51.残念令嬢は見た

「あれっ? あそこにいるの、メリサさんじゃありませんか?」


 巡察隊の本部で遺体の確認を終え、屋敷に戻る道すがら。

 イサーク様が手配してくださった馬車の中で、ルシールが「ほら!」と窓の外を指さした。

 ノルデンブルクの大通り。賑わう舗道に目を凝らせば、なるほど、街路樹の木陰に人待ち顔で佇むメリサの姿があった。地味なメイド服ながら、その何気ない立ち姿は、まるで前世のモデルのように美しい。

 

「メリサさん、今日は午後からお休みでしたよね?」

「ええ」


 メイドたちの休暇は、基本的に週に二度、それぞれ午後の半日だけと決まっていた。

 他に隔週で丸一日の休みがもらえ、建国祭などの祝日は、半日休みになるそうだ。

 前世とは比べものにならないくらい苛酷な労働環境だが、ルシールの話では、これでも破格の待遇らしい。

 ――それはともかく。

 

「誰を待ってるんでしょう。ひょっとして恋人とか?」

「ありうるわね」


 メリサは綺麗だし、スタイルもいい。

 二十五歳という年齢は、この世界でこそ結婚適齢期を大幅にオーバーしているが、あれほど美人で有能なら、今からだって恋人の一人や二人……。

 と。

 メリサが嬉しそうに顔をほころばせ、小走りに舗道を駆け出した。

 そのまま両腕を大きく広げ、伸び上がるように抱きついた相手は……。


「えっ、ランドルフ!?」


 思ってもみなかった人物の登場に、私は目を見開いた。


 ◇◇◇


 ダリオ・カルヴィーノの腹心と、メイドのメリサが恋人同士??


(いや、でも待って――)


 私は記憶を掘り起こす。

 体重を量れるくらい大きな秤が欲しいと言ったとき、メリサは確か「知り合いの伝手がある」と言って、ランドルフのいる精肉場に連れて行ってくれたのではなかったか(※「5.残念令嬢、計量する」)。

 てことは、やっぱりこの二人――。


「うわあ。ラブラブだぁ」


 通り沿いのオープンカフェ。丸テーブルで向かい合い、互いのケーキを仲良くシェアする二人を見ながら、ルシールが小声でつぶやいた。

 折しも、メリサがフォークに刺したイチゴを、ランドルフに「あーん」して食べさせたところだ。

 いかつい顔の大男と、メイド服の美女のカップルは、今や店内はおろか、道行く人々からも注目を集めまくっている。

 そんな中、好奇心を抑えきれず、つい馬車を降りてしまった私とルシールは、近くの建物の陰からこっそり二人の様子を見守っていた。

 距離が離れているせいで、会話までは聞き取れないが、ランドルフの表情や身振りからは、しきりにメリサを気遣っている様子がうかがえる。

 対するメリサは安心させるように、ランドルフの太い腕を軽く叩いたり、額に落ちてきた髪を、優しくかきあげてやったりしている。

 そんなほっこりした光景は、けれど、次の瞬間、つかつかと二人のテーブルに近づいてきた男たちによって唐突に打ち壊された。


「メリサンドラ・コートニー。チャドウィック・ベントン殺しの重要参考人として、巡察隊本部までご同行願いたい」


 メリサを見おろし、よく透る声でそう言ったのは、これまで見たこともないほど厳しい顔をしたイサーク様。

 そしてその隣には、なぜかグイード叔父様の姿があった。

 

 ◇◇◇

 

「巡察隊の騎士に喧嘩を売るとか、一体何を考えてるんだ、おまえは」


 拘置所に現れたダリオは、顔中あざだらけのランドルフを見るなり、がみがみと叱りつけた。


「尻拭いするこっちの身にもなってみろ。おかげで無駄金をずいぶん使う破目になったんだぞ」

「額を言ってくれ。ちゃんと返す」

「当たり前だ。利息もきっちりつけてもらうぞ。……で」


 ダリオはそう言うと、私たちのほうを振り向いた。


「俺が買いつけに行ってる間に、一体何が起きたんだ?」


 ――イサーク様たちがカフェに踏み込んできた直後。

 礼儀正しくメリサをエスコートしようとしたイサーク様と、やめさせようとしたランドルフの間で口論になった。

 それを見たカフェの客が巡回中の騎士に通報、駆けつけた騎士たちと乱闘騒ぎに発展した挙句、メリサは巡察隊の本部に、ランドルフはやはり巡察隊の拘置所に連行されたというわけだ。

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残念令嬢パトリシアの逆襲 円夢 @LuciusVorenus

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