~第41節 煩悶(はんもん)の拳~
新宿でのダークスフィアと
「グフゥ…さて、動けないお前たちをどう料理してくれようか…」
「気が動転しているかもしれないが、アキラお前は先日、これを破る策を見つけたんじゃなかったのか?」
横にいたマサキからの助言ではっと思いだし、アキラは懐に手を入れる。
「そうだった、僕としたことが…すまない、だが確実性が…やってみるまではわからないが」
そして懐から出した呪符を地面に貼り付け、呪文の詠唱に入ろうとしたとき、周囲の魔物がそれぞれの武器を振りかざし、一斉に迫ろうとしていた。
「くっ!間に合わないかっ…」
そう思った矢先、耳に心地よい旋律の歌声が、ビル街の開けた公園に響き渡る。
「ラララァ…ラララ、ラァーララァ…」
マリナの歌う声から発せられるソルフェジオの高い波動は、魔物の動きを封じ込め、やがてはその存在自体を維持することができなくなる。それは水の波紋のように周辺へ広がり、頭を抱えた魔物をつぎつぎと、黒い霧へと霧散させていく。
「そんな歌で対抗できたつもりか?この俺には少しも効かんぞ!超重力は未だに健在だしな!」
ガントは野太い声でマリナの歌で消え去っていく、召喚した魔物が消えていく様を見ながら、嘲笑うかのように亀の口をパクパクとさせ、目を細める。
「マリナくん、ありがとう。ヤツは純粋な魔物でなく、元は人間と契約した魔獣とのハーフであるがゆえに、効果が期待できなかったか。だがしかし、それは予想済みだ!力の根源たるマナ、呪符よその力を開放せよっ!
貼り付けたままの呪符へ手を添えたままに、アキラは呪符の力を解放させた。すると、アキラの地面を中心に大型の光の魔法陣と、光の柱が出現し、その重かった超重力魔術を全て解除した。
―――ブウゥゥゥゥゥン…
「やった、ようやく重かった身体から解放された!」
身軽になった上体を起こし、カケルはアーチェリーボウを構え、矢を2本まとめてつがえる。
「作っておいた甲斐があったな。儀式魔術を打ち消すほどのものを作製したときは、魔力を消費しすぎた反動で、一日中寝込んでしまったが」
カケルはグググと力を込めて引いた矢を解き放ち、その2本の矢はガントの左右の目を、それぞれ狙い通りに射抜いた。いかに全身が硬い皮膚や甲羅に覆われていようとも、目だけは例外だ。
「決まった!」
「ガアァァァァ!おのれ!」
確実にガントの視覚が奪われたことを、確認したナツミは起き上がり、間髪入れずアゴの下に滑り込む。そしてしゃがみこむと同時に、右腕の手甲に魔術の炎を生み出す。
「あたしたちの大事なセレっちを、どこへやったのさ!力の根源たるマナよ!火の精霊サラマンダーよ、炎の衣にて我が武器に力を与えたまえ!
怒りを込めた右腕に力を込め、ナツミはガントの大きなアゴ下に向かって垂直に勢いよく飛び上がり、その拳を振り上げる。
「渾身の、
目の見えないガントは自分のアゴ下に、近づく敵意の気配を感じるが、いかんせんその重い身体を身軽に、動かすことはできない。その強烈なアッパーの一撃をもろに叩きつけられたガントは、首を大きくのけ反らされ、一瞬意識が遠のく。硬い皮膚をジュッと灼熱で焼かれる嫌な臭いがする。そして技が決まり、着地したナツミはマリナへ向かって合図を出す。
「今よ、マリナちゃん!」
「この好機、無駄にはしません!」
ナツミの作ったチャンスを逃さず、マリナも腰の鞘に手を当て、入れ替わるように走り込む。そしてナツミ同様に近づきながら強化武器の魔術を準備する。
「力の根源たるマナよ!風の精霊シルフよ、切り裂く
強化武器を発動させたあと、抜刀し上段に構えたまま、ガントの真正面の手前から大きくジャンプする。
「新陽流『
その後縦に高速回転すると、丸のこぎりのようにガントの上部を、尻尾へ向かって一瞬で切り裂いた。
「グゴアァァァァァァァ!」
真っ二つにされた【玄武】ガントの傷口からはドス黒い鮮血が飛び散り、断末魔の叫びとともに息絶えた。その
「あっけない最期だったな、ガント。道を間違っていなければ…いや、それ以上は言うまい」
今回はあまり活躍の機会がなかったアギトは、ひとりごちていた。そこへカエデが傍に近づき、消えゆくガントを哀れ見る。
「あれが元は人だっただなんて…」
「そうだな…あれが魔に染まった者の末路だ。良く眼に焼き付けておくんだな。人としての亡骸さえも、残らないのさ」
そう言ってアギトは、苦虫を嚙み潰したかのように、顔をしかめた。ガントがこの世から消え去ると同時に、カケルは言いようのないいら立ちを覚えて、アキラにその感情を爆発させた。
「セレナちゃん、彼女は一体どこへ連れ去られたんですか?!すぐにでもあいつらを追いかけないと!」
「追いつき、取り戻したいのは良くわかる…僕もそうしたい。だが、ヤツらに我々は追いつく手段が…いまはないんだ」
地面に叩きつけた拳を震わせながら、アキラは再び自分の不甲斐なさを悔やんでいた。その拳には強く叩きつけた際の切り傷で血がにじんでいた。その悲痛なアキラを横目に見ながら、マサキはインカムから司令部のソフィアへ連絡する。
「こちらは戦闘が終了した。辺りにもう敵は存在しないと思うが、どうだ?それから本当に申し訳ない、火神司令の娘さんがヤツらにさらわれてしまった」
『―――ザァ…こちら司令部。状況はわかったわ。周辺に敵対的反応は確認できないわ、オールグリーンよ。セレナちゃんの件は、戻ってから検討しましょう。とりあえず全員帰投して』
ビルの間隙を縫って吹く一陣の風によって、黒い霧が徐々に晴れゆく公園で、一人欠けた
★ ★ ★
暗い部屋上部の鉄格子から入る月の光と、廊下に灯るランタンの灯が、ゆらゆらとその部屋全体を照らしていた。その中央には1人の少女が、両手両足を木製の椅子に縛り付けられ、力なくもたれかかっていた。ここは古城の地下にある、牢屋の並ぶ一角。廊下側は全て鉄格子で各部屋の中が、良く見えるようになっている。
―――カツカツカツッ…
2つの人影がその部屋へ近づき、ギィィィと
「随分と上手くいったじゃないか?お前のユニークスキル『タロット魔術』とやらが」
手元に持つ紅く妖しく光る石のついたペンダントを、クルクルと弄びながら、もう一人の長髪の銀髪の女性がそれに答える。
「あたいのスキルは強力だからね。それにしても、人間の娘に興味を抱くなんて、珍しいじゃないか?もしかして、この娘に惚れたのかい?フフッ…」
それがさも面白そうに、銀髪の女性【白虎】のミフユはほくそ笑む。
「ばっ、バカ野郎!そんなことがあるかっ。俺はこの女をいままで、殺そうとしていたんだぞ?」
かなりバツが悪そうに、カズヤは顔を紅潮させ、少女から離れて背を向けてしまった。
「まぁ、それもそうだね。あたいの勘違いだったかい?それじゃ、これを着けさせてもらおうかい」
少女の首から下げていた、六芒星の中に地球のモチーフの描かれたペンダントを外して、ミフユは手に持っていたペンダントを代わりに下げさせた。そして外したペンダントは壁に配置されている、燭台の付いていない突起へ引っ掛けた。
「それがあれば、永続的にコントロールができるということか?」
「そうね。いくらあたいのスキル魔術が強力とはいえ、継続的には効果は続かないからね」
ペンダントトップに付けられた紅い石が、光り始めるとまもなく少女の眼もゆっくりと開いた。しかし、その瞳はうつろであり、付けられた紅い石と同じ光である、紅く妖しい光を秘めていた。
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