~第42節 隔てられた想い~

 秘密結社八咫烏やたがらすの司令本部へ戻ったメンバーは、新宿でのダークスフィアとの戦いを終え、一人セレナを除いて終結していた。各々沈痛な面持ちで、火神司令が言葉を発するのを待っていた。しかし司令は以外にも冷静な表情で言葉を紡ぐ。


「娘の事情は判りました…でも私はどんな状況でも、あの子を信じています」


「司令…本当に申し訳ありません…僕の力が不足していたばかりに」


 それを聞くなり、火神かがみ司令はアキラの言葉をそこでせき止めるようにして、右手のひらを前に突き出す。


「それ以上は言わないで…あなたのせいではないのだから」


 カケルはアキラの前に出て、見方によっては冷たく見えた司令に、喰らいついた。


「セレナちゃんを救出に行く方法は、なにかないんですか?先ほどアキラさんは今のところはまだ…とお聞きしましたが」


「そうね。転移する方法は以前から考えられてきているけど、その方法の中で一番有力なものは、国会図書館の中に秘密があるわ」


 アキラに突き出していた右手と、片側の左手も広げるようにして、司令は答える。その回答にカケルは頭にハテナを浮かべて司令に問いかける。


「国会図書館…ですか?」


「そう…通常一般公開もしているけれども、そうでない非公開の秘蔵書籍もいくつも存在しているの。それにはもちろん理由があって、管理者だけで国会議員も見れないものもたくさんあるわ。それは秘術書であったり禁書と言われるものでもあって、そこには異世界へつながる転移ゲートの儀式魔術の記載がある書物が存在するの」


 目を閉じてメガネを直しながら、説明を行う司令に対して、カエデも新たな疑問をぶつける。


「そんな貴重な資料を、わたしたちって見ることは出来るんですか?」


「もちろん、あなたたちは立派な八咫烏やたがらすの一員なのだから心配いらないわ。IDカードさえ忘れなければね」


 そしておもむろに司令は眼鏡を外した。その表情はなんとも言えない疲れた表情を見せていた。それを聞いたアキラは、先導することを申し出る。


「でしたら明日、僕がみんなを連れて国会図書館に赴きます。よろしいですか?」


「ええ、お願いできるかしら?ごめんなさい…今日はお先に失礼するわね」


 そう言って火神司令は司令室をあとにした。その後ろ姿を見ながら、心配そうにマリナはつぶやく。


「心中お察しいたします…」


 そう気遣うマリナに、アギトは同じように後ろから見やる。


「ああいう風に振舞ってはいたが、自分の子供を心配しない親はいないさ」


「司令はお疲れのようだ。明日みんなで国会図書館に向かうから、そのつもりで頼むよ」


 司令の姿が見えなくなったことを確認して、アキラは残りのメンバーに翌日の予定を伝える。


「俺はパスさせてもらうぜ。ああいう堅苦しいところが大の苦手なんだ。それに武器のメンテナンスは俺にしか出来ないだろ?」


 アギトは司令室を振り返りもせず、片手を上げて出て行った。


「それもそうだな。わかった、武器の手入れはよろしく頼む」


 そしてその後ろ姿にアキラは声をかけた。


 ★ ★ ★


 ―――その翌朝、アキラ・マサキ・カエデ・ナツミ・マリナ・カケルの6人は再び司令本部へ集合し、国会図書館へ向かった。その向かう道中の電車の中で、ナツミはアキラに小声で問いかける。


「国会図書館までは、シャトルはつながってないんですね?」


 混雑する通勤列車の窓から外を眺めていたアキラは、人混みで狭い空間でつり革につかまる、ナツミに向き直る。


「あそこは我々の管轄下ではないから、さすがにね」


 そしてシーっと唇に人差し指を当てて、暗黙に内緒であることを指し示した。国会図書館へ着くと意外と人が少なく、閑散としていた。受付で訪問の内容を告げ、八咫烏やたがらすのIDカードを見せると、そこの受付嬢は内線でどこかへ連絡し、その数分後にメガネをかけた高齢の館長と思しき男性が奥から現れた。


「事情はお聞きしております、こちらへどうぞ…」


 6人はエレベーターに乗り、館長がB8のボタンを押し、階下へと移動した。地下8階へ到着し、その行く先の一番奥のガードマンが立つ『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたプレートの扉にIDカードをかざし、中へと案内された。そしてそのさらに先には、他の保管棚とは違い、鉄の壁と鉄の扉で隔離された区画が目の前に現れた。


「この奥になります、少々お待ちを。ここは私でも年に数回ほどしか、足を踏み入れない場所です」


 ここではカードは使わず、瞳と指紋による2重のセキュリティキーでその扉は開いた。中の敷地は意外と広く、数々の非公開に相応しい、ここにただ一つしかない品も多いようだ。その中の図書は通常一般公開されているものとは違い、1つ1つが個別にアクリルケースで保管収納されていた。目的地に着いたところで、マサキが館長へ確認を取る。


「館長、ひとつお聞きしたいのですが、ここではスマホなどで写真を撮ることは、可能ですか?」


「申し訳ありませんが、ここではスマホやデジカメでの撮影は、禁止とさせて頂いております。何分にも貴重な資料ばかりですので…ただ、手書きでのメモや複写だけは、皆さんには特別に許可を出させていただきます。何をご閲覧するかは、私は知らない方がよろしいかと思われますので、私は外の控室で待たせて頂きます。どうぞご自由にご閲覧ください」


 事情をご理解ください、と言わんばかりに渋い顔をして、館長は恐縮する。そのあとそのセキュリティエリアから、館長は出て行った。


「それじゃみんな、手分けして例の書籍を探そう。タイトルはさっき説明した通りだ」


 みんなを見渡し、事前に打ち合わせた内容通り、アキラは目的の書物を探す様に指示を出す。そこでふと兄が一緒に来ていることを、カケルは不思議に思う。


「そういえば兄さんも、何か調べものがあるの?」


「なにを言っているんだ?我が弟よ。これから調べる儀式魔術の全容を知らなければ、私が装置の開発が出来ないだろう?」


「装置?儀式魔術でゲートを作るんじゃないの?」


「それはそうなんだが、まぁ詳しいことは出来てからのお楽しみだ」


 セキュリティエリアの広い敷地内には八咫烏やたがらすのメンバー以外はおらず、足音と少しの話し声しか聞こえてこない。そして小一時間ほどしてから、ナツミがその日本語で書かれた文献を数ある中から見つけ出し、アキラに差し出した。その書物の表紙には全体的に黒を基調とした、金の装飾が禍々しいばかりに施されたものであった。


「これが…禁書のたぐいか、ありがとう。それじゃ必要な内容の、メモを取りたいのだけれど。この魔法陣の図と文章は別々にするかな…」


 少しだけ悩んでいたところに、カエデが本を覗き込むように申し出る。


「わたし趣味でイラストを書くことをやっているので、自信があります。図の方は任せてもらえませんか?」


「わかった、図の方はカエデくんに任せるとして、文章の方は…ナツミくんはどうかな?」


 他の文献を見ていて急に振られたナツミは、ちょっとビクッとして、両手の平を左右に振りながら遠慮をする。


「あっ、あたしは…国語が苦手で、書き写しの間違えとかあったら嫌なので、遠慮しときます…その代わり、他の人が入ってこないかどうか、入口付近を見張っておきます」


 そうして言いながらナツミは、入口付近へそそくさと移動する。それを聞いていたマリナが申し出る。


「それでしたら、わたしが書き写しをやりますよ。国語よりは英語の方が得意なのですが、サインや歌の歌詞を書くのは好きなので」


「よし、それならマリナくんに呪文の書き写しをお願いしよう。僕とマサキとカケルくんは他にも参考になる文献がないか、ちょっと探してみるよ。ここへ来る機会はなかなかないからね。終わったらチェックするので、声をかけて欲しい」


 ★ ★ ★


 ―――国会図書館へ出向いてから2日後、再び司令本部へ集結した八咫烏やたがらすのメンバー6人と司令、オペレーターのソフィアと武器のメンテナンスをしていたアギトも含めて、ここにいる全員がようやくこの日を待ち望んでいた。ここは司令本部のさらに2階層下に位置する、薄暗い大空間スペースの中央に人が十分に通れる大きさの門がオブジェのように佇んでいる。その周囲には様々な装置があり、ケーブルなどが門へと全てつながっていた。火神かがみ司令がその門の前に立ち、他全員の前でこれまでの経緯を説明する。


「マサキくんにこの異世界へ転移するためのゲート発生装置『エンジェルズゲート』を急ピッチで完成させてもらいました。先日の国会図書館にある資料が必要不可欠でした。あとの詳しい説明はマサキくん、よろしく」


 そして司令は場所をマサキに明け渡し、近くにあるスツールに腰をかけた。続けて司令に代わりマサキが説明を引き継ぐ。


「司令から説明のあった通り、この『エンジェルズゲート』は現状で目的の異世界に転移できる装置ではあるが、一度に転移できるのは最大7人までだ。そして一度転移させたあとは、転送するためのエネルギーを充填するまで7日かかるのがデメリットだ」


 その説明に一つ腑に落ちない点を感じたカケルは、いつも自信過剰で肝心な部分の抜けている兄に問う。


「こちらからの転移の方法はわかったけど、向こう側から戻って来ることはできるんだよね?」


 痛いところを突かれたと言わんばかりに、マサキは渋い顔をして冷や汗を垂らす。


「そ、それはだな、まだ実績がないため確実なことは言えないが、アキラに方法は相談してある、そうだろ?」


 こめかみを若干押さえながらも、マサキから話を振られたアキラは前に出る。


「あぁ、必要な呪符や魔法陣のメモは持っているし、ARヘッドセットに読み込ませてもいる。あとは実際に向こうで試してみるだけだ。なんとかなるだろう」


(セレちゃん…必ず君を救いに行くよ…)


 アキラは今一度、決心を胸にして、真っすぐにジッと起動前のエンジェルズゲートを見据えていた。

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