2.僕の姉

 俺には大切な家族がいる。母さんに、父さんに、姉ちゃんに、皆優しい家族だ。村には友達がたくさんいて、毎日が楽しい日々だった。そんな何気ない幸せの日々が突然終わった。

 もうすぐ成人の儀をする俺は、就職先に挨拶をしに行くために王都に馬車で向かっていた。ところが、途中の山で落石に会い、死んでしまった。


『時間がない・・・誰か、男なら誰でもいいから来てくれ』


 暗闇の中で男の声が聞こえた。


 目を開けると、魔族の男が倒れていた。その隣にレッドドラゴン・・・じゃなくてもっと上位の何かがいた。体は小さくなってるし、角が生えてるし、裸だし、訳が分からない!


「ど、どうなってるんだ!?」

「落ち着きなさい、今、貴方が置かれている状況を話すから黙っていなさい」


 赤いドラゴンから聞かされた俺が置かれている状況は、とてもまともな精神じゃあ受け入れられないような、それでも受け入れなければいけない現実だった。

 

 ・・・俺が魔王!? 人を殺すことも出来ない元人間の俺が魔王とか、ふざけてる!


「貴方は、魔王が生命力を犠牲に生み出した次期魔王の器に、ただの迷子の魂がたまたま収まっただけの存在なのよ。だから、そんな貴方を支えるために、貴方の姉を補佐に付けるわ」

「あ、姉!?」

「ええ、姉よ。私と夫の大切な娘で、私の夫の息子である貴方の姉よ。城内の混乱を避けるためにも貴方は数年前に産んだ私と夫の正規の息子ということにするけど」


 何を言ってるのか理解できないけど、とりあえず俺が魔王としてやっていくために姉が協力してくれるらしい。そして姉が協力してくれないと、俺はお払い箱になる可能性が高い、と。


 ・・・姉と言われても、ドラゴンの娘だろ? そもそもヒトの形をしてないのに姉だと思えない。そんなドラゴン娘に気に入られなければ死ぬかもしれないなんて・・・、ああ、あの村に俺を帰してくれ・・・。


「それと、貴方の名前はクロリオンよ。これは私からのちょっとしたアドバイスだけど、あの娘の前では極力可愛い弟であることを勧めるわ」


 可愛い弟ね・・・。俺には本物の姉がいたし、それなりに可愛がられていた。多分大丈夫だろう。


「お母様、わたしです」

「入りなさい」


 赤いドラゴンがそっと尻尾を丸めて座る。尻尾のせいで少し前が見にくい。俺は顔を傾けて尻尾の陰から扉の方を見る。ガチャリと豪華な二枚扉が開けられた。そこから腕が一本、二本、三本、四本もあるメイドが入ってきた。


 嘘だろ・・・? 腕が四本のメイドと言えば、たった1体である国を滅ぼしかけたっていう四つ腕の悪魔じゃないか!?


 そんな危険極まりない悪魔に扉を開けさせて入ってきたのは、可愛らしい赤い髪の女の子だった。角や尻尾があるし、当然人間ではないし、どことなく赤いドラゴンに似ている。尻尾を静かに揺らしながらこちらに近づいてくる。


「何のようですか? お母様」


 コテっと首を傾げたその姿は、こんな可愛い姉が出来るなら魔王も悪くないかもしれない、と思ってしまうくらいに可愛らしかった。

 

「フォルテンから聞いているでしょう? 貴女に弟が出来たのよ。魔王様の遺言に従ってこの子を次期魔王とします」


 目の前の尻尾がズズズと音を立てて退けられる。俺は精一杯可愛い弟を演じなきゃいけない。不安で震える拳を握りしめて。真っ直ぐに女の子を見つめる。


「初めまして、わたしはリアトリス。貴方の姉です」


 そう言った女の子の目は真っ直ぐに俺を見ているけど、その内はまったく俺を見ていないように感じる。ごくっと唾を飲んで躊躇っていると、何かに背中を押された。


 ・・・大丈夫だ。俺なら出来る。俺なら出来る。


「は、初めまして!・・・っ僕の名前はクロリオンと言います。よろしくお願いします。お姉様」


 シーンと静まり返った。ヤバい!・・・流石に「お姉様」はあざと過ぎたかもしれない・・・!


「リリスです、リリスお姉様と呼んでみてください!わたしは貴方をクロと呼びます!」


 リリスお姉様・・・お姉様は無事に俺を可愛い弟として見てくれているようだ。俺を見る瞳に光を感じる。ちゃんと俺を見ている。それは良かったけど、抱きついてくるのは止めて欲しい。村でも碌に異性とは触れ合ってこなかったんだ。女の子の柔らかい感触が・・・、誰か助けてくれ!


 それから俺はお姉様に引っ張られるままにお城を案内してもらうことになった。最初に行く場所は拷問部屋らしい。・・・拷問部屋!? なんだそれ!? 「きっと楽しいですよ」って、そんなわけないだろ!


 拷問部屋に入った途端に生臭い強烈な臭いが鼻の奥に入ってきた。俺は必死に吐きそうになるのを堪える。部屋には若いカップルっぽい男女と四肢が千切られたようにバラバラになった男が生きたまんま吊るされている。あんな姿で死んでいないのが不思議でとても恐ろしい。


「お、お姉様。この人達は?」

「人間ですよ。好きに遊んでいいんですよね? フォルテン」

「はい、事後報告になりますが、リリス様ならアグニ様もお許しになるでしょう。100年前もそうでしたし」


 人間で好きに遊んでいいと可愛く微笑みながら言うお姉様にも驚いたけど、それよりも100年という信じられない言葉に驚いた。こんな女の子が100年も生きてるのか!? 魔族になる前を足せば俺の方が歳上だと思ってたんだけど・・・


 俺は色々な現実から逃げたくて、無意識に足を出口に向かって運んでいた。お姉様に話しかけられてハッとする。お姉様は逃げさせないと言わんばかりに俺の手を取って、若い男女の前に連れてこられる。

 俺が啞然としている間にお姉様とメイドが何やら会話をしたあと、お姉様がニッコリと微笑んで若い女の片腕を燃やして灰にした。


「流石ですね、リリス様の炎は美しいです」

「ありがとう、でもあそこの人間の手足を一瞬で千切ったフォルテンも凄いと思いますけどね」

「いえいえ、わたくしなど力任せに千切っただけですから、リリス様のような美しさはありません」


 2人の会話を聞いて、改めて俺は魔族の世界に迷い込んだんだと実感した。恐怖と不安で体が震えて吐き気がこみ上げてくる。


「大丈夫ですよ、クロ。わたしも最初からこんな風に出来たわけじゃないんです。初めての時は加減が分からず一瞬で殺してしまいましたからね」


 違う! 俺に人をいたぶる趣味は無いし、殺したくもない!


 気が付くとトイレに居た。よく分からないけど今しかないと思い、俺は吐いた。生まれ変わってから何も食べてないせいか胃液しか出てこない。それでも吐いた。


「ごめんなさい、クロ。お腹の調子が悪かったなんてわたし気が付かなくて・・・」


 それでトイレに連れてこられてたのか・・・。


「困ったことがあればちゃんと言ってくださいね」


 言えるなら言ってるさ。俺は元人間で、人間を傷つけたくないし、魔王にもなりたくないって。


「中でクロ様の専属執事が控えているそうです」

「クロ、体調が悪いならゆっくり休むといいですよ」


 2人に見送られて部屋に入ると、首のない執事がお茶を淹れて待っていた。


 ・・・母さん、父さん、姉さん、皆で囲んだ食卓が遠い過去のように感じるよ。

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