第10話 デスゲーム攻略委員会始動@メンバー募集中

「えっ? お姉、なんで? 」

 自分たちの仲間に加わろうとした男の言葉を否定したサキに、コウキが疑問の顔を向けます。


 デスゲーム攻略委員会立ち上げの場で、さっそく加入を申請してきた中本という男性。コウキに続いて二人目の、すでに社会的に身バレしてしまったプレイヤーであるため、委員会加入に支障が無いはずですのに。むしろサキはその理由で彼を勧誘するつもりだとコウキに言っていたのですが。


「うん、だって中本さん、クリアなんて目指してないでしょ」

 とあっさりとした言い方のサキ。


 男は狼狽しました。

「あっ……いや、……その……」


「どういうこと?」

 コウキが怪訝な顔で。


 サキは静かに男性を見つめます。男はその視線から顔を逸らし、うつむきます。握った拳が震えだし、やがて絞り出すように言いました。


「今日ダイブしてきた人間に聞いたんだ。現実世界で私がおもちゃになってるって…………名前と顔がネット中で広まって笑いものになってるって。エロゲーをやって死にかかってるバカがいるぞって。…………分かってたんだ。君の配信で顔を出してしまって、あげく失業してたことまで晒したんだ。こんなのバカにされないはずがないだろ! 私はもう社会的に死亡してるんだ!」


「や、俺もそだけど、意外と応援もしてくれてるから」

 コウキが慌てて取りなしますが、


「堂々と自分から名前を出してる君たちとは違う! 世間じゃ、ネットじゃ弱みを見せた人間は叩かれるんだ。プライバシーも人権なんてない。私だって関係なければきっとこんなバカは自業自得だから何されたっていいって思ったさ。でも、私には家族がいるんだ…………」


:あっ……

:ごめん

:めちゃくちゃコラ画像にいいねしてた

:ニュースでも実名出されてたもんな


「サキさん、君はアイドルなら、芸能人なら分かるだろう! 世間じゃ落ちた人間は徹底的に潰されるんだ」


「………………」

 サキのメガネにはリスナーからの報告が寄せられています。男のセリフ通り、彼がいかにネット上でおもしろコンテンツと化しているかが、気まずそうなコメントと共に。


「救助されても数カ月後。自分たちで攻略できたって同じくらいかかるだろう。戻れたってその頃には私は家族を失っているんだ! だってそうじゃないか。父親がネットで笑いものになって、きっといまごろは家族までバッシングされている。娘も、妻も、無事じゃいられない…………だから……だから、私は…………」


「ああ、そっか。中本さん…………死ぬ気なのね」

 このVRの肉体で実は例外的に本物と同じように構成されている表情筋。目の歪み、激情とは裏腹に固まったままの頬。サキは彼の顔から苦悩と憤りと恐怖、暗闇の中で見つけた偽りの光に囚われている様を読みとりました。


「うっ…………そうだ。だから私は死ななきゃいけないんだよ! この国は溺れた犬は叩いても、それでも死者に鞭打ったりはしないだろう。だから私はなるべく惨たらしく死ぬんだ。そうすればもう誰も私をネタにできない。そうしなきゃ家族は守れないんだよ!」


「アイドル的にはそういうの、NGなんだけど」


「いいじゃないか! 私が望んでるんだ、君は私を囮でもなんでも使って使い潰してくれればいいんだ!」


 中本の剣幕にサキはふうと息をついて言います。

 

「じゃあこっちに上がってきて」

「あっ、ああ」


 中本が階段を使いステージに上がる間、サキがシステムウィンドウを出して操作します。ポンとサキの手に出現する巻物。

 サキがそれを広げ、コウキがぎょっとした顔でダッシュ、からの大ジャンプでステージ端から飛び上がった瞬間、

 ドーーーーーン! と大爆発。


 サキが持つ巻物から巻き上がった炎が瞬間的に広がり、綺麗にステージを囲んだ結界に阻まれ、そのエネルギーは円柱状に上空へと吹き上がっていきました。


「なんだ!?」

「魔法!?」

「これ、さっきのライブ前の爆発か!」


 騒然とする周囲の観客たち。

 やがて炎は消え、ぱらぱらと残った火の粉が落ちれば、ステージの床にはプレイヤーがそこに居たことを示すカーソルとネーム表示が残るのみ。

 その位置にジジッと一瞬の透過処理と揺らぎを経てHPゲージを全回復させて復活したサキ。


「おい、会長、なんだこれは」

 と同じく復活した爆丸が問います。


「んー、これはね、魔道具屋のお楽しみボックスで当てた劫火の巻物ってアイテム」


 お楽しみボックスとは各商店ごとに設定されている福引で、一箱ごとにランダムに封入された10のアイテムが入手できます。

 中身のラインナップはそこそこの価値のアイテムにエロスなネタアイテムや看板娘のピンナップカード(接客シーン×3枚、日常シーン×5枚、コスプレイメージ×5枚、センシティブ×2枚、それらのメガネ差分×15枚の計30枚)、そして極稀に高性能なレアアイテム。

 いわゆるアイテムガチャです。


「半径20メートルに燃焼系魔法レベル4を展開。マップ兵器ねコレ。ステージ上だと私も逃げ場ないや」


「嘘だろ、そんなの見たことないぜ」

 と観客の中から魔法使いのローブを着た男が反応しました。


「そりゃ出現確率0.1%のSSRアイテムだかんね」


「えっ、まてよお楽しみボックスって有償クリスタルと引き換えのやつだろ。一回500円以上だから…………」


 普通のアイテムはゲーム中にためたお金で購入しますが、お楽しみボックスはプレイヤーのリアルマネーでのみ購入できるレインボークリスタルが必要になります。

 魔法使いの男が指を折り計算し始めたところで、サキが結果を口にします。


「ざっと10万円分つぎこんだら1回出てきた」


※個人の体験であり確率や計算に基づくものではありません


「はあ!?」

 魔法使いやその周囲の人間が注ぎ込まれたリアルマネーの額に驚きます。


「なんで使った!?」

 爆丸のセリフですが、近くで楽器を持った男性やステージに戻ってきたコウキもそう言いたげな顔です。


「いや、中本さんが頭ぐるぐるになってるから一旦ふっとばそうと思って」


 その中本はステージに突っ立ち、突然の爆発と一瞬感じたブラックアウトに呆然としていました。


「ねえ中本さん、家族を守るために自分が死ぬって言ったけどね、違うでしょ。ほんとに家族を思うんだったら、必要なのは――――お金よ!」


「はっ!?」

 と中本がさらに呆気にとられます。

 ああ、とコウキが手で顔を覆って嘆きます。


「だって、奥さんや娘さんが誹謗中傷から逃れるにも、嫌がらせするやつから身を守るにもお金は必要でしょ。だいたいさ、なんか初日のやり取り聞いてると仕事人間で家族をないがしろにしてたみたいな感じだったけど、少なくとも大手企業で高給稼いでたわけよね。だったらまずは父親の務めとしてゴールド稼ぎでしょ」


「そんなの、こんなところでどうしろと……」


「それがこの委員会のすごいところ。なんとデスゲーム攻略委員会では参加メンバーに金銭的報酬インセンティブの支払いを予定してるの。

 そう、当委員会は経験・学歴・年齢不問、メンバーのがんばり次第で高給も可能! デスゲームの攻略と生活資金の両取りするワークライフバランスを考えたホワイト組織。これは今すぐ応募するっきゃないよね!」


 詐欺っぽくない?という背後のコウキのツッコミは無視して、


 パッとサキが両手をまっすぐ突き上げます。手のひらを上に向けてまるで天に浮かぶ何かを支えあげるかのように。


「……サキさん、それは……?」


「これはみんなに、世界中のみんなに、支援を求めるポーズ。


――――みんなー、私たちはこのデスゲームをクリアする! そのために力を貸して!」


 それはとあるスーパーな戦士が始め、いまや世界中の人々に通じるようになったポーズです。

 その掲げた両手が意味するのは世界の皆に向ける願いの言葉。あなたたちの助けが欲しい、私はその支援を大いなる力へと束ね、強大な困難を打ち払うのだという誓いの意思。


:そういうことね【Bronze-coin×4】

:がんばれ【Silver-coin×22】

:負けるな!【Gold-coin×10】

:[↹]俺のことはミスターマイルズと呼んでくれよ!【Silver-coin×3】

:ごめん中本さん【Gold-coin×5】

:[↹]あなたに任せる!【Gold-coin×4】

:[↹]あごを上げて!【Silver-coin×56】

:リツってしまったコラ画像ごとにコイン1枚します【Gold-coin×4】

:負けるな! さっきー! ヒヨコ! 中本!【Silver-coin×15】

:俺はあんたを応援するよ【Bronze-coin×499】


 サキのメガネには彼女の決断を肯定するように、世界中からの応援のコメントとコインが殺到していきます。


 腕を上げたままサキが言います。

「今すごい勢いで投げコインが寄せられてる。その内、メンバー宛てに送られたコインは3%をその人に支払ってこうと思うの。今だけで中本さんの名前で10万くらいになったかな」


 投げコインはVerSpecs社と事務所への上納金を除いて金額の5割がサキの手に入ります。彼女はその全てを攻略委員会の活動資金にするつもりなのです。 

 そしてその中でメンバー名をあげての投げコインはその者に報酬として支払おうというのです。


「えっ」と驚く中本を置いて、サキはくるりと反転して観客の方に向きます。


「みんなー! 私たちは数カ月後にはきっと救助される。あの主催者が捕まってあっさりと解放されるかもね。でもね、そうなってもあいつは反省なんかしない。私たちのことをたまたま助けられただけの人生を浪費した愚かで哀れな被害者共って言うんだろうね。

 だから私はこの委員会を立ち上げる。そう、これもあの主催者の計画なんだろうけど、乗ってあげる。お望みどおり私たちの覚醒ってのを見せてあげる」


 そしてサキは観客に向けて大きく両腕を広げながら宣言。


「そうよ、世界に見せてやるのよ。私たちの活躍を。私たちはエロゲーで人生踏み外したバカ? かもね。でもそんなの長大なハッピーエンドの物語ならただのフレーバー。再生譚リバース・ストーリーにつきものの取ってつけたような絶望からのスタートライン」


「そう、私たちはここから始めるの!」


「これからお送りするのは美少女アイドルに率いられた勇士たちが数ヶ月に渡る冒険の末に見事に全員揃って生還する奇跡の物語。やらせ無し、実話100%の最っ高にワクワクドキドキなリアリティーショー!」 


 サキの言葉に観客の全員が息をのみました。

 サキはすっと後ろを振り返って、中本たちに向かって告げます。


「ねえ、間違えないで。ここはゲームだけど現実なの。だからあなた達が現実で培った成功のための方法論だって使える。それを私に貸して。

 私もアイドルとして輝けるテクニックを教えてあげる。まずはその野暮ったい安防具はチェンジして。モンスターを倒すのだってただレベルを上げて力押しなんてダメ。伊達を決めて台詞回しも意識して。なんせ世界中が注目してるんだから。私のバックファイターを務めるんだから、助演男優賞もののアクションを要求するからね。


 さあ想像して。

 そしたら娘さんが幼稚園で自慢するの。あれはわたしのパパなんだよって。爆乳ギャルたちがえっちな自撮りをUPして言うの。早く戻ってきて私を抱いてって」


「ふっ」

「あっ……あっ…………くふっ……ふぐっ……」

 爆丸は分かっているとばかりにやりと笑い。

 中本は手で顔を覆い、泣いているのか笑っているのか分からぬ息を漏らします。


:そうさ中本、あんたはまだ間に合うはずさ

:[↹]あなたはまだ生きている 家族ともやり直せることを忘れないで

:もう一度会いてえな…………

:[↹]ジェシー、俺が悪かったよ、すまない

:ここで動かなかったら本当に失うことになるんだぜ

:静枝ぇ……【Silver-coin×3】 

:おれの分まで立ってくれよ中本!【Bronze-coin×3】

:さっきから反応してるニキたちはなんなんだよ


 やがて。

 顔をあげた中本は、先ほどの焦燥と絶望に淀んだ顔ではなく、その目に光を宿す決意に満ちた表情でした。


「サキさん、自己PRをさせていただけますか」

「うん、どうぞ」


「はい、わたくし中本雄一郎、34歳。先月まで水嶋商事に勤め、入社以来7件のプロジェクトに携わってきました。その半数は立ち上げからを担い、管理職としての案件では最大規模で売上高20億、100名を超える要員を統括。御委員会においても必ずやこの経験が活かせるものと自負しております――――――――」



 そうして中本は自身をプレゼンした結果、その場で幹部候補として採用が決定しました。


 ステージ上で両者が固い握手を交わします。


 その光景に周囲の観客たちから、今度はおおっという歓声が上がりました。

 そしてその中から何人もの男たちが駆け寄ってきました。

 

「俺もだ! 俺もお願いします。VR歴3年、盾職タンク一筋でやってきました!」


「あの、僕もいいですか。同居してる祖母に心配かけてるはずなんです。早く戻るためには何でもします」


「私も入るぞ! 地元に妻と子供を残してるんだ、アホ晒したがへたれじゃないってことを証明する! ゲームは新人だが現場監督10年だ!」


「名前は―――です! 25歳! 生産スキル3種持ってます! 単調作業なら誰にも負けませんよ!」  


 手を大きく上げ、サキへの忠誠の握手を求める男たち。


 サキは大きくうなずくと、彼らをステージ上に招くと一人一人と握手を交わしていきます。


 こうして中本に続き20名ほどのメンバーが委員会に加わりました。

 リアルへの帰還を誰よりも望む働き盛りの二十代から四十代の男たち。必ずや委員会の中核を担ってくれることでしょう。


 デスゲーム攻略委員会は幸先よいスタートアップを切ったようです。



 なお、正確に言えば委員会メンバーはサキとコウキに次ぐ三人目はゲリラライブで演奏を担当していた小太りの男性です(他の奏者はNPCのサポートキャラです)。

 彼は街を出ることなくレベルは1のまま、路上で流し演奏で生活していたところをサキにスカウトされました。


 どんな世界でも音楽とネコミミメイドがいれば全て世は事もなしがモットーの四十代独身男性です。 


 さて、この後のこと。サキを通して中本の妻から彼へのメッセージが届きました。


『娘は実家で何も知らずに元気にしています。年長組のお祝いに、パパからゴルドン一家の森の開拓セットを贈ってもらうのを楽しみにしています。どうかこの子の誕生日までに帰って来てください』

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