第9話 クリスマスソングのすずの音

 「うち、来るでしょ?」

 成美なるみがそう言って、左手で瑠音るねの右手を握って歩き出した。

 瑠音の返事は聞かないまま。

 二人で手を握って歩くのなんて、初めてだ。

 成美の手は、表面はごわごわで、その内側がやわらかい。

 瑠音の手とも、恒子つねこさんの手ともぜんぜん違う。

 世のなかを一人でボートをぐようにして渡ってきたんだな、という感じがした。

 「わたしも、お母さんの言うなりで、さ」

 成美が、瑠音とは目を合わせず、瑠音といっしょに前を向いて、言う。

 「ずいぶん抵抗もしたんだけど、けっきょく逆らえなかった」

 「へっ?」

 瑠音の、間の抜けた声。

 弱い自分ならともかく、この強い成美を言いなりにしてしまうなんて、成美のお母さんというのはどんなひとなんだろう、と思う。

 「うち、レストランやっててさ。お母さんはわたしが店を継ぐ、って決めつけてるんだよね」

 成美は言った。

 「それで、小学校六年のときに髪を伸ばそうとしたんだけど、そんな髪型ではケーキ作りはできないからって、怒られて、髪、切るように言われたんだよね」

 「それで」

と瑠音が言う。

 弱い声、くぐもった声で。

 「成美って」

 そこで瑠音のことばはひとりでに止まった。

 「うん」

 成美はためらってから、短く声を立ててうなずいた。

 「だから、この髪型。ただのショートじゃなくてベリーショートにしたのが、母親への反抗のせいいっぱいだった」

 たしかに、ロングだともっと似合うと思った。

 このベリーショートも成美の性格に合っていると思うけど。

 「それで、この前は、わたし、自分自身へのいらいらを瑠音にぶつけてしまったんだ。だから、ごめん」

 言って、瑠音の手を放し、瑠音のほうにすばやく体を向けて、頭を下げる。

 「あ、い、いやい……」

 瑠音のあわてた声はそこで止まった。

 手を放して、自分の体に戻って来た右手の手首のところが、何か硬いものにぶつかったから。

 あ、そうか。

 まぬけ。

 瑠音!

 いま瑠音の手があたったのは、さっきまで「成美ナイフ」と呼んでいた果物ナイフだった。

 瑠音はそれをジャケットのポケットに入れていた。

 瑠音は、電車を降りたとき、体が震えたので、コートのボタンを留めた。

 だから、さっき、瑠音が手を突っ込んだのはコートのポケットだったのだ。

 そこには、当然、果物ナイフは入っていない。

 よかった。

 たぶん、瑠音が果物ナイフを突きつけても、成美は軽く身をかわしただろう。成美を傷つけることなんかできなかった。

 でも、もし瑠音が人混みのなかでナイフを振り回していれば、いまみたいに、こうやって成美といっしょにいることはできなかった。

 どうやって打ち明けよう……。

 成美に。

 でも、成美は、自分が謝るのが終わると、さっさとまた瑠音の手を取って歩き出した。

 ペデストリアンデッキに出たところで、成美はまた足を止める。

 「ああ」

 瑠音は最初は何かわからなかった。でも、成美といっしょに顔を上げ、瑠音も成美と同じように声を立てる。

 「ああ」

 箕部の駅を出たところには巨大なモニュメントがある。箕部が芸術と音楽の街だということを表現しているのだそうだけど。

 いまは、そのモニュメントをクリスマスツリーに見立てて、さまざまな色の明かりで飾りつけがしてある。

 成美が、瑠音の手を握る自分の手に、一瞬、きゅっと力を入れた。

 「見慣れてるようだけど、瑠音といっしょに見ると、また違うね」

 「うん」

 瑠音も成美といっしょにモニュメントを見上げた。

 いま瑠音が思うのは……。

 成美を失いたくない。

 ほかのこと、ほかのだれも、どうでもいい。

 成美とずっといっしょにいたい。

 ただ、それだけだ。

 その瑠音の耳もとを駅ビルのBGMのクリスマスソングが通り過ぎて行く。

 すずのおとが心地よく耳に残った。


 (終わり)

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クリスマスソングのすずの音 清瀬 六朗 @r_kiyose

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