第2話
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御道皇魔は目を覚ました。
自室に日光が入るのとほぼ同時に目を覚ますのが、彼の変わらない習慣だった。
「…………??」
1ヶ月前から何ら変わりの無い自分の部屋に僅かながら違和感を覚えていた。
何気なく自身の手首を見やる。何の怪我も無い。日光に晒される事が殆ど無いために色白で、筋トレを続けているので筋肉はついている、御道のいつもの腕だ。
それに対しても、御道は違和感を覚えた。これも1ヶ月前から毎朝続いていた。
繰り返し似た様な夢を見た気がしていた。
具体的な内容までは浮かんでこない。
ベランダの手摺に、スズメが留まった。小気味良い鳴き声が窓越しに聞こえる。
御道は、その違和感を追い出す事にした。まずは顔を洗わなければと、布団から起き上がり、いつもの朝のルーティンに入っていく。
スズメは部屋越しの御道を目で追っている。
不意に、小さな駆動音と共に、開かれたスズメの瞳孔の奥に、機械の部品が見えるーーー。
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「例の結城幸織の一件ってどうなったの?」
「一応殺人未遂という事で収容房に15日。精神鑑定、記憶の偽装の有無、その他形式的な検査が行われた後、親元で経過観察中らしい。」
「親ってあれだろう?両方作品じゃあ重要な役割で…」
喫煙スペースでの会話は続いている。
施設内の大きく区切られている部屋は碁盤の目の様に均一に区切られている。廊下から室内は窓越しにクリアに見えていた。
殆どの職員が無表情に自分の担当のモニターを見ながら、世界に異常がないかを監視している。
モニターには、各地の監視カメラ映像、野生生物に擬態した『偽装生体ドローン』の映像など。
おおよそ、普通の日常生活では盛んに見ないような映像群が並ぶ。
ここは『現実維持機構(Reality Maintenance Organization R.M.O)』中央監視センター。
『創作作品内で死亡した知性体が現実に他界存在として発生する事を監視する役目』を一手に担う『監視部門』直轄の施設である。
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【映像開始】
【現実維持機構 総務部門 教育チーム】
【1.他界存在(他世界情報保持存在)】
【場面内に少女をデフォルメした丸型のキャラクターが映る】
他界存在の皆さん!!
前の世界での
御検討 誠にお疲れ様でした!!
我々は極秘組織 現実維持機構 RMO
現在の安定した現実を維持する為に
日夜我々は活動しています。
組織内の概要は後述致しますので
まずは今のあなたの状況をお教えします。
あなたは【他界存在(他世界情報保持存在)】と呼ばれる存在となりました。
この現実において
『死亡描写がされた創作作品内の知的存在の記憶を有する存在』です。
記憶の世界観の移動についても別ビデオで紹介しますが、現実世界の『未観測』の人間もしくは動物の遺体や、物品が変化して『他界存在』は発生します。(あくまで生物ではありません)
他界存在は夢を見ません
あなたが死んだ世界の記憶をレム睡眠時に必ず見てしまいますので、配布される『昏睡剤』を適宜使用してください。
尚、この生活に期限はありません。
ご了承ください。
【映像終了】
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「幸織ー?そろそろ起きなさーい?昏睡剤飲んでるからって、いつまでも寝てないでーーー…」
布団から結城幸織は呻き声を漏らした。遠くに母親・結城玲(れい)の小言を聞きながら、昏睡剤で無理矢理寝る事が多くなったために目覚めが悪くなった自分の身体を布団ごと起こした。
前の世界では安心して眠れる方が幸運な方であり、バリケードで部屋を塞いでいても、遠くから動く骸達の声が遠くで聞こえる気がする為に、満足に眠れない。
この世界に来てからの彼女の睡眠習慣は、収容施設の収容房暮らしを経て、ポストアポカリプス仕込みのランダムなリズムから、規則正しいものに変化していた。お陰で朝が弱くなってしまったのは、不幸か幸いかというところである。
「おはお…ふぁ…」
自分の部屋の襖を開け、生欠伸をしながらリビングに入る。
「あれ…?」
リビングには母親も、いつも新聞か生物学の書籍を読んでいる父親・結城秀平の姿も無かった。首を傾げながら時計を見ると。
「……あ」
既に時計は8時を回っていた。
母親の小言を聞きながら、いつの間にか微睡んでいたらしい。その間に両親は仕事に出ていたのだ。
「……顔、洗うかぁ」
ゆっくりとした動きで洗面台へ向かう結城。
ーーー半月前に、自身をこの世界で描いた作者を襲撃した犯人と同一と思えない動きで、結城幸織は部屋内を回り始めた。
ここは擬似市街地の居住区画。マンモス集合団地の一棟の中の一部屋。現実世界からは空間座標がズレた空間にある場所。
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結城幸織が住む団地から徒歩で15分。
居住区画内に転々とある広場。
総合的な割合にすれば8割が居住スペース、残りの2割がそれ以外の娯楽、知的欲求等に関連する施設の建設、運営が許可されている。
そんな場所で1人。ベンチに座って何をするでもなく、特にやる事もなかった結城幸織は、遠くに家族が一緒に遊ぶ声を、出店の店員の快活な声を聞きながら微睡んでいた。
ーーーいや、『やる事がない』というのは語弊があるかもしれない。
現在の彼女が暮らす擬似市街地は、現実維持機構管轄の施設であり、いずれの住人も現実維持機構の働き手となる義務が発生する。(一定の条件が重なった場合はこの義務からは免除されるケースもあるが。)とはいえ組織の規模が規模の為、誰でも出来る雑用から監視部門にあるような監視カメラのチェックなどの専門的な仕事まであるので、人事部門と掛け合いながら一定の期間内に決めなければならない。
だが。結城幸織はやりたい事が無かった。無くなったと言っても良いかもしれない。
御道皇魔の襲撃事件を起こし捕縛され、牢獄で暮らす内に、自分が作品世界で救えなかった人間、会いたかった人間が全員、面会に来た。言葉は違えども全員が再会を喜び、自分の犠牲に感謝していた。
そして全員が、『作者の事を全く恨んでいなかった』
他界存在の発生は自然現象の1つであり、他界存在が暮らしていた世界と、今いる現実世界を繋げた作品を作った人間というだけであり、むしろ彼等が再び知的存在として自我を持ち、第二の人生を歩むキッカケとなった人間に、負の感情を表す人間は殆どいなかったのだ。
故に、御道皇魔に執着する理由も無くなった。思春期時代に死んだ両親とも再会して、共に暮らし始めた。『メノビト』となってしまった親友とも再会した。(週末には遊園地に誘われている)救えなかった人々とも再会して、この世界での健闘を約束し合った。
結城幸織は、自分があの世に行ったらやりたい事を全て叶えてしまった。
ならば、この世界を守る組織に属する事に意義があるのか?
自分の人生が、虚構として消費されている、この世界を守りたいとは思わない。むしろ嫌悪感しか覚えない。自分と同じ考えの人間は他にはいないのか?
みんな、施設内の暮らしで考えが誘導されているのではないか?
微睡みながら思考していると、段々と目が冴えてくる。目が冴えたと思うと、他の感覚も普通の機能に戻りつつあった。よって嗅覚に、B級グルメ感漂うソースの香りを感じたのも、腹の虫が鳴ってしまったのも必然と言える。いつの間にか時刻は11時。昼飯には少し早い時間であった。
「もや?(おや?)ゆひろひゃん?(結城さん?)」
たこ焼きを頬張ったまま、『にこにこ⭐︎たこ焼き』とパッケージに書いてある8個入りたこ焼きを右手に持ちながら、シェナ・クラウベルクは結城に声をかけた。
「………誰?」
「非番を満喫しているシェナさんです!あなたの作者襲撃事件の時、現場にいました!スタン銃を撃ったのは私の相棒ですが!」
「……あー…いやごめん覚えてない…」
「そりゃあそうですよ。というか結城さん、自分が大人気少年漫画の主人公なの自覚されてます?死亡したキャラクターの情報は施設内で共有されますし。私達の間では人気者ですよ?」
「そ、そう…」
「世界を救った自覚おありです?一応最終回で貴女の犠牲でクリーチャー達は一掃されてビターハッピーエンドっていう。その後の世界も描写されてましたもん。見てないんです?」
「…見てない」
「うぉーいシェナ。トイレ遅くなっ…て。おーなんだ!天下の主人公様がいるじゃないか」
いつの間にかシェナの後ろから近付いてくるのはオリー。オリビア・スレイブバーン。シェナを通り越して結城の隣にドカリと座る。あくまで好意的な感じだが、結城は僅かに身体を放した。シェナが反対側の手すりに寄りかかる。結果的に結城幸織は2人に板挟みにされる形となった。
「(挟まれた…)なんなのもう…」
「ちょっとオリー。初対面の人に圧かけちゃダメでしょ?顔つきキツいし背高いんだから。自覚しなさいな」
「あんだとこのやろ。オメーだって初対面の人間にメシ食いながら話しかけるか?フツー」
「こう…親しみやすさを演出しようとして…ダメだったかな?」
「いや不思議がるだろ。軽く引くわ」
「ちょっと…? 大した用事も無いなら後にしてよ…」
仲の良さげな2人の間に挟まれて居た堪れなくなった結城は再びそこから離れようとする。
「いえいえ!コレも何かの縁ですし!」
「オレもあれだ。スタン銃とはいえ自分が銃口を向けたヤツだからな?詫びぐらいはしようと思ってたんだよ」
直後、2人がかりで即、座り戻される。
「……詫びって?」
「お暇ですよね?結城さん?」
「仕事無えもんな?」
「まぁ…暇だけど…」
2人は結城を挟んで悪巧み顔で見つめ合う。
結城幸織は嫌な予感に溜息をついた。
****
「と言うわけで!!『眼ノ魔』の主人公、結城幸織さんをお連れ致しましたぁ!!」
「「「お゛つかれさまでしたあぁ!!!」」」
【居酒屋 えいでん】。
座敷様式の宴会部屋に大音声の歓声が響く。大勢の賑わいに殆ど経験が無かった結城幸織はそれを直に受けただけで目眩がしたのだったーーー。
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