ずっと好き
広延薫
私のことを理解して
かつて同級生だった男からダイレクトメールが届いたのは春のあたたかな光が眠気を呼び起こす季節のことだった。
「久しぶり。投稿見たけどまだプリンセスとか好きなんだね」
彼女はなんとなく嫌な感じをメールから読み取りこう返信した。
「いきなり何?また私の趣味をバカにする気?」
おとぎ話の中のプリンセスが好き。このことを貫くには、か弱いプリンセスのイメージとは対照的に強い意志が必要になる。
小さい頃は許されるピンク色のかわいいレースの服も、年齢を重ねるにつれて「ぶりっこ」と揶揄される対象になった。ずっと着ていれば誰かわかってくれるはず。そんな淡い期待とは裏腹に、学生時代は陰口を叩かれるだけだった。
彼女を救ったのはインターネットの発達だ。SNSで今日のプリンセスコーデを発信すれば、全国にいる同士が「いいね」をくれる。コメントをくれる。
たまに「歳を考えろ」「似合っていない」等のアンチも来るが、プリンセス趣味を理解してくれる仲間の反応の方が彼女にとっては大事だった。
私の楽園に入り込まないで。過去の学生時代のことを考えるとイライラする。
「いや、そうじゃなくてさ」
男からの返信は意外なものだった。
「勤めているホテルで『プリンセスなりきりプラン』っていうの発表する予定でさ。よかったら体験してSNSに投稿してほしいと思って連絡したんだけど」
送られてきたURLにアクセスすると彼女好みの白とピンクを基調としたホームページが現れる。
「あこがれのプリンセスになりませんか?近日公開予定」
どうやらこのプランはおとぎ話の物語を体験できるものらしい。ホテルの従業員が物語の登場人物として客をエスコートする。かわいい衣装を着れるのも魅力的だ。
しかし、金額がべらぼうに高い。プリンセスの服にお金を費やしている彼女には到底準備できるものではなかった。そんな彼女の気持ちを察してか男は畳みかけた。
「もちろん宣伝してもらうからタダだから安心してね」
体験当日、10年ぶりに2人は会った。久しぶりに見た男はなんとなくカッコよく見えた。
「すごいね、こんな大きなホテルに勤めているなんて」
「就活がたまたま上手く行ったんだよ。今は広報の仕事をしているんだ」
だから私に話を持ち込めたんだ。彼女の口角は思わず上がった。
部屋に通されると、かわいいドレスを着れる期待に反して質素なワンピースがハンガーにかけられている。思わず黙っていると男はにこやかに告げた。
「白雪姫のプランを用意したんだ。ほら、継母にいじめられているのに豪華なドレスはおかしいだろう?」
確かにストーリーを考えると、かわいい服装はおかしい。
彼女は頷くも納得がいかなかった。私は豪華なドレスが着たかった。
だけれども、無料なのだから文句は言えない。それに白雪姫というプリンセスを体験できるなんてめったにない。
「ほら、これに着替えて10分後に下の広間に来てね」
男に背中を押されそそくさと彼女は準備をはじめた。
下の広間に行くと、男の他に何人かいる。軽い台本を渡されたが、彼女が知っている通りの白雪姫で従業員の流れに合わせれば大丈夫とのことだった。
「ああ、鏡よ。この世で一番美しいのはだあれ?」
「それは白雪姫です」
不安はあったが、いざ物語がはじまると自分が中心にいることが、楽しくてしかたない。質素なワンピースの不満なんて、すぐにどこかへ消えた。従業員は何回もシュミレーションをしていたらしく、演技経験がない彼女を上手にエスコートしてくれた。
彼女はSNSで輝くプリンセスではなく、もう白雪姫でしかなかった。
気づけばもう物語終盤。恐ろしい魔女に扮した従業員にりんごを勧められる。
「かわいい、かわいいお嬢さん。このりんごを食べてごらんなさい」
彼女は大きい口でりんごを齧る。その瞬間、脳に強烈な衝撃が走り意識を失った。
頭から倒れ、演技のように見えなかったので思わず従業員は声をかけた。
「お客様?お客様?大丈夫ですか」
反応がない。彼女の顔がどんどん青くなる。
しまいには泡を吹き出した。
「お客様!誰か救急車を!」
そこにいる全員がパニックに陥る中、彼女を誘った男は大きく笑う。
「これで私のものだ」
従業員の静止を振り切り、男は冷たい彼女にキスをした。
この数ヶ月後、男はこう語った。
「彼女のことが昔好きだったんです。SNSで見かけて気持ちが再燃しちゃって」
「だけど、彼女にプリンセスは似合わない。普通の格好をして欲しかった。だから白雪姫の体験プランを案内したんです。あのワンピース姿はかわいかったなぁ」
「毒りんごを食べて死んだ…。死に方だってプリンセスだし、彼女は死後もずっとプリンセスでいられる。私はずっと彼女を手にいれられる上に、かわいい普通の姿まで見れるし…。これこそウィンウィンの関係でしょ?」
ずっと好き 広延薫 @hironobekaoru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます