4.僕のステータスと姉の食料事情
「はぁ・・・」
「またですか? クロ様」
この体に生まれ変わってから数ヶ月、俺は碌に食事をしていない。口にしたのは水くらいだ。だってしょうがないだろ? 運ばれてくる食事は何の肉か分からないし、焼いてもいない生の肉か、もはや食べ物かも怪しい奇妙な物体だ。
「いい加減に食事を取らないと成長しませんよ」
首無しの執事が食事とか言ってるよ・・・。
「もうこのお肉は下げていいから、このあとの予定を教えてください」
まったく手を付けていない朝食を下げさせた俺は、憂鬱な気分で暗い空が広がっている窓の外を見る。帰りたい。何度そう思ったことか。
「このあとは・・・ステータスの確認をしたあと、四天王との模擬戦闘を行う予定です」
「ステータスの確認に・・・四天王・・・」
最悪だ。ステータスの確認はまだしも四天王との模擬戦闘だなんて、あれはただの虐めだ。相手が手加減してくれて、今の俺の体がかなり丈夫なのもあって、死にはしてないけど、毎回毎回、「これでも魔王ですか?」と煽られながらボコボコにされるのは辛い、辛すぎる。だって中身は普通の人間だぞ!?
「模擬戦闘は・・・」
バァン!
やりたくないです、と言おうとした。その瞬間、部屋の扉が勢い良く開かれた。入ってきたのは今の俺の姉のリアトリスに仕えているメイドのフォルテンだ。
「フォルテン、せめてノックくらいは・・・なっ! 止めてください!」
ずかずかと部屋に入って来たフォルテンはガシッと俺の執事のデュランの頭を鷲掴みにして、持って行ってしまった。部屋に残ったデュランの体部分は何事もなかったかのように俺の服を持って来て着替えさせてくれる。
「この体、どういう仕組みなんですか?」
聞いても頭の無い体からは返事が返ってこない。なすが儘に着替えさせられていると、またバァン!と勢い良く扉が開かれた。・・・ハァ・・・今度は何だよ。
「クロ!」
「お姉様!?」
またフォルテンかと思ったけど、今度はお姉様本人がやってきた。すごくいい笑顔だ。一見すると、無邪気で可愛い小さなドラゴン娘だけど、お姉様がこんな笑顔をしている時は碌なことがない。
前も同じ様な笑顔で浴室に突入してきた。あの時は湯気でよく見えなかったけど、お姉様も裸だった気がする。成人間近までの記憶がある俺としては、まだ幼い体とはいえ、異性に裸を見られるのは恥ずかしいし、お姉様の裸を見るのも躊躇われる。・・・今も俺は上半身裸だし。
「何かあったんですか、じゃないですよ! クロの食事についてです!」
まずいと思った。これはお姉様が弟の為とか言って無理矢理食べさせてくる流れじゃないだろうか。
「大丈夫ですよ。お姉様は分かってます。好き嫌いは仕方ないことです。なので、人間の料理を作れる人間を連れてこようと思うのです!」
好き嫌いは仕方ないことだとは思わないけど、それを言うとあの食べたくない食事を食べられそうなので黙っておく。
それにしても、人間を連れてくるって・・・。俺の脳裏にはいつかの拷問部屋でみた残虐な光景がよぎる。ここの奴らは人間を使い捨ての玩具か何かだと思っている。俺のわがままのせいで、誰かがひどい目にあうんじゃ・・・。
「あ、その前にステータスの確認でしたね。わたしも、もう何十年か自分のステータスを見ていなかったので、一緒に行きましょうね」
そんな俺の心配を他所に、お姉様は勝手に予定を決めていく。お姉様が尻尾で持っていたデュランの頭を無造作に投げたあと、柔らかい手で俺の手を握って部屋から連れ出される。
あの尻尾・・・前に幼い悪魔が勝手に触って丸焦げにされてたんだよな・・・。後日、丸焦げにされてた幼い悪魔がケロッとした姿で歩いてたのには驚いたけど。
「尻尾が気になりますか?」
「え? いや、あの・・・」
俺がじっと尻尾を見ていたのがお姉様にバレた。・・・まずい! 燃やされる!
「クロならいくらでも触っていいですからね」
そう言ってお姉様は尻尾をゆらゆらと揺らしながら優しく微笑んだ。そうだった、このお姉様は俺にだけは何故か甘いんだよな。嬉しいけど、本当の俺を知ったらと思うと怖い。
「気が向いたら触らせてもらいますね」
曖昧に微笑んで誤魔化した。触ってもいいと言われても、他人に触られてブチ切れるようなところを気軽に触れない。
「クロは自分のステータスを見るのは始めてですか?」
生まれ変わる前・・・人間だった頃に何度か見たことあるけど、余計なことは言わない方が良さそうだ。
「・・・はい」
「でしたら、お姉様のわたしが教えてあげましょう」
魔石の間には、国宝級の魔石がゴロゴロとあった。それにも驚いたけど、さらに驚いたのはお姉様のステータスだ。確か俺が人間だった頃のステータスが・・・・
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人間族
体力 32/32
魔力 20/22
腕力 45
知力 71
特殊 なし
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それに比べてお姉様のステータスは・・・
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【リアトリス・S・アグニ】
ドラゴン族
体力 25/25
魔力 測定不能
腕力 580
知力 500
特殊 火の神を継ぐ者
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「特に前に見た時と変わりはないですね・・・あ、体力が少し上がってます」
体力以外の全てが狂ってる。魔力が測定不能なのもおかしいし、他の数値も桁がおかしい。それに、火の神を継ぐ者ってなんだよ? たまに神様の加護を得られる人がいるみたいだけど、神を継ぐのはどう考えても異常だ。
「それじゃあ、次はクロの番ですね。手を貸してください」
次は俺の番だ。お姉様に手を握られて、魔石の上に置かれる。耳元で可愛らしい声で「魔力を流すんですよ」と囁かれて不覚にもドキッとした。・・・冷静になれ俺! この姉は見た目は子供、言動は残虐のドラゴン娘だぞ!
魔石に魔力を流すと俺のステータスが目の前に表示される。
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【クロリオン・S・ディルダウン】
悪魔族
体力 1050/1050
魔力 259/260
腕力 250
知力 210
特殊 魔王・水の神の加護
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マジか・・・。このステータスなら余裕で金ランク冒険者になれるんじゃないか!? こんな現状じゃなきゃ今すぐにでも冒険者登録してチヤホヤされたいくらいだ。
それにしても、体が変わったから体力、魔力、腕力が異常な数値なのは分かるけど、知力まで上がってるとは思わなかった。知力とは、頭の良さだけでなく、精神的な強さも表している。だから、こんな状況でも意外と冷静でいられるのかもしれない。
ステータスの確認が終わったあとは、近くの村に行くらしい。俺はお姉様に手を引かれて城の玄関から外に出た。城の外は王都の学園で学んだ通りの景色だった。まさか自分がここに住むことになるなんて思わなかったけど。
・・・というか、この絶壁、どうやって越えるんだ?
「お姉様、どうやってここを越えるんですか?」
「飛んでいくんですよ?・・・んぅ」
お姉様から羽が生えた。よく考えればドラゴン娘のお姉様が羽を生やすことくらい分かったかもしれないけど、俺はよく考えて無かったので普通に驚いた。
デュランの馬に乗せられて峡谷を越えたあとは、そのまま半日かけて村まで移動する。お姉様は何故か飛ばないでフォルテンに横抱きにされて運ばれていた。村付近でフォルテンに降ろされて乱れたスカートを直してるのを見てハッとした。・・・もしかして、スカートの中を見られたくなかったのか? 意外と人間らしいところがあるんだな。
「さて、あの村に腕のいい料理人はいますかね?」
お姉様がまるで感情のない目で村を見ながら言った。
もしかして、居なかったら村ごと焼き払うつもりなんじゃ・・・? ありえる。このドラゴン娘ならありえるぞ!
「い、居なかったら村の人間はどうするんですか? お姉様」
「とりあえず、食料は全て持ち帰りましょう。誰か空間袋は持っていますか?」
恐る恐る聞いてみたけど、どうやらお姉様は家畜や農作物を奪うだけで、村人達に何かするつもりは無いようだ。食料を奪われるのは可哀想だけど、最悪の事態になるよりはマシ・・・だよな?
村に向かって歩き始めると、村から剣やら槍やらを持った農民や兵士、たまたまこの村に滞在していたであろう冒険者などが50人くらい出て来た。・・・まぁ、明らかに人間じゃない者達が魔王城の方角からやってきたらそうなるよな。
「フォルテン、デュラン、クロ、あれは料理人だと思いますか?」
「申し訳ごさいません、わたくしには分かりません。ですが魔王城にいる料理人と比べると、あれは違うように思えます」
「私も同意見です」
そりゃあ、そうだろう。あれが料理人だとしたら俺の知っている料理人は一体何なんだ。
「え、えっと、村に料理人がいるかは分かりませんが、あの人達は兵士か農民だと思います。あ、でも料理人じゃなくても、ちゃんと料理が出来る人なら僕は大丈夫ですよ!」
俺は出来るだけ料理人のハードルを下げた。居なかったから次の村に行く、みたいな被害を増やすようなことはしたくないからだ。
「・・・クロは優しいですね! ですがわたしは折角なら美味しい料理をクロに食べて欲しいんです!頼りないお姉様かもしれませんが、ここはお姉様に任せてください!」
ああ、火に油を注いでしまった。あの村は大丈夫だろうか・・・今からでもお姉様を止めた方がいいだろうか。いや、無理だ。お姉様が目を輝かせていらっしゃる。何を言ってもお姉様の都合の良いように捉えられ、余計事態が拡大するに違いない。
「フォルテン、とりあえず武器を持った人間達は食料としてお城にお持ち帰りしましょう。殺しても構いませんが、使い道が多くなるように出来るだけ生かしたままの方がいいかもしれません」
お姉様がなんでもない事のように言った。
・・・はい!? 食料って人間も含めて食料って言ってたのか!? 常識が違いすぎる!
弟の為なら死ねる SHIRA @RASHI22
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