弟の為なら死ねる

SHIRA

1.私の弟

 わたしには家族がいない、友人もいない、もちろん恋人もいない。唯一の交流相手である飼い猫は先ほど見知らぬ男に殺された。


「人間なんて皆燃えて死ねばいいのに」


 わたしの足元で赤い血を流して動かなくなった男の上に、燃えやすい物を乗せて火を放つ。炎が揺れる。煙が部屋中に充満する。そうして人間のわたしは燃えて死んだ。


『こっちにきなさいな』


暗闇の中で優しい女性の声が聞こえた。




「な・・・!? 女だと!?」


 目を開けると、角の生えた黒髪黒目の若い男性がわたしを見て驚愕に目を見開いている。女だけど何か? どこからどう見てもわたしは女でしょう。失礼なヒトだなと思ったけど、あの角が本物ならヒトじゃないのかもしれない。


「どういうことだ! アグニ! 異界の、強力な、の魂を呼べと言っただろう!?」


 男はわたしの頭の上を睨んで言った。その視線を追って振り向くと、ドラゴンがいた。大きな赤いドラゴンだ。


「あら? 別に女の子でもいいじゃない。思想も魔力も魂も何も問題なさそうよ」


 暗闇の中で聞いた声が赤いドラゴンの喉から発せられる。


「性別が問題なんだ! 我は女を跡継ぎにはせぬと言っているだろう! ・・・ハァ、お前のほぼ全ての生命力を犠牲にしたんだぞ・・・我も当分は魔力の回復を待たないと碌に活動できんし、我とお前の子供が息子ではなく娘になるとは・・・」


 男は「時間が無いというのに・・・」と力なく呟いたあと、男の後ろにあった豪華な二枚扉を開けて出ていった。

 周囲が静かになったところで、わたしは自分が置かれている状況を考える。分かっていることは、死んで生まれ変わったこと、あの角の生えた男と後ろにいる赤いドラゴン(メス)の娘であること、ここが地球では無いこと、それから、わたしは跡継ぎ?にはなれないことだ。


「おはよう、意識はハッキリしているかしら?」

「うん」

「落ち着いてるのね、流石私が選んだだけはあるわ」


 赤いドラゴンは色々と教えてくれる。あの角の生えた男は魔王で、赤いドラゴンことアグニの夫であること、魔王の寿命が近づいている為に跡継ぎがひつようなこと、魔王は女を跡継ぎにする気はないこと、そして「私のことはお母様と呼びなさい」と言ってわたしの前に鏡を出現させた。


 幼い女の子が立っている。赤くて長い髪、お母様と同じ赤い瞳、小さな赤黒い角、尖った耳、そして悪魔の尻尾とドラゴンの尻尾を足して2で割ったような、先端にかけて細くなっている赤黒い尻尾。ヒトに近い容姿なのに、お母様に似ていると感じる。


「お母様、服が欲しいです」

「確かに必要ね」


 お母様がトントンと尻尾で床を叩くと、暫くしてメイドが扉を開けてやってきた。紫色の髪を後ろに一つにまとめた綺麗なメイド。ふんわりとした優しそうな目でこちらの様子を伺っている。でもそんなことより、腕が四本あるのが気になる。


「彼女は今日から貴女の身の回りのお世話をするメイドよ」

「お初にお目にかかります。本日この時より魔王様のご息女であられる貴女様のお世話をさせていただきます。悪魔族のフォルテンと申します」

「よろしく」


 フォルテンはどこからともなく可愛らしいドレスと下着を取り出すと、四本の腕を器用に使って素早くわたしに着せてくれた。


「フォルテン、この魔王城を軽く案内してから自室に連れていってあげて。私はここから動けないから」

「かしこまりました」


 わたしはフォルテンに優しく抱っこされながら、立派で大きなお城の中を案内される。すれ違うヒトではない者達が丁寧にお辞儀をしてくれるのがむずがゆい。


「ここは拷問部屋です、捕まえた人間で遊ぶところですよ。姫様も遊んでみますか?」

「遊ぶって?」

「はい!姫様はまだご自分のお力の使い方を知らないでしょう?いい練習にもなると思いますし、楽しめると思いますよ!」

「分かった、遊んでみる」


 ・・・今は何もやる気が起きないんだけど、遊ぶと言うからにはきっと楽しいことなんだろう。本当に楽しいならやってみてもいいかもしれない。


 フォルテンが空いた腕を使って分厚い扉を開けて拷問部屋に入ると、血の臭いがした。壁に鎖で繋げられた腰布だけの男性が3人並んで座っている。3人は拷問部屋に入ってきたわたしを見て、目を丸くして驚いている。フォルテンがわたしを丁寧に床に降ろして3人を見る。


「この3人は最近入った新しい人間なんです」

「そうなん・・・」

「じょ、嬢ちゃん! 頼む! ここから出してくれ!」

「息子と嫁はどこなんだ!」

「俺はこれからどうなるんだ!?」


 わたしが言い終える前に3人がガシャンガシャンと鎖を伸ばして懇願するように地面を這いずりながら近づいてくる。

 

 うるさいなぁ・・・。わたしが「ハァ」と息を吐くと、息と一緒にボゥっと炎が出てきた。わたしに近づいて来ていた3人は、その炎を見て「ひぃ」と悲鳴をあげて後ろにズルズルと下がっていく。


「やはり姫様はアグニ様のお力を受け継いでおいでなのですね」


 わたしはもう一度「ふぅ」と息を吹く、さっきよりも勢い良く炎がボゥっと出てきた。

 ・・・うん。大丈夫そう。使い方は何故か分かるし、炎も怖くない。わたしは一番近くにいた「出してくれ」と叫んでいた男性にトテトテと歩いて近づいていく。男がわたしを恐怖に怯えた目で見ながら壁に張り付く。


「ふぅ」


ボフゥ!!


「あつっ・・・ぎゃあああああ!」


 男性は真っ黒になって動かなくなってしまった。他の2人が頭を抱えて「助けてくれぇ」と言い続けながら震えている。


 ・・・うーん、別に楽しくはない。


 フォルテンは「流石です!凄いです!」とテンション高めに騒いでいるけど、わたしはただ焦げ臭い死体を作っただけだ。

 

「わたしの部屋に案内してくれる?」


 わたしはフォルテンに再び抱っこされて、焦げ臭い死体と怯えた男性達を横目に拷問部屋を出て、自室に着くまでお城を案内してもらう。


「ここが第二拷問部屋で、ここが第三拷問部屋で、ここが獣系のお化粧室で、ここがヒト系のお化粧室です。あ、姫様のは自室に備えられているので安心してください」


 お城の何階か分からないけど、だいぶ高いところにわたしの部屋が用意されていた。豪華な家具と大きな天蓋付きのベッドが置いてある広い部屋だ。


「ここが今日から姫様のお部屋ですよ・・・姫様どうしました?」


 わたしはボフンとベッドに横たわった。とりあえず寝たい。寝て頭を整理しろと本能が言っている。


「寝るね」

「・・・そうですか、もっとお世話をしたかったのですが仕方ありませんね。おやすみなさいませ、姫様、いえ、リアトリス様」




そして、100年が経った。


「リリス様、起きてください。先ほど魔王様がお亡くなりになりました」

「そうなんだ、じゃあ、わたしが魔王になるの? ・・・面倒臭い」


 あれから魔王様は何度か顔を合わせたけど、完全にわたしを無視していた。だから亡くなったと聞いても悲しくないし、父親という意識もない。

 わたしはむくりとベッドから起き上がって、姿見の前でいつもの黒と赤のゴスロリ服に着せ替えられる。100年前よりは少し成長してる。 前の世界だと12歳くらいの外見かな?


「もう、相変わらず何事にも無関心なんですから・・・」

「それにしても意外と早かったね。お母様はもう100年は大丈夫だって言ってたけど」

「それが、魔王様はご自分の生命力を犠牲にして、数年前にアグニ様がご子息をお産みになられてたそうですよ」

「え? お母様からは何も聞いてないけど・・・」

「とりあえず、アグニ様がお呼びですので地下のアグニ様の寝室へ向かいましょう」


 いくつもの拷問部屋を通り過ぎて、長い尻尾を揺らしながらお母様の寝室に向かう。


「お母様、わたしです」

「入りなさい」


 わたしはフォルテンに扉を開けて貰い、寝室に入る。お母様は少し疲れた様に尻尾を丸めて座っている。


「何のようですか? お母様」

「フォルテンから聞いているでしょう? 貴女に弟が出来たのよ。魔王様の遺言に従ってこの子を次期魔王とします」


 お母様はそう言うと、尻尾を後ろに退けた。そこにはわたしより頭一つ分背の低い男の子が立っている。黒い髪に青い目、頭には小さな黒い角が生えている。不安そうに瞳を揺らしながらわたしを見ている。


 ・・・そういえば、そうだよね。お母様が息子を産んだってことはわたしの弟になるわけだ。


 わたしはその不安そうに揺れている瞳を真っ直ぐに見つめて淡々とした態度で初対面の挨拶をする。


「初めまして、わたしはリアトリス。貴方の姉です」


 お母様が尻尾を使ってそっと男の子の背を押した。少しよろけながら一歩二歩と前に出た男の子は潤んだ瞳でわたしを見上げながら言う。


「は、初めまして!・・・っ僕の名前はクロリオンと言います。よろしくお願いします。


 ・・・トポトポとわたしの心が何かで満たされる音が聞こえた。


「リリスです」

「・・・え?」

「リリスお姉様と呼んでみてください!わたしは貴方をクロと呼びます!」

「えっと・・・リリスお姉様?」


 クロは首をコテっと傾げた。可愛い。サラサラな黒髪も、その大きく綺麗な青い瞳も、パクパクと開けたり開いたりしている口も、華奢な体も、半ズボンから覗かせる膝小僧も、全てが愛おしく感じる。

 わたしは尻尾でバシバシと床を叩きながらクロを思いっ切り抱きしめる。クロが助けを求めるようにお母様を見ているけど、そんなの関係ない。お母様とフォルテンが突然のわたしの行動に驚いているけど、それも関係ない。


「そうだ! お母様! わたしがクロにお城の案内をしてもいいですか!? 昔にフォルテンに案内してもらったように、わたしがクロを案内したいです!」

「え、ええ。いいわよ。フォルテン、付いてあげて」

「・・・かしこまりました」


 フォルテンが扉を開ける。わたしはクロの手を引っ張ってその扉から勢い良く飛び出す。


「お、お姉様! どこに向かっているんですか!?」

「拷問部屋ですよ! きっと楽しいですよ!」

「ご、拷問部屋ですか・・・!?」


 あの時のわたしは楽しく無かったけど、弟と・・・クロと一緒なら楽しいかもしれない!


「ここが第一拷問部屋だよ! ・・・じゃなくて拷問部屋ですよ!」


 フォルテンに分厚い扉を開けて貰い、中に入る。相変わらず血の臭いがするけど、わたしはもう慣れた。クロは初めて嗅いだのか、「うっ」と顔を顰めた。拷問部屋には若い男と女と両腕両足を失った男の3人がいた。突然入ってきたわたし達を見て若い男女は顔を青ざめさせた。


「お、お願いします! 何でもしますから助けてください!」


 女がわたしの足元で頭を地面に擦りつける。


「お、お姉様。この人達は?」

「人間ですよ。好きに遊んでいいんですよね? フォルテン」

「はい、事後報告になりますが、リリス様ならアグニ様もお許しになるでしょう。100年前もそうでしたし」

「ひゃ・・・ひゃく・・・?」


 クロが口をパクパクさせている。何をしてるか分からないけど、可愛い。


「クロは男と女どっちがいいですか?・・・クロ? どこに行くんです? そっちは出口ですよ」


 わたしはクロの手を取って若い男女の前に立つ。


「リリス様、クロ様はまだお力の使い方が分からないのではありませんか? 皆が最初からリリス様のようにお力を振るえるわけではないのですよ」


 そっか、そっか、それでクロは困ってたんだね。そんなところも可愛いけど。


「じゃあ、まずはわたしがお手本を見せてあげますね」


 この100年でわたしは力の使い方を学んだ。というかそれ以外にやることが無かった。度々拷問部屋に行っては練習してたのだ。

 わたしは人差し指の上に小さな火玉を浮かべる。それを女の腕に飛ばす。「あづいいい!」という汚い悲鳴と共に女の腕は一瞬にして燃え上がり、灰になった。隣の若い男が恐怖に耐えられず嘔吐している。汚いね。


「流石ですね、リリス様の炎は美しいです」

「ありがとう、でもあそこの人間の手足を一瞬で千切ったフォルテンも凄いと思いますけどね」

「いえいえ、わたくしなど力任せに千切っただけですから、リリス様のような美しさはありません」


 もう片方の手で握っているクロの手が震えてることに気付いた。


「大丈夫ですよ、クロ。わたしも最初からこんな風に出来たわけじゃないんです。初めての時は加減が分からず一瞬で殺してしまいましたからね」


 クロは青ざめた顔でフルフルと首を振って、潤んだ瞳でわたしを見上げる。その仕草も堪らなく可愛いけど、どうしたんだろう?


「クロ・・・もしかして、漏れそうなの?」

「それはいけません! 直ぐにお手洗いに向かいましょう!」


 フォルテンがサッとクロを横抱きにして拷問部屋から小走りで出ていく。わたしも走って後を追う。トイレから出て来たクロの顔がやつれているような気がするけど、もしかしたらお腹が痛かったのかもしれない。それなのにわたしと一緒に遊んでくれようとしてたなんて・・・可愛すぎるよ!


「ごめんなさい、クロ。お腹の調子が悪かったなんてわたし気が付かなくて・・・」

「え・・・、あ、いえ大丈夫ですお姉様! 僕が黙っていたのが悪いんです。気になさらないでください!」


 はぁ、わたしの弟が良い子すぎる。わたしはクロの頭を優しく撫でて「困ったことがあればちゃんと言ってくださいね」と微笑む。クロがコクコクと頷いた。フォルテンが生暖かい目でわたし達を見ているのを何となく恥ずかしく思いながら、わたしの自室の隣にいつの間にか用意されていたクロの部屋に着いた。


「中でクロ様の専属執事が控えているそうです」

「クロ、体調が悪いならゆっくり休むといいですよ」


 クロが疲れた顔で部屋に入っていった。


「フォルテン、弟っていいね。可愛い」

「何事にも無関心だったリリス様が、こんなにも生き生きとしているのがわたくしは嬉しいです」

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