あの、元大臣……申し訳ありませんが、証拠が無ければ、こちらに入っていただきます

@HasumiChouji

あの、元大臣……申し訳ありませんが、証拠が無ければ、こちらに入っていただきます

「あの……あなた……市役所から変な事を言われて……」

 ようやく、マ○ナ○バー推進担当大臣として、マ○ナ○バー・戸籍・住民票を統合したシステムを完成させたと思ったら、次の選挙だ。

 とは言え、当選は確実で、そろそろ、私も「担当」が付かない代りに、たっぷりの予算と他省庁からの出向ではない部下が付く大臣になれるだろう。

 SNS上では、どうやら、私が次の総理大臣候補などという下馬評なので……。

 と思ってた所に、私の代りに、選挙管理委員会に提出する必要が有る書類を取りに行かせてた筈の妻から、変な電話が入った。

「何だ?」

「え……えっと……私も何を言われてるか良く判らないけど……」

 妻が、次に言った一言は、本当に訳が判らなかった。

「あたし達の一家の戸籍が無いって……」


「おい、一体、どうなってるんだ?」

「あ……たしかに、マ○ナ○バーと戸籍と住民票を統合した時に、データが壊れてしまったケースが有るようでして……」

 技術官僚は訳のわからない説明をし始めた。

「何を言ってる? それはAIで何とかするという話では無かったのか?」

 マ○ナ○バーと戸籍と住民票を統合する際に、いわゆる「名寄せ」ってヤツで問題が出る事は判っていた。

 その為に、それ専用のAIも開発された筈だ。

「大丈夫です。マスコミ対策とSNS対策をしっかりやってますので、一般国民には知られていません」

「おい、何かマズい事が起きてたのか?」

「はい。ですから戸籍のデータが一部壊れました」

「待て、どれ位だ?」

「えっと……たしか……三百件……」

「おいおい、日本全国で三百件しか無いようなレア・ケースに、たまたま、私が当たったと言うのか?」

「いえ……三百件は三百件でも……」

「何だ?」

「日本全国で三百件ではなくて、三百件に一件程度の割合で、そのようなケースが起きています」


「ず……ずびばぜん……」

 どうやら、そのAIの開発責任者は「すいません」と言ってるらしかった。

 どう言う訳か、私の前に連れて来られた時には……顔中が傷だらけ痣だらけになって、歯も何本か折れているらしかった。

 何故、こんな事になったのか見当も付かないし、こんな怪我人にキツい事を言うのもいかがなものかだが、立候補期限までに、私の戸籍謄本を何としても入手する必要が有る。

「一体、どうして、こんな事になったんだ?」

「え……えっど……ぎじゅつでぎなごどわ……」

「技術的な説明はいい。何が起きてて、どうすれば、私の戸籍の情報を復元出来るかを訊きたいのだ」

「は……はい……」

 開発責任者の話を総合すると……どうやら……名寄せAIには欠陥が有ったのに、納期に間に合わせる為に、欠陥があるまま納入したらしかった。

 そして、その欠陥によって起きるデータ破損は……よりにもよって「ありがちな名前」の場合に起きる確率が高くなるらしかった。

 そう……私のような世襲政治家に多い「太郎」とか「一郎」とかの名前と、よく有る名字の組合せの場合に、戸籍データの破損が起きる確率が大きくなるのだ。


「おい、何とかしろ。君の担当だろう」

 私がこの問題を知ってから、ほんの数日で、政界全体が大騒ぎになっていた。

 当然ながら、総理大臣は私に雷を落した。

「は……はぁ……」

「野党に知られる内に……何とかして、次の選挙の与党の候補だけでも、戸籍データを復旧しろ」

「わ……わかりました」


「あ〜、よくやってくれた。システム開発業者の皆さんにも、私が感謝していると伝えてくれ」

 翌週の月曜日の朝の6時。

 与党から出馬する候補の戸籍データの復旧が終っていた。

 もっとも、元の戸籍データは失なわれているので、各自の記憶や過去に取った戸籍謄本の写しから復元したモノだが……。

 でも、選挙管理委員会への出馬の届け出には悠々と間に合う。

 私も、ここ数日の大騒ぎのせいで……すっかり疲れており……。

 それなのに、気が気ではなかったせいで、眠気がないのに頭は働かず、疲労で体は鉛のように重い、という酷い状態だったが、ようやくそれも終る。


 その月曜日の午後になって、ようやく仮眠と称する熟睡から目を覚ますまで、私は、どれだけの大騒ぎになっていたか知らなかった。

 マ○ナ○バー・戸籍・住民票統合システムが完全にハングアップしたのだ。


「だから、どうなってるんだ?」

 今度は、AIの責任者ではなく、システムそのものの責任者を呼び出す羽目になった。

「あの……データベースの中身を手作業で変えたのですが……」

「ああ、そう聞いてるが……」

「データベースそのものが壊れました」

「はぁ?」

「いえ……その……マ○ナ○バー・戸籍・住民票の統合のスケジュールが、かなりタイトだったので……データベースの設計や検討にも時間を取れなくて……」

「だから、何が起きてんだ?」

「その状態で、データベースの内容を手動で修正したせいで……データに様々な矛盾が発生してまして……」

「何だ、その矛盾と言うのは?」

「あの……システムのテスト中から、問題になっていたのですが……」

「何で、対処しなかった?」

「名寄せAI側で矛盾しないようなデータを作成してもらうように対処してもらいました」

「はあ?」

「ですので……名寄せAIは『矛盾したデータを出力しない』を最優先に学習させたようでして……」

「じゃあ、もし、矛盾したデータしか吐き出せないとAIが判断した場合は、どうなる?」

「あ……そのケースに関しては……」

「どうなんだ?」

「スケージュールが押していて、十分なテスト時間が有りませんでした」


 システムのハングアップを知ってから数時間経っていないのに、これまでの人生で最大の疲労が、私の脳と体を蝕んでいた。

 理由は言うまでもない。

「わかった。あ、『それでOK』の意味の『わかった』ではなくて、大体の状況は把握したという意味の『わかった』だぞ、いいな? で、そのデータの矛盾とやらは、どんな規模なんだ」

「調査中です」

「どうやれば直るんだ?」

「調査中です」

「AIは、どうやって矛盾の無いデータを出力したり、データに矛盾が有ると判断してたんだ?」

「えっと……AIの仕組み上……」

「仕組み上、何だ?」

「ブラックボックスです。柔道選手に『どうやったら背負い投げを巧く出来るようになる?』と訊いても、マトモな答が返ってくるとは限らず、その答通りの事をしても、背負い投げが出来るようになるとは限らないようなモノです」

「あのなあ……。じゃあ、そもそも、手入力したデータのどこが悪かったんだ?」

「調査中です」

「いつまで、調査中だ?」

「はい、最短でも……」

 最短でも、調査が完了するのは、選挙が終った後だった。

 なお、あくまで、調査の完了であって、対策の完了では無い。


 そして、マ○ナ○バー・戸籍・住民票統合システムは復旧した。

 データを直近のバックアップから復元したのだ。

 そして……選挙が終る頃……私は国会議員ではなくなり……国会の顔ぶれは一変していた。

 当選した議員達は、与野党ともに、ある共通点が有った。

 いや、出馬できた議員達と言うべきか……。

 当選した国会議員の大半の名前が、ありがちな名字プラス一郎とか太郎とかのありがちな名前の組合せでは無かったのだ。


「あの……こう云う者ですが……」

 選挙に出馬する事さえ出来なかった私の元に1人の役人が訪れた。

「おい……何だ……この……」

 役人が差し出した名刺には「法務省 入国監理局」の文字が有った。

「ええっとですね……元大臣、申し訳ありませんが、一週間以内に戸籍謄本の写しを提出いただけますか?」

「おい、待て、何を言っている?」

「あの……日本で暮している外国人にはマ○ナ○バーと住民票は有りますが……戸籍は存在しません」

 そうだ。それこそが、選挙に立候補する際に、選挙管理委員会に戸籍謄本を提出する理由だ。

 戸籍謄本が有れば、日本国籍を保有している事を証明出来‥‥待て。

「ええっと……ですので……元大臣を始めとした、この前の選挙に出馬されなかった元国会議員の方々が、実は日本国籍を保有していない、という疑惑が出ていまして……」

「あ〜、その……もし、仮にだ……。期限までに私が戸籍謄本を提出出来なければ、どうなる?」

「はい、元大臣は、国籍不明の不法滞在の外国人と判断し、収容施設に入っていただきます。ええ、その後は、自費で本国に帰られるまでは収容されたままです」

 待て……。

 帰ろうにも、私の本国は、この日本だ。

 ただし、私がマ○ナ○バー推進担当大臣だった頃にマ○ナ○バー・戸籍・住民票の統合を少しばかり急がせた、たった、それだけの事のせいで、その証拠が消えてなくなってしまったのだが。

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