嗤うオルダーソンループ

花野井あす

嗤うオルダーソンループ

田代紗耶香たしろさやかは教室でひとり、虎斑模様の椅子に腰かけていた。

朝から夢の内容に頭を悩ませているのだ。


このところ毎日のように、夢に「椅子」が現れるのだ。

その形はその都度僅かに変わって往くのだが、木製の一人掛けの椅子であることには変わりなかった。


あるときは右に歪んでおり、ある時は左足が折れていた。

あるときは背もたれに責め立てるように吊り上がった目があり、ある時は座面ににやにや笑いの口があった。


夢の始まりはいつもそれらの椅子と対峙し、何らかの感情を抱く。そして座るか逃げるかして終わるのだ。

逃げ切れた記憶はない。

振り返ればその椅子はずっと傍にあるのだ。


田代紗耶香は夢に意味を持たせるのがずっと好きであった。


だからきっと、この椅子にも何かこころを映したものがあるに違いないと考え、ずっと思案していた。


この椅子は、日々の生活への嫌気を示したものに違いない。

だってわたしはデスク・ワーカー。一日の多くを椅子の上で過ごすのだもの!


この椅子はわたしの疲労したこころを反映したものに違いない。

いつももわたしは椅子の周りで、詰め込まれた予定に追い立てられ、終わらないチキンレースに気を揉んでいるもの。


この椅子は、恐怖心を形作ったものに違いない。

椅子とは人を座らせるもの。何かに座した人間は動けなくなるもの。


一体どれが正解かしら。それともまったく別の答えがあるのかしら。

そう考えて再度思考に没頭しようとした矢先。


耳元でじりじりと、鐘の叩かれる音が鳴り響いた。

田代紗耶香は布団の中で横たわっていたのだ。


東の小窓からは燦々と朝陽が降り注いでいる。

鐘を鳴らすのを止めた目覚まし時計は7時を知らせていた。


「あら、いやだわ。もうこんな時間!」

田代紗耶香は飛び起き、駆け足でリビング・ルームへ向かった。

彼女の身を包むのは、淡い白色のネグリジェ。

髪はぼさぼさで、薄茶の瞳は眠気まなこ。

ぐっすりよく眠っていたようだ。


「おはよう、おかあさん!」


「聞いて、また夢に椅子が出てきたのよ!」


そう言って、田代紗耶香はウォールナットの椅子を手で引いた。

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