第11話 スペシャルサンクス! マネージャー&社長

 都内のオフィスビルの上階。

 その中の多くの事務机が並んだ一室。すでに日は落ちようという時間ですが、室内には鳴り止まぬ電話の音がいくつも重なっていました。


 その電話の一つを取った女性。

 ソバージュの明るい茶髪に隠れた耳に受話器を押し付け、肩で固定させます。

 空いた手でパソコンを操作しながら、スマホを弄りながら、電話の相手に応答します。


「はい伊都いとです、お世話になっております――――――――はい、ですのでその件に関しましては現在関係各所と協議しながら情報収集に務めておりまして………………はい、それはもうもちろんです。ええ……はい、決まりしだい連絡させて頂きますので、どうかご安心ください。ええ、はい、それでは」


 女性は固定電話を受話器に戻しながらスマホでのメッセージ送信を完了させます。パソコンに開いていたニュース記事を閉じて、ダンっと立ち上がると、


「あんの小娘があああ! 何やらかしてくれとんじゃあああああ!」


 今も鳴り止まない電話の音に負けない叫び声をあげました。


 伊都いとと名乗った彼女はサキの専属マネージャーでした。このオフィスもサキが所属するアイドル事務所です。

 サキがデスゲームに囚われて以来、文字通り世界中のマスコミや各種団体がコンタクトを求めてきて大忙しの事務所でしたが、デスゲーム攻略委員会が宣言されてからはより一層の騒ぎになっていました。


 そこへ部屋のドアが開かれ、顔をのぞかせたいかにも入社二、三年目という若々しさを残した女性が声をあげます。

伊都いとせんぱーい、社長がお呼びでーす」


「ああ……うん、すぐ行く」

 マネージャーは力ない声で応じると、机の上のぬるくなったペットボトルのお茶を飲み干して、上階の社長室へ出向きました。


若槻わかつき社長、伊都です」

「入ってくれ」

 軽いノックに応じる声。中に入れば、白髪まじりの初老の男性が出迎えました。


「すまないね、伊都くん。こんな時間に。いやあ予定外のアポだらけでようやく帰ってこれたよ」


 自分の執務机の席に座っていた男は背もたれに身体を預けながら話ます。


「いやあほんと、サキくんにはしてやられたなあ。朝からお国のお偉いさん方に呼び出されてずっとお小言だったよ。警察庁に厚生省に総務省やら経産省とか、なぜか外務省や防衛庁のお役人まで顔だしてきてね。いやあ久しぶりに名刺使いきっちゃったなあ」


「すみません、うちの小娘が」


「いやいや、実際のところはお偉いさん方はほっとしてるよ。ようやく責任押し付けられそうな相手が出てきたってね。文句は言いながらもしれっと一部の被害者の精神ストレスによる暴走が確認されることから緊急の支援体制を構築する必要があるーとか言い出してさ。

 もうサキくんたちに自助努力してもらってその支援をするスタンスに落ち着きたいって気で満々なの。そういうのお役所が大好きなスタンスだからねえ」


 デスゲームが開始し五千人のプレイヤーが命の危機に陥り、当然政府機関は彼らの救出に動いていました。

 ですが未だにヘッドギアの細工は解除できていません。

 ゲームが動く量子コンピュータへのハッキングも検討されましたが、主催者が声明文にてそれらの手段を取った場合はペナルティとしてプレイヤーの殺害を行うと宣言しています。万一の被害を恐れて政府はハッキングに踏み込めません。


 一番可能性が高いと思われていた主催者本人に解放させる道ですが、これも彼の足取りすら掴めずにいる状態でした。


 加えて不可能とされていた医療用量子キュップの不正アクセスが行われてしまったこと、それら認可にまつわる諸々の過去の疑惑や不祥事が明るみにでて、政府は釈明に大あらわになっていました。


 医療用量子キュップとはチップ状に加工された量子キューブ、いわばかつてのICチップのすごいやつですが、この中に個人の全ての医療用データが収められています。


 今までの服薬履歴や遺伝子情報、さらには臓器培養技術や義体技術が実現しているこの時代。人々は定期的に3Dスキャンを受けて全身及び骨格や内蔵のデータを保存しているのです。

 E・R・Oのゲーム機本体は本来はリハビリや心理療法に使うための医療用機器として認可を受けていました。そのため医療用量子キュップの装着が必須となっており、ここにプレイ中の生理学的データが収集されていました。

 デスゲームの主催者は逆にここからプレイヤーの3Dスキャンデータを抜き取って強制的に分身アバターの外見を上書きしていたのです。

 そのような不正アクセスを防ぐための防壁は幾重にも構築されており、政府は安全性を保障していたのですが、主催者はそれをあっさりと破ってしまいました。これも政府が叩かれる要因でした。


 それでも五千人のプレイヤーを欠けることなく身体保護ができただけでも褒められるべきでしょうが、なにぶんにもR18タイトル。


「エロゲーのプレイヤーに税金使うのかよ」


 救出作業が進まなくても責められますが、労力をかけていてもそんな心無い言葉が政府に投げ込まれてしまうのです。


 初老の男性、若槻はそんな政府機関の苦悩を表現したかのように「やれやれだね」と両手を広げて肩をすくめました。


「それとGACE社の社長さんも呼び出されてたんだけどね、あちらから判明してる攻略情報の提供を打診してきたよ。まあそうだよねー、株価が連日ストップ安になってて、ゲーム部門を分社化して後は政府と押し付け合いしようってやってたのが、サキくんの宣言からはV字急回復だからね。ほんと底値で買っとけば大儲けだったよね。まあインサイダー取引とか疑われてただろうけどさ」


「サキがあんなこと目論んでたなんて知ってたら止めてましたよ」


「うんうん、独断専行してくれたのはさすがサキくんだよね。ちょっとでもこちらに匂わせしてたら僕らの責任問題だったからね。いやああの時の伊都くんの反応もよかったよねえ。『事務所困らせるなよw』ってムードになったもんね。

 政府にしたって自分では言えないプレイヤーに自分で攻略してくれってのをサキくんが引き受けてくれた形だからね。後から出した謝罪配信もいいタイミングでね、あれなら堂々と攻略支援が議論できるって、議員さんも喜んでたよ」


「まさか政府は攻略委員会設立を認めるんですか?」


「伊都くんは反対かい?」


「当然です。あんな小娘が五千人の命を背負うなんて馬鹿げてます。だいたい既に救助計画ができてるじゃないですか」


「あのバッテリーを放電させるってやつだろう。あれはただ中の人たちを安心させるための書き割りだよ。電力供給を絞るって言っても、少なすぎるとゲームの妨害判定されてトラップ発動するからその境目を狙うなんてむずかしすぎるってさ。やるなら人体実験でデータ集めないといけないから日本じゃ無理な話だね」


「待ってください。自衛隊や警察で登録済みで未ダイブのアカウントを使って救出部隊を作る話があるって聞きましたが、それはどうなったのですか?」


「うーん、その件も聞いてきたけど難しいって話だよ。ヘッドギアはバッテリー外したら起動できないようになってたんだって。それじゃあって、バッテリーの電気を空にしといてもチュートリアル中に充電されちゃうって。そういうとこはあの主催者は小賢しいよね。

 それに未ダイブのアカウントの確保もうまくいってないらしいし。そもそもコウキくんが例外なだけで、軍人だからってゲームの中でまで強いわけじゃないのはチャンネルの方で判明してるからね」


「そもそも外部こちらとリンクさせた攻略なんて、あの主催者が妨害するのではないですか?」


「いまさらだよ。あの主催者は典型的な誤りを認められない小物だからね。チャンネルが繋がってるのを気づかなかった件も、その程度どうってことないって大物ぶって見逃してるんだから。

 サキくんも分かってて主催者の計画に乗るよー、とかリップサービスしてたでしょ。あいつ絶対にそんなこと考えてなかったよ。でもサキくんにあんなこと言われたら肯定するに決まってるね。あれからは顔出してないけど次に出てきたら歓迎しようじゃないかくらい言うと思うよ」


 若槻社長は手振りで主催者のモノマネをしながら言いました。そして「来週」と口にします。


「来週?」

「うん。僕の大学の同期が総務省で出世してるんだけどね。あいつら普段から外部シンクタンクに世論動向予測レポートなんてのを作らせてるんだって。で、それ見せてもらったんだ。主催者を捕まえられたときとか、プレイヤーの動向がどうとか、いろんなバージョンがあったんだけど、ああ、もちろんサキくんが攻略組織作るなんて予測はまったくされてない奴だけどさ。

 どのバージョンでも来週から再来週辺りで世論がプレイヤーに対して一気にバッシングに傾きだすんだって。今でも非難するやつはいるけど、マスコミレベルで声があがりだすって」


「なんでそんなことに……」


「その辺りで死人が出る」

「死人……攻略中のプレイヤーにですか?」


「うん。そこの分析はGACE社の方から出したらしいけど、序盤は救済機能があって安全だけど、このペースで攻略組のプレイヤーが初級ステージを超えれば確実に死人が出るって。さらには続いて待機組の中からも出る。自殺でね」


「えっ!?」


「驚くことはないだろう。現実でも災害の被災者で元の生活が取り戻せない絶望と疲労感から死に追い込まれる人がいるだろう。ほら、あの中本さんもそんな感じだったよね。頭いいエリートだけに、自分の現実世界での惨状を想像しちゃって、ストレスに押しつぶされちゃってた。サキくんが言ってた頭ぐるぐる状態だね。

 こっちなら家族のサポートや行政の支援だってあるけど、あそこにそんなものは無い。じっとしてれば死ぬことはなくても、まともなコミュニティの無い社会では人間は生きていけないよ


 そうやって死者が出れば大多数の善良な人たちはさ、心を痛めて言うんだ。大人しく待機していないバカが死んだ、言いつけを守らないからだって。待機してた人間がストレスで死を選んだ、身体の危険はないくせに心が弱すぎたからだって」


「ありますね……」

 と伊都は返します。

 芸能界に生きる彼女は悲惨な事件や事故のニュースに対し、あるいはタレントが自分が受けたパワハラの被害を訴えたときに、一般人がそのような反応を見せることを知っています。

 普通の人は、善良な人間が被害に会うという理不尽を恐れます。何の罪もない人間が被害に会うということは自分もそうなる可能性があるのですから。そこで被害者は落ち度があったから被害に会ったのだと、自分の中でそう納得させようとするのです。


「そして来月になればこの事件の補正予算が組まれる。億単位でね。さあ現実で不景気や生活に苦しむ人々を放っておいてアダルトゲームで遊んだ愚か者のために税金が使われるぞ、これはバッシングしないといけないぞってね。大義名分手に入れたって勘違いした連中が堂々と騒ぎ出す。それでね、そういうのは必ずあちらに伝わる。たとえサキくんが黙っていてもね」


 そのような声がゲームの中に届いてしまえば、プレイヤーたちのダメージはどれほどでしょうか。

 ゲーム風に言えばバッドエンドばかりだね、と若槻社長はことさらに明るく言いました。

 彼が見せられた予測レポートは、どのバージョンもラストは悲惨なものでした。


「サキくんが動いたのはベストタイミングだと思うよお。今までは外部こちらの情勢が固まるのを見定めてて、ここが全員生還のデッドラインだって判断したんだね。今、攻略組が先行しきる前に制御下におく。待機組がストレスで荒廃する前に目に見える希望を与える。ああ、まさにゲーム世界で偶像アイドルになろうってことだよね。迷えるプレイヤーたちを導くアイドル。これはジャンヌ・ダルクとか言われちゃうかな?」


 ウキウキと語る社長に対しマネージャーは渋い顔を隠しません。

「そりゃ私たちは年若い少女を何千何万の人間の前に祭り上げるアコギな商売してるわけですけど、これは無いです。現実こっちのファンはアイドルに求めるのは日々の潤いだけですけど、あそこにいるのは信者になります。救いを求めてサキに縋り付きますよ」


「サキくんが何も分かってないと? あの子は全部分かっててやってるよ。僕らなんかに頼らずにどうやって二人で生還するかちゃんと考えてる…………そりゃそうだね、僕はあのクソ司会者の件では何もできずに、じゃあこれからはセクシー路線に切り替えますってサキくんに自分で決断させちゃった。あの姉弟には借りがあるんだ」


 伊都は苦い顔をします。

 ときには下ネタも漏らしたりもするものの、決していやらしさを感じさせない姉っぽさを売りにしていたアイドルのサキが、R18タイトルの実況という完全に際どい路線を責めるようになったのは。二ヶ月前に共演したワイドショーの人気司会者に手を出されようとし、コウキがその男が殴ったことで報復に力付くで業界を干されていたのが原因だったのですから。

 後にその男はサキにしでかした所業がバレて自分が干されることになりますが、この時の伊都はそれを知るよしもありません。


 社長は肩を落として言います。


「サキくんはさ、なぜだか一皮向けないとこあったじゃない。あの外見で好奇心旺盛でバイタリティがある。頭の回転だって早いしダンスなんてパフォーマンス力がトップクラスだよね。でもなんでか跳ねない。

 僕はドルオタ出身だからそういう子は山ほど見てきたよ。なんでこの子の良さを分からないんだって悔しくてこの業界に入ったくらいにね。でも長年かけて分かったんだ。どれだけ資質があっても、僕らがサポートしても、決定的なきらめきが訪れなきゃトップアイドルにはなれない。


 主演を喰う端役での演技、実力派の作曲家に見い出されての新曲、そんな王道もあるだろうね。

 あるいはうっかり流れた気取らない私服が新たなセンスを生み出したのかもしれない。ひな壇から発したズレたコメントかもしれない。お遊びで今までと違うテイストで作ったカップリング曲? 


 とにかくあるんだ、そういう瞬間が。世界がこの子を見つけたぞっていう、その子と僕と取り巻く全てにスポットライトが当たるような、全てが肯定されて光り輝く あの感覚が」


「サキのそれがデスゲームの攻略ということですか」


「うん、まさかあの子のブレイクポイントがこんな所にあったなんてね。悪いけど僕はやるよ。サキくんが委員会設立を宣言したあのときにそれを感じたんだ。

 そうだよ、僕はこの手でトップアイドルが生み出すためにこの会社を起こしたんだから、もうそうすることは決まってたんだ。

 デスゲーム攻略委員会、こちらでも支援部門の立ち上げ決定だよ。持ってるコネ全てと、このニュースバリューを回して国中、いや世界中巻き込んで全力でサキくんたちのゲーム攻略をサポートする。今度こそ借りは返してみせるよ。ご褒美のドームの予約だって取ってみせようじゃないか」


「ですが、失敗したらどうするのですか? その……サキだけならクリアはきっとできると思いますが、あの娘は全員生還なんて縛りを付けてるわけですから、攻略に動いた中から一人でも事故死になったら…………」

 

「まあお偉いさんは全部こっちの責任にしてくるだろうね。遺族がこっちを訴えてくるくらいあるだろうねえ。そしたら事務所は終わりかな。僕も首くくんなきゃね。


――――つまり、僕らもデスゲーム参加といこうじゃないか」


 にやりと口の端を上げた社長に対し、伊都は天井に顔を向けながら朝から鳴り止まない電話を思い返します。

 興味本位の問い合わせやからかいがほとんどですが、その内の何割か、少なくない数が彼女を応援するには何をすればいいのか、寄付をしたい、協賛は受け付けているのか、そういった支援の申し出だったのです。

 若槻が言うようにサキの意思に世界が呼応している証があったのです。


「…………やりますか」

 と、マネージャーはどうやら自分も逃れられないことを理解して、静かにそう宣言しました。


 ふっと顔を下ろすと、若槻がちらっちらっと伊都の顔を伺っています。

「何か?」


「いやあ、あの、僕らもデスゲーム参加しようねって……」

 若槻社長がおずおずと自分の先のセリフを繰り返しました。


「はあ」

 と伊都が静かに返します。その時に、ちょっとめんどくせえなという顔をしてしまいました。


「……………………いや、あのさ、たしかにちょっと狙ったよ。上手いこと言おうって。でもね、言っとくけどこれから僕が頭下げにいく人たちはみんなこれ言うからね。むしろこれ口にしたいから協力してくれるとこあるからね!」


 渾身の決めのシーンをスルーされた社長が抗議の声をあげました。


 ともあれ。

 こうしてデスゲーム攻略委員会後方支援室、のちに後室ごしつと通称されることになる攻略サポート組織の立ち上がりが決定されました。

 マネージャーの伊都を室長とするこのサポート部隊の助けを得て、サキのデスゲーム攻略がいよいよ始まります!



※ここまでお読みいただきありがとうございました。

 デスです! 結成編はこれにて終了。この後、新たな仲間を加えて組織を固めてフィールドに打って出るデビュー編を予定。公開は数カ月後になります。


 その前に他の短編や中編が入るかもしれません。

 現在執筆を勧めているのは『男女比1:30世界でパパ活男子やってます』という短編です。えっちな小説のえっちな部分をカットしたみたいな体裁の作品ですが、見かけましたこちらもよろしくお願いします。

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デスです! — フルダイブ型VR・RPGでデスゲームに巻き込まれたので実況配信しちゃいます! なおR18タイトルなのですでに社会的に死亡Death — 笠本 @kasamoto

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