第二十三話 それが、愛でしょう


「……さて、どこから教えたものか」


 決闘の翌日、ヴィオラとゾーネンシュリームは決闘が行われた闘技場へ来ていた。もちろん“必殺技”を身につけるためである。


「まず渇望拡大シュタルクラストとは何たるか……そもそも魔法とは魔力を用いて世界の理を再現する技術だということは知っているな?」


「ええ。だから火のない所で火が、水のない所で水が出せるのですわね」


「そうだ。……ざっくり言ってしまうとな、渇望拡大は魔力に加えて内に秘める極めて強い感情、つまり渇望の力で魔力を暴走させ、世界の理を自分の理に書き換えて再現する力なんだ。」


 目を見開いて、拍子の抜けたような顔をするヴィオラ。


「そんなこと……できるんですの?」


「できる。──レオンがいい例だ、アイツは全ての能力が平々凡々な男、だが……」


 そこまで言って、ゾーネンシュリームは二の句をつぐ前にゴホンと咳払いをして、少し恥ずかしそうに話を続ける。


「せ、性欲だけが異様に高いので……あの“勃起エレクタイル魔法・マジック”の力で常軌を逸した現象を起こせる……というワケだ」


 ずいぶんおぼこい女だな……とヴィオラは思った。


 彼女自身も生娘なのだが。


「成る程……で、その感情の力とやらはどうやって引き出すのでしょう? まさかただ念じればいいワケではありませんよね?」


「そうだな、ただ念じればいいのならこの世は生きとし生けるもの総て渇望拡大者だ。」


 そうさな──とゾーネンシュリームは首を捻って考える。


「──とりあえずいっぺん死んでみるか?」


「なんで?」


「死の淵にこそ人の生の感情が出るんだ。何回も見たことあるから知ってるんだ!」


「嫌な経験則!!」


「実際私もカーラ様に挑んでああ死ぬぅ! って時に初めて出たしな。レオンもそうだったのだろう?」


「うーん……まぁ、そうですけど」


 確かにレオンが初めて勃起魔法を発動させたのもいつかトロールに撲殺されそうになった時だった。それにレヴィアが発動させたときも、ヴィオラが殺す気で爆破した時だった……。


「というワケだ! とりあえず今から殺す気で追い込むから、出してみろ!」


「え、マジでやるんですの!?」


「女は度胸! なんでも試してみるものさ! 行くぞぉ!!」


「こういうのはレオンの役割じゃないの!! あーもうクッソ! 畜生来るなら来やがれぇ!!」





 所変わって、ナイトシュランゲン家の屋敷。


 ヴィオラからの指令を受けたヴィルトカッツェはレオンの動向を探るべくナイトシュランゲン家の屋敷に潜入していた。


 潜入のプロである彼は、暖炉の通気口を見つけるとするするそこまで登っていき、屋敷内に難なく侵入する。


「他愛無し……さて、目標は……」


 レオンの現状を探り、可能ならば接触せよというのが彼に与えられた指令だった。


 次にヴィルトカッツェは適当な部屋に入ってそこから天井を外し天井裏へと侵入する。

 猫の様に音を立てずに移動できる彼にとってわざわざ気を張って屋敷内をそのまま探索するよりは都合がよいのだ。

 

 さながら屋根裏の散歩者だ。


 そうこうしているうちに、何やら話し声の聞こえる部屋へたどり着く。


「……えへへぇ♡レオンさぁん♡」


 レヴィアの声だ。


「ここか。……レオンハルトめ、どんな痴態を晒しているのやら」


 それを確認すべく、天井の板を少しずらして部屋の中を覗き込む。


「えぇ……?」


 覗いたヴィルトカッツェは困惑の表情を浮かべた。──その視線の先に広がっていたのは


「好き好き♡大好きですぅ♡……ずっと一緒にいましょうねぇ♡」


「グゲゲ……わがっだがらゆるめで……ゆるめでェ!」


 下半身が蛇と化したレヴィアにベッドの上でグルングルンに巻き付かれながら愛を囁かれているレオンの姿だった。


 かなりの力で絞められているらしく、レオンの顔が青紫色に変色しかけている……かなり危険な状態だ。


「あっ、あっ、ごめんなさい! ……えへへぇ、すみませぇん、幸せすぎてその、加減がぁ……えへ」


「ゲホッ……あ、あぁ。……俺も幸せ? だよ、多分……」


「お"ぉッ♡」


 急にレヴィアが下腹部を抑えて喘ぎだす。レオンは困惑した。


「え、なに……?」


「あっ♡すみませっ♡子宮が……疼いて……♡」


「子宮が……?」


「あ……出ます!」


「今度は何ィ!?」


「卵が……」


「卵が!?」


「私蛇なのでぇ……卵がたまに出ちゃうんですぅ。……あ、え、えっちしてないんで! 生まれませんよ! 安心してくださいね!!」


「そうなんだ……」


「ちょっと出してくるんで……待っててくださいねぇ? どこか行っちゃイヤですよぉ? わかってますよねぇ?」


「……わかってるよ」


「えへへぇ♡じゃ、行ってきますねぇ……」


 しゅるしゅると蛇の下半身をくねらせて、レヴィアはドアを閉めて卵を排出しにどこかへ行った。 


 足音……足音?が遠くへ行ったのを確認してから、この好機を逃すまいとヴィルトカッツェは天井に鉤縄をかけ、部屋に侵入する。


「……ずいぶん尻に敷かれているようで、何よりだよ」


「ウワーッ!? 誰!? ……あぁなんだヴィオラんとこの……誰だっけ?」


「ヴィルトカッツェだ」


「そうそう。……で、どうしたんだよ。アンタが来たってことはヴィオラの差し金だろ?」


 自分の役目を言い当てられると思ってはいなかったヴィルトカッツェはその大きな猫目をさらに見開いて、素直に感嘆の声を漏らす。


「……驚いた。とっぽい男だと思っていたが、察しがいいのだな」


「アイツが負けてタダ黙ってるワケねーだろ! 一緒にいたんだ、そのくらいはな、わかるさ」


「フフ、正解だ。……あの方から伝言がある。『必ず奪い返しに行く』、だそうだ。──幸せ者め、嚙みしめろよ」


「オーケー、分かった。……できるだけ早く来てもらえると助かる」


 どこか憂いを帯びた表情でこぼすレオンにヴィルトカッツェは少しく疑問を覚える。


「む、意外だな。あのお嬢さんフロイラインとくんずほぐれつできるから嬉しいのではないか? スケベなのだろ?」


「いやまあ、嬉しくないワケじゃないのよ? オッパイでかいしさ、ケツもでけぇしさ、身長でけぇのも超好きだし何よりあの眼鏡がさ、いいんだ。地味眼鏡巨乳、最高だよ。でもさ……」


「でも?」


「……俺なぁ、女の子って何考えてんのかわかんなくて怖くてさぁ……」


 ベッドに腰かけ、俯いて顔に影を落としてレオンは呟いた。


「娼館の女の子たちはさぁ、いいよ。お金払ってるからさ、"信用"があんだよ。仕事でやってるんだーってわかるから安心してイチャイチャできるワケ」


「……は?」


「でもさぁ、普通の女の子ってさぁ、そういうのが無いからさ、怖いんだよ。──レヴィアちゃんもさ、俺のこと好きって言うけど、正直なんで好かれてるかわかんなくて……」


「……そうか」


 そこまで聞くと、ヴィルトカッツェは静かにレオンの話を遮り──


「レオンハルト」


「ん?」


「歯を食い縛れ」


 その顔面を思い切り殴りつけた。


 吹っ飛んだレオンはラミア族用の巨大ベッドの上に叩きつけられる。


「痛ッッッてぇ!! いきなり何だよ!!?」


「……それはなにか? あの方を──ヴィオラ様を侮辱しているのか?」


「はぁ!?」


 突然の暴力に抗議するレオンを、ヴィルトカッツェは激しい怒りをたたえた目で睨めつけ、されど静かに糾弾する。


「お前は言ったな? 金を払わなけば、娼婦でなければ女は信用できないと。ならば、あの方は、ヴィオラ様は、信用していないと? 娼婦に劣ると? そう言いたいのか? ──よくも『一緒にいたからわかる』などと言えたものだな? その口で!」


「な、なんでそうなるんだよ!? 俺はただ……」


 ヴィルトカッツェの怒りが理解できないレオン。その胸ぐらを掴み、ヴィルトカッツェは怒鳴る。


「ただ何だ!? 金を介した女しか信用していないのだろ? 娼婦しか信用していないのだろ? これを、お前を信用しているヴィオラ様への侮辱以外のなんだというのだ!?」


「……ヴィオラが俺を?」


「そうだ! 貴様ごとき下男になぜあの方が心を砕くと思う!? それはあの方が貴様を信用しているからだ! 必要としているからだ! 部下として! 戦友として! ……一人の男として!」


 握りしめた拳をぶるぶると震わせながら、ヴィルトカッツェは熱弁する。


 狂信者と呼ばれるヴィルトカッツェだが、そこには確かな尊敬の念と、彼女の幸せを願う気持ちがあった。故に、自虐とはいえレオンの言葉を許すことが出来なかった。


「……ごめん」


 俯いて落ち込むレオンにこれ以上怒る気が無くなったのか、呆れたのか、胸ぐらを掴む手を解くと、踵を返してヴィルトカッツェは鍵縄を登り始める。


「チッ……もういい。とにかく、あの方は貴様が好きなのだ。そこのところ、よく考えておけ。」


「分かった……」


 ヴィルトカッツェが天井裏へ消え、次第に彼の気配が遠ざかっていく。


 レオンの脳内に彼に言われた言葉がぐわんぐわんと反響する。まともに叱られたのがかなり堪えたのか、かなり落ち込んでいる様子である。


「そっか……俺は……何もわかってなかったんだなぁ……」


 そうしてヴィルトカッツェの言葉を頭の中で反芻していると、彼の去り際の一言に引っかかるものがあった。


「ん!? 俺が好き!? どういうこと!?!? ヴィルトカッツェさ──」


 去っていったヴィルトカッツェにその意味を聞き出そうと大声で叫ぼうとしたところで、勢いよく部屋の扉が開く。


「レッオンさぁーーーーん! 只今戻りましたぁーー!♡」


 レヴィアが戻ってきた。


「あ"ッ!? あっ、おかえり……」


「はぁい♡ただいまですっ♡……どうかしましたか?」


 流石に挙動不審が過ぎたか、レヴィアは訝しむ。


「いや、なんでもないよ! ……あ、そうだ。レヴィアちゃんさ……」


 誤魔化しついでに、レオンは気になっていることを聞くことにした。


「何で俺のこと好きなの? ……いやぁさ、ちょっと気になっちゃって。俺ってほら、そんな女の子に好かれるタイプじゃないから、クズだし」


 そう言った直後、やべ──とレオンは思った。先程これで怒られたばかりであるのに、また自虐を口走ってしまった。


 そんなレオンを、レヴィアはひし、と優しく抱きしめた。


「……目が綺麗だって言ってくれたからですよぉ」


「え」


「私、ずっと自分の目が嫌いでしたぁ。眼鏡がないと人を石にしちゃうから子供の頃から皆に避けられて、ずっと一人で、寂しくて、パパとママとおば様は優しかったけど、それだけじゃやっぱりなんか、寂しくて……でも」


 レヴィアは照れ臭そうに顔を真っ赤にしてくしゃっとはにかんで言葉を続ける。


「でも、そんな私の目をレオンさん、綺麗だって褒めてくれました。好きだって言ってくれました。レオンさんにとってはなんでもないことかもしれないけど……私、とっても嬉しかったんですよ?」


「そうか……そう、なんだな」


 ヒトとヒトが愛し合うのに、特別な理由は必要ないのだという普遍的な事実。そのことにようやくレオンは気づいたのであった。


 そうなると、考えなければならないのはヴィオラのことである。


(……待てよ? アイツも俺のこと好き……なんだよな? つーことは……)


 二人の女が自分を好いているという事実を知ってしまったレオンの脳細胞は、またよからぬことを考えはじめてしまった。


(ハーレム建築……できるんじゃねえか!?)




「クソ……ヴィオラ様は何故あんな男に……」


 レオンとの接触を終えたヴィルトカッツェは、ヴィオラに報告をするために彼女が修行をしている闘技場へと足を運んでいた。


 彼が闘技場内に足を踏み入れると、その中央に仰向けに倒れ伏すヴィオラと、満身創痍で肩で息をしながらその傍らに立つゾーネンシュリームの姿があった。


「なッ!? ヴィオラ様!?」


 主君のそのような事態に狼狽した彼はヴィオラの元へと駆け寄る。


「大丈夫でありますか!?」


 傍らに来て心配する彼に対して、大の字になって満身創痍・疲労困憊といった様子でぜぇぜぇと息をしながら、ヴィオラは親指を立てた拳を天に向けて突き上げた。


「おお! ということは!!」


「はァーッ、はァーッ!! クソ!! やってやったわよーーーッ!!」


 そんなヴィオラを見て、くつくつと嬉しそうにゾーネンシュリームは笑う。


「一週間で触りだけでも掴めれば……と思っていたが……クク、まさかこんな短時間で身につけられてしまうとはなぁ……! やはり天才か、こいつめ」


「そうですわぁ……! 私は天才なんです、のよぉ……!」


 ゾーネンシュリームの賛嘆に答えて、ふらつきながら立ち上がるヴィオラ。そしてヴィルトカッツェの方を向き、彼に指示を出す。


「ヴィルトカッツェ……皆を集めなさぁい」


「はっ、承知いたしました。……我々は何をすればよろしいので?」


「決まってんじゃなぁい……」


 わかってんだろと言わんばかりにニヤリと笑う。


「戦争の準備よ!!」

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