第二十四話 愛をとりもどせ!! 前編
──結婚式当日。
魔王城から少しく離れた魔神大神殿の礼拝堂にて、レオンとレヴィアの結婚式が執り行われようとしていた。
新郎であるレオンはヴァージンロードの終着点、魔人神父の待つ祭壇の前で新婦──レヴィアを待っていた。
(……始まっちゃったなぁ)
ヴィオラは来るのだろうか……と不安を覚えるレオンは手持ち無沙汰といった感じで足元の深紅のカーペットを爪先でほじくり、心中でぼやく。
(結婚するってことはさぁ、娼館にも……行きづらくなるよなぁ……。)
ヴィルトカッツェに殴られ、こんな状況に陥ってもなおまだ自分の下半身事情の心配をしていた。どうしようもない。
ぐるりと周りを見回すと、参列者席にはレヴィアの親族……つまりラミアが所狭しと座っている。下半身が蛇なので本当に窮屈そうだ。どうにかならなかったのか。
当たり前だがレオンにはニヴルヘイムに親族がいるはずもないので彼ゆかりの参列者は皆無だった。レオンの無二の戦友、ラスターの姿も無い。
(……もしかして友達だと思ってたのって俺だけ?)
涙が出そうになったので少し上を向くと、偉い人用の二階席があるのが見える。一際豪華な礼拝堂の扉の真上の席ではカーラが鎮座していた。自分を見るレオンの視線に気づくとニヤッと悪戯っぽく笑って手を振ってくる。
「はは……」
乾いた笑いでレオンは手を振り返す。……そうしていると、司会の魔人が式の開幕を告げた。
「新婦の入場です」
合図とともに式場の扉が開く。それと同時に父親に連れられて、レヴィアがヴァージンロードへ足を踏み入れる。
「おお……」
帝国式の純白のウエディングドレスとは趣が異なり、漆黒のウエディングドレスを身にまとった彼女を見て、レオンは感嘆の声を漏らした。真黒な髪にドレスに彼女の白磁のような肌のコントラストが艶やかな雰囲気を醸し出していた。
親族たちの祝福の声を受けながら、レヴィアはレオンの待つ祭壇前へとたどり着く。
父親の手を離れ、レヴィアがレオンの元へ歩み寄る。
(……なんだかレヴィアの父ちゃんの俺を見る目が、なんか、おかしい気がする……)
レヴィアの父親の目は、何やら深い哀しみをたたえ……娘の結婚に感極まるだとか、結婚相手のレオンへの憎しみだとかそういうことではなく、何というか、同情されているような……そんな感じだった。
「レオンさんっ」
「あ、ごめんごめん……えっと、その、綺麗だよ」
「えへへぇ……ありがとうございますぅ♡」
(結婚しよ)
今からするんだよ。
「それでは……新婦レヴィア、貴方はここにいるレオンハルトを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、健やかなる時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
神父がいわゆる誓いの言葉を言わせるパートへと式を進めていく。
問いを受けてレヴィアは恥ずかしそうに、けれどとても幸せそうに微笑んでその問いに答えた。
「誓います」
(……こんな可愛い……健気な女の子との……結婚式を、ぶち壊すのか……。いや俺がやるわけじゃないんだけど……)
「続いて……新郎レオンハルト、貴方はここにいるレヴィアを、病める時も、健やかなる時も──」
神父が読み上げる声も聞こえない程、この期に及んでレオンは悩んでいた。
そもそもレヴィアと結婚できるならそれでいいし、でもヴィオラもレオンが好きだという……夢にまでみたハーレム展開だがいざ自分がその身になってみるとどうにも悩ましい。
「レオンさん……? 大丈夫です……?」
黙り込んでいるレオンを心配してレヴィアが声をかけてくる。
「えっ、あっ、ごめん。……えーと」
「ゴッホン! ……誓いますか?」
神父がじろりとレオンを見て、視線で急かす。
「あ、はい。……誓います」
「よろしい。……あーそれでは両名誓いのキスを」
神父に促され、レオンとレヴィアは相対する。
レヴィアは目を閉じて、その2m近くはある身体を折り曲げ、160㎝強のレオンがキスしやすいようにして彼からキスしてくるのを待っている。
(んわぁ~~~~~! かんわいい! 死ぬんかな、俺)
胸が張り裂けそうな程高鳴る。そういえば素人の女の子とえっちじゃないキスするの初めてじゃないかないだろうか、と思った。
レオンはふるふると震えながらレヴィアの口へ自らの口を近づける……。
少し時間をかけてようやく唇と唇が重なり合おうとした、その時だった。
「その結婚! ちょっと待ったぁ!!」
扉が勢いよく開け放たれ、その声の主がヴァージンロードを踏み付け躍り出る。
紫の髪に、派手なドレスの上から軍服を羽織り、気の強そうな顔を野心にギラつかせたその人は──
「ヴィ、ヴィオラぁ!!」
「待たせたわねぇ!! 今からその女からアンタを──」
「今いいとこだったんですけどォ!!」
「ぶっ殺すわよ!?」
平常運転の二人だった。
「ちょ、ちょっとぉ!? なんなんですかぁ!? ま、負け犬の分際でぇ!!」
「ハイそこうるさぁい! あれは閣下が介入したから反則負けになっただけで私が負けたワケじゃありませぇーーん! 残念でしたぁ!!」
「き、詭弁~~~ッ!」
気を取り直して、もう一度ヴィオラは叫ぶ。
「さぁ! うちのレオン返して貰うわよ!!」
「レオンさんは私のものになったんですぅ! 何で今さら──」
「好きだからに決まってんでしょ!!」
「──うぇ?」
突然の告白に面食らうレヴィア。
レオンも面食らった。
「え!? あの話マジだったのォ!!?」
「バカ!! ほんとバカ!! あったでしょ!? 兆候が!!」
「あったの!!?」
「このクソボケーーーッ!!」
ヴィオラの慟哭が式場に虚しく響く。
ハァハァと切れた息を整えながら、ヴィオラは頭を切り替える。
「とにかく!! その馬鹿返してもらうわよ!! 返さないなら──」
「な、ならなんですぅ!?」
「力ずくで奪っていくまで! 決闘よ!!」
「決闘ぉ……? ふひ、ふひひ……!」
決闘と言う言葉を聞いたレヴィアは、汚い笑みを浮かべて粘着質な声で笑う。
「あんな手も足も出ずに負けたのにぃ……? ふひひっ、恥知らず……! 上塗りぃ……!」
「あらぁ、怖いの? 負けるのが?」
「……はぁ?」
ヴィオラの煽りにレヴィアの顔が歪む。
「その恥知らずに負けるなんてもぉっと恥ずかしいものねぇ? そりゃ怖いか、怖いわよねぇ?」
「……そんなわけ、ないじゃないですか」
「あらぁ、強がらなくてもいいのよ? ……あぁそうか、レオンがいるんですものねぇ……だぁいすきなレオンの前で無様に負けたら……死にたくなっちゃうもんねぇ?」
この煽りは実際死のうとしたヴィオラにも完全にブーメランなのだが、苛ついて判断力を失いつつあったレヴィアにはそれを指摘することができなかった。
レオンという、特大の地雷を踏みぬかれたレヴィアは、怒りに任せて近くにあった祭壇を殴りつける。
大理石の祭壇にいともたやすくヒビが入った。そこに立っていた神父の身体が少し浮く。
そうして、ヴィオラ相手に啖呵を切って見せた。
「そんだけ言うなら乗ってやりますよぉ!! 吐いた唾呑まんとけよぉ!!?」
挑発に乗ったレヴィアを見て、ヴィオラはパチンと指を鳴らしていつもの邪悪な笑みで褒め讃える。
「Yeah!
テンションが上がったのか、謎の言語が出てきたヴィオラだった。
「そうと決まれば早速
ヴィオラはバッと二階席へ向き直り、玉座に座るカーラへ伺いを立てる。
そんなヴィオラをカーラは迷惑そうな顔で突っぱねた。
「なんじゃ小娘、祝いの席じゃぞ? 無粋にも程があると思うのじゃが??」
「知ったこっちゃないですわそんなの。私への祝福じゃないのなら、そんなものどうしようもなく無惨に壊れてしまえばいい」
「ファーーーッ……性ェ格わっるいのぉ~~~お主」
「決闘……立ち会っていただけますか?」
「だが気にいった」
カーラは目を見開き、パァンと柏手を打った手を大仰に広げると、凄惨な笑顔でヴィオラを褒め讃えた。
「受けようではないかその話。……いや、やはり人間はいい。幾重にも辛酸を舐めようといずれ七難八苦を越え──ふふ、故に、だからこそ、我等の敵足り得るのじゃからな」
くつくつと笑いながらカーラは階下の二人に向けて手を伸ばすと、勅令を下す。
「よい、我が許す。この神殿で、お主ら二人存分に潰し合うがよいぞ」
「しゃあっ! 言質取ったわよ!!」
凄い勢いで腕を振りガッツポーズをするヴィオラ。
「あー、他の連中はさっさと去るがよいぞ。死ぬから」
カーラがさっさと手を払うと、参列者たちは蜘蛛の子を散らすように神殿から出ていった。
──そうして後にはカーラと決闘者二人、レオンが残った。
「……それじゃあ俺も失礼して………」
身の危険を感じ、神殿からそろりと逃げ出そうとするレオンだったが、一瞬意識がブラックアウトしたかと思うと──
「お前はこっちじゃ」
いつの間にかカーラの玉座の横に座らされていた。
「──うぇッ!? えっ、えっ、なに、何で!?」
「せっかくじゃから一緒に見ようぞ♡……ちなみに拒否権はないからの?」
「えぇ……」
なんでこんなに俺に構うんだろう……とレオンは思った。
──さて、階下ではヴァージンロードの先と後で両雄、いや両雌はバチバチとした視線をぶつけ合い、今にもお互いに掴みかからんとしている。
「ん、みな逃げたようじゃの。それじゃ──」
ギャラリーが居なくなったのを確認したカーラは手を高く上げると──
「始めい!!」
振り下ろすと同時に開戦を宣言する。
それと同時に場の空気が一気に淀んだ。──
「そんなに死に急ぎたいんだったら! すぐにブッ殺してあげますよぉ!! 私の渇望で!!」
──視線を合わせば即死、そんな対生物では無敵と言える渇望拡大を持つレヴィアは完全にヴィオラをナメている様子だった。
そして開戦するやいなや、彼女の口は渇望を謳い上げ始める。
『今宵の月は愁しく、汚辱に浸ってまるで死んだ女の様。
あなたがこの狂った月が綺麗と言うなら、きっと私は死んでもいい──』
「ハッ、来たわね……!
渇望拡大の波動をその身に受けながら、ヴィオラは不敵に笑う。
「
レヴィアのプレッシャーを振り払うように、手を横に動かすと、彼女の口もまた己の渇望を謳い上げ始めた。
《私の最たる喜びは──!
眼前の敵を打ち負かし、
払い除け、
その何もかもを奪い去り、
涙に濡れたその顔に泥を塗り、
その者全てを支配すること!!》
渇望拡大を発動し始めたヴィオラもまた一種の圧力と言うべき闘気を発し始め、その場はまるで渦潮のように闘気と闘気が混ざり合い、異様な空間と化す。
「ほぉん……? 小娘もアレを使えるようになったようじゃのう……善き哉、善き哉……」
それを特等席で眺めているカーラは、喜びからか目を細めてくつくつと笑う。
──闘気という形を纏った渇望は、二人の口から流出しつつ、その渇望に相応しい舞台を作り上げてゆく。
『愛しいあなた。──その口に口づけしたい。
その龍の住む暗い岩屋の様なその瞳で、
愚かな私だけを見つめて欲しい。
──あなたの口に口づけしたい』
《それは勝利の喜び、闘争の喜び!
嗚呼勝利こそ、闘争こそが我が人生!!
飽く無き勝利の渇望こそ我が矜持!
不滅の名誉を我が手に寄越せ!!》
二人同時に奏でられるその渇望の奔流は、さながら
『あなたの毒蛇の様な紅い口で、
きっと私だけに語りかけて欲しい。
──あぁ、あなた。愛しいあなた。
私はあなたのその口に口づけしたい』
《我が後に続く
その
そして謳え!謳えよ謳え!
『──あなたのその口は苦い味がするのでしょうけど、きっとそれは恋の味だから。
死告天使の羽ばたく音も、あなたの声で無明に消える。
死の秘密よりも大きいのが、恋の秘密なのだから!』
《私の凱歌を気高く雄々しく謳い上げるなら、
諸君らの魂はきっと
『ならばそう、人は恋だけを一途に想っていればそれでいい──』
《──総ては私の勝利の為に!!》
──流出は流れきった。
『
《
──かくして、渇望は名を与えられその姿を現す。
『
《
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