三章の七
「なんか部活とかやろうかなぁ」
と、なんの気なしに言うと、アコとねこさんのふたりが表情を固めて信じられないものを見るような目で俺を見る。
「……なんだよ。どうかしたか?」
「いや、白川さんが真人間みたいなことを口走ったから……」
「俺をなんだと思ってるんだ」
「でも、なんで急に?」
「……いや、アコは小説書いてるだろ。ねこさんは配信に最近動画編集もし始めて、緑さんもなんかやってるみたいだし」
二人がパソコンやノートを持って作業しているのを眺めながらスマホを弄るのがいつもの景色になってきて、自分だけ何もしていないことが気になってきた。
「他のやつも、みんな何かしら頑張ってるのに俺だけ何もしてないのはなぁって」
「いや、大丈夫だよ。ほら、白川さんは……ほら、あれ、が、頑張ってるじゃん!」
「何も思い浮かばなかったんだな」
「頑張ってるじゃん!!!!」
「勢いだけで解決しようとするな」
アコは書いていた手を止めて、ねこさんの方を見て苦笑する。
「先輩は頼りになりますし、そんな気にしなくてもいいと思います。それに……その、部活を始めたら一緒にいれなくなります」
「ああ、いや、前言ってたねこねこ竜騎士団的なのを立ち上げようかと」
「んぅ? ……あ、探偵みたいなやつですか?」
「ああ。……探偵みたいなことを将来的にしたいわけではないけど、人を助けることは出来るかもなって。……まぁ、本当にそういうのをするなら今の人の印象から考えるというやり方以外も身につける必要があるけど」
まぁ、別に今すぐに急いでというわけでもない。
ただなんとなく、何かしたくなって、何かをするなら人助けがいいか、ぐらいのものだ。
「あと、単純に部活とかそういう括りがないと毎日後輩の女子ふたりと一緒にいるのが……。かなり周りの目がキツい」
「そんなことありますか? 山田さん」
「いや、感じたことないなぁ。気にしすぎじゃないの?」
「……友達いないもんな」
俺の言葉にアコが固まる。
「なっ、北倉さんになんてことを! 酷いですよ!」
「いや、ふたりに言ったんだけどな? ふたりに」
「そもそも、その後輩の女子ふたりとお泊まり旅行を企てている白川さんが言えた義理ですか!」
……めちゃくちゃ、めちゃくちゃ痛いところを突かれた。
いや、そうだよ。そこが一番外聞が悪いんだよ……!
「いや、でも仕方ないだろ……。普通に、普通に二人の親から許可絶対降りないと思ってたし……」
「白川さん、誘っておいて「断られると思ってた」は欺瞞だよ」
「やめろ、正論を言うな」
「ん、んぅ……僕のウチはお父さんが先輩を褒めてて、お父さんが人を褒めることは珍しいのもあってお母さんがめちゃくちゃ浮かれていて……」
そんな好かれるような話はしてないと思うが……。ねこさんの方は……まぁ、普段から家出しがちな緑がいるから甘いのか。
だとしても……高校生で男と旅行とかよく許したな……。
「……本当についてくるのか? 観光地とかじゃないから、楽しくないと思うぞ」
「行きますよ。私、嘘はつかないよ」
「……別に俺ひとりでも全然平気なんだけどなぁ。そもそも……おばあちゃん家……ああ、いや、誘拐犯の母を訪ねるところからだから、普通に引っ越してる可能性もあるんだよな。そもそも俺の記憶の正確性も疑わしいし」
「なら、なおさらです。でも、せっかくだからそれが終わったら遊びましょうね」
「……観光地もない田舎の住宅街だぞ」
「ホテルでトランプしましょう!」
「トランプはここでも出来るしな……」
「もう、文句ばかり言わない。旅行先でしか出来ないことなんて、現代ほとんどないんだから、なんかノリで楽しめばいいんだよ、ノリで」
いや、まぁそうなんだけども。
……ちょっとばかり、俺みたいな奴のしょうもない思いに付き合わせるのは悪いというか。
「……ちょっとばかり、ありがたすぎるんだよな」
俺がこぼした言葉にねこさんは笑う。
「ふふ、知ってます。旅行の計画を立てましょう。夏休みの始めの方にしたいですね」
「ああ、もうすぐだしな。飛行機のチケットも今のうちに取らないとな。ホテルも早めに取って……希望はあるか?」
「未来に夢と希望しか持ってません!」
「いや、宿泊施設の希望。とは言ってもそんなに選べないけど」
「適当でいいですよ、適当で」
まぁ、色々と歩き回ることになるから近場の方がいいか。
予定を立てるにもスムーズに話が出来るかも分からないし、これ以上の予定を立てようもない。
「そう言えば、お父さんが警察にあのことを話したみたいです。調査はしてみるけど、やっぱり難しいって」
「あー、まぁ、そりゃそうだろうな。……アコは、大丈夫か? わりと俺が余計な口出しをしたせいで嫌なことも知ってしまったかと思うんだけど」
アコの目元はまだ充血が残っていて、いつもよりも顔色が少し悪いのであれから食が細くなってしまっていそうだ。
小さな手が俺の方に伸びて、ふにーっと、頬を引っ張る。
アコらしくない行動に驚いてしまっていると、アコはパッと離してワタワタと慌てる。
「す、すみません! 山田さんのときみたいに突っ込んでもらえるものかと思って! なんか、山田さんとしてるときみたいなやり取りがしたくて!」
アコはめちゃくちゃ早口で慌てながらそう弁明して、思わず笑ってしまう。
「大丈夫、分かったって。怒ってないって伝わった」
「……は、はい。その、それで……えっと、感謝しています。先輩のおかげで、ニセモノの祖父の最期の言葉ではなく、本当の思いを知ることが出来たので。……なんだか、おじいちゃんと仲直り出来たように感じるんです」
アコは「元々喧嘩なんてしてなかったんですけど」と照れくさそうに頰を掻く。
俺とアコがなんとなく見つめ合っていると、突然ねこさんが間に入ってきて「わにゃー!」と騒ぐ
「私は仲直りどころかお姉ちゃんと喧嘩しましたけどね、白川さんのせいで」
「いや、絶対に俺関係ないだろ……」
「あります。あんにゃろ……何度も私に「アプローチを受けたのは勘違いじゃない? 白川くんってちょっと距離近いところあるからなー。勘違いする子出そうだよねー(ま、私は本当にアプローチされたけどね)」みたいなことを言ってくるのです……!」
「まぁ、実際アプローチしてないしな」
「ですよね! お姉ちゃんにアプローチなんて!」
「お姉さんだけじゃなくてねこさんにもしてないけどな?」
「いや、それはしてますけど」
それはしてますけど……?
ねこさんはパタパタと動いて「ともかく」と口を開く。
「……その、お姉ちゃん、私と普通に連絡を取ってくれるようになったんです。今まではたまに帰ってきた時ぐらいしか話せなかったんですけど、電話とかに出てくれるようになって。……先輩が何かしてくれたんですよね」
「いや……大したことは。ねこさんが心配してるとか、そういう話はしたけど」
「うへへ、ありがとうございます。……なので、というわけではないですけど、私は先輩の助けになりたいのです」
本当に大したことはしてないんだけどな。
ふたりの目はジッと俺を見ていた。
「だから、白川さんと一緒に行きたいんです。ワガママですよ。ただの、ワガママでしかないですけど。絶対についていきます」
「……結構金かかるぞ。俺がバイトして出してもいいけど」
「ウッ……しゅ、収益化、夏祭りまでに目指します。……北倉さん……アコさんは?」
「えっ、たぶん全然大丈夫ですけど。お小遣いで」
まぁ、アコの家、普通に裕福そうだしな。
「……じゃあ、行くか。……ありがとう。たぶん、ふたりがいてくれなかったら、一生行くことはなかっただろうし、後悔し続けたはずだ」
アコの方を見るとアコはコクリと頷く。
「僕も同じです。先輩がいなかったら、ずっと後悔してました」
ねこさんの方を見ると既に若干このノリに飽きた様子で外の景色を見ていた。なんだコイツ。
けど……そういうところもねこさんらしくて嬉しく思ってしまう。
数年前から動いていなかった足を、やっと前へと向けて歩き始めた。
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