いてるタイプのウサギの着ぐるみを着ており、左腕だけを外に出し、気だるそうに歩いてきた。


「よぉ!兎丸!この前の会議ぶりだな!」

「あぁ、この前の会議ぶりだね、んで、この子が噂の天才、エルシアちゃんか…」

「あ、ど、どうも…」

「紹介するよエルシア。こいつは『兎野 跳丸』、通称『兎丸』。天贈は『月眼げつがん』と言ってめっちゃ厄介なんだ。んで俺と同じ特殊大天贈人だ」

「このまえドイロさんに聞きました。本当にウサギの着ぐるみを着てる…」

「これが僕の私服でもあり、勝負服なんだ。そのドイロって人からスムノよりも強いってのは聞いたかな?」

「あ?俺の方が圧倒的上だろ」

「それはないね。君は色々と雑すぎる。雑すぎると技の威力も落ちるので、丁寧な技を繰り出す僕の方が強い」

「確かに…兄さんの技は雑ですね」

「エルシア…」


 スムノと兎丸の口喧嘩がピリついてきたところにエルシアが兎丸に賛成したことにより口喧嘩は終わった。


「まぁとりあえず、今日1日エルシアをお前に貸すがエルシアに手を出したら殺すからな」

「残念。年上好きだ」

「んじゃエルシア、頑張れよ。多分こいつがいるから安心だと思うがなにかあったら俺の名前を叫べ」

「叫んでも兄さん和歌山に帰るから聞こえないでしょ…」

「それはどうかな」


 スムノは2人に背を向けるとその場でジャンプし、上空へ飛んで行った。

 スムノの姿が見えなくなるとうさまるはエルシアに笑顔を向けた。


「よし、いこうか。まずはお互い自己紹介したいし、カフェに行こう。奢ってあげる」

「え、いいんですか?」

「もちろん。特殊大天贈人はお金持ちなんだ」


 そう言うと兎丸は歩き出し、エルシアはついて行った。


 ◇◇◇


「人生で上級天使と戦った回数は3回でそのうち1回がソロで討伐…か…」

「まぁ最後のは運が良かっただけかもしれませんがね。すぐそこにコアが落ちていたので」

「でもすごいよ。コアを視界に入れたら上級天使は死にものぐるいで殺そうとしてくる。それをかいくぐって君はコアを壊したんだろ?」

「避けるのは簡単なんですよ。相手の目を見ればどこを狙ってるかわかる。トンネルに居た上級天使は頭しか狙ってこなかったので避けるのは簡単でした」

「すごいな。とりあえず話を聞いている限り、君は下級天贈人だが実力は上級天贈人だね。次の試験では確実に昇級するだろうね」

「次の試験って言うのは…?」

「あるんだよ、天贈人には試験ってのが。でも知らないんだったらあれだね。スムノに連れてって貰ってその場でルールを知った方が楽しめると思うよ。あ、でも君の階級は…いいや、なんでもない」

「?」


 窓際の席でエルシアはコーヒーを片手に話を聞いたり話したりをしており、対面に座る兎丸は特大のパフェを食べながら話を聞いたり話したりをしていた。


「あの…聞きたいんですが」

「ん?何かな?」

「先程兄さんが言ってた兎丸さんの天贈、『月眼《げつがん》』って言うのはどんな天贈なんですか?」

「あぁ、それに関してなんだが」


 その時エルシアと兎丸のスマホが突然緊急アラーム音を響かせた。

 それと同時に店の外に設置されているスピーカーから


「天使が舞い降りました。一般人の方は直ちに避難してください。天贈人の方は今すぐに天使の討伐をお願いします」


 と、流れた。


「……近くだね。いいタイミングだ。僕の天贈、見せてあげる」


 兎丸は立ち上がると青い目を光らせまだ残っているパフェを空中に浮かせ圧縮し、飴玉と同じくらいの大きさにし、口の中にいれ、ポケットから万札を出しレジに置き店を出た。その一連の流れはあまりにもスムーズすぎてエルシアは唖然としていた。


「何してるの?エルシアちゃん!いくよ!!」


 兎丸の言葉でハッとしすぐさま店を出て走る兎丸に続いて走り出した。

 兎丸の走る速度はとても速く、追いつけないという言葉が頭をよぎったその時、突然足が軽くなり、体が浮いた。そして前を走る兎丸に引き寄せられた。


「銃背負ってちゃ、思いっきり走れないよね。持ってあげる」

「あ、ありがとうございま…す。えっと…今のは…」

「君を浮かせて引っ張った。これは僕の天贈だけどほんの一部にすぎない。これから戦う天使で技を見せてあげるよ」


 銃を背負うのと背負わないのでは走る速度が違うが、兎丸は銃を背負っても走る速度は変わらなかった。

 何故だろうとエルシアは思い、銃に目をやると少し浮いているのが分かり、兎丸の目を見ると光っているのがわかった。


「あぁ…なるほど」


 エルシアは呟き、前を向いて体制を整えいつでも降ろされるように準備した。


 手すりをとびこえたり、更車の上に乗ってジャンプしたりとほぼパルクール状態で舞い降りた天使の元に向かう兎丸の横を浮いているエルシアは青ざめていた。

 そんなエルシアに気をかけずに進み続けること3分、交差点の真ん中で天使が佇んでいた。


「あいつか…デカイな」


 天使の姿はビルと変わらないくらいの大きさで、鳩の頭に人間の手足が生えたような外見で嘴の中には巨大な目玉があった。


「エルシアちゃん、大丈夫かい?酔った?」

「いえ、死ぬかと思っただけなんで大丈夫です」

「空飛んでも良かったんだけど、スムノに連れて来られたエルシアちゃんしんどそうだったから走ったんだけどこっちもこっちでしんどそうだね」

「空飛べるなら飛んでも良かったんですよ…でもその気遣いありがとうございます!」


 エルシアはケースから「L96 AWS」を取り出し、天使に向けて構えた。


「かっこいいね、しかもスコープなし…」

「スコープは甘えです。本物のスナイパーは自分の目で確実に…」

「よし、準備万端だし、じゃあ…援護して!」


 兎丸は先程とは違い、青い目から青い炎をだし、一瞬にして天使の顔辺りにジャンプした。ジャンプの踏み込みが強すぎたのかアスファルトがひび割れている。


「すご…」


 兎丸のジャンプのせいで風が巻き起こり、エルシアは目をつぶってしまった。再び目を開けるとうさまるは殴ったあとのようなポーズをしており、天使の体が大きく傾いており、上の嘴が粉々に砕け散っていた。


「耐えられるかな?『月光丸げっこうがん』!」


 兎丸の手のひらに青白く光った球体ができ、それを天使に飛ばすと大きく爆発した。爆煙が消えると天使の体は酷くえぐれ、大量の黄色の血を流していた。

 そんな天使も兎丸に殴りかかった。だがうさまるは巨大な拳が迫っているのにも関わらず避けようとしない。それどころか兎丸は笑っており、受けようとしている。

 天使の巨大な拳が兎丸にヒットし、痛々しい音が鳴り響くのではと思っていたが音はならなかった。

 よく見ると天使の拳は兎丸に当たるギリギリの所で止まっていた。

 天使はもう一度殴りかかったがギリギリの所で止まる。


「空から舞い降りたんだったら月くらい触ってろよ。『月光刀げっこうとう』」


 兎丸は青白く光る刀を生成し右から左へと軽く振った。

 すると天使の目がぐりんと上を向き、巨大な体に切れ目が入り、切れ目の上の部分がずり落ちた。


「天使討伐終了」

「うぉー!いいぞー!!うさまるーっ!!」

「すげぇ!かっけー!!」


 天使が死ぬと避難していた人々は外に出ては兎丸に賞賛の声を送った。

 エルシアは唖然としながら兎丸を見つめていた。

 一般人に手を振っていた兎丸はエルシアの前にそっと降り立った。


「でかかったね。んじゃ、いこうか」

「え、あ…はい」


 東京の街を歩いていると、兎丸は様々な人から声をかけられた。その度に兎丸は笑顔を向け手を振ったり、サインをお願いされたら笑顔で書き渡す。愛されているのだなとエルシアは思い、憧れを感じた。


「エルシアちゃんは月を見たことある?」

「ありますよ。逆に見た事ない人はいないと思います」

「じゃあ触ったことは?」

「それはないですね」

「それが俺の天贈、『月眼』」

「えっと…どういうことでしょうか」

「俺が天贈を発動させている間は俺の姿が見えていても触ることは出来なくなるんだ」

「それって…無敵じゃ」

「そう。無敵。だから特殊大天贈人なの。ただ弱点があってね」

「弱点?」

「目がすぐ疲れるのと月を触ったことある人なら天贈を発動中の俺に触ることができるんだ」

「でも月に触ったことがある人って宇宙飛行士くらいしか」

「君のお兄さんは?なんでもやりたい放題のお兄さんなら?」

「私はわかんないですけど兄さんなら触ったことありそうですね」

「俺もわかんないんだよね。あいつが月に触ったかどうかなんて。まぁこの世には月に触ったことがある人なんてほぼいない。だから敵無しには間違いないね」

「質問あるんですけど、戦いの途中で使っていた技はあれは天力を使ってやったのですか?」

「お?よく見てるね。実はあれ、天力じゃなくて、この月眼で集めることの出来る月力げつりょくというのを使って繰り出した技なんだ」

「月力…ですか」

「普通天贈人は天力を使って技を出したりするけど上限は必ずあって天力が無くなると技も出せなくなるし天贈も発動できない。けれど俺には月力がある。例え天力を使い切ったとしても月力が残っていれば天贈や技は出せる」

「外付けハードディスクみたいな感じですね」

「そうだね。その解釈でいい」

「てことは天力切れがほぼないと」

「そう!俺には天力切れがない!だからスムノより、俺の方が強いんだ」


 自慢げに話す兎丸をエルシアは本当に兄より強いのかもしれないと思い、この2人の戦いを見てみたいと感じていた。


 ◇◇◇


「うーん……さっき甘いもの食ったし、コーヒーでいっか」


 2人は人通りが少ないビルの裏側にできた空間に来ていた。そこにはベンチもあり、自販機もあるのでひと休みするには充分な所だった。


「エルシアちゃん、飲みたいものある?」

「あ、いいんですか?じゃあ、サイダーで」

「うい」


 コーヒーを片手に兎丸はお金を入れ、サイダーのボタンを押し、サイダーの缶が下に落ちる。それをうさまるは手に取り、エルシアに投げる。それをエルシアは両手で取り、礼を言って開封する。


「さっきの天使は援護お願いしたけど結局一人で倒しちゃったけど…今から戦う予定の天使は絶対に援護必要だから心の準備しといてね」

「今から戦う予定の天使…ですか」

「そう。今からと言っても現れるのは16時30分。まだ1時間半もある」

「現れるってことは…上級天使ですか?」

「現れる=縄張りをもっていると考えて上級天使と思ったね?」

「あ、はい」

「上級天使は縄張りにいけばいつでも会えるよ」

「じゃあ上級天使ではないんですね…え、もしかして」

「俺らが1時間半後に戦うのは使だ」

「え…」


 兎丸の口から出た言葉にエルシアは戸惑いを隠せなかった。


「な、なんで特殊大天使と!?私天力を自由自在に使えるようになったのも最近ですよ!!」

「君の狙撃力と援護力、そして君の天贈が奴には効くと思うんだ。多分」

「多分!?というか特殊大天使って9体いますよね?誰と戦うんですか!?」

「……伝説であり、最強の剣豪…『宮本武蔵』だ」

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