第二十二話 それを愛と呼ぶなら


「ワシじゃよ☆」


「カーラ様!!」


 時が消し飛んだかのように突然上空に現れた魔王、カーラにゾーネンシュリームは驚愕の声を上げる。


 銀色に輝く満月を背にして、カーラの青白い身体は後光を放つかのように神秘的な雰囲気を纏っていた。


「……魔王様? なんで、どういうことだ……?」


「おぉ、レオン! 久しいのぉ、ニヴルヘイムでの生活は慣れたか?」


「あ、はい。ぼちぼちって感じで……いや違うんすよ、何で魔王様が……もしかして魔王様の仕業なんすか!?」


「だからさっきから言っておろうに。ワシじゃよ☆……こう、ちょちょッとな!」


「へぇ、どうやって……」


「レオン!!」


 いかなる手段を用いて二人を助けたのか基になったレオンはカーラにそれを好奇心から聞こうとするが、ゾーネンシュリームがそれを制した。それからレオンを腕を回して引き寄せて小声で注意をする。鎧を着ているためかおっぱいが当たっているのに全然嬉しくなかった。


(魔王様のお力は秘匿されているのだ……! 十傑集の私でさえ知らないのだぞ……! 軽々しく聞くものではない!)


「そうなんすか……! すんません、知らなくて……」


「そう謝らんでもよいよい! ……秘匿しているのは事実であるから教えんけどな☆ ──ま、ワシを倒せるくらい強くなったら教えてやらんでもないが」


 飄々とした口ぶりでレオンを許すカーラだったが、次第に目が据わっていき、打って変わって冷たい表情と口調でゾーネンシュリームに問うた。


「して──マリナよ。此度の決闘、どう収拾をつけるつもりか? 立会人は貴様だったな?」


 直ぐ様ゾーネンシュリームはその場に跪くと、恐縮してその問いに答えた。


「はッ……私の一存で中止といたしましたので、無効試合とし後日改めて決闘の場を──」


「いや、そりゃないじゃろ」


 ぴしゃりとカーラはゾーネンシュリームの答弁を遮った。


「元々そこな人間の小娘の命を救わんが為に貴様が割り込んだのではないのかのう? ──ワシが知らんとでも思ったか?」


 絶対零度というべき視線がゾーネンシュリームを睨めつける。その圧を受け、彼女の身体が少しくふるふると震え始めた。レオンは初めてゾーネンシュリームが恐怖している所を見て、改めて魔王カーラの強大さを思い知った。


「はッ……申し訳……ございません……!」


「立会人がどちらか一方に肩入れするのは違うじゃろ、なぁ? ──ワシとしては小娘の反則負けにするのが妥当であると思うが……貴様はどう思う? マリナ・リンメルグラス・グレモリー・カデンツァヴナ・ベーゼン・ゾーネンシュリーム。貴族たる貴様の家の名に恥じぬ返答を貰いたいのだがな?」


 ──それは実質的な命令であった。「そうしろ」という、絶対権力者からの勅命。力こそ全てのこのニヴルヘイムにおいては絶対強者たる魔王カーラの命令は全てに優先されるのだ。


「はい……畏まりました。」


 苦々しげに跪いたまま、頭を垂れて勅命を受け入れるゾーネンシュリーム。その傍ら、賭けの賞品であるレオンは所在なさげにオロオロしていた。


(え……? 俺どうすればいいの……どうなっちゃうの!!)


「……おい、おいって、レオン。聞いとるのか?」


「はッ、ハイぃッ! 聞いておりますッ!!」


「つーワケでお主そこなナイトシュランゲンの娘のモノに決定だから、ヨロシクー。玉の輿じゃぞー? 良かったなー」


「え、あ、ハイ!」


「式はいつにするのかのぅ。ワシも呼んでなー」


 レオンからすれば一方的に、カーラは沙汰を告げるとひらひらと手を振って帰ってしまった。


「……どうなっちゃうんだ!? 俺!?」





「ん……」


 気を失っていたヴィオラは柔らかな感触に包まれて目を覚ます。――知っている天井だ。まだ覚醒しきらない意識の中、彼女はそこが自室であることを理解した。


「ヴィオラ! 気が付いたか!」


 声の方向に目をやると、ゾーネンシュリームヴィオラの寝ているベッドがの傍らに座っており、身を乗り出してヴィオラの無事を喜んだ。


「閣下……? 私どうして、死んだハズじゃあ……。」


「カーラ様が救って下さったのだ。……あの時は流石に肝が冷えたぞ。命というのはもっと然るべき時に投げ捨てるものだ、大事にしろよ」


「そう……ですわね。」


 ゾーネンシュリームの薫陶をぼんやり聞きながら、ヴィオラは身体を起こして辺りを見回す。すると、何時も見慣れた姿──レオンの姿が見えないことに気付く。


 ──あれ、おかしいわね。アイツがいないなんて珍しい。


「……閣下、レオンの姿が見えないようですが……」


「うぅん……その、だな。ヴィオラ。落ち着いて聞いてくれ」


 レオンの所在について問われたゾーネンシュリームは、ばつの悪そうな顔をして話し始めた。


「レオンは……レヴィアと結婚することになった。ので……今はナイトシュランゲン家の方に……いる。……式は一週間後だそうだ」


「なんですって……?」


「……私が割り込んだ事で、決闘はお前の負けになってしまったんだ。お前の生命を助けるためとはいえ……その、すまない」


 ゾーネンシュリームは謝罪するが、ヴィオラの耳に残ったのは「負け」の二文字。自分が負けたという事実だけが彼女の心に突き刺さった。


「そう……ですか」


 負け。ヴィオレット家の人間には許されない事。


「でしたら……私は、死ななくてはなりませんね。」


「……ッ!? バカな、何を言ってる!? あたら若い生命を捨てるものではないと、今言ったばかりだろうが!!」


「ヴィオレット家家訓第二条、常に勝者たれ、でなければ死ね……勝者でなくなった私は生きる価値がありませんの」


 酷く憔悴しきった顔でヴィオラは呟く。常に完璧な勝者であり続けてきた彼女にとって、初めて知った敗北の味は耐え難い苦痛であった。 


 ゾーネンシュリームはそこで、彼女の意志が固い事を悟ってしまった。貴種である事の誇り。それを守る為には命すら投げ出す──というヴィオラの行動は、彼女にも理解できるものであったからだ。


 言葉を出しあぐねていると、ヴィオラがぼそりと蚊の鳴くような声で呟いた。


「それに……レオンも取られてしまいましたし、ね」


「ん、おい待て。どうしてそこでレオンが出てくる? アイツがいないから、もう生きている意味が無いと?」


「……え」


 ここだ、コイツを説得するにはこれしかないと、ゾーネンシュリームは一気呵成に畳み掛ける。


「そういうことは……お前、アイツのことが好きなのか? ──いや、好きなんだな!?」


「は!?」


 突如突きつけられた言葉にヴィオラの顔が一気に赤くなる。


 ──これは……効いたな!!


「アイツが側にいないと死にたくなるんだろう!? それはもう、まさしく恋だ!! 全く言わせるな恥ずかしい!」


「えぇ、いや、これは、掟で、恋とか、関係ないですしぃ……」


「掟に逃げるな!! ……なぁヴィオラ、一度の負けがなんだ。私だってな、産まれてこの方200年は経つが……その中で幾重にも辛酸を嘗めてきたんだ。」


 ヴィオラを動揺させることに成功したゾーネンシュリームは、ここぞとばかりに諭しにかかる。


「……実はな、カーラ様にも何度も挑んだ。私の、龍の血こそが最強なのだと証明したくて、な。……未だに勝てたことはないが、それでも私は以前よりも強くなり続けている。」


「閣下……」


「負けることは何も恥ずべきことではない。負けることで、己の至らぬ部分を見つめ、そこを叩き直す。そうして強くなるんだ。──だから、負けたから死ぬなんてそんな腑抜けた事を抜かすんじゃない。」


「でも、私は、ヴィオレット家の……」


「くどいぞ。……第一お前は帝国を追放されたのだろう? それならばお前はもうヴィオランテ・ヴァイオレント・ヴィオレットではなく──ただのヴィオラだ。お前の好きに生きればいいではないか。」


 その言葉を受けてヴィオラはハッとしたような顔になる。──そして目を閉じて少し考えた後、いつもの自信ありげな顔に戻って力強く言う。


「あぁ、そうですわ、そうですわね。──追放されたその時から私はとっくに自由だったというのに、今更家の掟もクソもありませんわね。」


 そしてベッドを降りて、ゾーネンシュリームの方に振り返りニヤリと笑う。──その目には完全に野望の火が再点火されギラついていた。


「欲しいなら奪う。奪われたら奪い返す……それが、私でしたわ」


(そうだったのか……まぁ説得できたからヨシ!)


「……そうだ! それでいい!! ……では、これからどうする?」


「知れたこと!! レオンを取り返しに行きますわ!! ……私の覇道に必要ですので! 決して! 決して好きだからとか愛してるとか、そんなんじゃないですから!!」


(語るに落ちてるんだよなぁ……)


(全くだケヒャ)


(同意したくはないが……ヴィオラ様が幸せならば……)


「あ、もう入って来ていいぞ」


 ゾーネンシュリームが合図をすると、ドアからぞろぞろと傭兵団と第九師団──改めヴィオラ親衛隊の面々が入ってくる。


「は!? あんた達いつから」


「ずっといたケヒャよ。……コイツらがうるさいから外に出されてたケヒャ」


 ヒューンが隣のヴィルトカッツェを始めとする第九師団の面々を指さして言った。


「……失礼しました。少し取り乱しましたが……たとえ何度敗北しようとも、我らの貴女への忠誠に変わりはありません。」


「そうだケヒャ! 俺たちは姐さんが貴族だからとか、強いからとかじゃなくて姐さんだから付いて来てるんだケヒャ!!」


 そうだそうだと声を上げる親衛隊の面々。それはヴィオラの人生の積み重ねによって得た、掛け替えのない宝であった。


 ──それがたとえ自分の私利私欲のみを見て駆け抜けた結果だったとしても、得れたのだからそれでいいのだ。


「あんた達……よしわかった! これからもあんたらを馬車馬みたいに、ボロ雑巾になるまでコキ使ってやるから! 地獄の果てまで付いてきなさいッ!!」


 ヴィオラの言葉に、歓声が上がる。広めとはいえ、個室なのでその歓声は爆音というべき大きさだ。もはや騒音である。


「うっさい!!!!」


 一喝すると親衛隊はスッと押し黙った。よく訓練されている。


「まずはヴィルトカッツェ、あんたレオンを監視してきなさい。……得意でしょ? こういうの」


「はっ、畏まりました。──“山猫”の異名が伊達ではないこと、お見せしましょう。」


 ──山猫ヴィルトカッツェ、それが彼の帝国軍時代の異名である。隠密行動を得意とする彼は帝国随一の斥候として名を馳せていたのだ。……彼を自らの下へ引き込む為にヴィオラが色々悪どい手を使って彼女に心酔するように仕向けた話は今は割愛する。


「頼んだわよ。他のみんなは今は待機、後で仕事を与えるわ。そして私は……」


 ヴィオラはゾーネンシュリームをチラッと見て、ばちこーんとウィンクをして高らかに言った。


「必殺技を身に着けるわよ!!」

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