無秩序言語講座

花野井あす

無秩序言語講座

さて、会話をするさいに、君は無意味な行ったり来たりを繰り返すわけなのだが。

それは一体どういうことなのか。


私と一緒に語り明かそうではないか。


君の名前は萬城ばんじょう俊彦としひこ

何処にでもいる、会社員で、今年で二十九になる、IT企業のシステム・エンジニア。


毎日、コンピュータがずらりと並んだ無機質な個室に閉じ込められ、朝から晩まで、暗号文を解読して、人間語に翻訳して、また暗号文に戻している。


室内には君と同じように背広を着て、ネクタイを締めている男たちが所狭しと詰め込まれ、

せっかくの大きな窓はブラインドで覆われ、セキュリティなるもののため、入口の扉は常に締め切られている。


外の空気を吸えるのは、煙草を吹かせているときと、昼飯を食べるとき、そして珈琲を買いに行くときのみ。

まるで監獄のような、酷い環境だ。

珈琲休憩は只買いに行く時間では無くて、飲んで休む時間だ。勘違いをしてはいけない。


おっと、話が逸れてしまったね。

何の話だったか。

そう、君がどうして、同じことを何度も何度も言葉にしているか、という話だ。


はっきり言っておこう。

君のその試みは実に無駄極まりない。どうせ通じぬのだから、あきらめた方が良い。

仕事にならない?

そんなことは、私には関係のないことなのだよ。


君は所謂、平社員で、いつも課長の青木氏から支持を受ける。

この仕様を見直せだの、要望から設計を起こせだのと。

君は口頭でそれを聞き、アナログにもそれを紙に書き留め、更にパソコンのテキストに書き直す。

君は無駄な時間が好きだね。

余計なお世話?そうだね。私には実にどうでもよいことだ。


君はテキスト・データになったその青木暗号文を見て先ず思考を停止させることになるのだが

ーー暗号文はたいていの場合、羅列された事例集と、ふんわりとした要望の二つで出来ている、という訳だ。

つまりこういう訳だ。具体的な話から本質を抜き取り、要望通りの形にせよ!と。


そもそもこの要望とやらが意味不明なわけだ。

青木氏に確認しても、それは無限に青木暗号で置き換えられ、いつまで経っても暗号のまま。


君は致し方なく、萬城語と青木暗号の対応表を作ろうなどという愚行に走り、

その表の通りに青木暗号を「これこれはそれそれだ」と萬城語にするわけだ。


何とも滑稽な!暗号は解らぬから、暗号なのだよ。

とどのつまり、君はブラックボックスを指さして、「これはバンショ―だ」と言っているに過ぎないのだよ。

せめてヴァイオリンを指さして言いたまえ。


さらに残念なことに、青木氏は、萬城語を理解出来ぬものだから、

「あれこれは、それなにだ」などと青木暗号で捲し立てられて、ついには両者は無秩序な口論を始めてしまうというわけだ。



わからない?何がだね。

え?私の言葉がかい。


ならば、あきらめたまえ。君は永遠に、私を理解できまい!

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