ワールド・イン・仔羊

花野井あす

ワールド・イン・仔羊

僕はある実験の被検体Aだ。


麗らかな春の日。

桜の花の隙間から小鳥たちが囀る声のする気持ちの良い朝だった。


その実験は唐突に始まった。


庭で花壇へ水をやっていると、役者たちがひらりと外へ出てきて、芝居を始めた。


「奥さん、奥さん!聞きましたか。」

「ちょっと、お止めなさいな。聞こえてしまうわ!」


わざわざ大きな声で夫婦役の二人は喚き散らし始めた。せっかくの良い天気が台無しである。晴れやかだった気分はあっという間に曇り模様だ。


分かり易い演技をする二人組は、内緒話をしているようで、聞こえやすい声で、ちくちくと此方を刺す。「わたしたちはお前に嫌な思いをさせているのだぞ!」と伝える、にたにたと歪んだ目元の嫌らしい。


腹立たしかった。然あれど、僅かながらに残された自尊心が、「あんなやつに屈してたまるものか。」と言い聞かせ、無用な口論を回避させた。


しかし此れは、始まりに過ぎなかった。


研究者たちに雇われた彼らは、突然目の前に現れては、明白なる悪意を持って喜び、悲しみ、そしていかった。それも、外野に僕を置き去りにして。さも、「お前には言っていないぞ!」という風体を保ちながらも、此方を見て嘲笑った。


ある時、気に入りのカフェで一人、僕は寛いでいた。


ここならば、実験場から遠いのだし、心安らげる。この店のサンドウィッチは絶品だし、芳しい珈琲の香りをかぐと気持ちが落ち着くのだ。せめて此処で苛立った神経を休めよう。


そう思った矢先、店員の一人が箒で床を掃き始めた。其処までは良かったのだ。


しかしあろうことか、店員はくすくすと嗤いながら、此方に塵をかけてくるではないか。僕は憤慨した。客になんということをするのか。そして僕は悔しくなった。此のカフェもまた、研究者の息がかかっているのだ。


怒りの矛先を向ける先がなく、僕は妻にぶつける他なかった。唯一の味方である妻にこんな話を聞かせるのは心苦しいのだが、終わりの見えぬ人体実験に僕も憔悴していた。すると妻は僕の頬を張り、声を荒らげた。


「何を言っているの。この気狂い!」


僕は唖然とした。

生涯をともに過ごすと誓った妻から、このような仕打ちを受けるとは。そして僕は、知りたくもない現実に気が付いてしまった。



その証拠に、妻は「間抜けな男ね!」と見下すかのような目で僕を見ていた。


ああ、この世界に僕の味方はいないのだ。

僕はこの実験で、踊らされている動転Pに過ぎないのだ!

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ワールド・イン・仔羊 花野井あす @asu_hana

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