三章の八

暑い、暑い、暑い。

焼けるような日差しを浴び、背中からぐっしょりと汗をかく。


数年ぶりにやってきたこの街は、少しだけ変わっていたけれどほとんど記憶と差がない。

蓋をしていたはずの記憶が、爆弾に蓋を吹き飛ばされたように思い出されていく。


けれどもその感慨に耽る間もなく、ぐったりとしながら道を歩く。


「暑いです……。暑い……」

「ああ、確かここら辺に自販機があったから……。よく、あの人に買ってもらってたんだよ。ここの自販機、ちょっと安いし、この自販機だけでしか売ってないものがあったから」


記憶の通りの場所に記憶通りの自動販売機があって、記憶通りのジュースが置いてあった。


三人分の飲み物を買って、日陰でそれを飲む。


「甘……こんなに甘かったけな……。逆に喉乾くな。これ」


懐かしさを感じながらジュースを飲む。


アコはここにきてからずっと俺の方を心配そうに見ているが、思っているのよりもずっと平気だった。


悪い思い出のある場所ではなく、楽しかった思い出がある場所なんだから当然かもしれない。


この場所に来ると決めたその時には、既に吹っ切れていたのだ。


「……あー、アコ、平気か? もうそろそろ着くけど。一回喫茶店とかで休むか?」

「だ、大丈夫です。行きましょう」


見覚えのある道を歩き、見覚えのある景色を思い出しながら、あの人に「おばあちゃんの家だよ」と、連れて来られた家に着く。


なんとなく、まだ人が住んでいる気配があって、呼び鈴を鳴らす。

それから一分ほど待つと、記憶よりも小さくなっているおばあさんが顔を出す。


俺と目が合って数秒、彼女は心底信じられないものを見るように「ヒロくん……?」と俺の名前を呼んだ。


「あ……すみません。ヒロです。……長らく顔も見せてなくてアレなんですけど……」

「…………外、暑いでしょう。お入り。嫌じゃなければ」


家の中に入る。片付けが苦手なところは親子揃ってなのか、少し散らかっていた。


「……ごめんね、若い子が好きそうなものは用意出来なくて……クラフトコーラでいい? もしくはスムージー」

「めちゃくちゃ若い子が好きそうなもの出てきた。……いや、お構いなく。すみません、突然。家しか分からなかったので」

「いいのよ。……ごめんなさい、なんて話せばいいのかも分からない」


おばあちゃんは気まずそうに俺たちの前に飲み物を置く。


「あ、いや……変な話をしにきたわけじゃなくて、その……高校生になったから、ある程度自分で動いてもいいようになったからさ」


少し緊張しながら、ねこさんの方を一瞥してから、言ってはいけない言葉を言ってはいけないと自覚しながら口にする。


母さん・・・の、墓参りに行きたいんです」


驚いた顔、それから諌めようと表情を変えて、俺の目を見て黙りこくる。


「……客観的にどういう関係だったか、理解してます。誘拐犯と誘拐された子供でした。けど、あの日々を嘘とは思えないんです。……だから、まぁ、その、親に隠れてきました」

「……そう。……連れていきましょうか?」

「いえ、場所だけ教えてくれたら。今日は暑いですし」

「はい。……じゃあ、ちょっとメモを渡すね」

「ありがとうございます」


メモを受け取ると、おばあちゃんは気まずそうにしながらもアコとねこさんを見る。


「おふたりは……妹さん?」

「いや、心配してついてきてくれた友達です」

「そっか。……大事にしてあげてね」

「はい。……すみません、押しかけて」

「いえ、久しぶりに嬉しくてはしゃいじゃった。……また来てね、なんて、言えないけど。……来てくれて嬉しかった。……秘密ね」

「はい。……俺が来たのも秘密にしておいてください」


メモを受け取って家から出る。

ここからそう遠くもない墓地らしく、電車とバスで移動する。


「……先輩、よかったんですか?」

「んー、まぁ、あっちからしても気まずいだろうしな。それに、伝えたいことはちゃんと伝わった」

「伝えたいこと?」

「俺は嫌いじゃなかった。俺は恨んでない。……ただしくはないけど、それだけ伝わったら充分」


墓地について、形式的な墓参りを済ませる。

既に十分考えて、自分の思いをまとめてきていたから、今更心が揺さぶられることはない。


背中にジリジリと日差しの熱を感じながら手を合わせて、ただ純粋にあの人の冥福を祈る。


少し長く祈りすぎてしまったのか、帰りのバスの中、アコは少しグッタリとしてしまっていた。


「……ネット記事でさ、あの人子供と夫に先立たれたって書いてあったんだ。だから、代わりに子供を攫ったんだろうな、と書いてた」

「……私も読んだよ」

「俺は、代わりで偽物だったけど、でも、あの人から感じた想いは本物だったと思う。……そう思えるようになったのは、今日、ここに来られたのはふたりのおかげだ。ありがとう」

「……いいよ。…………よし! 明日帰るまで何する!?」


テンションの切り替えがすごい。


「とりあえず、アコさんを寝かせてやりたい」

「う、うぐぐ……大丈夫です。僕、この日のために準備をしてきたのです。トランプを持ってきたので、神経衰弱を……」

「既に衰弱してるのにまた衰弱するのか……? 別に、旅行先でしか出来ないわけじゃないんだから、また今度帰ってからやろう」


ホテルに戻って、空調の効いた部屋で腰をおろす。

長年の悩み……苦しんでいたことが、やってみれば本当に呆気ないものだった。


改めてねこさんとアコの方を見て、まだ冷めていない熱を肺から吐くようにふたりに言う。


「ねこさん、アコ、ありがとう。一緒に来てくれて」


ねこさんとアコは少し照れたように笑って、ねこさんは照れを誤魔化すように「破壊竜王ゴンザレス・マキシマムのウケがよかったのでまたしてください」と笑う。


俺が頷くと、今度はアコが少し熱っぽい瞳で俺を見つめる。


「先輩、僕、今度は自分の小説を書き始めたんですけど」

「ああ、頑張ってるよな」

「でもやっぱり、知らないことや足りないことがいっぱいあるんです」


アコの目は、これからが楽しみだとばかりにキラキラと輝いていた。

小さな体にありったけの夢を詰め込んだみたいな、そんな彼女は俺へと手を伸ばす。





「「エロかわ美少女達に愛されてるけど幼馴染を寝取られたことがトラウマな件〜女性不信でオタクな俺も何度フラれても告白し続けてくる女の子には揺れてしまう〜」というラノベを書きたいので手伝ってください! 先輩!」……というラノベを書きたいので手伝ってください! 先輩!」




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