Page.1 入学式

 

 春。卒業。そして入学。新しい生活空間。新しい仲間。


「ま、さして変わらんけど」


「何が?」


「いいやなんでも。ただ、俺ら内部進学組だから変わり映えしねえなあと思っただけ」


「何でもなくねえじゃん」


「細かっ。モテねえぞ。だから振られんだよ」


「うるせえ」


 男子高校生の、下らない会話だ。


「渚はどうなの」


 説明しよう。渚とは、先ほどから俺と話している小学校からの親友である。


「どうなのって何だ」


「いやだから、担任とか、変わって欲しいと思わねーの?」


のことを考えれば、少し変わってほしいとは思う。お前のためにもな」


「心配してくれてどーも。もう心配かけないよ」


「ならいいけど。お前は一目惚れするタイプだから心配だ」


 ああほんと。うんざりする性だ。そのせいで、中学もとい去年はかなり苦労した。精神的に、しんどかった。他人にわざわざ語ることはない。信じてもらえないだろうし、こっちも嫌な記憶を掘り起こされるだけだから。それでも、忘れることは決してない。あってはならないと、自責の念を負ている。


「女子に興味は持たないことにしたから」


「中学の時からそうして頂けるとありがたかったのですがね」


「何も言えねえよ」


 今日は入学式だというのに、なんだか気分が上がらない。それもそのはず、変わらない学校に変わらない登校路。変わらない仲間、友達。中学で三年間も見てきた光景が、もう三年間繰り返される。いわば、今は折返しに過ぎなかった。


「はあ。今年の担任も同じなのかね」


「ま、例年通りならあんま代わり映えしねーわな」


「っすよね〜」


 別に、去年までの担任がイヤというわけではない。ただ、何か違いが欲しかった。高校から入学してくる人たちも勿論いるだろう。だが、それだけではどこかパンチに欠けている気がした。


「ほらほら、着いたから降りるぞ」


「うい」


 俺たちの学校は都内も都内。東京二十三区のど真ん中にある。

 最寄りの駅は御茶ノ水。


「東京は人が多いね~」


「朝は埼玉も変わんねーよ」


 ボケてんのか寝ボケてんのか、はたまたただ思ったことを口にしただけなのか。とりあえずツッコミを入れたが、正直思ったことをそのまま言っただけだなあと思った。

 会話はそこで止まり、そのまま学校の門まで歩いて行った。


「高一は確か三階だっけか」


「そーだな」


 見慣れた階段。見慣れた校舎。

 けれど、三階と二階は他の階と少し違う構造になっている。一階からの吹き抜けになっているのだ。だから、フロア自体は少し狭い。


「お、あったあった」


 渚が、壁に貼られた今年度のクラス分け表を見つけた。


「俺は一組だな」


「同じく」


 今年は渚と一緒だ。去年はクラスが違たがために、休み時間になる度に渚が俺のクラスまで来ていて、正直少し鬱陶しかったからありがたい。


「ん?」


「あ?」


「一、二組は四階だって」


「はぁあ!?」


 ざけんなっっ!!去年と一緒じゃねーか!!!つーか、同じ学年なのに違う階とかマジでありえねえ。


「はぁ。もう嫌」


「仕方ない仕方ない」


 とりあえず、もう一つ階段を上がることにした。

 各教室の前にある札を見て、自分のクラスの場所を把握するのだが、あろうことか、教室の場所まで去年と同じなのだ。こんな事があって良いのだろうか???


「流石にこれは俺も予想外...」


「マジありえねえ」


 最後の希望は担任か。望み薄だけど。


「とりあえず、席に着くか」


「だな」


 教室の黒板には、チョークで「8:50まで教室で待機。以降は、各自体育館へ向かうよう、お願いします。高校から入学した方は、内部進学生に着いていって下さい。場所はこの建物の6F(最上階)です」と書かれていた。

 まだ二十分ほどある。読書でもして待つか。

 その間、人気の少なかった教室にも徐々に人が増え始めた。


「なあ、六塚(くにづか)」


 少し経ってから、渚が話しかけてきた。


「あの時計、ズレてね?」


  左手で自分のスマホを差し出して右手で教室の時計を指さしている。教室の時計は八時五十分を指していた。対して、渚の携帯のデジタル時計は九時十五分から今まさに十六分になったところだった。


「ヤベッ」


 俺と渚は、急いで体育館へ向かった。

 予想通り、自分たちのクラス以外はびっしり揃っていた。とてもアウェーな感じだ。


「君たち」


 一人近寄ってくる先生がいた。白髪、というより銀髪で周囲から少し目立っている。


「他のみんなはいないのかい?」


 僕らの後ろに誰もいないのを見て、どうしたことかと尋ねてきた。


「すみません。急いで来たもので」


「教室に他の生徒は?」


「います。ただ、時計が壊れていて」


「なるほど。だからか」


 と、その銀髪の先生は体育館の方を振り返る。


「実は、もう何人か来ていてね。バラバラに来ていたから、大半は高入生だと思う」


 中入生(内部進学生)なら、一人が気付けばそいつと喋っている他の連中も気付いていただろう。少なくとも、一人で来ることはあまり無いハズだ。

 気になって、体育館の中に目をやると入学式の式場は、別のクラスの生徒ほか、この学校の教師や生徒の保護者までもが待たされている状況にあった。生徒や保護者の間では、まだざわつきがある。


「とりあえず、君たちは先に席についていてくれ」


「わかりました」


「あ、出席番号順で頼むよ〜!」


 と言いながら、先生は大急ぎで僕らの教室に向かっていった。


「あの先生が担任だったりする?」


「マジ?」


 若い先生はアタリハズレが激しい。面白くてわかりやすい授業をしてくれる先生もいれば、経験のなさを思いっきり感じさせる先生もいる。ただどちらにも、接しやすいというメリットがある。担任の先生ならば、その利点は大きい。高校の担任ともなればなおさらだ。十中八九、高一の時の担任は、高三まで一緒である。となれば、受験や進路の相談とか、勉強についても、相手の教師と話しやすい方が良いのは、言うまでもない。


「嫌?」


「俺はなんか、ちょっと怖いな。何考えてるかわからない人」


「そうか」


 席に付き、片手に持ってきていた本を開く。運の悪いことに後の席には渚が座っている。本と向き合って話を聞こうとしない俺に、なんともツッコミづらいちょっかいを掛けてきた。しつこくはないが煩わしく、かと言って構ってほしくてやってると考えると、逆に無視するほうがいいのでは、と思えていた。

 数分後、先程の銀髪の先生が、クラスの生徒を率いて、息を切らしながらやって来た。会場中、やっとかという雰囲気だった。教務主任による、「皆様お待たせいたしました。全生徒が揃いましたので、これより、入学式を始めたいと思います」というアナウンスが入った。

 そこから、校歌斉唱だの校長式辞などの恒例のものを行った。その後は、クラスごとに教室に戻ってホームルームをして解散、という流れだった。


「では改めまして、担任の雪月(ゆづき)百合(ゆり)と言います」


 俺たちはホームルームの際に初めて自分らの担任を知ることになるわけだが、案の定先ほど体育館にいた銀髪の先生だった。名前からして確実に女性だったが、実際は爽やかで聡明そうな、声の高い男性の教師だった。


「名前が女性みたいなのは、ご了承下さい。両親が百合の花言葉に因んで、「純潔無垢な子」もしくは「威厳」のある子に育ってほしかったそうですが、案の定そうはならず、教職なんて仕事をやっています」


 どうやら、少しひねくれた先生のようだ。自分の職業の事を「なんて」と言うのは間違いなくそうだ。

 

「私の自己紹介はこれくらいにして、来週からの話を少ししておきます」


 ぼーっとしている間に、先生は一通り自己紹介を話し終えて、次の話題に移った。


「特にこれと言ったことは無いのですが、一応来週の朝終礼を使って係や委員会を決めたいと思います。教室の廊下側の壁に一覧表を貼っておきますから、確認しておいてください」


 先生は終始笑顔を絶やさず、にこやかに話していた。この先生の担当科目が気になる。当然、他の教科の今年の担当も気になるが、目の前の担任がどの教科でどんな授業をするのかとても気になった。そう思わせる不思議な雰囲気があった。


「あ、そうだ。月曜日に宿題を回収するので、忘れずに。忘れましたは通用しないと、学年主任の先生からの言伝てです。気を付けて下さい。まだやってない人は、今日から張りきってやりましょう。結構量があると聞いているので」


 最後に余計な一言があったな、今。俺はもちろんやっているが、そうじゃないやつは傷に塩を塗られた気分だろうな。


「起立。気を付け。礼!」


 ハキハキとした声だった。耳に残る、透明感のある声だ。そこだけは、名前の通り女性らしい印象を受けた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋は盲目 REMAKE 夕凛 @Yuri_0316

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ