~第43節 エンジェルズゲート~

 転移門『エンジェルズゲート』を目の前にして、アキラがセレナを必ず助けることの決意を胸にする時、マサキは転移門の起動を試みるため、操作パネルの前に座るオペレーターのソフィアへ声をかける。


「ソフィアくん、それでは起動をお願いできるかな?」


「えぇ、エネルギー充填率100%、転移門シーケンス起動!」


 画面内の各ステータスを確認の後スタートボタンを押下し、ソフィアはエンジェルズゲートの起動に入る。すると、つながれたケーブル全てが光り、転移門へと移っていく。その光が全て転移門へ到達すると、目映いばかりに門自体が発光しだす。


「よしっ、起動シーケンス正常!これより儀式魔術の詠唱に入る!」


 そう言うとマサキは複雑な印を結び、大規模儀式魔術の呪文を唱え始める。


「力の根源たるマナよ!遥か星辰より来たりし神々よ…今ここへ彼方に広がる新たなる世界への門を開け!星辰の大地スターリー・フロンティア!」


 ―――ゴゴゴゴゴゴゴ…


 両手をかざすと同時に儀式魔術が発動し、今まで向こう側の壁が見えていたエンジェルズゲートが虹色に光り、お腹の底に響くような地響きと共に、現世とは思えない景色がそこへ窓のように映し出されていた。それと同時にマサキはガクッと両膝から崩れ落ちる。


「マサキ!」


「だっ、大丈夫だ。お前らが現地に赴くんだから、これくらいはやらなけれりゃ、示しがつかないからなぁ」


 すぐさま駆け寄るアギトが両肩を支えるが、マサキはその手を押さえる。全魔力を注ぎ込んだのだから、無理もない。そのアギトの手を握り直し、マサキは頭を指さす。


「そのARヘッドセットは曲面太陽光パネルで昼間の発電は出来るが、リチウムイオン電池にも限りはある。使いどころを考えて使用してくれ」


 そこへカケルも近寄り、肩に自分の頭を通して支える。


「ねぇ兄さん、結局こういう魔法陣を発動する時でも、全部機械ではできないの?」


 額に脂汗を浮かべ、疲れた表情を見せながら、マサキは弟へ顔を向ける。


「以前にも言ったかもしれないが、大電力を装置へ供給しようとも、そしていかなダークストーンを装置に使おうとも、人の持つマナの魔力を増幅するに過ぎないのさ。だから最終的には、人間が魔術の発動をしなければならない…んだ。あとは頼んだぞ」


 そしてアギトとカケルは、近くの空いているスツールへマサキをゆっくりと座らせた。


「あの先に見える場所って、私たちが以前行ったことのある異世界なのですか?」


 エンジェルズゲートのその先に見える景色を覗き込む、マリナの質問には疲労困憊のマサキの代わりに、司令が答える。


「そうよ。座標と画像解析からも以前に行った異世界の場所が確定されているわ、安心してちょうだい。それから…あの子のことを、よろしくお願いね」


 そう言ってマリナの両手を包み込む。それに対してマリナはコクリと、そしてゆっくりと頷いて答えて見せた。そこへソフィアがアキラの前に寄り添い、上目遣いに見上げる。


「無事に戻って来たら、私とデートしてくれますか?」


 その唐突な約束にちょっと躊躇しながらも、後ろ頭をポリポリとアキラは掻く。


「えっ、えぇ…わかりました、約束します。それでは、行ってきます」


 アキラを先頭にエンジェルズゲートに入り込み、他のメンバーを待つ。全員がゲートに入った段階で、球形の透明なシールドが閉められ、マサキが転送の合図をコントロールパネル前で待機するソフィアへ送る。それに対してタッチパネルを操作する。


「エントロピーの低下およびダークエネルギーの増大を確認。ゲート転送ルートオールグリーン、転送スタート!」


 エンジェルズゲートに光が収束し、それが臨界点に達した時、パッと発散し異世界の景色もアキラ達の姿も消え去り、一瞬にしてもの静かな静寂が訪れた。


「行っちまったな…任せたぜ。また帰りのためのエネルギーを充填しとかないとな」


 疲れた表情でゲートをぼぅっと眺めながら、独り呟いていた。


 ★ ★ ★


 ろうそくとランタンの橙色の明かりに照らされた、密林の中にポツンとそびえ立つ古城の大広間には中央に玉座があり、初老でフードを被った男が肩肘を肘掛けに立ててして座っていた。その御前には女性2人と男性2人が謁見をしている。


「そうか…ガントは無骨で無愛想な男であったが、最期に重要な役目を果たしてくれたな。そこにいるのが火神かがみの娘ということか。まさかこんな形で相まみえることになろうとは、皮肉だな。ところで、無事に使える者なのであろうな?」


 玉座に座る男の問いかけに、ミフユは隣に暗く朱い虚ろな瞳に、生気もなくたたずむ少女の肩にやんわりと手を置き、満面の笑みを浮かべる。


「もちろんですわ、総帥。この娘は立派に役立つ潜在能力を持っています」


 その返答に対して長く伸びた髭をさすりながら、総帥と呼ばれる初老でフードの男は鷹揚にうなずく。


「確かに、事前の調査の通り凄まじい闇属性は秘めているようだな。しかしながら、意識が無いように思えるが…?」


 カズヤはセレナとミフユの双方を見やったあと、総帥へ進言する。


「そのあたりはご心配なく。タロット魔術でコントロールは可能なんだろう?」


「そうね、まずあたいのタロット魔術で魅了をかけて、その上でさらにタリスマンで効果を固定してあるから、さらに上書きが可能ですわ」


 セレナの肩に置いていた手を、その胸元に下げているタリスマンと呼ばれた、禍々しいまでの鈍い黒色に光るペンダントトップを、下からそっとすくうようにして持ち上げた。


「ほぅ、それならば期待が…」


「それはいささか買いかぶりではありませんか?」


 それまで傍で黙って話を聞いていた、糸目にさらに細いメガネをした銀髪をしており、腕組みをしている男が総帥の声をさえぎり、口を挟んできた。その無礼に対してカズヤは声を荒げる。


「おい!総帥が今、お話になっているところを…」


「まぁよい、話を聞こうではないか?『洛叉らくしゃソウマ』よ」


 激高するカズヤを制するように片手を上げる総帥に対して、いささか不満そうにカズヤは引き下がる。


「ありがとうございます。私めが思うにその妖しいタロット魔術とやらが、信用できない、といいたいのですよ」


 それを聞いて逆切れするかと思いきや、ミフユは冷静に受け答えする。


「そう来ると思っていたわ。だから、これからそれを証明して見せますわ…」


 その返答をソウマにではなく、セレナの両肩に手を置き、ジッとその顔を覗き込むようにして答えた。それに対して今は感情のないセレナの眉が、一瞬ピクリと動いたように見えた。


 ★ ★ ★


 自然そのままのまばゆい幻想的な大草原と、深い森の見える景色が辺り一体に広がっている。草原を薙ぎ払う風が心地よい。そしてここは見たことのある風景である。


「こ、ここは…着いた、のか?」


 ゆっくりと辺りを見回すアギトは、一度は見ている見慣れた景色に、ちょっとした安心感を覚えた。


「どうやら無事に、以前の異世界に到着したみたい、ねっ」


 背中に生えた翼を使い、高みから状況をうかがっていたナツミは、颯爽と降り立つ。異世界に来ると魂の来歴により、様々な種族に変化する。ただし、変化が見られない者も見られる。


「ただ、以前に来たときは真夜中で、今は昼間だ。そして、以前よりもドライアード達の森に近いようだな」


 アキラはドライアード達の住まう森の入り口の、街道で左右に開けたところでその先を見つめていた。街道の見える一番先には、かつてミノタウロスと死闘を繰り広げた岩山が遠くに見えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黄昏のアセンション ~現代魔術をスピリチュアルが凌駕する~ 榊原 涼 @ryo_sakakibara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ