3.私のステータスと弟の食事事情

「人間の食べ物が食べたいって?」

「はい。焼いた肉や葉っぱ?を食べたい、と。クロ様の専属執事のデュランに相談していたそうです」


 魔王城の皆は、何も食べないか、変な形の動物や人間をそのまま食べている。わたしも食事には対してこだわりは無いので、出されたお肉をそのまま生で食べてる。何のお肉か分からないけど意外と美味しい。


「デュランは好き嫌いはよくないと咎めたそうですが・・・」


 首無し妖精が何をまともなことを・・・。確かに好き嫌いはよくないかもしれない。でも嫌いなものは嫌いだ。それはもうしょうがないと思うんだよ。


「デュランを呼んで」

「かしこまりました」


 フォルテンが退室していき、直ぐに戻ってきた。デュランの生首を鷲掴みにして。


「フォルテン・・・突然クロ様のお部屋にノックも無しに入ってきて私の頭を攫っていくのは止めて貰えませんか?」

「リリス様がお呼びだったので仕方ありません」


 フォルテンがデュランの頭を椅子の上に置く。デュランはわたしの弟のクロの専属執事で首無し妖精のデュラハン族だ。紺色の髪に黒い目のイケメンだ。


「ハァ・・・それでリリス様。何の御用ですか? またクロ様の入浴時間を教えて欲しいとか言いませんよね?」

「それも気になりますが、違います。クロの食生活についてです」

「ああ、その事ですか。私共も困っているのですよ。いくら食事をしなくても死なないとは言ってもこのままでは成長できません」


 うーん、クロはあのままでも十分可愛いけど、成長しないのは困る。クロはもう魔王なのだから。


「リリス様からクロ様に好き嫌いをしないよう言っていただけますか?」

「好き嫌いは仕方ないことだと思います。なのでクロの好きな食べ物を用意しましょう」

「と、いいますと? 人間が食べている物ですか? この魔王城にそんな料理が出来る者はいませんよ」

「それなら連れて来ればいいじゃないですか。確かそれほど遠くない所に人間の村がありましたよね? そこに行きましょう。クロは今どうしていますか? 一緒に行きたいです」


 魔王城の周囲は深い峡谷に囲まれている。そこを越えて暫く進んだ所に大き目な村があると昔フォルテンが言っていた。魔王城から出たことが無いので少し楽しみだ。


「クロ様はこのあと魔石の間でステータスの確認をされて、四天王との模擬戦闘を予定していますが・・・模擬戦闘は後回しでもいいでしょう」

「そうですか。でしたらついでにわたしも一緒にステータスの確認をしてから村に向かいましょう」


 わたしはデュランの頭を尻尾で無造作に持ったあと、自分の部屋の隣にあるクロの部屋に向かう。後ろからフォルテンがついてくる。


「リリス様、必ずノックをしてから・・・」


バァン!


「クロ!」

「お、お姉様!?」


 クロは上半身裸だった。首のないデュランの体に着替えさせられている最中だった。・・・チッ、もう少し早くくるべきだった。


「先ほどフォルテンがデュランの頭を持っていきましたが・・・何かあったんですか? お姉様」

「何かあったんですか、じゃないですよ! クロの食事についてです!」

「あ・・・、それは・・・」

「大丈夫ですよ。お姉様は分かってます。好き嫌いは仕方ないことです。なので、人間の料理を作れる人間を連れてこようと思うのです!」

「そうですか・・・え、人間!?」


 クロが服を着ながら一瞬ホッと安堵の表情を浮かべたあと、大きく目を見開いた。きっと自分の好きな物が食べられるかもしれないと、今から楽しみなんだろう。


「あ、その前にステータスの確認でしたね。わたしも、もう何十年か自分のステータスを見ていなかったので、一緒に行きましょうね」


 わたしは尻尾で持っていたデュランの頭を体に向かってブンッと投げたあと、クロの手を握って部屋から連れ出す。

 

「クロは自分のステータスを見るのは始めてですか?」

「・・・はい」

「でしたら、お姉様のわたしが教えてあげましょう」


 魔石の間は、遥か昔に生み出されたらしい便利な魔石がたくさん置かれている部屋だ。そこに自分の能力を視覚情報で確認出来る魔石がある。


「この黒と黄色の魔石に自分の魔力を流すんです。このように・・・」


 わたしがステータスの魔石に魔力を流し込むと、目の前に自分のステータスが表示される。


~~~~~~~~~~~~


【リアトリス・S・アグニ】


ドラゴン族


体力 25/25

魔力 測定不能

腕力 580

知力 500

特殊 火の神を継ぐ者


~~~~~~~~~~~~


「特に前に見た時と変わりはないですね・・・あ、体力が少し上がってます」


 クロがわたしのステータスを見て啞然としている。多分わたしの体力の無さに驚いてるんだろう。お母様曰く、ドラゴン族の子供は成人するまではそれが普通で、成長と共に増えていくらしい。だからこそ、わたしを守るためにフォルテンを専属メイドに付けた、と。


「それじゃあ、次はクロの番ですね。手を貸してください」


 わたしはクロの手を取って、魔石の上に乗せる。「魔力を流すんですよ」と言うと、クロはコクリと頷いて魔石に魔力を流し始めた。


~~~~~~~~~~~~


【クロリオン・S・ディルダウン】


悪魔族


体力 1050/1050

魔力 259/260

腕力 250

知力 210

特殊 魔王・水の神の加護


~~~~~~~~~~~~


「良かった、クロの体力はちゃんと人並みにありますね。他のステータスも問題ありませんし」

「え、人並み・・・ですか? ・・・問題ない・・?」

「最初に見たのがわたしのステータスだったのでクロは分からないかもしれないですが、普通体力は500以上はあるものですよ。あ、でも確かにその倍あるクロは普通よりも凄いですね。流石です」


 ちなみにフォルテンの体力は2000くらいあるらしい、腕力も同じくらいあるとか・・・。わたしもクロもまだ成長途中だから仕方ないけど、クロに自信をつけさせるためにも言わないでおく。


 ステータスを確認し終えたわたし達はお城の玄関から外に出る。まだ昼間だけど上空に不自然なくらい分厚い雲がいくつも重なっているせいで夜みたいに暗い。そして目の前には深い峡谷がある。


「お姉様、どうやってここを越えるんですか?」

「飛んでいくんですよ?・・・んぅ」


バサァ!


 わたしは背中から小さな羽を生やした。赤いドラゴンのような羽だ。クロが目を丸くしてわたしの羽を見ている。


「こんなことなら背中の開いたドレスにしておけば良かったですね。後ろが破けてしまいました」

「フォルテンはどうしますか? わたしが運んでもいいですけど」

「いえ、お気になさらず。わたくしは自分で越えられます」

「クロはデュランの馬に乗せてもらうといいですよ。デュランの馬は空を走れましたよね?」

「はい、今呼びます」


 デュランがそう言うと、足元に魔法陣が現れ、そこから黒くて大きい赤い目の馬がヌルっと現れた。デュランとクロがその馬に乗ったのを確認して、わたしは峡谷の先を見る。


「それじゃあ、出発しましょうか。デュランはわたしの横を並走してください。決してわたしより下に下がってはいけませんよ。フォルテンはわたし達が着いてから跳躍してきてください。貴女の魔力じゃあ飛翔魔法は使えないでしょう? 踏み込む瞬間の衝撃でクロが傷ついては大変です」

「かしこまりました」

「わかりました」


 わたしが翼を広げて飛び立つと、横をクロを前に乗せたデュランの馬がついてくる。クロが「ひぃ」と馬にしがみつくのが横目に見えた。


 八ッ・・・! しまった! わたしがクロを運べばよかったんだ! そしたらあの馬みたいにクロがわたしに・・・。うん、帰りはわたしが運ぼう!


「リリス様、あまり私の馬を睨まないでください。怯えています」


 峡谷を挟んだ向こう側に着地すると、フォルテンがドスンと反対側から跳躍してきた。


「それで、人間の村はどこにあるんですか? 岩場しか見えませんが・・・」

「この先をずーっと真っすぐに進んだ所に森があります。その森を抜けた先に人間の村があります」

「意外と遠そうですね」

「そんなことありませんよ。わたくしの足なら数時間もあれば着きますし、以前の魔王様なら転移魔法で一瞬でした。デュランの馬でも半日あれば着くでしょう。リリス様だけならわたくしよりも早く着くと思いますよ」


 全員一緒に行ったとして、往復一日か。他のメンバーはまったく問題ないと思うけど、体力が普通の人間くらいしかないわたしはどこかで一旦睡眠を取りたいところだ。


「とりあえずフォルテンは歩きで、わたし達は飛んでいきましょう」

「いえ、リリス様。地上を行きましょう」

「何故ですか? わたしは村まで歩けるような体力はないですし、クロはともかく、デュランの上は飛びたくないです」

「大丈夫です! わたくしが背負いますので!」

「それだと、フォルテンの負担が増えるだけだと思いますけど・・・」

「わたくしがリリス様を背負いたいんです! いえ、背負わせてください!」


 フォルテンが目を輝かしながら訴えてくる。・・・まぁ、わたしが楽できるならいいか。

 わたしはフォルテンに背負ってもらい、デュランの馬に乗ったままのクロと共に森に向かう。


「あ、やっと森が見えてきましたよ。お姉様」

「本当ですね。このまま森を抜けちゃいましょう。フォルテン、休憩は必要ですか?」

「必要ありません」

「あ・・・、デュランの馬は大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。クロ様。ご心配して頂きありがとうございます。」


 魔王城から半日近く進んだけど、ずいぶんと辺りが明るくなった。約100年ぶりの太陽が眩しい。そのまま色んな動物を轢き殺しながら森を抜けると、村が見えた。そこそこ大きい村だ。広い畑とおっきな風車、青く澄んだ川が見える。わたしはフォルテンに降ろしてもらい、馬から降ろして貰っているクロを横目に、少し乱れたドレスを整える。


「フォルテンのメイド服が悲惨なことになっていますね」

「カプリドーネ」


 フォルテンが洗浄の魔法を唱えるとメイド服が一瞬で綺麗になった。便利な魔法だ。


「さて、あの村に腕のいい料理人はいますかね?」

「い、居なかったら村の人間はどうするんですか? お姉様」

「とりあえず、食料は全て持ち帰りましょう。誰か空間袋は持っていますか?」

「わたくしとデュランが持っています」

「なら、問題なさそうですね」


 クロは安心したようにホッと息を吐いた。食料は大事だよね。ちゃんとお城の食糧事情に気を使っているクロは偉いし可愛い。


 わたし達は村に向かって歩き始める。すると、村の中から槍や剣などを持った男達が大勢出てきた。一定のラインで止まってこちらの様子を伺っている。


「フォルテン、デュラン、クロ、あれは料理人だと思いますか?」


 前の世界の常識で考えるなら、料理人は武器を持ったりしない。でもここは別の世界だ。もしかしたらこちらの世界では料理人が率先して狩りなどをするのかもしれない。


「申し訳ごさいません、わたくしには分かりません。ですが魔王城にいる料理人と比べると、あれは違うように思えます」

「私も同意見です」

「そうですか、クロはどう思いますか?」

「え、えっと、村に料理人がいるかは分かりませんが、あの人達は兵士か農民だと思います。あ、でも料理人じゃなくても、ちゃんと料理が出来る人なら僕は大丈夫ですよ!」


 クロが慌てて意見を付け足した。その心配そうに揺れている瞳から、わたし達に手間暇をかけさせたくないというクロの優しい想いが伝わってくる。わたしはそのクロのお姉様想いな言葉に感動してギュッと抱きつく。


「・・・クロは優しいですね! ですがわたしは折角なら美味しい料理をクロに食べて欲しいんです!頼りないお姉様かもしれませんが、ここはお姉様に任せてください!」


 クロは心配そうな顔で村を見たあと、何かを言おうと口を開けては閉じている。・・・大丈夫、お姉様はきっと料理人を探してみせるよ!


「フォルテン、とりあえず武器を持った人間達は食料としてお城にお持ち帰りしましょう。殺しても構いませんが、使い道が多くなるように出来るだけ生かしたままの方がいいかもしれません」

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