第16話/ランジェリーorパンティ



 座古善人と羽寺月海は幼馴染みで、恋人同士だ。

 長い年月を一緒に過ごしている故に、遠慮の二文字が掠れて読めない時が多々ある。

 とはいえ、センシティブに関わる事は流石に指摘していいものか善人は悩んで。


(――――こっそり確認してみたら、持ってきたのも結構な数が哀れなことになってるよね)


 問題はパンツ、それが己のだったら悩みやしない。

 月海の下着であるから、ある意味では大問題で。

 善人はちゃぶ台に頬杖をつき、寝転がってゲームをする彼女の臀部を半眼で睨む。


(流石に年頃の女の子のパンツの殆どがいと哀れな感じなのはなぁ……、でもなんでこんな事に、おばさんは――、あ、そーいや月海が自分で買うって言う癖に滅多に買わないって嘆いてたっけ)


 成程、全ての原因はきっとそれだろう。

 彼女は妙な所で、もったいない精神を発揮するのだ。

 故に、ストレートに言った所で撃墜されるのがオチ。


(作戦が必要だね)


(さっきからお尻に視線が……、もしかして私、狙われてます??)


(ルゥは今、新作ゲームに意識を取られてる。――これを期にこっそり処分しちゃおうか?)


(くッ、またも善人殿が発情しておられるぞいッ!! これも私が可愛いからッ、ああっ、美人は罪!! …………ちょっとぐらいセクシーなポーズを、で、でも流石に恥ずかちっ!)


 むむむと唸る善人に、ルゥの表情はあわわと慌てる。

 例え恋人であっても、そういう目で見られていると思うだけで恥ずかしくなる。

 無論、ちゃんと異性として見られているのは嬉しいが、それとこれとは話は別というもので。


(やっぱり……少しぐらい譲歩というか、ご褒美……あげた方がいいですかね)


 気づかないフリをしてあげているが、変わらず彼の視線は臀部へ熱く熱く注がれている気がする。

 何がそんなに善人を駆り立てるのか、そんなに己の臀部というのは魅力的に写っているのであろうか。

 彼女の知る限り、善人は一つの部位に拘るタイプではなかったと思うのだが。


(――――ま、まさかッ!? 我慢させすぎてお尻フェチになっちゃったんですかあああああああっ!?)


 あり得る、そうに違いないとさえルゥは思った。

 なにせ己は超絶金髪美少女で、普段から無防備な格好をしている。

 中でも下半身の守りはとても薄く、そこに善人が様々な可能性を見いだしてしまっても無理からぬ事だろう。


(なんて――なんて私は罪深いコトをしてしまったんだ!!)


 愛する男に少々変な性癖を植え付けてしまうなんて、彼女としては己を恥じるばかりだ。

 歪ませてしまった、その責任は取らなければならない。

 恥ずかしい、とても恥ずかしくて、でもこのまま彼の性欲が爆発してお互い不幸になるよりかはマシで。


「………………よ、善人ッ、はー、はなっ、話があります!!」


「あ、僕もあるんだ、じゃあ先に言わせて――」


「――皆まで言うなッ! この私は全部わかっておるぅ……。す、好きなんじゃろ? 私のお尻が……」


「………………はい?」


「はいって言った!? 今言いましたよね!? やっぱり、やっぱり善人はお尻フェチに目覚めてたんだうえええええええええんッ!!」


「待って待ってマジで待って!? 今のはいは疑問系のはいだからッ、返事じゃないから!! なんでそんな誤解してんの?!」


「隠さなくていいんです、――私が悪いんですよね。こんな美しい体を善人にエッチに触らせてあげてないから……新たな性癖に目覚めたって分かってますから!!」


「なんで突然こんなコトに??」


 パンツの事ばかり考えていた善人にとっては寝耳に水で、しかもあらぬ誤解である。

 尻フェチではない事を、どう証明するか。

 彼が頭を悩ます間もなく、ルゥは立ち上がって背を向けると。


「女は度胸!! そして私は善人の愛しのハニー!! ならば…………ちょっとだけ。そう。ちょっとだけだから、~~~~~~っ、すぅ、はぁ、……、少しだけなら、エッチな目的で触っていいですから、せめてスパッツは履かせてください」


「お願いだから待ってっ!? 誤解だから、誤解だから弁明させてよ!!」


「…………本当にそうなんですか?」


「誤解だよ誤解、そりゃね、ルゥはお尻も形がよくてさ、きゅっとしてるのに揉みごたえがよさそうな柔らかさだよ? でも……」


「でも、なんです?」


「ううううっ、ぼ、僕はっ、僕は――」


 善人は言葉に詰まってしまった、弁明する為にペラ回しをしていたら逆にルゥのお尻フェチになった気分で。

 彼女は触る許可を出したのだ、しかもえっちぃ触り方をしてもよいと。

 思春期の男が愛しい彼女にそんな事を言われたら、頭がお尻で占められてしまう。


「ち、違うっ、違うんだッ、僕はお尻だけじゃない、そのうなじも舐めたいし、髪の匂いも大好きだし、細い手首に手錠をかけて監禁したいし、白い首筋に歯形をつけたいッ!! 勿論、胸はキスマークでいっぱいだ!! お尻なんか、お尻なんか…………ッ、一日中揉んでいたいに決まってるだろう!!」


「自分の体を堪能してろ変態ッ、ヘンタイヘンタイヘンタイッ! 私をどうする気なんですか善人ォ!! 聞いてるだけで恥ずか死して顔すら見れないんですけどぉ!?」


「――――罵る声や、恥ずかしがってテンパってる声もそそるよ……」


「うええええええええんっ、なんで近づいてくるんですかあああああああああっ!!」


「逃げてくれルゥッ、僕が君のお尻を枕にして匂いを嗅ぎながら寝てしまう前にッ!!」


「匂いを嗅ぐ許可は出してなああああああいッ!!」


 ゾンビの様な緩慢な動きでルゥを追いかける善人、対して彼女はかつてなく機敏な動きで逃げ回る。


「お尻……おっぱい……ふとももォ!! 全部僕んだい!! 最後までしないからとーまーれぇ……!」


「嘘だーーッ、それ絶対信じちゃいけない台詞ですよねッ!? う゛う゛う゛う゛ッ、何もしてないのに善人の頭が性欲で壊れちゃったぁ……」


「何もしてないから壊れたんじゃないかなって」


「それはそう」


「反省してくれたら、せめて右手の人差し指を舐めさせて欲しい」


「どんなフェチ!? それ絶対に歯形とかキスマークとか残すやつでしょ!! 禁止禁止ィ!! あーもう、どうしてこうなったああああああ!!」


 顔を両手で隠しながら半泣きで逃げまどう彼女に、善人は追いかけたくなる衝動をぐっと堪えた。

 そもそもの発端は、恐らく己の視線だと。

 ならば、きちんと言うべきだろう。


「…………その、さ、ちょっと言いづらいんだけど」


「え、あれだけ性癖を丸出しにしといて今更ですか??」


「いやね、確かに君のお尻を見てたんだけど。性欲っていうより心配しててね?」


「心配? ――もしかして太ったとか言うつもりです??」


「じゃなくてさ、…………パンツ、今履いてるのもそうだけどボロボロになってるの多いよ?」


「………………………………なっ、るほどぉ??」


 あ゛ー……、と彼女は腑に落ちた。

 実家に居たとき、母に散々注意された事だったからだ。

 彼女としては、たとえ擦り切れて透明に近くなったとしても穴が開くまで履く主義で。


「その、ね、考えてくれるのはありがたいっちゃそーなんですけどぉ……これは私の問題なんで」


「それ、単にもったいないが発動してるだけでしょ?」


「もったいないの何が悪いって言うんですか!!」


 うがーと吠える彼女に、彼は努めて冷静な顔をして。


「衛生面」


「なるほど衛生面」


「ひいては健康面、だってお風呂に入りたがらないから、それでパンツもボロボロって事はさ。普段ズボンやスカートを履かない君のお尻の衛生面が心配なんだ」


「…………思ったよりガチなやつだった!?」


 確かにそれは臀部を凝視されて仕方がない、逆の立場なら絶対に心配になる。

 何なら、強制的にパンツを捨てて総取っ替えすら。

 そこで気づいた、ここでノーを出したら善人はどうするのだろうか。


「あ、あのーー、ヨシト? まだ今の感じでおぱんちゅ履き続けるって言ったら……?」


「…………君のパンツを頭に被った僕と、ノーパンの君が存在する事になるね」


「おっふー、もしかして選択肢ない感じですか??」


「安心して欲しい、最悪の場合はエッチなランジェリーのみで生活させるプランも考えてたから」


「はい捨てますっ!! ちゃんと捨てて新しいの買います!! だからご勘弁っていうか実行したらぶっ殺すぞテメーよぉ!! 羞恥で殺す気かってんだッ!!」


 油断も隙もありゃしない、と彼女は震え上がったが。

 ともあれ、彼は己を心配してくれていて。

 だから、言わなければならない。


「――善人、ありがとうっ。そ、そのですね、……いつかは、そう、いつかはエッチィのを着てあげるからね、うん、期待して……まってて欲しいな」


「うん、気長に待ってるよ」


 もしかしたら、これも二人の新たなる一歩なのかもしれない。

 善人は奇妙な達成感を覚えながら、己の性欲から目を背けた。

 先ほどの発言はスマホにこっそり録音済みなので、後々、有言実行してもらうと密かに誓って。


「それはそれとして、ネットで新しいの買うんだよね今から」


「あっ、はい、買わせて頂きますですっ!!」


「何を買うか口出ししないけど、支払い完了するまで横で見てるからね」


「トホホ…………」


 数十分後、羞恥心が限度を越えて気絶寸前になりながらショッピングを完了したルゥは。

 今度から下着には絶対に気をつけよう、と心に深く刻み込んで。

 ――そして数日後である、授業中の善人のスマホにルゥから連絡があって。


(…………奈緒ちゃんが放課後、相談に乗ってもらいたいって??)


 かの御仁の相談、つまり悩みとは右兵衛以外にはあり得ず。

 彼は思わず複雑な顔でちらりと奈緒へ視線をやり、彼女はそれに気づいて小さく手を振る。

 そんな二人の姿を、右兵衛は目撃してしまったのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【未完】引き篭もり幼馴染がログインボーナスで【キス一回券】を渡してくるようになった 和鳳ハジメ @wappo-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ