第3話「昨日の失敗を今日の糧にしたい」
『はぁ、いい線いってたと思ったのになぁ』
結局小枝は地面に置いて僕はタクリカの上の方に戻って来た。いいアイデアだと思っていただけあって徒労に終わってガッカリだ。
『モノを持って戦えないってなると、やっぱり格闘術を編み出すべきか……』
身一つならこの位置まで登ってくるのも訳ないし、威力の方に疑問が残るとはいえこのまま身を守る方法が何もないのはマズい。
『あとはファンタジーな世界だし魔法とか使えないか試してみるかだけど』
こっちは格闘術より厳しそうな気がする。どうも前世の僕にとって魔法は空想の産物で、実際に魔法を使ったことが無いようなのだ。つまり、何がどうやれば魔法が使えるのかがサッパリで完全に手さぐりになる上、出来る保証だってない。
『一応このタクリカの葉っぱに魔力回復成分が含まれてるってことだし、魔力が枯渇して魔法が使えなくなることだけはないかもだけど』
ちらり、僕は近くの葉っぱを見た。
『兄ちゃ?』
どうしたのと言わんがばかりの妹と
『やれと? 妹が見てる前で魔法の練習をしろと?』
こう、漫画やアニメの必殺技の真似を家族の前で披露するようなものである。前世の感覚でいうなれば。
『無理。無理ぃ』
穢れのない純粋な目で見られながらアニメとかに出てきた魔法の詠唱を一個一個試してゆくってどんな地獄ですか。
『練習は後にしよう』
僕の精神が耐えられないというのが何よりも一番の理由だが、まかり間違って妹だけに魔法の才能があって、たまたま僕の詠唱を真似して魔法を暴走させてしまったとかあったら怖い。
『妹に見せるのは、実際に魔法が使えるようになってからでも遅くないし』
理論で武装しつつ、とりあえず僕は葉っぱを食べることにした。さっきから武器を作ろうとしたりなんなりで葉っぱを全然食べていない。育ち盛りのイモムシとしてはきっと問題である。
確か成虫の大きさは幼虫の時食べた食べ物の量で決まる筈なのだから。卵から成虫の蝶々までを一年で2サイクル行う蝶なんかだと、食物に恵まれているシーズンを幼虫で過ごせるほうのサイクルの蝶の方が羽根を含めて全体的に立派になるとかなんとか。
『前世のうろ覚え知識だから間違ってるかもしれないけどね』
転生してしまった今となっては確認する術もない。たまたま虫に詳しい人間が近くを通った時に豆知識として誰かに語っているところに遭遇したとかそういうピンポイント過ぎる状況にでも出くわさなければきっと無理だ。
『って、よくよく考えると僕らもイモムシで蝶になると仮定した場合――』
生きられるのはせいぜい一年か。前世では越冬する蝶がいた気もするけれど、数年に跨って生きる蝶がいるとは聞いたことがない。それどころか先ほど前世知識にあった蝶と同じようなサイクルだとするなら、寿命は半年だ。
『まぁ、ファンタジーな世界の様だから何年も生きる蝶もいるかもだけど』
できれば天寿は全うしたいなぁ、とも思う。
『蝶として種を残したいかはうん、まぁ……』
成虫になってその時が来れば、子孫を残したいと僕も思うのだろうか。
『って、哲学してても仕方ない』
今はただ葉っぱを食べて成虫になることを目指すべきだ。
『羽根が生えれば空を飛べる。行動範囲も飛躍的に広まる筈』
そこにたどり着くまでに死んでゆくイモムシがどれほどいて蝶になれるのがほんの一握りだなんて前世での現実はあまり考えないことにしておく、精神衛生的に。
『兄ちゃ、葉っぱ美味しいよ』
『よかったね』
今は妹に癒されながらこのまま生きてみよう。そう思った。
ファンタジー世界にイモムシ転生って無理ゲーじゃね 闇谷 紅 @yamitanikou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ファンタジー世界にイモムシ転生って無理ゲーじゃねの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます