慢心は破滅への第一歩

「じゃーん、御開帳ー☆」

 女子の着替えは時間がかかる。男子三人がしばし手持ちぶさたな時間を浪費した後、つやつやした顔色のマスターを先頭に女性陣が展示室に戻ってきた。

 今年のロボ研文化祭衣装コスプレはメイド服。ただし少々創り手の煩悩が入った、ミニスカート仕様である。

「んー、いいんじゃねえの? 三人とも可愛い」

 トイトイ殿がちょっと顔を赤らめてそっぽを向いた。

「ミケはどう思う?」

 マスターはにんまりと笑うと、吾輩の正面でスカートの裾をつまみ上げた。

「やっぱり、このスカートの丈はやりすぎだと思うのであります」

 吾輩は水温上昇と顔色の赤変を自覚しながら、自分の衣装の前を押さえた。状況はお察ししていただきたい。

「そこはばーんと開き直る。お祭りお祭り♪」

 マスターは楽しそうにくるりと一回転すると、残る女子二人(?)の衣装サイズのチェックに入った。マスター自身のサイズチェックはケイ殿が受け持つ。

「……うん、サイズもばっちりだね。これにて準備完了」

「ひまわり様、これを忘れておられます」

 ケイ殿がいつものやや冷たい響きの声で、手の中のアイテムを差し出した。

 見た感じ1/4サイズくらいの、うさぎの耳&尻尾だった。

「あそっか。せっかくだからリァンちゃんに付けてもらうんだっけ。完壁かんへき~」

 ぺろっと舌を出して追加アイテムをパイリァンに付けるマスターを見て、トイトイ殿が首をかしげた。

「『かんへき』? 『かんぺき』だろ? この地方へん方言なまりなのか?」

「うむ、良い質問だ。私が解説しよう。この学園に古くから伝わる独自の言い回しでな」

 執事服に着替えたロボ研の会長、坂本トオル殿が、いつものように偉そうにメガネを光らせた。ちょっと衣装に合わない。

「分かりやすく『かんかべ』とも読む。そもそも始まりは20世紀末のことでな」

「この学園にまだそれほどのステータスが無かったころ、一人の非常に成績優秀な学生がいたと言います。その方は定期テストで一教科満点を取るごとに、当時の相場で千円のお小遣いをもらっていたそうです」

 会長殿の語りを引き継いだケイ殿の目が光を放つ。空間投影ディスプレイをする準備だ。

「ある時の必修国語のテスト、この日もその学生は快調に回答欄を埋め、満点を確信していた。しかし何でもない問題で、その学生はこう書くべきところを、このように書いてしまった」

 会長殿の解説に合わせて、ケイ殿の空間投影が二つの二字熟語を並べて表示した。


「完璧」

「完壁」


「『玉』と『土』なのね」

「さすがに漢字の国。理解が早いな」

 うさ耳をぴょこんと跳ねさせたパイリァンの指摘に、会長殿は満足そうにうなずいた。

「そう、『かんぺき』の下は『玉』なんだよ。『土』じゃないんだ。現在いまはデジタルで漢字変換するから、意識しないよね。気を付けないと」

 うんうんとうなずくマスター。実はマスターも最初は『かべ』だと思っていたクチである。

「かくしてその方は、取れたはずの小遣い千円を取り逃がしてしまったのです」

「それ以来、間違いなないように見えて実は小さな間違い、欠陥があることを、この学園では『完壁』と言うようになったのだよ」

 会長殿が胸を張って、めでたくこの学園の故事成語「完壁」の解説は完結した。吾輩が少々補足を加える。

「一般的な語句だと『画竜点睛を欠く』と似た使われ方ですね。『蛇足』は間違える方向が逆ですか」

 ともあれ、これにてロボ研の文化祭展示は準備完了。あとは本番を待つばかりである。

「まあ去年に比べれば相当よゆーだったね。ミケの完成、ほんとギリギリだったから」

 マスターがうーんと伸びを一発入れる。メイド姿には少々似合わない。

 肝心の展示内容は……本番を楽しみにお待ちくださいませ。

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穂妻学園の故事成語 ~完壁~ 飛鳥つばさ @Asuka_Tsubasa

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