素直になれなくて、素直になりたくて
詩章
第1話
[優劣]という言葉が好きだ。
僕が優れているからじゃない。劣っていると諦めがつくからだ。
小さな頃から、諦める決断が他の人よりも早い自信があった。小学生の頃には、それを自分では美徳とすら捉えていたのだ。
それなのに、どうして君は──
昼休みの開始と授業の終了を同時に知らせるそのチャイムに教室内はざわめき始めていた。
すぐに弁当箱を持って冷房の効いた涼しい教室を出た僕は、少し歩いたところで同じクラスの黒川ひかるという女生徒に声をかけられた。
「ねえ、いつも昼休みどこ行ってるの?」
「別に」
振り返り答えた僕は再び歩き始めた。しかし何故か、彼女は無言でついて来はじめている。真夏の暑さがイラつきを煽る。
「あの、なんか用?」
いつまでついて来る気なのか、彼女が何を考えているのか分からず僕は立ち止まり問いかけた。
「だってそっちがどこ行くか教えてくれないんじゃん」
彼女は拗ねたような口振りで答えた。
「は? 別にどこだっていいだろ。1人になりたいんだ、ごめん」
再び歩き始めた僕の背中に威勢のいい声が降りかかる。
「しかたない、今日は勘弁してやろう!」
その言葉に僕は思わず振り返ってしまった。僕のとぼけた顔を見て彼女は満足そうにニヤリと笑った。
締め切られた廊下は蒸し暑く、背中に伝う汗でシャツが肌に貼り付く。
「じゃあまたね」
そう言い手を振ると黒川は小走りに去っていった。
まとわりつくシャツの不快さも忘れるほどに、僕の心臓は大きく跳ねた。
これが、僕の覚えている黒川との初めての会話だ。
この日から僕、工藤たくみの苦悩は始まった。
素直になれなくて、素直になりたくて 詩章 @ks2142
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