【短編】天使だって人間を好きになっていいと思うのです!

早乙女由樹

天使だって人間を好きなっていいと思うのです!

神界アルタナテス、ここは女神エルタナによって作られた神界である。この神界では数多の天使たちが地球に生きる生物達の魂や記憶が保存された『レコード』の管理をしている。地球で亡くなった生物のレコードはひとりでに破壊され、そのレコードは新たな生物のレコードとして輪廻を巡ることになる。

そんな神界で、一部の『レコード』の管理を任された天使が探し物をしていた。


「あれ〜?ここらへんに落としたと思ったのだけど………」


地面に膝と手をついて周りをくまなく探す。


「あのブローチを無くしたのをエルタナ様に知られてしまったら殺されちゃうわ!絶対に見つけないと!」


エルタナ様は私が無くしてしまっても、寛大な心で許してくださるはず……でも、エルタナ様の取り巻きは違う。あの天使たちは絶対に許してくれない。毎日のように死ぬよりも辛い罰が下され、死にたいと願っても死ねない。生涯の間、その魂が転生することはないと言われている冥界に落とされてしまう。


「あったわ!良かった〜これで死なずに済む……」


ほっと胸を撫で下ろし立ち上がると、肩に何かが当たった。地面に目をやると表面にヒビが入った『レコード』が落ちているのが見えた。

『レコード』は生物の魂そのもの。それに傷がつくということは、生物を殺すことに等しい。


「あっ………どうしよ…………私……冥界行き?………いやだわ!私まだ死にたくない!一人ぐらい彼氏欲しい!こうなったら私が地球に行ってその人が死なないようにするしかないわ!」


幸いにも『レコード』はまだ完全に壊れていない。今ならまだ間に合うかもしれない。一度傷がついてしまった『レコード』は徐々に壊れていくと聞いたことがある。私の冥界行きを阻止するためには、この『レコード』の生物を寿命で死なせるしかない。


「ここの管理は後輩ちゃんに任せればいいかしら」

(後輩ちゃん!)

(はーい!何か用ですか?)


テレパシーを後輩ちゃんに送ると、すぐに返事が返ってきた。


(今日から私は諸事情で地球に行かないといけなくなってしまったので、私が担当している『レコード』の管理は後輩ちゃんに一任します!それじゃ、よろしく頼むわ)

(え、ちょ、先輩?!まってくだs……)


よし、これで引継ぎは終わった。早速地球に向かうことにする。





地球にやってきた。ここにきてはじめに思ったことは空気が汚いということ。


「うわっ、何この空気。こんな空気の中で生きてたら人間なんて百歳程度で死ぬに決まってるわよ」


とりあえず、対象の人間を見つけないといけない。


「多分このあたりにいるはずなんだけど……」


人通りのない真昼の住宅街を歩き回る。


「いたわ!あなたが坂本誠也ね!」

「えっと…どちらさまですか?」

「私は神界よりあなたを助けに来た天使。名前は、フレン・ビビリ・ステロイド・ポン・パトラッシュ・コッツ・ネアームネオ・ムー・スタチェオ・ドット・アーノルド・セレスティアル・アスタリスク・マーガレット・アクエリオン・セナスター・ミィロォル・オムライス・ガンダ・インテグラル・ラモン・ズン・ダモン・サーディン・プリン・ビビアン・モンテネグロ・パトラッシュよ!」

「フレン……なんだって?」

「だから、フレン・ビビリ・ステロイド・・・・もういいわ。フレンって呼んでちょうだい」

「わかった、フレン。一緒に交番行こうか?」

「別に私は不審者なんかじゃないわよ!」

「いや、どう見ても不審者でしょ」


どうやら彼は私のことを天使だと信じてくれないようだ。


「わかったわ。それなら、私が空でも飛べば天使だって信じてくれるでしょう?」

「ワイヤーでつられてるだけかもしれないし……」

「ええい!もういいわ!あなたを抱えて飛べばいいんでしょ!」


こうなったら無理矢理にでも信じてもらうしかない。彼の手を取って、そのままふわっと空中に浮かび上がる。


「えっ、ちょ、うわぁあ!」

「これで信じてくれたかしら?まだ信じないというならこのままどこかに飛ぼうと思うのだけれど」

「わかった!信じる!信じるから!」

「物わかりがよくて助かったわ」

「それで、天使が何の用?」

「実はかくかくしかじかで………」





「なるほど、俺の『レコード』とやらを落として傷がついたせいで俺が死ぬとあんたが冥界?とやらに堕とされるから、それを防ぐために俺の前に現れたってことか」

「申し訳ございませんでしたぁあ!」


地面におでこを叩きつけて土下座をする。血飛沫が上がったような気がしたが、きっと気のせいだ。


「いや、自業自得でしょ……」

「申し訳ございませんでしたぁあ!あなたが死ぬまででいいから守らせてくだしゃい!お願いします!」

「いや、でも俺もうすぐ……」

「そこをなんとかぁ……」


人間の寿命は長くても百年だと聞く。それぐらいの間であれば私はこの男に何をされたってかまわない。

目に涙を浮かべながら懇願するが、彼が了承してくれる気配はない。


「何でもするから……」

「そこまでいうならまあ。でも、俺もうすぐ……」

「本当!?ありがとうございます!」


思わず彼に抱きつく。彼は嫌がっているようだが、そんなことを気にする余裕はなく、無理矢理引き剥がされるまで私は彼に抱きつき続けていた。


「ちょ、いい加減離れろって!ってか、頭血だらけじゃねぇか!」

「?……あ、ほんとだわ」

「すぐに救急車呼ぶから!」

「この程度の傷、ほっとけば勝手に治ってるから大丈夫よ」

「いや、でも………って本当に治ってる……」

「ね?天使って意外と丈夫なんだから!」


その後に彼から聞いた話によると、彼は大学生で一人暮らしらしい。自宅はマンションで大学までは電車に乗って行くそうだ。

これから私の彼を守る生活が始まる。






そうして二週間が過ぎた頃、ようやく私は人間の生活に慣れることができた。服も地球で買ったものを着ているし、食事についても神界で履修した通りのものだった。誠也は羽振りが良く、天使が必要ない寝具なども買ってくれた。そんなにお金を使っても大丈夫なのか心配だ。


誠也と一緒に生活していくうえで、いくつかのルールが設けられた。まず最初に誠也の食事は基本的に私が作ること。誠也を守る以外に私ができることいえばこれぐらいしかなかったので、私からお願いした。

二つ目は、大学の講義中は隣にいてもいいけど姿を隠すこと。知らない人が授業受けてたらダメだもんね。

三つめは、私も基本的には人間として過ごすこと。これについてはよくわからなかった。誠也は最後ぐらいは人と一緒にいたいからとか言っていたけれど、結局何が言いたかったのかわからなかった。


今は大学の昼休みで、誠也は私の作った弁当を食べている。

美味しそうに私の食事を食べてくれているのを見ると、こうして誠也に出会えてよかったとすら思ってしまう。


「顔に何かついてる?」

「いや?美味しそうに食べてくれるなって思って」

「まぁ実際、美味しいし」

「えへへ、うれしい」


私も誠也と同じように弁当を食べる。天使なので食事は不要なのだけれど、人間は食べないと死ぬので私も食べる。それに彼と二人で食べる食事の時間はとても楽しい。こんな時間がいつまでも続いてくれればどれだけ幸せなのだろう。


「フレン、ほっぺにご飯ついてる」

「えっ、どこどこ?」

「ほら、ここ」


彼の手が私の顔にゆっくりと近づいて唇にそっと触れる。彼にとってもらったご飯はそのまま口の中へと運ばれていき、彼は何事もなかったかのようにお昼ご飯を再開した。


私の顔は恥ずかしさで真っ赤になってしまっている。彼はことあるごとに私を照れさせてくるから困る。今までも彼が同じことを他の女性にしていたらと思うとかなり嫌だ。


彼のそばにいて少し経ったが、彼の身に危険が及びそうになることは一度もなかった。

本来であればすでに彼の身に何か起きていてもおかしくはないはずだ。それなのに、現実はとてつもなく平和だ。私が自分の本来の目的を忘れてしまいそうになるぐらいには何も起きない。勿論、何も起きないことが一番いいのだけれど、ここまで何もないとなると気味が悪い。








地球に来てから三週間が経過した。そんなとき、誰かが家のインターホンを鳴らした。


「誰かしら?誠也、何か注文した?」

「いや、何も買ってないけど」

「そう………」


とりあえず玄関の扉の穴から外を覗くと、そこには見覚えのある顔があった。


「押し間違いみたいね」

『ちょっと先輩!無視しないでくださいよ!』

「ちょっと何を言ってるのかわからないわ」

『先輩が勝手に地球に行っちゃったせいでいろいろと大変だったんですから!』

「仕方がないわね……今開けるわよ」


後輩ちゃんに迷惑をかけてしまったことは事実。入れないのは流石に少しかわいそうだ。


「紹介するわね。こちら神界で私と同じ部署で働いている後輩ちゃん。呼び方は後輩ちゃんでいいわよ」

「はじめまして、後輩ちゃんこと、リサ・レニス・パラテグス・スカルコ・アルファ・ヴィルヴァージ・エニクトロ・ポン・ドット・コツニウム・セレスティアル・アポカトニクル・シルバージ・セレヌンテニス・オムレツ・マッハ・メロス・ビレニアン・マグロネルド・ポリカテニカ・ラン・ラン・ルーニスト・セクジル・パーリナイ・カイゼル・デ・エンペラーナです」

「天使ってのはみんな長い名前なのか」

「私たちはまだ短いほうよ。最近生まれた子たちは倍以上あったんじゃないかしら?」

「そうですね。私と先輩は百五十字ぐらいですけど、最近は三百字ぐらいですからね」

「マジかよ」


それにしても、なんで後輩ちゃんは来たんだろう。別に来る理由なんてないはずなのに。


「今日は先輩にお話があって来ました」

「何かしら?」

「ちょっと二人だけでお話してもいいですか?」

「わかったわ。誠也、寝室借りるわね」

「了解。俺はリビングにいるね」


後輩ちゃんを寝室に案内する。今朝はちゃんと掃除したし、シーツも綺麗なものに変えたので大丈夫なはずだ。


「!?……この匂い…………先輩、もしかして一線越えたんですか?」

「……うん//」

「うそ………あの誰に口説かれても堕とされなかった先輩がチョロインに……」

「しょうがないでしょ?勉強してる時の表情はかっこいいし、ご飯は美味しそうに食べてくれるし、一緒にいると安心できるし、いっぱい好きって言ってくれるし、声もかっこいいし、頭撫でてくれるし、やさしいし、それにーーー」

「先輩があの男性に好意を持っていることはよーくわかりました。ですが先輩、エルタナ様に地球に勝手に来て生活していることが知られてしまったらどうするんですか?」

「………冥界行きでしょうね」

「だったr……」

「でもね、人はたった百年しか生きられないの。だから誠也と一緒にいられるのは百年もない。そんな貴重な時間を無駄にできるわけないじゃない。天使の仕事を無駄というのは良くないけれど、私は一緒にいることを選ぶわ」

「そ、そんなのダメです!先輩の気持ちは少しだけわかる気がします。でもそれは天使の仕事を放棄していい理由にはなりません!無理矢理にでも連れて帰ります!」


後輩ちゃんに腕を強くつかまれ、部屋の外に引きずられそうになる。


「いやよ!私は誠也と一緒にいたいの!誠也と一緒じゃなきゃ絶対にいや!」


後輩ちゃんに抵抗して腕を振り解こうとすると、足に段ボールの箱が当たった。段ボールは軽く飛ばされて中に入っていたものが出てくる。


「あっ///」

「そんな凶悪なモノを先輩が…………」

「みんなには内緒よ?」

「も、もちろん誰にも言いません!」


後輩ちゃんのつかむ力が弱くなったところを見計らって腕を振り解き、床に散らかったモノたちを箱の中にしまう。


「ごめんね、後輩ちゃん。私はもう誠也と一緒じゃないとだめなの。あと何十年かだけ地球にいさせて?」

「嫌です……先輩が冥界に行っちゃうなんて嫌です………」


後輩ちゃんの目から涙が溢れ落ちる。正面からそっと抱きしめてあげると、本格的に泣きはじめてしまった。

後輩ちゃんから見て私はきっと憧れの先輩だったのかもしれない。そんな先輩が急に冥界に行ってもいいだなんて言い出したらなんとかして止めようとするのは当然だ。私が同じ立場でも全く同じことをすると思う。


「自分勝手な先輩でごめんなさいね」

「先輩…………あの男性と一緒なら場所はどこでもいいんですか?」

「まぁ……そうね。正直、誠也と一緒ならどこでもいいわ」

「……わかりました。今日のところは帰ります」

「後輩ちゃん………」

「別に諦めた訳ではありません。先輩には絶対に神界に戻って来てもらいます」


後輩ちゃんが勢いよく寝室の扉を開け、誠也に詰め寄る。


「先輩のこと、よろしくお願いします。もし先輩を悲しませたりでもしたら、エルタナ様直々に罰を下してもらいますから」

「お、おう。わかった」

「絶対ですよ。それでは先輩、近所迷惑にはならないようにしてくださいね」

「まって、一体何をするつもり?」

「先輩が不利益を被るようなことはしないので安心してください」


それだけ言うと後輩ちゃんは神界に帰っていってしまった。


「行っちゃった………えっとね、さっき後輩ちゃんと話していたのは………」

「ごめん、壁越しに全部聞こえてた……」

「えっ……」

「フレン……俺も大好きだよ。死ぬまで一緒にいてくれる?」


正面からぎゅっと抱きしめられ、耳元で囁かれる。


「もちろん!誠也が嫌って言ってもずっとそばにいるわ」


一度この幸せを知ってしまったら、手放すことなんて絶対にできない。








誠也の周りに居座ることを了承してもらってから大体一ヶ月が過ぎた。現在私は寝ている誠也のために、朝ごはんを作っている。最近街中でよく流れている歌を口ずさみながら料理を続ける。


作り終わったところで寝室で寝ている誠也を起こしに行く。


「誠也、朝よ。起きて」

「……あと五分…あと五分だけ………」

「ダメよ。起きないなら……そうね……キ、キスとかしちゃうけど………」

「フレンならいいよ……」

「ふぇ!?」


少しは動揺してくれると思っての発言だったのに、即答で了承されて変な声が出てしまう。


「ダメよ!そんなはしたないこと!そういうことはちゃんと段階を踏んで………」

「フレンがするって言ったんだろ」

「それはそうだけど……誠也はそれでいいの?」

「何が?」

「何ってキスする相手が私なんかで………」

「……………いよ」

「なんて?」

「だから……いいよ。フレンで。フレンじゃないと嫌だ。てかもうキスなんてとっくにしてるだろ。何なら毎晩………」

「わーーーー!恥ずかしいから言わないで!」


顔が段々と赤くなって行く。だめだ。恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい。


「ていうか誠也、最初から起きてたんじゃない!」

「あー、バレた?」

「そりゃ、あんな返答されたら……」

「で、どうするの?するの?しないの?」

「………するわ」


それから数分間、私たちは甘いキスをした。私は誠也のことを愛している。もしも誠也が死んでしまったらと思うと恐怖が私を襲ってくる。人間の寿命はたったの百年。誠也は今二十歳、ということはあと八十年しか残っていない。


「朝ごはん食べるか」

「ええ、そうね」


少し冷めてしまったご飯を向き合って食べる。


「そういえば、今日は用事があるんだけどフレンも来る?」

「もちろん行くわ」

「そこでお願いなんだけど、姿を消しておいてくれないか?」

「大学の講義の時みたいに?」

「うん」

「わかったわ。ちなみにどこに行くの?」

「病院だ」

「病院……何をする場所なのか知らないけれどわかったわ」


誠也からこんなお願いをしてくるのは珍しいので軽く了承する。

朝ご飯を食べ終え、病院に行くための支度をする。誠也に買ってもらった服を着て今日のお昼ご飯のことを考える。

今日は卵とじうどんにしようと思う。冷蔵庫にこの前使ったほうれん草と卵もあるし、冷凍したうどんも残っていたはずだ。


「それじゃあ行こうか」

「ええ」


私たちは病院に着くまでの間、ずっと恋人繋ぎをしていた。




病院に到着したので、私は周りから姿が見えないようにする。この状態でも誠也からは私のことが見えるので普段とあまり変わらない。

誠也は『受付』と書かれているカウンターでカードを渡すと、番号の書かれた紙を貰って帰ってきた。


「あっちの奥の方に座ろう」

「わかったわ」


誠也の後をついていき、私も隣に座る。


「ここってどういう場所なの?」

「ここは病気になったりした人がそれを治しにくる場所だ」

「誠也……何か悪いところでもあるの」

「いや、まぁ………うん」

「大丈夫なの?いつも私と一緒にいる時無理してない?」

「体調が悪いとかそういうのではないから安心して」

「そう………何かあったらすぐに教えて」

「………わかった」


一ヶ月間一緒にいたけれど、何か病があるようには見えなかった。もしかしたら、私が見ていないところで苦しんでいたのかもしれない。


壁に付いているテレビに誠也の持っている番号と同じ番号が映し出された。


「よし、行くか」

「……………うん」


誠也についていき、『診察室』と書かれた部屋に入る。部屋には白衣を着た中年の男性がキャスター付きの椅子に座っており、その後ろには醤油をこぼしたら取れにくそうな白い服を着た女性が立っている。


「体調のほうはどうですか?」

「特に変わりはありません」

「今回の診察の時点で、余命は一ヶ月ないと思われます。でも、余命はあくまでも推測です。一ヶ月を過ぎても急変することがない事例も沢山あります。最後まで諦めないようにしてください」

「………はい」

「あとですねーーーー」


ここから先は何を言っていたのか覚えていない。誠也が余命一ヶ月?そんなの嘘だ。嘘に決まってる。嘘じゃないと嫌だ。もしそれが本当なら、私と誠也はあと一ヶ月しか一緒にいられないことになる。

そんなの嫌だ。これからもずっと一緒にいたい。誠也の隣で街を歩きたい。毎日一緒にご飯を食べたい。同じ布団で一緒に寝たい。誠也と一緒にやりたいことなんて山のようにある。


「フレン、行くよ」

「……うん」


誠也の声でハッと我に返る。このまま立っていても仕方がないので誠也についていく。


「フレン、ちゃんと説明するから」

「……わかったわ」


誠也の隣に座ると、誠也が私の手を握ってきた。


「見えなくなるの、解除していいよ」

「わかったわ」


言われた通り、周りからも私の姿が見えるようにする。


「えっと、まずはさっき言ってた通り、俺の余命はあと一か月もない」

「それって、誠也があと一か月で死んじゃうってことでしょ?」

「………うん」

「そんな、そんなの嫌だわ。もっと一緒にいたい」

「俺もフレンとずっと一緒にいたいけど、これは昔から決まっていたことなんだ。俺の病気は先天性……つまり、生まれたときからある病気を持っていたんだ。子供のころから長く生きれても二十年って言われてきたからフレンに出会うまでは生きたいだなんて思ったことなかったんだ。でも、あの時フレンに出会って一緒に暮らしていくうちに死にたくないって思い始めたんだ。でも、フレンにこのことを話したら、死ぬことを受け入れているように感じちゃって言えなかった」

「…………」

「フレンが悪いんだぞ?俺に生きたいって思わせたんだから」

「…‥嫌だ、死なないでよ……まだ一緒にいたいよ……」

「ごめんな……」


こんなのおかしい。誠也は何も悪いことしてないのに死ぬ運命だと決まっているなんて絶対におかしい。誠也が死ぬなんて絶対に受け入れられない。今まで我慢していた涙が溢れ出てくる。


私が泣きじゃくっている間に誠也は受付からカードを貰って帰ってきた。


「フレン………落ち着いたら帰ろうか」

「ううっ…ひぐっ…………うん」


誠也に手を引いてもらって歩き始める。こんな泣き顔を誠也に見られたくなくてどうしても下を向いてしまう。

私ばかり泣いているけれど、一番つらいのは誠也だろう。私が誠也の前に現れたことが原因で誠也が苦しんでしまっている。だったら私にできることは最後まで誠也のそばにいることしかない。


「誠也……ごめんなさい……誠也が一番つらいわよね……」

「謝らないでよ。俺はフレンに出会えて本当に良かった。もしあの時に戻れたとしても、俺はフレンと一緒にいることを選ぶさ」

「誠也……」

「明日からもいつも通りの生活を送りたいな。フレンと一緒にいる毎日を大切にしたいしね」

「ええ………わかったわ…」




それからも誠也はいつも通り大学に通い続けた。そのかわり、今まで以上に私との時間を大切にしてくれた。

そして、私が誠也の余命のことを知って一ヶ月弱がたったころ、誠也は二度とベッドから起きることはなくなった。幸せそうな顔で息を引き取った誠也は、病院に連れて行かれたのちに自治体が葬儀を行った。


これで私が地球にいる意味はなくなった。この誠也との思い出が詰まった部屋も、大家さんの呼んだ人たちによって片付けられてしまうだろう。

この先誠也に会うことは絶対にできない。だけど、もし戻ってきた時はこの部屋で一緒に暮らしたい。ありえないとは分かっていても、この空間を残しておきたいと思ってしまう。


「これだけなら………エルタナ様も許してくださるはず………」


白いタキシードを着ている誠也の隣には、白いドレスを着た私が写っている写真を手に取る。この2ヶ月もの間で唯一誠也と一緒に撮った写真だ。

部屋の中を見回すと、誠也と一緒に過ごした思い出が昨日のことのように感じる。


このままここにいたら、心の片隅に押しやられている神界に帰らなければいけない気持ちがなくなってしまいそうになる。


そうして私は神界に帰った。







「先輩……大丈夫ですか?」

「……………………ええ」

「全然大丈夫じゃないじゃないですか……」


神界に帰って来てからというもの、何をするにもやる気が起きない。仕事はもちろんやるけれど、以前に比べて些細なミスが増えてしまっている。


「先輩、今日からここに新しい天使が配属されるみたいですよ」

「…………………そうなのね」

「興味なし……って感じですね……」


こんな中途半端な時期に来るなんて珍しい。私には関係ないことなのだけれど。


「あの…すみません。ここって第十五階層レコード管理総括課第五倉庫担当管理課であってますか?」

「あっ!新人が来たみたいですよ。あってますよー!」

「やっとたどり着けました……本日よりこちらの課に配属されることになりました。セイヤ・ミネス ステロイド・パトラッシュ・ネアームネオ・ムー・スタチェオ・ドット・セレスティアル・アスタリスク・マーガレット・アクエリオン・セナスター・ミィロォル・カルボナーラ・ガンダ・インテグラル・ラン・ラン・ルーデミス フェリス・サーディン・ビビアン・ヴィーネス・ーーーーーーー」

「今、誠也って……」


伏せていた顔を上げると、そこにいたのは私が世界で誰よりも愛した男がいた。


「誠也…誠也なの?誠也よね」

「はい。誠也もとい、セイヤです。これからもよろしくな。フレン!」

「セイヤ!会いたかった……ずっと会いたかったぁ……」

「先輩、よかったですね」

「それにしても、なんでセイヤがここに?だってあの時確かに……」

「実を言うと俺も良くわかってないんだが……エルタナ様が言うにはフレンを泣かせた罰で俺は死後、天使になったみたいだ」

「要するに、私があの時『エルタナ様直々に罰を下してもらいます』って言ったおかげです。その罰がエルタナ様の気まぐれで天使になるってことになったみたいです」

「後輩ちゃん……ありがとう」

「後輩ちゃんさんありがとうございます。おかげでフレンとまた一緒になることができました」


セイヤと一緒にいられるだなんて信じられない!後輩ちゃんとエルタナ様には、本当に感謝してもしきれない。

天使には基本的に寿命は存在しない。ということは、私とセイヤは永遠に一緒にいることができる。あの時のセイヤと過ごした大切な日常をもう一度おくることができる。

永遠にというと、一日を軽視してしまいがちになりそうだけど、そんなことには絶対にさせない。そうなってしまったが最後、私とセイヤとの関係には終止符が打たれてしまう。


「セイヤ、住むところは決まったの?」

「エルタナ様からはフレンの家に住むようにって言われてるけど……」

「えっ」

「何か問題が?」

「いや……ちょっと今は……」


まずい、今の私の部屋は物が散らかってる。セイヤが亡くなって何もする気が起きなくなった結果、そこら中にいろいろなものが落ちている。あの光景はちょっとセイヤに見られたくない。


「あっ、部屋中散らかってるってことか」

「いや、まぁそうなのだけれど」

「大丈夫。フレンの普段の姿を見ていたから、神界だとそんな感じなんだろうなぁとは思ってた」

「うそ……私、そんなふうに思われてたの?」

「まぁ、そんなフレンが好きだから気にしないけど」

「セイヤ!ありがとう。でも、いつも散らかってるわけじゃないわよ?ですよね!後輩ちゃん!」


確かに、たまに部屋が散らかりすぎて手が付けられなくなることもない……とは言いきれいないけれど、そこまでひどいわけでは……


「いえ、先輩のお部屋は基本的に散らかっていると思います。というか、先輩は元々、物の管理が雑なんです。ブローチを落としたのだって、ブローチが付いたままの服をその辺にほったらかしたからでしょう?」

「えっ、あれってそういうことだったの?」

「後輩ちゃん!」

「先輩はもっとしっかりしてください。学園を主席で卒業した人が物の管理もできないなんて呆れます」

「セイヤァ……後輩ちゃんが辛辣……」

「よしよし」


セイヤに頭を優しく撫でられる。やっぱりセイヤに撫でられるのは気持ちいい。


「あぁもう!イチャイチャするなら仕事が終わってからにしてください!砂糖を吐きそうです!」

「「ご、ごめんなさい」」

「それでは仕事内容の説明をしますね。この部署ではーーーー」




こうして、私とセイヤは神界で永遠の時を過ごすことになるのだった。同じ家に住み、同じベッドで寝て、同じテーブルでご飯を食べる。天使は食事がなくても死なないのはきっとセイヤも一緒だ。でも、あの時一緒に食べたご飯はなによりも美味しかったし、楽しかった。きっと私たちは地球にいたころと同じような生活を送っていくのだと思う。









ー完ー

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