第二十四話 愛をとりもどせ‼ 後編


死蛇変生・フロル・トーテン月下タンツ・狂愛舞踏バジリスクゥゥゥッ!!!』


紫電清ジーク・霜絶勝ハイル・奪略進軍歌ヴィクトーリアッ!!!》


 二人の渇望拡大シュタルクラストが発動した。


 レヴィアの身体は巨大な半人半蛇の化物となり、その瞳には目が合ったものを即死させる呪いが宿る。


 一方のヴィオラはというと──


「はぁ……? なんだアレ……」


 レオンが呆けた声を出す。


 それもそのはず。大仰な詠唱と共にヴィオラの側に現れたのは、普通の大砲──魔導砲が三門ぽっちだったからだ。


「あんなんで勝てんのかよ……!」


「ほぉう、小娘は現出型だったか。まぁ帝国では死ぬほど使い倒していたらしいからのう、道理か」


「現出型……?」


渇望拡大シュタルクラストは使う者の渇望によりその形を変える。……大きく二つ、小娘のように何か出すのを現出、レヴィアのように身体そのものを作り変えるものを具現という」


「へぇ~……」


「あとは……創世型かの、ほとんどおらんが。」


 カーラの渇望拡大講座を聞きながら、レオンは階下の決闘のなりゆきを見守る。


 渇望拡大を発動させた二人の戦いは、まず舌戦から始まった。


「ひ、いひひ……! そんな渇望モノで私を倒す気ですかぁ?」


 巨大化した影響か、少し低くなった声でレヴィアはヴィオラの渇望を嘲笑う。

 しかしそれを気にも留めず、ヴィオラは自信満々に切り返した。


「この子たちはあんたら魔族のお仲間をさんざブチ殺して来たのよ? 的がでっかくなってむしろありがたいぐらいだわぁ?」


「えぇ……すごい自信ぅ……でも、死んじゃうんですけどね!」


 レヴィアは前髪を振り乱し、両眼を大きく開いてその即死の呪眼でヴィオラを捉えた。


「私の目を見てぇ! 何もできずに死んじゃえばいいんですよぉ!!」


 ……しかし、尚もヴィオラは余裕綽々といった表情を崩さず、腕を組んでその場に立ち続けている。


 一目見ただけで即死する呪眼を見ても、彼女はその場に立ち続けている。


「えっ、えぇ!? 何でぇ!? 何で死なないんですかぁ!??」


「はン、私が何の対策もしてないワケないじゃないのよ」


 ヴィオラは羽織っている長丈ながたけの軍服を勢いよくはだけ、その中を曝す。

 そこには、即死除けの護符が軍服の裏地を埋め尽くすように縫い付けられていた。


「ッ!? それはぁ!?」


「我が親衛隊謹製! 大量の即死除けを縫い付けたお前対策の軍服よ! 一枚だけじゃ一回しか防げないなら、沢山持っとけば安心よねぇ!!」


「ちぃっ! で、でも即死させられないならぁ! 物理で殴るのみですよぉ!!」


 レヴィアはその長い尻尾をしならせると、ムチのようにヴィオラへ浴びせかけた。 


「ブッ潰してやりますよぉ!!」


 巨大化したレヴィアの尻尾は、人一人なら容易くペチャンコにできそうなほど重厚で、遠心力も働いて物凄い勢いでヴィオラに迫る。  


 しかしヴィオラは毅然としてそれを迎え撃つ。


「舐めんなよ!! 発射フォイヤッ!!」


 ヴィオラの号令と共に三門の魔導砲が一斉に、素早くレヴィアの尻尾に照準を定め、魔力の塊をそれに向けて撃ち出す。


 降りかかる尻尾は跳ね返されるが、堅牢な鱗に守られた蛇の身体には傷ひとつつかなかった。


「あっつぅ!! で、でも効かなかったみたいですねぇ?」


「はぁ!? 低級魔族ならまとめて粉微塵になるのよ!? なんなの!?」


「そこらの魔族とは違うのでぇ! い、一応貴族なのでぇ!! 強いのでぇ!!」


「はァーーーーー!? ……なぁんて。──発射フォイヤ


 ──憤慨したかに見えたヴィオラ、しかしそれはブラフ。


 極悪な、いつもの目を見開いて、片側の口角を吊り上げた厭らしい笑みを浮かべてパチンと指を鳴らすと──


「……へっ?」


 レヴィアの脇腹が轟音と共に爆ぜた。


「いっ……! 痛い痛い痛い痛い痛いぃっ……!? なんで……あ……?」


 レヴィアが振り向くと、そこには、背後の虚空に空いた穴と、そこから伸びる魔導砲があった。


「だぁれが三門しか出せねぇって言ったかしら!? 私の渇望があんなしょっぼいワケあるかっての!!」


 勢いづくヴィオラはさらに指を鳴らすとレヴィアの周りの空間の至る所が小さく裂け、そこから魔導砲が生え彼女を照準に定めた。


「全方位から砲火に灼かれてどうしようもなく無様に死ね!! 一斉射フォイヤ!!」


 ヴィオラの号令と共に一斉に魔導砲が発射された。込める魔力の性質によってその効力を変える魔力の弾が、レヴィアの身体に襲い掛かる。


 ──数分ほど撃ち続け、煙がレヴィアを覆い尽くした頃、ようやく砲撃が止んだ。


「撃ち方止め!! ……流石に死んだか?」


 煙が晴れる。


「……チッ、まあこのパターンで死んでたことなかったわね」


 姿を現したのは、蛇の交尾玉のごとく下半身の蛇の身体を上半身に巻き付けたレヴィアの姿だった。


「はァッ……はァッ……」


「考えたわねぇ根暗女、鱗の鎧で全方位からの砲撃を防ぐなんて……味なマネすんじゃねぇのよ?」


「負けたく……ない、負けたくない……ッ! 私はァッ!」


「あら、あらら? 嫌な予感……ッ!! この前もこんなパターンじゃなかったかしらぁ!!?」


 ──逆境に追い込まれれば追い込まれるほど、ヒトの渇望は純化されていく。


 たった一つ、恋という感情ただそれだけを胸に戦うレヴィアにとってその純化はいとも容易く行われる。

 

 ──“恋のみを一途に思っていればそれでいい”、それが彼女の渇望であれば──。


「……ふしゅ、ふしゅる、ふしゅるるるるる……」


「あぁ……? 急に落ち着いたわね、何なのかしら……」


 先ほどとは打って変わって、叫ぶのを止め深く息を吐き出し始めたレヴィアの姿にヴィオラは怪訝な表情を浮かべた。


「ッ!!」


 ──が、直感か野生の本能か、何か得体の知れないものを感じ取ったヴィオラは爆破魔法で一気にレオン達のいる二階席まで飛び上がり柵に掴まって安全な位置からレヴィアを見据える。


「どうしたんだよいきなり。あと一歩でお前の勝ちじゃないのか?」


「だまらっしゃい。……超嫌な予感がすんのよ」


 目を細め、レヴィアを注視しながらヴィオラはレオンの問いに答えた。


 すると、異変はすぐに始まった。


「って、あぁん!? 何だアレ!?」


「……やっぱりね。床だのなんだのが溶け……いや腐ってんのか。閣下に聞いた通りだわ」


 レヴィアの周りの床や、祭壇が腐り始めている。その現象が何なのか、ヴィオラにはそれが何なのか察しがついているようであった。


「アイツの渇望は完全なる先祖返り──バジリスクとやらの具現! 本当にそうなら即死の呪眼だけじゃなくてもう一つ能力があるッ! それは毒! かなり強力なね!!」


「毒ゥ!?」


「アイツの吐く息は伝説通りなら何もかもを枯らし腐らす! あとには何にも残らない!! ……ヤバいわね!!」


「ヤバいわねって……大丈夫なのかよ!?」


 心配そうなレオンをよそに、ヴィオラは笑う。


「まぁ……私とアイツの根性比べってとこかしら?」


「根性て……」


「根性なら誰にも負けない自信があんのよ。──さ、そろそろ行こうかしらね……魔導砲全門発射準備! 構え……発射フォイヤッ!!!」


 二階席から飛び降りながら、ヴィオラは展開済みの魔導砲に号令を下すと、砲塔はレヴィア目掛けて魔力の弾を釣瓶撃ちにする。


 ──しかしレヴィアはすぐに身体に尻尾を巻き付け防御の体勢をとる。


「チッ……厄介ね。ずっと撃ってれば殺れないことはないでしょうけど……その前に私が毒で御陀仏ね」


 ヴィオラは指を噛んで状況を打破する一手を思案する。──できなければ待っているのは無惨な死だ。毒の息がこの場に充満する前にレヴィアを倒さねばならない。


(どうする? 従来の帝国式魔導砲じゃあ、ヤツの鱗を破れない! 火力の一点集中? 駄目ね、一発で殺れる奴じゃないと時間切れ! 威力、威力が欲しい!)


 ──元来、魔法というものはイメージの具現化である。


 その魔法から発展した術式である渇望拡大は術者の想像力如何ではどこまでも進化し、その力を増す。


(もっと大きく! 長く! 重く! そしてもっと重厚に! ──そう! 私が、私が求めるモノは!!)


 ヴィオラの禍々しき紫色の魔力が、彼女の背後の空間を裂く。──今まさに、彼女の渇望が”現出”せんとしていた。


(圧倒的な破壊!!!!)



「やるのぅ、あやつ」


 カーラは玉座に頬杖を付きながら、口角を上げ呟く。


「ククク……しかしまぁ、人間の欲のまっこと深きことよ」



「──来たッ!!」


 渇望により形成された砲塔が、一際大きな次元の裂け目から屹立を始める。


 ──それは大砲というにはあまりに大きすぎた。


 大きく、


 長く、


 重厚で、


 そしてあまりにも大雑把。


 鉄塊というべき、荒唐無稽な机上の空論じみた妄想の産物のようなそれは、たった今、この世に現出したのである。──彼女の渇望によって。


「すげぇ! でっけぇ!! かっけぇ!!!」


 レオンは手すりから身を乗り出して感嘆の声を上げた。


 男の子はでっけえ鉄の塊が大好きである。それはどこの世界でも決して変わらない、普遍的事実であった。


 ヴィオラはレオンの黄色い歓声を背に受けて、たった今現出した己の渇望を、したり顔で語る。


 幼き頃から思い描いた夢物語を。


「……全長48m、重量1360t、800mm純粋魔力破砕弾、対化物用ヴィオランテ式絶対撃滅超長砲身魔導大砲──そうね、名付けて……」


 カッと目を見開き右の人差し指を立てて、ヴィオラは渇望を命名した。


「ディストルツィオーネ・フロイデ! ……パーフェクトね、私。うっとり♡」


 ──帝国語で“破壊の悦び”の意。


 激情のまま、脇目も振らず毒を吐き続けるレヴィアには一連のこの光景が目に入っていない。つまりは詰みである。


 少しく顔を赤く上気させたヴィオラは、まるで己が産み落とした子を愛おしく抱きしめるが如くに両手を高く上げ、興奮を抑えられぬと言わんばかりに握りしめた手を振り下ろすと、最高の笑顔で言い放った。


「さぁ、さぁ、さぁ! の初お披露目、ド派手に行くわよ!!」


 ヴィオラの掌が空を斬り、指は前方のレヴィアを指し示す。


「目標前方! 照準合わせ!!」


 号令と共に重厚かつ巨大な砲身がまるで地獄の機械のような厭な音を立ててレヴィアへと真っ直ぐ向けられた。


「発射用意! ……さぁフロイデ!! アンタのそのかンわぃらしい産声を……聞かせて頂戴な!!」


 腕を組み、不敵に笑うヴィオラの魔力がディストルツィオーネ・フロイデに流れ込む。本来発射には魔導砲そのものに手を触れ魔力を流し込む必要があるが、ヴィオラが渇望拡大により現出させた魔導砲は彼女の自意識を通じて直接それに供給されるのである。


 ──紫色の高貴なる魔力が、砲身より満ち満ちる。

 

発射ァファイエル!!!!」


 発射の号令とともに、地を割るが如き発射音が轟き、極太の魔力の光線が砲口より射出される。その一条の光は瞬く間にレヴィアを護る堅牢な鱗へ到達、そして──。


「──ぁぎいッ!?」


 慈悲なく呵責なく、それを貫通した。


「あぁ最ッ高!!!! いい子ねぇフロイデ!」


 自ら創造し現出させた超巨大魔導砲の威力に、恍惚とした表情を浮かべるヴィオラ。しかして、直ぐにその表情を引き締めると、カツカツと音を立てレヴィアへと歩み寄っていく。

 追い詰められたレヴィアの爆発力に苦汁を舐めさせられた今の彼女に油断はなかった。

 途中で拾い上げた小石を、砲撃の余韻の如くもうもうと埃舞い散る中に投げ込む──腐らない。つまりはレヴィアの渇望拡大シュタルクラストは解除されていると考えてよかった。


 ──事実、砲撃を受けたレヴィアは元の姿に戻っており、床にへたり込んだ彼女の脚は痛々しくえぐれて血を流していた。


「魔導砲全門、次弾装填始め」


 ヴィオラが指を鳴らすと、レヴィアの全方位を魔導砲が取り囲む。──完全に仕留められるよう、万全な状態を作ってから余裕たっぷりな声色でヴィオラは満身創痍のレヴィアに語りかける。


「調子はどぉ? 蛇女」


「はァっ、はァっ……嫌、いやだ、負けたくないぃ……!」


「……まぁその諦めの悪さは好きよ、私。でもご覧なさい? 詰みよ、アンタ。だから……」


「うるさァい!」


 激昂してレヴィアは小石をヴィオラに投げつけた。それは彼女の頬を掠めるにとどまったが、薄く皮膚を切り一筋血が流れる。


「この……ッ! 優しくしてりゃあつけ上がりやがって……!!」


「なんなんですかぁ!? いきなり出てきて突っかかってきてぇ!! ……やっと、やっっとぉ!!──幸せになれると思ったのにぃ!!」


 いつの間にか涙でぐしゃぐしゃになった顔のままレヴィアは吠える。


「盗らないでくださいよぉ!! 私のぉ! 私のなのにぃ!! なんで!?」


「うっせぇ!!」


 駄々をこねるレヴィアの鳩尾に、罵声とともにヴィオラの爪先が刺さった。


「甘えんなよカスが! お前が先に盗ったんだろうが。盗られる覚悟のねぇ奴が、この! 私から! 盗ってんじゃ! ねぇわよ!!」


 怒りの収まらないヴィオラはさらにレヴィアを蹴り続けた。蹴りが炸裂するたびに、レヴィアの身体が嗚咽と共に少し宙に浮く。


「がッ、おぇッ……」


「はァー、はァーッ……違う違うこんな話したかったんじゃねぇのよ」


「じゃあ何で蹴ったんですかぁ……」


「アンタが私の顔にキズつけるからでしょうが……身の程を知れよ」


「うえぇ……傲慢ぃ……」


 閑話休題。


「あー、何が言いてえのかっつーと……盗られたくないんなら強くなんなさい、この私みたいにね」


「はぁぁ……一回わたしに負けたクセに……?」


「話の腰を折るんじゃねえわよ……いい根性してんわね、でもまあ……」


「?」


「嫌いじゃないわよ! あんた!!」


「はぁぇ?」


 一転、暖かい言葉をかけるヴィオラにレヴィアは困惑した。当然である。


「私、今まで負けたコト無かったの。そんで初めて土付けたのがあんたってワケ。──誇りなさいよあんた。コレ素晴らしい栄誉よ?」


 そう、ヴィオランテ・ヴァイオレント・ヴィオレットという天才に初めて敗北を与えたのは、他ならぬレヴィアである。ヴィオラは初めての敗北を与えられた屈辱と同時にそれなりのリスペクトの気持ちも抱いていたのであった。


「あぇえ? えぇ? 何いってるんですかぁこの人ぉ……助けておば様ぁ……レオンさぁん……」


「え・い・よ・な・の・よ!! 誇れ! 自分を!! そして負けを認めなさいよ!!」


「えぇ……わたしまだ負けてませんけどぉ……?」


「あーもーめんどくさいわねぇ!!」


 ──一閃。


 なおも負けを認めぬレヴィアに業を煮やしたヴィオラの蹴りがレヴィアの顎に飛ぶ。


「……きゅう」


 クリーンヒットした蹴りは容易く彼女の意識を奪った。


「カーラ様ァ!? 蛇女気絶しましたけどォ!?!? これ私の勝ちでいいですわよねぇ!!!!」


 なんたる暴虐。おお、神は寝ているのだろうか。


「ええ……うんまぁいいんじゃないかのぅ。あー、そこまで。勝者ヴィオランテ。……要求は何ぞや?」


「レオンハルト・ノットガイルとレヴィア・ナイトシュランゲンとの婚約の破棄!! それとレヴィア・ナイトシュランゲンを私の部下として入隊させること!!」


「相分かった。魔王カーラの名において、その要求、しかと履行しよう」


「よっしゃあ!!! 見てた? レオン!! 勝ったわよーーーーっ!!!!」


 レオンはぶんぶんと手を振り喜ぶヴィオラに苦笑交じりに小さく手を振り返した。その姿を横目にカーラはぼそりと話しかけた。


「のう……あのじゃじゃ馬とよく仲良うやっておるのぅ……疲れるじゃろ」


「はは……まぁはい。でも楽しいっすよ、あいつと出会ってから。」


「そうかぁ……じゃあよいかのう。」


 これにて一人のラミアの少女が引き起こした騒動は終わりを告げた。

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