第3話
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歓声に迎えれられながら、初めに座っていた場所に座る。一気に脱力し、目の前に運ばれるであろう酒や料理に手をつけられるか今から心配になった。
「あはは!!結城ちゃんはもうダウンくぁ?」
「オリビア〜?まだ乾杯してから何分も経ってないぞー?」
「オメーらが遅えんだって!!食える身体があるうちに食ったり呑んだりすんだよ!!そだろ〜?」
「貧乏性…というか奴隷性か?オリビアの場合はあ゛ぁ!!いだだだ!!!」
「てンめこのッ!別にそれは関係ねェだろっこのッ!」
オリビアの隣に陣取っていた男性職員の1人が、オリビアに頭をヘッドロックされる。この宴会にはオリビアやシェナ以外の多くの部門の職員がいる様だった。
結城幸織は隣で繰り広げられる擬似プロレスを横目に、参加している職員達を見る。シェナからは、非番の人間が時間があったタイミングでネット上で声を掛け合って飲み会を企画するのが職員達の日常だという。幹事もサイコロでランダムに決まり後腐れも無く、大半は良い雰囲気のまま飲み会が終わる。
老若男女様々な年代、性別。それに何人か眼の色が違ったり、瞳孔の中に紋様があったり、耳が長い人間もいる。
「他界存在もいるし、一部には現実世界からスカウトされた普通の人間もいますよ。」
いつの間にか隣にやってきたシェナが、飲み物を注ぎに来た。
「大体、人間の身体を持ててる自体、運が良いんです。機構が意図的に管理下の遺体を私達の転生先にしてくれてるので。あ、もちろん極秘に。世間の倫理的にはアウトですから」
「あー。それでも足りなくて人工的に人体を作ってるのに、それでも『漏れ』は出て来るんだって、他界存在管理部門の奴がボヤいてたなぁ」
「え…サラッと流しそうになったけど何…現実世界の人間の遺体を…機関が秘密裏に回収して、転生先として使ってるってこ」
「てんふぇい(転生)でふってええ!?」
この世界で起こっている事の解説の最中。明らかに大きな丸眼鏡をしきりに直しながら、小柄なそばかす顔の女性が宴会場を横切って結城幸織の前まで来て座った。服の間から覗く職員証には『研究部門』の文字が辛うじて見えていた。
「この複雑怪奇な科学現象を!!『転生』の一言で済ませようってんでふか!!」
「え…違うの?」
「違うな」
「違いますねぇ」
結城幸織は外回りコンビに返答を求め、即返ってきた返事に瞬きをした。
「良いですか!!あなた方の身に起こっている現象は!!『事象子の高濃度への集合性に由来する世界間移動と知性体に対する事象子の記録性の複合現象』なんですよっ!!」
「…なんて?」
「いえですから!!『事象子の高濃度への集合性に由来する世界間移動と知性体に対する事象子の記録性の複合現象』ですぅ!!」
「あーコイツ普段から言葉が多くて説明分かりにくい上に早口だから。酒入ると余計めんどくさいぞ」
「うん。分かる」
結城幸織は専門知識を中心に話す研究部門の職員に何分も話され続け、拘束されることとなった。
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飲み会は滞りなく進んでいた。
結城幸織の周りには様々な他界存在が順番に訪れた。
「つかれた…」
訪れた人間はみんな、作品内の結城幸織の活躍に感激したとか、死んだ事で現実に来れたのだから気を強く持ってなど、全員が善意で言葉をかけていった。
(私は必死だっただけなんだけどな…死にたかったかっていうと違うし…今でも第二の人生を送っているという自覚が無い 昏睡剤も常用すると効きづらくなってくるから定期的に過去の世界の記憶とは向き合わないといけないらしいし…)
ぼうっと周りの参加者達の様子を見ながら日本酒を口に持って行く結城幸織。今日初参加なのは結城幸織だけではないので、自然と1人で飲む時間も出来る。
(……誰でも良いから、この世界に恨みを持ってる人はいないかな…私はまだ、この施設にいる人みたいに利口になりきれてないんだろうな…)
笑う客達。結城の手元の日本酒が机に置かれる。
(私は…これから何したいんだろうな…)
談笑する客達の中にはシェナ、オリビアもいる。周りには結城が知らない人間がいて、全員が同じ様に楽しげに笑っている。
(何もしたくないんだろうな)
****
「おかえり〜さお…うおっ!?」
「う゛ぅうぅん…ただ…だだいまぁ…」
「お邪魔します〜」
「どうもー」
結城玲は。玄関に現れた娘が、数分前に努めて丁寧に明るい声で電話越しに聞いた声の主ともう1人、長身の女性に抱えられて、打ち上げられたトドの様になっているのを目撃した。
「あらあら…わざわざすいません〜」
「いえいえ〜 付き合わせたのは私達なので〜」
結城幸織の身柄を母親に引き渡した2人は早々に結城宅を後にする。
****
「ーーはい!お布団敷いたから!昏睡剤、自分で飲める?」
「ん…私もう大人だかりゃ…」
「ふふ…そう?じゃ、これ。水は枕元。ちゃんと飲むのよ?」
「ふぁい…」
結城幸織は母親に無理矢理持たされた薬を手に持ちながらヨロヨロと布団に近寄り、ばたりと死んだ様に倒れ込む。
そして結城はそのまま数回の瞬きののちに、意識が途絶えた。
ーーー昏睡剤は、布団の脇に既に落ちていたのだった。
*
結城幸織。17歳。
思春期真っ只中の彼女を襲ったのは、未曾有の感染大爆発(パンデミック)だった。
肩を噛まれた彼女は感染せず、代わりに自分の意図に反応して膂力が増す様になる。
その力で寄生生物に感染した親友を屠った。
その力で凡ゆる寄生体達を狩り続けた。
結城幸織。28歳。
11年、崩壊した世界で生き抜いてきた彼女は、寄生生物を産み続けている変異体の正体が、自身の母親の身体が元となっている事を知る。
母親は元々、後天的な視覚障害を持っていた。元々医者だった父親は、現代医学で治療不可能である母親の目を治す為に、医学だけではなく生物学等にも手を伸ばし、独自の研究を始めていたのだ。
その過程で生まれた人工生物に母親のDNAを混ぜ、細胞を増やす事に成功していたが…それを協力していた研究員に横流しされ、バイオテロリストの手に渡ってしまった…
暴走した元・母親の人工生物を止める手段は、適合し過ぎて暴走した生物と相反する反応を見せた結城幸織のDNAを接種させる事だった。
そして、結城幸織は犠牲になる。
巨大な肉だるまになった、母親だったモノ。
その口内からの高濃度の胃酸と唾液が入り混じった異臭を耐え、結城幸織は母親の一部になる為に巨大生物の胎(はら)の中に…
巨大生物の胃に到達し、胃酸に消化されながら彼女は
巨大生物の全てが母親の体の複製で埋めつくされているモノだと理解する。
溶かされる。溶かされる。
結城幸織は溶かされる。母親だったモノを終わらせる為に。
溶かされる。溶かされる。
結城幸織は溶かされる。28年の生涯を、世界を救う為に
結城幸織の身体は 適合した寄生生物の自動回復の為に 簡単には溶けなかった。
それでも痛覚を失うと
胃酸に溶かされていない方の目で
母親の大量の顔の一つを、ようやっとマジマジと見る。
10年振りに見た母親の顔は
鏡で見る自分の顔に少し似ているかもしれないと
そんな思考がよぎったところで
結城幸織の頭は 胃酸の海に沈んだ
*
「……ぅあ゛っ…ァハッ!?」
目覚めた結城の顔には、脂汗でへばりついた髪が顔にへばりついていた。
まるでついさっきまで、胃酸の海に居て、そこから陸に上がって来たのかと幻視して。
結城幸織は慌てて起き上がり、顔を拭う。ベタベタした感覚は間違いなく自分から生じた汗。肩で息をしていた結城幸織は、周りを見て、少しずつ『今日』の出来事を思い返していた。
「………」
ずっと寝ている最中に手で固く握りしめていたのだろう。プラスチックの薬の包装シートが、手を切っていた。
ーーー手の平からは、黒い血が流れていた。
傷を指でなぞる。黒がもう片方の指にも付く。
「………本当なんだ。生物じゃないって」
暫くして、結城幸織は枕元にあったままの水と一緒に昏睡剤を淡々と飲んだ。
ウチキリ[ゴ] @esunishishinjo
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