第14話 『殿下、私のささやかな願いを聞き届けてくださいませ』(第一王子視点/終幕)
その結果がこの様だ。
倒れ伏した体は既にピクリとも動かない。視界は朧気に見えているものの、何故か彼女の姿だけははっきりと見えていた。
『貴方は私が憎くはないのですか?』
憎む筈もない。婚約破棄された時も、全て彼女が仕組んだことだったと知った時でさえ。何故裏切ったのかと思いはしたものの、彼女の話を聞けば、到底恨む気にもなれなかった。彼女を追い詰めたのは、他でもないこの私自身だ。ならば、これは当然の結果と言える。
結局、私は父王と同類だった。彼女の望みを叶えないばかりか、彼女にここまでのことをさせてしまった。そんな彼女から目を背け続けた私は、王妃を自害に追いやった父王と一体何の違いがあると言うのだろうか?
彼女に王妃の死の真相を伝えれば、よかったのかもしれない。しかし、そんなことをすれば、父王が黙っているわけがない。私と側室を執拗に追い詰めようとする父王が、彼女がことの真相を知ったと聞けばどうなるか想像に難くない。最悪、知った次の日に適当な罪状で首を落とされる可能性すらあった。
彼女の首が落とされるくらいならば、異母弟に任せたほうがまだしも安全だと言える。異母弟に彼女を託さなければならない。そんな自分にどうしようもない不甲斐なさを覚えるものの、自業自得だと結論付けることができる。
何より、被害者面をするつもりはない。
一番の被害者は私ではなく、男爵令嬢だ。
男爵令嬢には悪いことをしたと思っている。無関係でありながら、巻き添えを食らう羽目になり、名誉を汚された上で、あんな死に方をさせてしまったのだから。
ーーあんな死に方?
どんな死に方をしたと言うのだ。
『かの令嬢は処刑で死んだのではありません。民衆が投げた石で死んだのです』
ああ、そうだ。思い出した。
男爵令嬢は処刑される前に死んだのだ。
死体は絞首刑に処せられた。
このままだと、私も同じ末路を辿ることになる。似合いの二人だと、民衆は噂し合うだろう。
ーー冗談ではない。
男爵令嬢と同じ死に方をしてたまるものか。
「······離せ」
気付けば、私は引き摺られていた。死んだとばかり思われていたのか、億劫そうに慣れた様子で首に掛けられた縄を引き摺る看守に命令を下した。看守は驚いたのか、びくりと手を離してしまう。圧迫感は消えたものの、今度は突然離されたことによる衝撃があった。土埃が舞い、口の中に砂が入り、ジャリジャリと言う音がした。
ーーそんなものはどうでもいい。
立ち上がらなければ。
「ーー離せと言っているのが分からないのか!!」
獣の咆哮にも似た叫び声が、響き渡る。
抑えつけてくる力が、ふと消えた。
「······逃げるとでも思ったのか」
私はようやく立ち上がった。意識しなければ、すぐにでも倒れてしまいそうだった。
「処刑台に向かうだけだ」
朧気な視界に、看守を映す。殆ど見えていないものの、邪魔する気配はなく。
今のうちに、歩かなければ。
よろけながらも、歩く私を見て、民衆は興奮した様子で歓声を上げた。先程以上に石を投げつけてくる手が増えた。
時折頭にぶつかる石で、地面に倒れそうになりながらも、歯を食い縛り、意識を保とうとした。
ーーこんなもので死んでたまるものか。
民衆が投げた石で死にたいわけではない。
どうせ死ぬのならば、せめて、
『私が用意した処刑台で死なないのでしたら、私が差し出した杯で死んでほしい』
彼女が差し出した杯で死ねないのならば、彼女が用意した処刑台で死ぬべきだ。
這いずるようにして辿り着いた処刑台で、執行人達が何事か声をかけてきた。もはや殆ど聞こえないものの、おそらく遺言を聞いているのだろうと当たりをつけて、私は言った。
「······早く首を落とせ」
気圧された様子で、執行人達は身動いだ。
戸惑うように、執行人同士で目配せした直後。
私は取り押さえられた。首を落としやすくする為だろう。身動きできないように、執行人の一人に頭を押さえつけられた状態で、首を落とされるのを待つ。
元王族であった私の身分を考慮してか。錆び付いていない、真新しい斧が用意されているのが見えた。
そして、私の首を落とさんと斧が振り上げられた直後、
『殿下、私のささやかな願いを聞き届けてくださいませ』
この場には不似合いな彼女の声が聞こえた気がして、私は、
「 」
私は初めて、彼女の名を呼んだ。
(完結済)叶うなら、名前を呼び合える夫婦になりたかった ぺんぎん @penguins_going_home
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